和田博文・呉佩珍・宮内淳子・横路啓子・和田桂子『帝国幻想と台湾 1871-1949』花鳥社、2021年12月25日、498頁、6800円+税、ISBN978-4-909832-49-8
著者のひとり、呉佩珍は「あとがき」で、つぎのように述べている。「日本近代文学と日本統治期台湾文学を専門としている自分は、国会図書館や台湾図書館に所蔵されている膨大な台湾関係の資料に直面するとき、もし、適切な手引書があれば、と常に考えてきた。『帝国幻想と台湾』は、まさに植民地台湾に流通していた資料を網羅しているだけでなく、様々な分野から日本統治下の台湾の実像に肉薄している一冊でもある」。
本書は、筆頭著者の和田博文らによる共同研究として7冊目である。「日本人の異文化都市体験を問う」試みは、1999年に刊行した上海にはじまり、パリ、ベルリン、ロンドンを経て、上海に戻って2冊刊行して、台湾というエリアに取り組んだ。ヨーロッパの3都市を問うたことで、日本人のアジア体験の見え方は変わってくる。
本書のいくつかの特色のうちのひとつは、「日本語の言語表現全般を対象にしていることである」。つづけて、和田博文はつぎのように説明している。「帝国幻想が言語表象として、どのように成立したかが、本書の中心的なテーマである。おのずから本書は、文学研究や歴史学、政治学や経済学など、特定の学問ジャンルの枠内に収まらない、クロス・ジャンルの研究として成立している。別の言い方をすれば、帝国幻想という日本人の心的世界に生起し、言語によって成立する幻想の全体性は、ジャンルを跨いでアプローチしなければ、可視化できないと言っていい」。「この特色はおのずから、膨大な一次資料の海に出ていくことを要請する。それが本書の二つ目の特色である」。3つめは「台湾所蔵のデジタルデータを視野に収めて執筆したこと」、4つめは「本書が日台共同研究として成立していることである」。
本書は、総論および全6部などからなる。「第Ⅰ部「一九世紀後半~二〇世紀前半の台湾と帝国幻想」では、一八七一(明治四)年から一九四九(昭和二四)年までの七八年間を、五つの時期に分けて、変容する台湾の姿と、帝国幻想の成立を概観している」。
「第Ⅱ部「植民地とモダニズム」は、植民地化の進行と、モダニズムの進行を、別々の問題としてではなく、パラレルな関係で捉えている。この章(ママ)[部]では七つの切り口を用意した」。その7つとは、「都市景観」「鉄道とツーリズム」「統治と警察」「実業と糖業」「日本語教育」「医学と伝染病」「神社仏閣」である。
「第Ⅲ部「文化のなかの帝国」は、帝国幻想が文化諸領域で形成されていく様相を明らかにした。それはラジオというメディアから、映画・演劇・美術という表現領域、さらにスポーツ・食・ファッションに及んでいる」。
「第Ⅳ部「日本統治期の出版・新聞メディア」では、日本統治下で三大新聞社と言われた台湾日日新報社・台湾新聞社・台南新報社を取り上げた。それは台北・台中・台南のエリアを代表する新聞社である。ただ「内地」の新聞とは、少し異なる事情が介在した。それは台湾総督府の統制が、より厳格だったことである。単行本の出版も変わらない。台湾には新高堂書店や台湾民報社のような民間の出版社も存在したが、書籍を圧倒的に多く刊行していたのは総督府だった。言い換えるなら総督府は、中国南部や南方も含めての調査活動を精力的に行い、記録を残す一方で、厳しいメディア統制を実施しながら、植民地の「知」の体系を構築していったのである」。
「第Ⅴ部「日本統治期の雑誌メディア」では、台湾で発行された日本語雑誌のなかから、特に重要な七六誌を取り上げて紹介している。雑誌はジャンルやテーマにしたがって、「総合誌・グラフ誌」「実業と社会事業」「大東亜・皇民化・南進」「日本語教育と学校」「博物学・民俗学・医学」「小説と詩歌」「旅行とスポーツ」「映画・演劇・エンターテイメント」「婦人と児童」の九章に分類した」。
第Ⅵ部「資料編」は、「関連年表 1871~1949」と「主要参考文献一覧」からなる。
本書では、利用できる一次資料・参考文献が網羅的に紹介されているので、論文を書こうとする学生・院生のための第一歩として役立つ。本書を手引きとして、「徹底した実証から」「日本統治下の台湾」が鮮明に蘇る。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。