早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2022年04月

小田なら『<伝統医学>が創られるとき-ベトナム医療政策史』京都大学出版会、2022年3月31日、316頁、3800円+税、ISBN978-4-8140-0404-1

 「本書は二〇世紀ベトナムの医療制度に着目し、国家権力(植民地宗主国、南北分断・統一を経た複数の実体)、がそれぞれの正統性の担保の一環として、ベトナムの「伝統医学」を制度化しようとしてきた過程を跡付けた」研究で、帯の裏でつぎのようにまとめられている。

 「「われわれの医学」(ホー・チ・ミン)として建国の理念を体現し、息づくとされるベトナムの伝統医療。しかし、その「北ベトナム」中心のナショナリズムの物語を離れて歴史を辿ると、さまざまな権力作用、概念のもつポリティクス、実際の治療行為が結実した複雑な「伝統医学」像が顕れる。独立・分断・統一のなかで、近代国家はいかに医療の知識を制度に組み込んだのか。その担い手たちにとって、いかなる経験だったのか。公定の「伝統医学」をめぐるダイナミズムを描く」。

 本書で、頻出するキーワードは、制度化と科学化で、序章「伝統医療はいかにして「伝統医学」となったか」で、それぞれつぎのように説明されている。本書では、「制度的医療に伝統医療を取りこみ、正統性のある公定のベトナム伝統医学として社会に定着させた、あるいはさせようとした過程を制度化とする」。

 「こうした医学や医療制度の制度化において、仏領インドシナ期以降は、科学(略)ないし科学化(略)という概念によって伝統医学の理解や認識を改変し、正統性を担保しようとする言説が各時代に現れた。これは一見、近代科学で治療・薬の方法や効果を説明できるようにするものと考えられるが、時代やとる立場によってそこに仮託された意味には微妙なニュアンスの差異が存在している。本書では、もう一つのキーワードとして、正統性の担保のために科学および科学化という語彙がどのように立ち現われ、時代ごとに差異と共通点があったのかに着目する」。

 本書は、つぎのように「仏領インドシナ期以降のベトナムを四つの時期に分けて分析する。すなわち、①仏領インドシナ期、②南北分断期の北ベトナム、③南北分断期の南ベトナム、④旧北ベトナムの政策を引き継いだ統一以降ドイモイ前までの時期に区分する」。

 本書は、序章、全5章、終章のほか、序章の後の「解説 本書で使用する用語」、第4章の後のコラム①「「東医通り」の変化-華僑・華人からベトナム人へ」、第5章の後のコラム②「華人の良医の経験」などからなる。それぞれの章は、序章の最後で、つぎのようにまとめられている。

 第1章「触媒としての西洋医学-フランス植民地期」では、「ベトナムに西洋医学が導入された阮朝末期から仏領インドシナ期に焦点をあて、植民地政府による現地社会の医療への介入を明らかにする。その上で、「東医」が西洋医学と対峙する概念として現れ、同時に南薬に着目する言説も出現しはじめたことを示す」。

 第2章「西医が主導する「東医」の制度化と実践-ベトナム民主共和国(北ベトナム)」では、「フランスと日本の植民地統治からの独立後、一九五四年から続いた南北分断期のベトナム民主共和国(以下、北ベトナム)による伝統医学の組織的な研究・諸制度の整備過程を明らかにする。対して第3章[「東医」「西医」の競合と混交-ベトナム共和国(南ベトナム)]では、同時期のベトナム共和国(以下、南ベトナム)でも伝統医学を医療制度内で管理しようとしていた点を明らかにし、南北ベトナムにおける伝統医学をとりまく環境や概念の差異を考察する」。

 第4章「再編制される「伝統医学」-南北統一以後」では、「南北統一後のベトナムにおいて伝統医学がどのように全国規模で再編制されていったかを、「民族医学」という名称の誕生に着目して分析する。以上のような歴史的背景をもつ、制度化された「伝統医学」の現代ベトナムにおける意味を確認し、第5章[「伝統医学」教育と医師養成-理論家の困難と創造される実践]では、その制度化の柱となる専門医養成の現況と、教育を支える医療資源との関わりを検討する。中部のフエを事例にすることで、北薬が主に用いられていた阮朝から現代までの連続性、あるいは断絶を浮かび上がらせると同時に、現代の「伝統医学」について、その担い手たちがどのように実践し、意味づけているかを明らかにする」。

