広中一成『傀儡政権-日中戦争、対日協力政権史』角川新書、2019年12月10日、265頁、880円+税、ISBN978-4-04-082313-3
「本書は二〇一三年七月に社会評論社より刊行された『ニセチャイナ 中国傀儡政権 満洲・蒙彊・冀東・臨時・維新・南京』を改題の上、再編集(第一章、第二章を割愛。コラムを割愛ないし統合)し、加筆修正したものです」。
著者、広中一成は、「おわりに」で、つぎのように結論している。「日本の侵略に協力した漢奸や傀儡政権をただ批難することは簡単です。しかし、その「負のレッテル」を取り外し、できるだけ客観的にひとつひとつの事実を丹念にたどって評価することで、見過ごしていた真相が明らかになるのではないでしょうか」。
だが、中国側の研究状況は「客観的に」考察する状況にない。著者は、「はじめに」で、中国、日本、欧米のそれぞれの研究状況をつぎのように説明している。「中国側ではやはり漢奸や傀儡政権は悪であるという前提で論じられているため、客観的分析に欠けている」。「これは戦争で被害を受けた立場であり、かつ現在の政治状況では、そのように評されてもやむを得ない事情があります」。「一方、日本側は、実証面では中国側に勝っていますが、特定の漢奸や傀儡政権に関心が集中し、全容をとらえるような研究が不足していました。欧米の研究は、二〇〇〇年代以降になって盛んになってきましたが、日中の研究の蓄積にはまだ及びません」。
以上の研究状況を踏まえて、著者は2013年に「六つの主要な傀儡政権の興亡をまとめ」、さらに6年後「最新研究を踏まえながら加筆修正し、一般的にはあまり知られていない、中国本土といわれる万里の長城以南の傀儡政権に着目し、彼らの動向を探って」いる。「本書をとおして、漢奸たちとは何だったのか、彼らはなぜ傀儡政権を建てて日本に協力したのか、傀儡政権では何が行われていたのか、日本軍は漢奸と傀儡政権をどう操っていたのかという点を明らかにして」いる。
本書は、はじめに、全4章、おわりに、などからなる。各章では、それぞれ「冀東防共自治政府(冀東政権)」「中華民国臨時政府(華北政務委員会)」「中華民国維新政府」「中華民国国民政府(汪兆銘政権)」が、議論されている。それぞれの章の冒頭に、地図、「中国傀儡政権地域別系統図」、存続期間、政権変遷、首都、指導者が示され、全体像をつかんだうえで、その成り立ちから時系列的に論じている。
そして、「おわりに」で、結論の前に、つぎのようにまとめている。「漢奸も、そして彼らが作った傀儡政権も、結果として日本の中国侵略を助長し、日中戦争を長引かせた元凶であったことは言うまでもありません。密貿易を奨励して、国民政府の税収に被害を与え、日中関係だけでなく、欧米と日本との関係にも悪影響を及ぼした冀東政権や、「ホテル政府」と揶揄され、日本側の意のままに日系企業を興し、アヘン専売を許して日本軍に多額の利益を提供した維新政府。彼らの行為は、断罪されてもやむを得ないかも知れません」。
「しかし、本書で明らかにしたとおり、漢奸のなかには、侵略者の日本とあえて手を組むことで、中国民衆を戦乱から救おうとし、戦争拡大を防ごうとした人物もいました。彼らは傀儡政権を作っても、いたずらに日本に従ったわけではなく、ときには日本側と対立しながら、諸問題を解決しようとしました」。「これらの事実は、漢奸や傀儡政権に相変わらず「負のレッテル」を貼り続けている限り、見えてこないのではないでしょうか。あるいは、見えていても見ようとしなかったのか」。
日本占領下にあったのは、中国だけではない。「大東亜戦争」がはじまると、東南アジア各地も日本軍に占領され、ビルマやフィリピンで「傀儡政権」が成立した。しかし、そこには、日本に抵抗する人びとと日本に「協力」することで被害を最小限に抑える人びとの役割分担が生じた。一方的にどちらがより「愛国者」であったかを決めつけられない状況があった。結果論や現在の政治状況を超えるためには、「大東亜共栄圏」という地域からみることも必要である。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
近刊:早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月10日、412頁、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。