早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2021年09月

佐藤広美・岡部芳広編『日本の植民地教育を問う-植民地教科書には何が描かれていたのか』皓星社、2020年10月30日、374頁、4000円+税、ISBN978-4-7744-0732-6

 本書は、1997年に設立された「日本植民地教育史研究会」を活動拠点とし、2006年から3回の科学研究費補助金基盤研究Bを獲得しておこなった共同研究の成果である。

 「日本植民地教育史研究会」の初代代表であった小沢有作は、「「植民地アジアの教育」(=対外教育政策)と「本国日本の教育」(=対内教育政策)という二つの側面の有機的統一的把握の重要性を述べている」。「日本の植民地教育は、アジア植民地民衆の固有の文化と思想に真っ向から対立すること甚だしく、民族の内面生活を踏みにじる精神的暴力を重ね、それを恥じず気づかず、それをその民衆の子ども一人ひとりにまで及ぼそうとした。一方、日本の国内の教育は、植民地支配民族として自己形成することに全力をあげ、他民族に対する尊大と優越という非人間性の観念が日本人にとっては真っ当な道徳であると教え込んできた」。

 本書では、「台湾で、朝鮮で、満洲で、東南アジア・南洋群島で、そして、国語で、地理・歴史で、理科で、唱歌・音楽で、体育で、「二つの側面」を有機的に把握するための考察を行おう」とし、3つの視点、「植民地と「日本人化」」「植民地と「新教育」」「「植民地と「近代化」」から論じた。

 本書は、序章、これらの3つの視点からなる3部全15論考、おわりに、などからなる。本書は、研究会と科研の研究成果をもとにし「再構成したものであるが、単なる科研報告書のアンソロジーではない。研究者だけでなく、日本の植民地・占領地での教育に対して関心のある、学校教育関係者や一般の方々に、広く読まれることを目指したところに、本書の大きな特徴があると考えている」。とくに年配の読者を想定したのだろう、通常より大きな活字で組まれている。

 それぞれの部は、「おわりに」でつぎのようにまとめられている。第Ⅰ部「植民地と「日本人化」」は6本の論考からなり、「日本がどのように現地の子どもたちを「日本人化」しようとしたのか、教科書の内容を分析することにより考察をした。国語教育・日本語教育の論考が中心で、それに音楽教育、地理教育が加わり、さらに日本国内の国定地理教科書から読み取れる、他民族の「日本人化」についても補った。そこから明らかになったのは、時としてあからさまに、また時として子どもたちに寄り添うかのように、硬軟織り交ぜた巧みな手法で子どもたちに日本人としての精神や文化を注入しようとした、植民地教育の実態であった。また、「どういった〝日本人〟」にしようとしたのか、地域によって違いがあることも浮き彫りになった。また、そのねらいが達成できなかった実態があることもわかるなど、興味深い考察になったと考えている。その一方、大きな課題があることも承知している。「日本人化」という視点で植民地教科書を分析・検討するのであれば、修身教科書も考察の対象にしなければならないところだが、今回それが叶わなかった。今後の大きな課題である」。

 第Ⅱ部「植民地と「新教育」」は4本の論考からなり、「いわゆる「新教育」が植民地の教育にどのように影響を及ぼしているのかを探ろうとした。学校劇や裁縫教育という、これまであまり研究の蓄積のない分野での論考は大変興味深いものがあるが、さらに様々な教科に見られる「新教育」の諸相について論じられればさらによかったという反省点である。そうすることによって、「新教育」の革新的側面だけでなく、植民地教育に取り込まれて利用された「欺瞞」の側面を、もう少し具体的に論じることに繋がったのではないかと感じるからである。一方、「満洲」では、他の植民地と違う位相で「新教育」が採り入れられているところが描き出されており、「新教育」が「満洲」の特殊性をある意味際立たせることになったと言えるのかもしれない」。