 終章「「伝統医学」の制度化-伸縮する境界による囲い込み」では、「まず、医療制度内に「伝統医学」を位置づけ、国家が管理するという統治の在り方の性質を明らかにし、第二に、「伝統医学」の担い手にどのような変化がもたらされたのかを考察する。その上で、ベトナムにおいて「伝統医学」をめぐる制度がなぜ維持されているのかを考察したい」という。

 そして、つぎのように結論している。「本書では、ベトナムの「伝統医学」の制度化について検討することで、制度がどのように創られるのかを明らかにした。その過程は国家建設の理念に常に引っ張られるのではなく、前の時代から残された資源、問題点や期待を継ぎ、極めて状況依存的に創られるものであったが、むしろそのことゆえに制度の正統性が担保された」。

 さらに、つぎのように述べて、終章を閉じている。「南ベトナムやドイモイ後のベトナムで顕著に見られるように、問題が起きない限り「伝統医学」に関わる担い手の厳格な管理・統制に資源を割くことをせず、現在においては新自由主義的な市場の自助に任せるという制御の手法は、むしろ制度から逸脱したものをあえて管理・排除しないという巧妙な制御の在り方と捉えられよう。強引な排除に伴う労力を注入せずに、絶妙なバランスでそれぞれの立場の期待や需要に応えながら秩序を保たせるというあり方でもあるだろう。「伝統医学」を成り立たせる制度は、その内と外をはっきりと区分する機能をもつのではなく、患者の信頼、担い手の期待、制度を管理する権力の在り方が重なり合い、相互に作用する場なのである」。

 「制度化」にしろ「科学化」にしろ、順調に進んだわけではない。「権力」が変わり、状況が変わって、臨機応変に対応せざるを得なかった現実があった。だが、いかなる状況であれ、医療を求める人びとが目の前にいた。本書は、その実践の奮闘記でもある。いっぽう、別の見方をすれば、現場を知らない当局の幻想がみえてくる。それは、「医学」だけではなかっただろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

等松春夫『日本帝国と委任統治-南洋群島をめぐる国際政治 1914-1947』名古屋大学出版会、2011年12月25日、290+38頁、6000円+税、ISBN978-4-8158-0686-6

 少し古い本になるが、国際連盟・国際連合が国際紛争にどう対処したのかの起源のようなものを知りたくて、日本が直接関与した南洋群島についての本書を開いてみた。「本書は、国際政治の中における日本の南洋群島委任統治の研究」で、「日本は一九一四年秋から実質的には一九四四年夏まで、そして法的には一九四七年まで三十年余りにわたり、南洋群島と呼ばれた太平洋のミクロネシア諸島を支配した」。

 本書の目的は、「序章」でつぎのように述べられている。「本書の目的は国際政治の中における日本の南洋群島統治の位置付けを、一九二〇-三〇年代の委任統治制度および一九四〇年代後半の初期の信託統治制度全般に関連させながら行うことである。主な問いは二つある。第一は、南洋群島は國際聯盟、関係各国、日本の間の外交でいかなる役割を果たしたのか。第二は、南洋群島の委任統治は委任統治制度とりわけB・C式委任統治制度のいかなる利点と欠点を明らかにしたのか」。

 「その南洋群島が国際政治の焦点となった時期は三つある。(1)第一次世界大戦後のパリ講和会議からワシントン会議までの時期(一九一九-二二年)における戦後処理の文脈の中での南洋群島の扱い。(2)日本が國際聯盟からの脱退を宣言し、ワシントン海軍軍縮条約が失効するまでの時期(一九三三-三六年)における南洋群島の地位。(3)連合国、特に米国による第二次世界大戦の戦後処理の一環としての南洋群島問題(一九四三-四七年)」。

