佐藤広美・岡部芳広編『日本の植民地教育を問う-植民地教科書には何が描かれていたのか』皓星社、2020年10月30日、374頁、4000円+税、ISBN978-4-7744-0732-6
本書は、1997年に設立された「日本植民地教育史研究会」を活動拠点とし、2006年から3回の科学研究費補助金基盤研究Bを獲得しておこなった共同研究の成果である。
「日本植民地教育史研究会」の初代代表であった小沢有作は、「「植民地アジアの教育」(=対外教育政策)と「本国日本の教育」(=対内教育政策)という二つの側面の有機的統一的把握の重要性を述べている」。「日本の植民地教育は、アジア植民地民衆の固有の文化と思想に真っ向から対立すること甚だしく、民族の内面生活を踏みにじる精神的暴力を重ね、それを恥じず気づかず、それをその民衆の子ども一人ひとりにまで及ぼそうとした。一方、日本の国内の教育は、植民地支配民族として自己形成することに全力をあげ、他民族に対する尊大と優越という非人間性の観念が日本人にとっては真っ当な道徳であると教え込んできた」。
本書では、「台湾で、朝鮮で、満洲で、東南アジア・南洋群島で、そして、国語で、地理・歴史で、理科で、唱歌・音楽で、体育で、「二つの側面」を有機的に把握するための考察を行おう」とし、3つの視点、「植民地と「日本人化」」「植民地と「新教育」」「「植民地と「近代化」」から論じた。
本書は、序章、これらの3つの視点からなる3部全15論考、おわりに、などからなる。本書は、研究会と科研の研究成果をもとにし「再構成したものであるが、単なる科研報告書のアンソロジーではない。研究者だけでなく、日本の植民地・占領地での教育に対して関心のある、学校教育関係者や一般の方々に、広く読まれることを目指したところに、本書の大きな特徴があると考えている」。とくに年配の読者を想定したのだろう、通常より大きな活字で組まれている。
それぞれの部は、「おわりに」でつぎのようにまとめられている。第Ⅰ部「植民地と「日本人化」」は6本の論考からなり、「日本がどのように現地の子どもたちを「日本人化」しようとしたのか、教科書の内容を分析することにより考察をした。国語教育・日本語教育の論考が中心で、それに音楽教育、地理教育が加わり、さらに日本国内の国定地理教科書から読み取れる、他民族の「日本人化」についても補った。そこから明らかになったのは、時としてあからさまに、また時として子どもたちに寄り添うかのように、硬軟織り交ぜた巧みな手法で子どもたちに日本人としての精神や文化を注入しようとした、植民地教育の実態であった。また、「どういった〝日本人〟」にしようとしたのか、地域によって違いがあることも浮き彫りになった。また、そのねらいが達成できなかった実態があることもわかるなど、興味深い考察になったと考えている。その一方、大きな課題があることも承知している。「日本人化」という視点で植民地教科書を分析・検討するのであれば、修身教科書も考察の対象にしなければならないところだが、今回それが叶わなかった。今後の大きな課題である」。
第Ⅱ部「植民地と「新教育」」は4本の論考からなり、「いわゆる「新教育」が植民地の教育にどのように影響を及ぼしているのかを探ろうとした。学校劇や裁縫教育という、これまであまり研究の蓄積のない分野での論考は大変興味深いものがあるが、さらに様々な教科に見られる「新教育」の諸相について論じられればさらによかったという反省点である。そうすることによって、「新教育」の革新的側面だけでなく、植民地教育に取り込まれて利用された「欺瞞」の側面を、もう少し具体的に論じることに繋がったのではないかと感じるからである。一方、「満洲」では、他の植民地と違う位相で「新教育」が採り入れられているところが描き出されており、「新教育」が「満洲」の特殊性をある意味際立たせることになったと言えるのかもしれない」。
第Ⅲ部「植民地と「近代化」」は5本の論考からなり、「植民地と「近代化」の問題を扱った。この問題については、地域や立場によって現在なおあらゆる評価が錯綜しており、このテーマに取り組むことは容易ではなかった。植民地教科書に近代化・産業化政策がどのように反映されたのかを読み解いていくことは、ポストコロニアルと深く関わる問題であり、本書の中では最も今日的な問題とかかわる部分であった。そもそも「近代」をどう捉えるのか、という根源的な問題があり、「その近代化」は誰のためのものか、またそこで置き去りにされる伝統や民俗についてはどう考えるのかなど、問題への視点が非常の多く複雑であり、現代社会との関わりが深いことからも、さらに研究を進めていく必要が大いにある。そのような中、本書の五本の論考によって、台湾・朝鮮・満洲・南洋群島の各地域における、教科書に見る「近代化」の論考が揃ったことによって、このテーマについて継続して研究をしていく、ひとつの視座を示したことになるのではないかと考えている」。
これら3部の要約の前に、この分野の研究史が、つぎのように紹介されている。「戦後における日本植民地教育史研究は、一九五〇年代に教育制度や理念の研究から始まったが、その後、国語教育・日本語教育の研究がおこなわれるようになり、そしてその次の段階として各教科の研究が始まっていった。こういった状況のなか、あらゆる教科にわたった植民地教科書研究はその蓄積が豊富であるとは言えず、今後ますます深めていかなければならない領域である」。
各論考の後には、「註」があり、参考文献が示されている。若干の中国語を除いて、すべて日本語である。台湾や韓国の研究者との交流はあるようだが、東南アジア・南洋群島の研究者や、欧米の植民地教育研究者との交流はまったくないだけでなく、研究成果も共有していないようだ。20年を超える研究会の活動、10年にわたる科研による共同研究の、つぎの課題がはっきりみえる。そのためにも、出自も受けた教育も違う、ハイブリッドな若手研究者の出現が望まれる。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。