 第Ⅲ部「植民地と「近代化」」は5本の論考からなり、「植民地と「近代化」の問題を扱った。この問題については、地域や立場によって現在なおあらゆる評価が錯綜しており、このテーマに取り組むことは容易ではなかった。植民地教科書に近代化・産業化政策がどのように反映されたのかを読み解いていくことは、ポストコロニアルと深く関わる問題であり、本書の中では最も今日的な問題とかかわる部分であった。そもそも「近代」をどう捉えるのか、という根源的な問題があり、「その近代化」は誰のためのものか、またそこで置き去りにされる伝統や民俗についてはどう考えるのかなど、問題への視点が非常の多く複雑であり、現代社会との関わりが深いことからも、さらに研究を進めていく必要が大いにある。そのような中、本書の五本の論考によって、台湾・朝鮮・満洲・南洋群島の各地域における、教科書に見る「近代化」の論考が揃ったことによって、このテーマについて継続して研究をしていく、ひとつの視座を示したことになるのではないかと考えている」。

 これら3部の要約の前に、この分野の研究史が、つぎのように紹介されている。「戦後における日本植民地教育史研究は、一九五〇年代に教育制度や理念の研究から始まったが、その後、国語教育・日本語教育の研究がおこなわれるようになり、そしてその次の段階として各教科の研究が始まっていった。こういった状況のなか、あらゆる教科にわたった植民地教科書研究はその蓄積が豊富であるとは言えず、今後ますます深めていかなければならない領域である」。

 各論考の後には、「註」があり、参考文献が示されている。若干の中国語を除いて、すべて日本語である。台湾や韓国の研究者との交流はあるようだが、東南アジア・南洋群島の研究者や、欧米の植民地教育研究者との交流はまったくないだけでなく、研究成果も共有していないようだ。20年を超える研究会の活動、10年にわたる科研による共同研究の、つぎの課題がはっきりみえる。そのためにも、出自も受けた教育も違う、ハイブリッドな若手研究者の出現が望まれる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

小関隆『イギリス1960年代-ビートルズからサッチャーへ』中公新書、2021年5月25日、250頁、860円+税、ISBN978-4-12-102643-9

 本書のタイトルを見て、2つの疑問が浮かんだ。まず、著者、小関隆はこれまで取り扱ったことのない時代、分野を、なぜ書く気になったのだろうか。つぎに、副題の「ビートルズ」と「サッチャー」がどう結びつくのだろうか。

 最初の疑問にたいして、著者は、「あとがき」で、つぎのように答えてくれていた。「1960年代について書くことを引き受けたのは、自分の生きていた時代を歴史として描きたい、という気持ちからでもあるが、それ以上に、サッチャリズムを理解する手がかりがこの時代にあるように思われたためである」。「私が大学に進んだのはサッチャー政権の成立と同じ1979年、最初と二度目のイギリス生活はサッチャー政権期であり、以来ずっと、サッチャリズムとそれに類する政治潮流につきまとわれてきた。さすがにまだ人生を総括する年齢ではないが、なんとかサッチャリズムを理解しないことには、そんな総括もおぼつかないだろう」。

 ビートルズをとりあげたのは、「職場の共同研究班でロックの歴史について報告せよ、との要請(強要?)を同僚の音楽学者、岡田暁生さんから受けたことだった。かなりの躊躇があったが、いずれ書かれるべき岡田版20世紀音楽史のためのヒントになればと思い、引き受けた」。

 2つめの疑問には、著者も気になっていたのだろう、「序章 1960年代はサッチャーを呼び出したのか?」で詳しく説明してから、本題に入っている。その序章冒頭で、「ビートルズがまばゆいばかりの才能を惜しげもなく発揮した1960年代とサッチャー政権の下で弱肉強食の競争がよしとされた1980年代、二つの時代のコントラストは鮮やかだ」と述べ、そのあいだにある「1970年代の危機」説を踏まえて、「1960年代にこそ、サッチャリズムの歴史的な前提が形成されたのではないか、という問いを設定」し、つぎの3つの仮説を立てた。