 本書は、序章、全7章、終章などからなる。「本書の構成と目的」は「序章」で、つぎのようにまとめられている。「基本的には時系列順に、各時代において南洋群島に関して生じた諸問題に着目しながら進む。第1章[國際聯盟の委任統治制度]では第一次世界大戦直後の一九一九年のパリ講和会議における委任統治制度の設立と、この制度がもたらした政治的・法的諸問題を分析する」。

 第2章「南洋群島の取得から委任統治へ 一九〇〇-三〇」は、「パリ講和会議からワシントン会議にかけての時期における委任統治地域の分配と、一九二〇年代の安定期の南洋群島委任統治の経過を描く」。

 第3章「國際聯盟脱退と南洋群島委任統治の継続 一九三一-三五」では、「日本の國際聯盟脱退と南洋群島委任統治の関係について分析する。一九三三年に日本は國際聯盟からの脱退を表明し、国内外でこれが南洋群島におよぼす影響についてさまざまな議論と交渉が行われた」。

 第4章「南洋群島とドイツ植民地回復問題 一九三三-三九」は、「一九三〇年代後半の英仏の対独植民地宥和政策と日独同盟交渉の文脈中における南洋群島問題を描く」。

 第5章「ポスト・ワシントン体制の模索と南洋群島 一九三四-三九」は、「ワシントン海軍軍縮条約失効前後に各国が太平洋地域の秩序再編を図った中で南洋群島が占めた位置を考察する」。

 第6章「大東亜共栄圏と南洋群島 一九三九-四五」では、「アジア太平洋戦争前夜から戦時にかけての南洋群島が扱われる」。

 第7章「繰り返される歴史 一九四二-四七」は、「南洋群島をめぐる第二次世界大戦の戦後処理の研究である。その過程では南洋群島のために「戦略信託統治」(略)という特異な概念と制度が生まれた」。

 「本書の基本目的は比較的知れていない歴史的事件を、可能な限り一次史料を用いて掘り起こし、再構成することにある。しかしながら、南洋群島問題が持つ複雑な様相から、本書の目的に沿う範囲で委任統治に関連する領域管理、植民地支配、国際機構、領土主権、軍備管理、軍事戦略などにも事実の検証と理論的分析を行った」。

 「終章」では、冒頭つぎのように本書をまとめている。「一九一四年から四七年までの日本の対外政策の中において南洋群島を総合的に評価することは容易ではない。二十世紀の日本の対外政策の中における南洋群島の意義は、満洲や中国、欧米列強との関係に較べれば副次的なものに過ぎないという評価がある一方、日本が南洋群島を獲得し、國際聯盟脱退後も委任統治領として維持し続けたことが結果的に日本を対米戦争に導き、ついには大日本帝国の滅亡を招いたと重要視する評価もある。いずれの評価を下すにせよ、南洋群島はたしかに二十世紀前半の日本をめぐる国際関係の中で、特定の時代、特定の分野で大きな問題となった」。

 そして、つぎのようなことばで、最後のパラグラフをはじめている。「二十一世紀の今日、帝国主義列強による植民地支配を非難することはたやすい。しかしながら、問題の本質は「現代世界の激烈な状況の中、いまだ自立できない」地域を、国際社会の中でいかに扱うかにある」。つまり、國際聯盟もそれを引き継いだ国際連合も、解決しえないままでいるということである。限界を感じざるを得ない。それを克服するためには、どうすればいいのか。

評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

ロバート・D・エルドリッヂ著、吉田真吾・中島琢磨訳『尖閣問題の起源-沖縄返還とアメリカの中立政策』名古屋大学出版会、2015年4月25日、338+25頁、5500円+税、ISBN978-4-8158-0793-1

 本書を読んで、領土問題と化した「尖閣問題」は二国間の外交では解決できないことが、改めて確認できた。「固有の領土」と主張する国ぐにの根拠ははっきりせず、ほかの国の主張の根拠が明確でないことにたいしては充分説得力のある説明がなされている。したがって、どこの国の領土であるかを確定することはできず、別の方法で問題の解決を図らねばならない。そのためには、まず領土問題を棚上げすることだ。本書で議論されている1972年5月に沖縄の施政権がアメリカから日本に返還される前に激しくなった「尖閣問題」が、同年9月の日中国交正常化を経て棚上げされてしばらくおさまったような機会をとらえてできることを、いま考えるべきだ。

