小林茂子編著『戦前期日本人学校の異文化理解へのアプローチ-マニラ日本人小學校と復刻版『フィリッピン讀本』』明石書店、2020年11月20日、369頁、6800円+税、ISBN978-4-7503-5098-1
本書、「序章 戦前期マニラ日本人小学校と異文化理解-多文化共生の手がかりを求めて」で、2つの意義を述べている。
まず、「1 戦前期マニラ日本人学校の役割と『フィリッピン読本』復刻の意義」では、「マニラ日本人小学校から1930年代後半から40年代初めにかけて発行された4点の資料に着目」し、その理由をつぎのように述べている。「これらは当時の学校事情や現地社会との関係のなかで作成されたものである。これらの内容を精緻に読むと、作成者の編纂意図や発行の背景、戦前の日本人学校が異文化とどう向き合おうとしたのか、その態度や姿勢をくみ取ることができる。また、これら4点と他の文書類とを比較することでより深い分析も可能である。このように4点の文書資料は当時のマニラ日本人小学校の教育活動と密接な関わりがあることがわかる。さらにこれらは戦火にみまわれた戦前期の日本人学校によって残されたものであり、記録としての価値、教育的意味は非常に大きいといえる」。
つぎに、「2 戦前期マニラ日本人小学校発行の副読本と児童文集を研究する意義」では、「時代的背景を重視し、1917年の設立から1944年戦局悪化により閉校されるまでのマニラ日本人小学校の教育活動のなかで、とくに軍政期とそれ以前の日本人小学校を取り巻く環境や変容に注目する」。
本書は、第1部「戦前期マニラ日本人学校の副読本と児童文集」および第2部「『フィリッピン読本』の全体像」からなり、第1部は4点の資料をそれぞれ考察した3章と補章、おわりに代えて、などからなる。第2部は復刻版のみである。第1章では1939年に発行された『フィリッピン読本』、第2章では40年に発行された『比律賓小学歴史』と『比律賓小学地理』、第3章では42年に発行された『とくべつ児童文集』が分析され、補章では当時のマニラ日本人小学校校長・河野辰二について紹介されている。
「本書では次の3つの柱を軸にマニラ日本人小学校を取り巻く状況と教育活動の変化をとらえていく」。1つめは、「1930年代後半から40年代初めにかけてマニラ日本人小学校から発行され、残存している4点の資料に着目し、その内容分析から日本人小学校の教育活動の変容を明らかにするという試みである」。「2つめは、戦争という強力な国家権力の行使のなかで異文化理解はいかに変容するかを提示することである」。「3つめは、前記2つの点をふまえて今日の異文化を理解、尊重し、共存していくための視点を考えることである」。
以上を総括して、「序章」をつぎのように締め括っている。「このように本書では、資料活用の研究方法としての意義、教育と戦争の現実を考える意義、そして現在の国際理解教育の視点からの意義を擁している。本書は、単に歴史的研究の追求というだけにとどまらず、上記のような多様な側面から得られた知見を活かし、今日の日本や世界を取り巻く多文化の情勢のなかで、ともすれば排他的な思考に陥りがちな傾向について、歴史的事実から再考するという思考態度の一助となるであろうと考える」。
「おわりに代えて-異文化を理解する視点:文化の異質性と共通性」では、つぎのような結論を述べている。「戦前のマニラ日本人小学校の現地理解のための教育は、歴史的にみて注目すべき内容を包含していたとともに、現代世界における異なる文化を認め、グローバル時代を生きる市民を育てることをめざす今日の国際理解教育にもつながりうる萌芽的実践を含んだ、先駆的な実践事例といえるのではないだろうか」。因みに、戦前は「日本人小学校」が一般に使われたが、戦後は日本国政府が管轄する小・中学校をあわせて「日本人学校」とよぶ。
20数年前に本書で利用されている資料を使って、卒論を書いた学生が大阪市立大学文学部にいた。4つの資料を合わせて復刻する計画もあった。たしかに、本書で復刻された『フィリッピン読本』などからは、「帝国臣民教育」を超えたなにかが読みとれ、「今日の異文化を理解、尊重し、共存していくための視点を考える」ことができそうだ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。