 この3つの仮説は、全6章からなる本書の最初の5章の内容とも重なる。「①大衆消費を基盤とする1960年代の文化革命cultural revolution(第1・2章)の経験が、サッチャリズムの描くポピュラー・キャピタリズム(富裕でない者でも財産所有や株式保有の果実に与れるような資本主義)の夢に惹かれる個人主義的な国民(第3章)を形成した」。「②「許容する社会permissive society」(第4章)の広がりが、政治の世界でのサッチャーの栄達を可能にする条件を整えた」。「③「許容」を批判するモラリズム(第5章)の台頭が、サッチャーへの追い風となった」。

 著者のサッチャー時代の評価は、「はっきりとネガティヴである」。だが、そこに著者は、本書の目的を見出し、つぎのように述べている。「本書が意図するのは、殺伐たるサッチャー時代と対比させて、創造の活気に溢れた1960年代を懐かしむことでも礼讃することでもない。1960年代のなかにサッチャリズムを呼び出す力を見つけること、一番の狙いはこれである。強引にビートルズとサッチャーを並べてみせたのは、こうした逆説を際立たせるために他ならない」。

 著者は、つぎのようにつづける。「もう一点、ビートルズの曲をコピーしたり髪型を真似たりする若者が日本でも出現したように、サッチャリズムもイギリス限定の現象ではなく、方向性を同じくする政治潮流が世界各地で覇権を握った。現在の日本にも、サッチャリズムの影は依然として投げかけられている。とすれば、ビートルズの時代にサッチャリズムに向かう流れを見出そうとする本書は、閉塞感の強い現代世界を乗り越えるための有効な手がかりを提示できるかもしれない」。

 戦後の混乱がおさまり、新しい時代に向かった若者たちの1960年代、戦争を体験し戦後の復興・発展のために資本主義社会を支えてきた世代が現役を退き、ふと戦後を振り返ったときに、自分たちが描いた「戦後」ではなかったと異議を唱えた1980年代は、「イギリス限定の現象」ではない。第6章「サッチャリズムとモラリズム」は、そんな異議申し立てとサッチャーが闘った軌跡でもある。すくなくとも戦後資本主義の影響を大きく受けた日本でも東南アジアでも、1960年代と80年代は、今日までつづく重要課題を突きつづけている時代である。

 そして、終章「1960年代とサッチャリズム」の最後のパラグラフで、つぎのように総括している。「希望の横領の果てに招かれたのは、1960年代と同じく消費を基軸とした個人主義が旗印ではあるものの、格差と分断が深まるイギリス、責任は小さいが権限は強い国家が君臨し、権威主義的に規律を課そうとするイギリス、「許容する社会」とはほど遠い不寛容なイギリスであった。そこには文化革命を多数派が享受できた基盤である完全雇用政策はなく、福祉国家のセーフティネットも骨抜きにされた。名目的な経済成長は実現されたかもしれないが、結局のところ、文化革命のような創造力の開花は生じなかったのである。これが「イギリスを再び偉大にする」というサッチャーの掛け声の帰結であった」。

 わたしの最初の2つの疑問を克服して、著者が「幅広い層の読者に楽しんで読んでもらうために」書くことができたのは、「二人の傑出した同僚からの刺激」があったからで、研究所の共同研究の成果であるともいえる。専門から少し視野を広げたり、関心をずらしたりして議論できるだけでなく、それが本になるというのは、研究所の底力といっていいだろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

坂本邦夫『紀元2600年の満州リーグ-帝国日本とプロ野球』岩波書店、2020年7月21日、339+33頁、3000円+税、ISBN978-4-00-061416-0

 本書の概要は、表紙見返しにつぎのようにまとめられている。「東京オリンピックが幻に終わった1940年。神武天皇即位から2600年とするこの年、日本統治下の満州で、日本プロ野球チームによるリーグ戦が開催された。しかし、これを契機にプロ野球は国策と戦争に翻弄されていく-。学生野球が盛んだった1920年に「職業野球」として始まり、蔑まれつつ、苦難の道を歩んだ日本プロ野球の埋もれた歴史を、河野安通志(1884-1946)と孫孝俊(1901-63)という日韓二人の野球人の運命を軸に克明に描き出す」。

 主タイトルとなった「紀元2600年の満州リーグ」は、本書で描かれた日本プロ野球の誕生と初期の「苦難」の歴史のほんの一こまにすぎない。そして、2人の「主人公」は、一般にはあまり知られた野球人ではない。