 現在、大きな現実の問題となっているのは、漁業資源だ。南シナ海を含めて、あるいは黄海や日本海をも含めて、東シナ海の持続可能な漁業資源を管理・運営する国際組織が必要だ。遠洋漁業は、もはや民間企業の領域を越えている。国策と国防が密接にからんでおり、国際的な組織でないと対応できなくなっている。つぎに環境問題がある。この豊かな海域を守るのは、1国だけでは限界がある。エコツーリズムなどと絡めて、地球市民の立場から保全を考える必要がある。そして、石油などの開発は1国や特定の国ぐにが独占するようなことにならないよう共同開発し、地球のどこかで紛争が起こったときも安定して供給できる体制をとることができるようにする必要がある。以上の「コモンズの海」の考え方は、非現実的であるかもしれない。だが、提示することによって、「問題」の長期化で得ることができない地域の「富」、そしてそれが国益にも結びつくことを明らかにすることができるだろう。

 日本の憲法9条が、1928年の不戦条約などの地道な活動の成果で、一瞬の間隙を突いて成立したように、来たるべき機会を逃さないように怠りなく準備をすることが、いまわれわれにできることではないだろうか。

 著者、エルドリッヂは、これまで沖縄、硫黄島、小笠原諸島などを通して日米関係を考察してきた経験をいかして、「中立だが巻き込まれている」アメリカの政策を軸に「尖閣はなぜ領土問題化したのか。日米台中の複雑な動きを詳細に叙述、妥協困難な問題として浮上する過程を鮮明に描き出す」。

 本書の内容は、「はしがき」でつぎのようにまとめられている。「本書は、沖縄返還期を対象に、尖閣諸島の地位に関する交渉、およびアメリカの「中立政策」の展開を検討する。そこには現在の出来事との類似点が多く存在するが、本書は、尖閣諸島問題-ここには、日本、中国、台湾の間の領有権、安全保障、石油や天然資源の開発、歴史認識、国家威信が関係している-の同時代的側面を扱うわけではない。本書が焦点を当てるのは、北緯二九度以南の南西諸島(琉球諸島はその一部で、尖閣諸島はここに含まれていた)の施政権の返還が決定・実施された一九六九年から一九七二年にかけての時期に、尖閣諸島がどのように扱われたのかという問題である。より具体的には、本書は、①尖閣問題の起源とその後の先鋭化、②日本、沖縄、台湾、中国の政府や非政府主体などの利害関係者がアメリカ政府に加えた圧力、③米中和解を実現するに際してアメリカの政治指導者たちが働かせた計算、を詳細に検討する。この時期、アメリカが中国との関係を重視する方向に傾いた結果、台湾が中国に関するアメリカと日本の意図を懸念するようになり、米台関係と日台関係が悪化した。同時に、中国問題や貿易摩擦、世界における日本の役割といった問題をめぐって、日米関係にも緊張が存在した」。

 つづけて、本書の特徴をつぎのようにまとめている。「本書の特徴は、沖縄、とくに石垣島、宮古島、与那国島-これらはまとめて八重山諸島と呼ばれる-の状況も検証することにある。このアプローチは、筆者がこれまでの著作の中で取り入れてきたものであり、現地の動きがどのように国家レベル、二国間レベル、国際レベルの出来事に影響を与えるかに着目し、その逆の影響にも関心を払う。その上で、本書は次のことを明らかにする。尖閣諸島を沖縄の領土、すなわち日本の領土として保全する必要性に関しては大筋で合意があったが、沖縄の人々は自らの経済的・政治的利益を本土のそれと同じだと常に考えていたわけではない。彼らは、尖閣周辺地域に埋蔵されている可能性が指摘された石油などの天然資源を、本土の企業が沖縄の利益を無視して開発することを恐れていた。このことは、裏と表に分裂しがちな沖縄と本土の関係の裏側(たとえば、無視されているという感覚や被害をこうむっているという感覚)を際立たせることとなった」。

 「序章 尖閣問題とアメリカの「中立政策」」では、「本書の意義」を6つあげている。「第一に、本書によって、尖閣問題に焦点を当てた本格的な学術書が十数年ぶりに公刊されることになる。本書は、書籍と論文からなる既存研究に加え、機密指定解除された戦後の一次資料や回顧録、オーラル・ヒストリーを活用している」。「第二に、本書は、従来あまり注目されてこなかった、尖閣問題に対するアメリカの関与の歴史と中立政策の起源を詳細に検討する最初の研究である」。「第三に、本書は、沖縄返還の文脈における尖閣問題の位置づけを、従来の研究水準を超えるレベルで詳細に検討する」。「第四に、本書は、日本側の多くのアクターを検証するとともに、日本の尖閣政策の形成について分析する」。「本書の第五の貢献は、〔日米の当局者だけではなく、〕沖縄(返還以前は琉球政府)や台湾、中国の当局者の観点や行動を解明することにある。さらに、本書は、市民社会や政界、財界といった非政府アクターの動向も明らかにする」。「第六に、本書は、返還後の尖閣に関する今後の研究の基盤を提供し、現在の尖閣問題の歴史的背景に関する理解を促進できる」。

 本書は、序章、全5章、結論などからなる。本書は、「外交史・国際関係史であり、それゆえ主として時系列に沿って構成されている」。「各章は、尖閣問題の歴史-とくに日本の関与と、対立に巻き込まれまいとするアメリカの行動-のさまざまな側面を扱う」:「第1章 尖閣諸島の歴史」「第2章 アメリカの占領・統治下の沖縄と尖閣諸島」「第3章 国連ECAFEの調査と尖閣問題の起源」「第4章 沖縄返還交渉とアメリカの「中立政策」」「第5章 沖縄返還協定と日本国内および関係諸国の反応」。

 「結論」では、「何が起ころうとも、尖閣問題が容易に解決しないことは確かである」原因を、つぎのように述べている。「もしアメリカ政府が、四〇年前に中立政策を採用していなければ、今日、何の問題もなかった可能性が高い。尖閣の問題において、今や制御できなくなるまで育っているものは、当時のアメリカがまいた「種」ではない。育っているのは、アメリカが見て見ぬふりをしてきた「雑草」であり、それはアメリカの「愚かさ」を露呈している」。

 そして、つぎのように結論して、本書を閉じている。「中国(と台湾)が尖閣の領有権に対する主張を撤回することは期待できない。また日中台三者間の対話も、国際司法裁判所や地域機構といった外部の第三者機関による仲裁も、期待することはできない。こうした中、皮肉なことではあるが、アメリカが断固とした姿勢を示すことが、東アジア地域の平和と安定を確保する唯一の方法かもしれない。そしてこの場合、中立姿勢や戦略的曖昧性ではなく、抑止とコミットメントこそが、尖閣諸島をめぐる状況を明確にし、安定化させると、筆者は考えるのである」。

 著者が、本書を執筆してから10年が経とうとしている今日、「アメリカの断固とした姿勢」に日本が同調すれば、日本は米中問題に巻き込まれる状況になった。「コモンズの海」にもっていくためには、まだまだ時間が必要である。その時間稼ぎをどうするかが、当面の課題といえるかもしれない。そして、「コモンズの海」のイニシアティブをとるのは、既存の国家ではなく、NGOなどの地球市民・地域住民で、その活動の中心に沖縄をおけば、沖縄の「独立」も夢ではなくなる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

吉澤誠一郎『愛国とボイコット-近代中国の地域的文脈と対日関係』名古屋大学出版会、2021年11月30日、282+22頁、4500円+税、ISBN978-4-8158-1048-1

 「日貨排斥」と聞いて、勘違いをする学生がいる。「貨」を「貨幣」の「貨」と思い、「貨物」の「貨」の商品に結びつかないのである。「日貨排斥」とは日本商品のボイコットのことである。それが、時に暴力をともなう激しいものとなって、20世紀前半の中国で繰り返された。本書の問題意識は、「まぜ、このような運動が繰り返し起こった」のかにある。