 河野安通志は、「一九二〇年秋に日本初のプロ野球チーム「日本運動協会」を盟友押川清、橋戸信(筆名・頑鉄)らとともに設立した」。3人は「早稲田大学野球部の草創期の中心選手で、河野は右投げのエースピッチャーだった。母校早大の講師を六年ほど務めていたこともあり、球界屈指の理論家として知られた。三人はともに野球殿堂にその名を刻む日本野球界の大功労者である」。だが、日本初のプロ野球チームは、「野球を職業にすることへの理解に欠ける時代で」、「仲間であるはずの同じ野球人からも冷たい視線を浴び続け」、孤軍奮闘空しく9年で幕を閉じた。「チームの解散後、河野は母校早大野球部の総務や評論活動で雌伏の時を過ごすが、一九三六年二月に読売の正力主導で巨人など七チームによる日本職業野球連盟が誕生すると、加盟チームの一つ「名古屋軍」に招かれ総監督に就任、同年末には辞任し、翌三七年には自身二度目のプロ野球団である「イーグルス」を押川らと設立して総監督になった」。そして、1940年夏、河野は遠征団長として連盟に加盟する全9チーム、総勢約200名を率いて、満州に渡り公式戦72試合をおこなった。俗に「満州リーグ」と呼ばれた。

 もうひとりの主人公、孫孝俊は、河野らが設立した日本初のプロ野球チームに在籍した何人もの朝鮮の野球選手のひとりで、もっとも活躍した。「一九二二年六月に真っ先にチームに加入し、解散する二九年七月まで主にセンターを守り、ときには四番も打つなど強打の外野手として鳴らした」。「運動協会が解散すると映画会社のマキノ・プロダクションに入社し、俳優をやりながら野球を続け、二年連続で全京都の一員として都市対抗野球大会(一九三〇、三一年)に出場している」。「労働争議でマキノ・プロが潰れると、日本が満州事変を起こして作った満州国へ渡り、満鉄系の電力会社南満州電気に就職、強豪チームの奉天満惧でプレーした後、同社が満州の電気事業を統一するために誕生した満州電業に吸収されると新京本社へ異動となり、新たに創設された満州電業チームでも主力として活躍した」。「その後、同社安東支店に転勤になると、安東実業というクラブチームを立ち上げ、選手兼任監督を務めている。このときすでに齢四十を数えた」。

 この2人を「めぐるいくつかの逸話は、植民地統治に寄り添いながら朝鮮や満州や台湾へと野球を持ち込み、広めていった日本人による「外地」の野球史の一断面である。運動協会で出会い、七年を師弟の関係で共に過ごした河野安通志と孫孝俊。奇しくも二人の軌跡は、いつしか時を違えながら満州へと伸びていく」。「なぜ満州だったのか-」。

 つづけて「日韓二人の野球人のはるかな道行をたどってみよう」ということばで、「プロローグ」を締め括っている。

 河野は戦後、3度目のプロ野球に挑戦し、新球団を日本野球連盟に加盟申請し却下された。その決定を知ることなく1946年1月12日に急逝した。日本の「プロ野球のために生涯を尽くした河野は、戦後のプロ野球復興に献身する機会を与えられることなく世を去った。日本の野球史に大きな足跡を残しながら、その評価は不当に低い」。

 いっぽう、孫孝俊は、戦後、朝鮮野球協会の役職を歴任し、1963年9月に無理をして来日した翌月に亡くなった。「河野安通志がそうであるように、孫孝俊もまた十分に韓国野球史のなかで評価されているとは言い難いものがあるようだ」。「韓国で最初にプロ野球選手になった人物であるにもかかわらず、そこに正しくフォーカスされないのは、河野の運動協会の評価が日本でそうであるように韓国においても不当に低いからだろう。韓国が日本統治下にあった時代、孫孝俊は日本と満州で二〇年を超える歳月を過ごした。そのことが孫孝俊の野球人としての評価に何かしら影響を与えているのかもしれない」。