 本書の内容は、「あとがき」でつぎのようにまとめられている。「本書は、中国ナショナリズムについての研究であることは間違いないが、多くの部分で、人々が多様な動機から運動に加わったことを強調している。私の理解によれば、愛国を呼びかける言説は、多様な動機による行動を一つにまとめあげる広い通用性と、反論を許さない強い正当性を有していた。愛国運動は、参加者の同床異夢にこそ、その歴史的意味があった。本書は人々の動機の多様性(「異夢」)の側面を指摘しているが、人々がそのような立場の相違にもかかわらず共同して行動することもあったこと(「同床」)の重要性もまた念のため強調しておきたい」。つまり、「同床異夢」が繰り返し起こった原因のひとつで、それぞれ個別の背景とその影響を考える必要があるということである。

 「終章 ボイコット運動の歴史的位相」では、まず、時代背景をつぎのように要約している。「この時代は、清朝末期から中華民国北京政府期に相当している。そして、それは日露戦争後の日本が、政治的・軍事的・経済的に列強の一員としての力量を発揮し、中国に対する進出を強めていった時代ということになる。これに対し、清朝や中華民国は、国力の限界ゆえに、十分に対抗するのが難しい状況にあった。そのなかで、大衆運動として対日ボイコットが何度も発生したのである」。

 本書は、「序章 ナショナリズム研究と対日ボイコット運動」にはじまり、全7章、終章などからなる。「一九〇八年の第二辰丸事件から一九二五年の五卅運動に至る時期の排日運動」を時系列的に考察を進める全7章は、序章「六 本書の構成と日中関係史の視点」で、つぎのようにまとめられている。

 「最初の反日ボイコット運動である第二辰丸事件から議論をはじめ、ついで、満洲問題に関する東南アジア華僑の排日運動(一九一二~一三年)について考察を進める。この二つの事案は、いずれも特殊な地域的背景から解釈すべきであると本書は考える」。「続いて、一九一五年の二十一か条反対運動、一九一九年の五四運動、一九二三年の旅順・大連回収運動について考察する。これらはいずれも、二十一か条と深い関係がある運動として一連のものと言ってよい」。「最後に一九二五年の五卅運動について考えてみたい。これは、もともとは日本資本の紡績工場におけるストライキを発端としていたが、上海共同租界警察による発砲事件を経て、反日反英の運動として展開した点で特異な様相を示した」。

 その後について、本書の考察の対象としなかったのは、つぎの理由によった。「「北伐」を経て南京国民政府が成立し満洲事変が起こるところで、日中関係については別の時期が始まったという歴史認識を持つからである。むろん、排日運動の展開には類似した点も多く認められるが、もし同様であるとするならば、さらなる分析を加えるには及ぶまい」。

 それぞれの章で、具体的な事例を示すことによって、さまざまな動機は、「終章」でつぎのようにまとめられている。「それは国内政治の勢力争いのためであったり、自らの経済的な目的のためであったり、また愛国運動に参加することによる自己実現のためであったりした。このように中国の人々が主体的に個々の外交案件を利用することによって、排日の運動は展開していったとみるのが妥当である」。

 そして、「終章」をつぎのことばで閉じている。「本書が議論した二〇世紀前半の運動においても、中国の政権は微妙な態度を示す場合が多かった。愛国の運動を正面から弾圧することは、かえって反政府の動きを生じさせる恐れがある。他方で、運動が過激化して抑えきれなくなるのも困る。当時の中華民国の中央政府ないし地方政権にとって、愛国的な大衆運動はときに力強い対外交渉の後ろ盾として使える場合もあったかもしれないが、対応を間違えると政権にとって重大な失策となりかねなかった。このようなディレンマは、今なお世界の多くの国々の政治過程を観察するときに見出すことができるだろう」。

 これまで画一的に捉えていた「日貨排斥」が中国本国で、いろいろな背景のもとで起こり、さまざまに影響していたことが、本書からわかった。東南アジア各地の華僑・華人の対応・影響が、その地の状況によってさまざまであったように、国土・人口が広大な中国本国でも画一ではなかったことは、当然といえば当然であったが、それがこれまで可視化されなかった。「貨」は商品だけではなかったこともわかった。東南アジア各地の華僑・華人への影響も、中国本国の動機などによって異なっていたのだろうか。現地の状況だけではない要因も考えなければならなくなった。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

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