 このことは、著者、坂本邦夫が満州リーグについて調べていたときに受けた、つぎの指摘にも通ずる。「満州リーグ? 調べても何も出てこないよ。あれは満州日日新聞に呼ばれたから行っただけ。まさか軍のお先棒を担いだとか言って、当時の職業野球の戦争責任でも追及しようってんじゃないよね? あの時代、野球は敵性スポーツだと弾圧されていたから、生き延びるのに必死だったんだよ。いまの時代に生きる者が、戦争の時代に生きた者を体制に迎合したと裁くようなことをするのは、あまり気持ちのいいものではない。お前はしなかったのか、と問われたとき、しなかったと言えるほどぼくは強くない」。

 それでも、著者が取材をつづけたのは、つぎのような理由によった。「満州リーグの遠征団長だった河野安通志の野球人生を調べるうちに、野球という外来スポーツが不幸にも背負わされてしまった理不尽な排斥や差別の歴史を知ったことで新たな視座を得たからだ」。

 そして、「あとがき」で、つぎのようにまとめ、結論としている。「学生野球は、不当な排斥などを回避するために日本の伝統武術にも劣らない精神修養の方途であると武士道野球を掲げ、撃剣などと同様の神聖性を纏おうとするが、現実には甲子園球場や神宮球場が満員になるほどの興業性を獲得していく。そうした事態を恐れたからこそ河野や押川清らは日本運動協会を創設し、健全なプロ野球市場を育てようと考えたのだが、味方になってくれる野球人は少なかった。野球で稼いで食べるということがひどく不純で自堕落な行為に思えただけでなく、それまで積み上げてきた武士道野球のイメージが、野球商売人のせいで穢れる、との苦々しい思いもあったのだろう」。

 「このため、学生野球界の有力選手は誰一人協会チームに加入することはなかった。そこで河野らが目を向けたのは、孫孝俊をはじめとする日本の植民地統治下にあった朝鮮の野球人だった。このことは野球というスポーツが、満州や朝鮮、台湾で、さまざまな理由から植民地統治に寄り添い、利用されてきたという事実を筆者に教えてくれた。職業野球を賤業視する世間の眼差しは、正力松太郎の主導で始まったプロ野球でも変わることはなかった。満州リーグは、冷たい視線を浴び続けたプロ野球が新天地を求めた一大興業であると同時に、満州統治を支える在満日本人を慰撫するための重要なイベントでもあった」。

 日本の植民地統治下にあったとはいえ、朝鮮と台湾では野球の受け止め方が違う。満州のような日本の支配・占領地の中国人は、野球をしなかった。今日、日本、韓国、台湾はオリンピックのような国際大会でしのぎを削るが、そこに中国は入ってこない。そして、日本代表チーム名は「侍ジャパン」である。

 いま、わたしは河野安通志ら本書に登場する野球人が活躍した戸塚球場(安部球場)跡地に建つ中央図書館を見下ろす建物にいる。中央図書館前には、安部磯雄、飛田穂洲の胸像はあるが、河野安通志のものはない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

秋道智彌・角南篤編著『海とヒトの関係学③ 海はだれのものか』西日本出版社、2020年3月4日、237頁、1600円+税、ISBN978-4-908443-50-3

 「海は本来、だれのものでもない」と、「はじめに 資源はだれのものか-海洋生物の所有論」で、筆頭編著者の秋道智彌は述べている。「本来」が問題を匂わせる。つづけて、つぎのように説明している。「海洋資源も本来だれのものでもないが、地域や文化によって多様な権利の主張や慣習がある。そのうえ、歴史的経緯により新規の資源となるか、資源保全のために資源から控除される場合があり、事情は時間・空間軸で錯綜している」。ややこしそうだ。

 だれのものでもないなら、所有権を主張すること自体が問題ということになるが、そんな単純なものではないことを、「はじめに」の最後の見出し「「共有地の悲劇論」をめぐって」が語っている。

 まず、1968年に、つぎのような「共有地の悲劇」論が公表された。「共有地の牧草資源をコモンズ、つまりだれもがアクセスできるものとして、牧草が枯渇したあとで、だれもその責任を取らない悲劇が発生する。だから、共有地の資源は国家ないし企業体が責任をもって管理すべきとするシナリオを示した」。

 これにたいして、22年後に、「世界中の共有資源の利用について多くの事例が紹介され」、「そのなかで、共有資源であっても資源量や経済、社会的な条件に応じて利害関係者は自分の利益だけを考えて自由競争をする例は乏しいことが判明した」。さらに、つぎのように説明している。「共有資源にたいして、利害関係者は資源の獲得をめぐる競合を回避するための方策やルール作りが考えられていた。ルールに違反する個人に制裁を加えて、みんなで共有資源の運用について検討することもある」。「どちらが「理にかなった」行動と考えればよいだろうか」。

 本書は、はじめに、3章全12節6コラム、おわりに、などからなる。第1章「なわばりとコモンズ」は、4節、1コラムからなる。第2章「越境する海人たち」は、4節、2コラムからなる。第3章「海のせめぎ合い」は、4節、3コラムからなる。

 「おわりに 海はだれのものか」では、つぎの2つの問題が残されている、と指摘している。「一つ目は領海とEEZともからむ大陸棚延伸と海底ケーブルの運用と管理に関する議論である。二つ目は、地球上で最後のフロンティアとなる北極海の所有と利用に関する将来像についてである」。

 それぞれ見出しを立てて議論した後、つぎのように本書をまとめている。「海はだれのものかに関する諸論考を通覧し、地域共同体から地球全体の次元まできわめて多様な問題群が複雑にからみあっていることがわかった。資源の利用権に注目すると、海洋資源の存在様式(ベントス[底生生物]から高度回遊性の水産資源まで)や地域・文化・国家の条件に応じて、採捕する権利の法的枠組みは慣習法から国内法、国際法まで重層的である。国連海洋法条約の発効後でも、領海、EEZなどの制定による国際秩序は確立されてきたが、新たな問題も露呈してきた」。「EEZを越える大陸棚延伸論、海底ケーブルの運用と管理をめぐる国際的な合意などはいまだ未整理の段階にある。地球温暖化にともなう海水面上昇と北極海の開発と航行可能性が注目され、新たな海の権益問題が顕在化している」。

 そして、つぎのように提言している。「海洋環境の劣化、海洋資源の乱獲などの防止は喫緊の課題であり、とくに違法漁業は日常的にも我が国周辺で頻繁に起こっており、「海はだれのものか」に関するさまざまな分野での実効的な法整備と強力な指導性が望まれる。令和二年に至り、追随的な政策対応から決別し、アジアの海域世界と世界の中で日本が果たすべきミッションを提起するべき段階になったというべきだろう」。

 海をめぐって「違法」が目立つように、個々の国家が責任をもって管理することは難しい。国際機関が主導権を握るためには、どうしたらいいのか。国益より人類共通の利益を優先させなければならないことはわかっているのだが・・・。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

高嶋航『国家とスポーツ-岡部平太と満洲の夢』角川書店、2020年3月27日、347頁、1900円+税、ISBN978-4-04-400494-1

 NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」(2019年)は、よく放送できたものだ。放送したのは、2人の主人公からみた近代日本スポーツ史のほんの1断片にすぎないことが、本書を読むとわかる。それがわかっていれば、スポーツ界を蠢くさまざまな人間模様など描けるわけがないと思った。

 1964年東京オリンピックで「ご当地競技」として柔道が採用され、東京2020でも開催国が金メダルをとりやすい環境が整えられた。ナショナリズムと結びつくスポーツは勝たなければ開催地になる意味がない。「ご当地競技」がなければ、不正をしてでも勝とうとするだろう。不正を減らすためには、確実に勝てる「ご当地競技」など勝てる環境をつくらなければならない。公正性や互いを尊重するスポーツマンシップとはほど遠い、現実がある。

 岡部平太というあまり知られていない人物は、帯で「金栗四三との親交、嘉納治五郎との対立、中国・満州・日本友好の理想」と紹介されているが、大河ドラマ「いだてん」にも出ていなかっただろう。

 著者、高嶋航は、岡部平太という人物を通して考えたいことを、つぎのように「はじめに」で述べている。「スポーツを通じて東アジアは良い関係を築くことができるのか、国家とスポーツの関係はいかにあるべきか、という問題である。この二つの問題は、東アジアでオリンピックを開催する意義を考えるさいに、避けて通ることはできない。結論を先取りすれば、岡部平太が我々に示してくれるのは、この二つの問題の失敗例である。ただし、失敗から学ぶことは、成功から学ぶことより多い。我々はそれを批判的に継承することで、よりよい未来に結びつけることができるのではないだろうか」。

 なぜ、岡部平太を通して考えるのかは、つぎのように説明されている。「本書で論じようとしている東アジアや国家という視角を提起しうる人はほとんどいないだろう。これまでの岡部に関する著作は、中国大陸で活動していた三〇歳から五一歳までの岡部についてほとんど触れない。それは彼の人生で最も充実し、起伏に富んだ時期であり、東アジアや国家という問題が鮮明に現れる時期でもある。そんな重要な時期であれば、なぜこれまでの研究で触れられてこなかったのか」。つぎのように、つづけている。

 「この時期の岡部を理解するには、日本の内地のみならず、東アジアのスポーツを全体としてとらえる視角が必要となる。しかし現状では、日本と中国を対象としたスポーツ史は日中両国で積み重ねられているものの、双方を視野に入れた研究はほとんどない。そのうえ満洲は研究の空白地帯となっている。さきほど岡部は「日本」のスポーツ史では脇役の一人にすぎないといったが、東アジアという観点からすれば、岡部は最重要人物の一人である。逆にいうと、岡部という人物を通して、東アジアのスポーツが見えてくるはずである」。

 先取りした「結論」の「失敗」は、「おわりに」の冒頭の「国家とスポーツ」の見出しの最後に、つぎのようにまとめられている。「国家主義スポーツの末路は惨めであった。スポーツは日本的性格と戦争への有用性をアピールすることで存続を図った。自らを道具化することで、スポーツはますます国家への従属を強め、抵抗力を失っていった。岡部自身も、最初はスポーツを通じた東亜新秩序を目指していたが、太平洋戦争が始まるころには、スポーツの道具としての有用性にすら疑問を抱くようになっていた。スポーツに生きてきた岡部にとって、それは自己否定に等しかった」。

 そして、「おわりに」をつぎのように結んでいる。「岡部がスポーツを通じて実現しようとした競争と連帯は、コインの裏表の関係にある。競争しつつ連帯することは不可能ではない。彼が一方の極から他方の極へと転換する瞬間に、その可能性はあったように思われる。もちろん、現実の社会で競争と連帯を両立させることは難しい。だからなおのこと、その可能性を追求することに意義があるのではないか。これは、岡部自身の問題というよりは、現在に生きる我々の問題である」。

 さらに、謝辞で終わることが多い「あとがき」には珍しく、つぎのように岡部に問いかけて、敬意を払って本書を閉じている。「岡部自身は本書を読んでどう思うだろうか。私がそのとき思ったことである。いや、私はいつもそのことを気にしながら原稿を書いていた。あまり触れてほしくないことがたくさん書かれているかもしれない。私は岡部の人生を全面的に擁護するつもりはない。結果として、彼のしたことには、良いこともあれば、悪いこともあった。とはいえ、社会や時代に揉まれながら、理想を貫くために努力を続けた彼の真摯な姿には、心を打たれるものがある。私のそうした思いを本書から少しでも汲み取っていただければ幸いである」。

 存命している人のことについて書くとき、その人が読むことを考えながら書き、書きたくても書けないことがある。しかし、亡くなられた場合、存命の関係者の顔が浮かんでこなければ、客観的に書くことができる。だが著者は、「岡部自身の問題というよりは、現在に生きる我々の問題である」ととらえることによって、岡部の顔を思い浮かべながら本書を書いた。これが、嘉納治五郎だったら違っていただろう。「脇役の一人にすぎない」からこそ描ける歴史がある。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

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