早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2022年05月

公益財団法人笹川平和財団海洋政策研究所・中国南海研究院編、角南篤・呉士存監修『東アジア海洋問題研究-日本と中国の新たな協調に向けて』東海大学出版部、2020年3月26日、268頁、3800円+税、ISBN978-4-486-02196-4

 近年、「海底資源や水産資源をめぐって日中両国で様々な争いが生じるようになった」。「本書は日中両国が抱えるこのような諸課題への方策を提示することを目指し、日中両国の海洋分野における有識者を招聘し、4年にわたって笹川平和財団海洋政策研究所と中国南海研究院が実施した共同研究プロジェクトの成果を取りまとめたものである」。

 さらに具体的になにを議論をしたのかを、つぎのように説明している。「本書では、はじめに日中両国における法制度や関連政策、実施体制などを含む海洋政策の展開を取りまとめた。続いて、海洋政策に関する具体の取り組みとして、日中両国が取り組む沿岸域の漁業管理や資源調査をはじめとする沿岸域管理の現状と課題を検討するとともに、現在世界的に取り組まれているブルーエコノミーに注目し、日中両国の認識や関連する取り組みを検討している。さらに日中両国において深化させることが急務となっている海難救助にも注目し、その特徴と今後の展望を検討している。そして、これらの検討を踏まえ、共同研究プロジェクトの成果を総括し、今後の日中両国における海洋政策や両国による協力のあり方を提示している。また、本書は日中両国の政策担当者や国民にその成果を還元すべく、日中両国語で刊行することを予定しており、既に中国側でも出版に向けた作業が進められている」。

 本書は、全15章からなる。これら15章は、5つに分類されている。第1-4章は「日中両国の海洋政策」、第5-7章は「日中両国の海洋・沿岸域管理」、第8-11章は「日中両国におけるブルーエコノミー」、第12-13章は「日中両国による海難救助の課題と展望」、第14-15章は「日中海洋協力の過去・現在・未来」である。「ブルーエコノミーBE」は、2014年に「国連の持続可能な開発知識基盤において、BE概念書がまとめられ、グリーンエコノミーの定義を踏襲し、BEを、海洋資源に頼る(頼ることとなる)世界において、低炭素、資源の有効利用、社会参加の原則に基づき「環境リスクや生態系の劣化を顕著に減らすことで人々の福祉と社会的均等を改善する」ものと定義した」。

 日本側監修者による第15章「今後の日中海洋協力の考える:日本からのアプローチ」が、本書の「結論」になっている。まず「15・1 本プロジェクトの目的:何が課題だったのか」で、つぎのように総括した。「この4年間の取り組みを通じて、海洋安全保障をはじめとする日中両国の国益が直接的に衝突し得る分野における協力は依然として多くの課題を抱えていることが再確認された一方で、ブルーエコノミーや沿岸域管理、持続可能な漁業、環境保全といった分野においては、実施方法や技術革新などの分野で大いに協力し得ることが明らかとなった」。

 これを受けて、「この「東アジア海洋問題研究」プロジェクトの成果が日中両国、東アジア海域、そして地球規模での海洋ガバナンスにどのような貢献が期待できるのか」を、「15・2 海洋ガバナンスへの多元的な貢献:ローカルからリージョナル、グローバルへ」「15・3 本プロジェクトの今後:日中海洋協力の拡大・深化を目指して」で検討している。

 「今後想定される波及効果について」は、「まず、想定されるのは国際会議の場での情報発信が挙げられる」。「次に考えられるのは、海洋政策研究所が実施している調査研究事業への還元である」。「また、海洋政策研究所が実施する海洋安全保障に関する調査研究に対しても、本プロジェクトは多大な貢献を与えている」。

 そして、つぎのようにまとめて、この章を終えている。「このように、様々な展開が今後も想定される本プロジェクトではあるが、その前提あるいは基盤となるのは笹川平和財団海洋政策研究所と中国南海研究院の強固な信頼関係である。また、両者の関係の縦糸とするならば、日中両国の有識者との信頼関係は本プロジェクトの横糸をなす重要なものである。本章でも縷々述べたように、本プロジェクトの成果は日中両国に止まらず、世界が注目している。そのため、これまでの海洋政策研究所や中国南海研究院の取り組みにより、国際社会にはある程度周知されてはいるものの、本プロジェクトの成果をより高みに昇華させることが本プロジェクトに残された最大の課題であると思料する」。

 本書に「東アジア海洋問題」の解決を期待した読者は、大いに失望したことだろう。だが、このような「共同研究プロジェクト」に政府間の問題の即効性のある解決を求めるほうが無理というものだろう。問題があるなかで、できることを探った成果が本書からわかる。「共同研究プロジェクト」の問題の一端は、中国側の実情がわからないことだ。水産資源にしろ海底資源にしろ、環境問題にしろ、中国側の実態がわからなければ、議論のしようがない。とくに「問題」を肌で感じている中国人漁民や漁村の姿などがみえてこない。建前の議論に終始しているように感じられる。現場を見据えた、もっと幅広い研究が必要のようである。そのためにも、「建前の議論」が礎になり、本書から発展させた研究の成果を持ち寄った「共同研究プロジェクト」が立ちあがることを期待したい。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

竹沢泰子×ジャン=フレデリック・ショブ編『人種主義と反人種主義-越境と転換』京都大学学術出版会、2022年3月10日、419頁、3800円+税、ISBN978-4-8140-0389-1

 編者の責任は、どこまであるのだろうか。個々の論文の責任は基本的に個々の執筆者にあり、編者は執筆者を選んだ責任から入稿前に一読して内容を確認し、最小限の全体の統一をはかる、というのが一般的な考えで、その後は編者によりまちまちであろう。だが、本書のように微妙な問題をテーマとする場合、より慎重にならなければならないが、初校、再校...と進み、出版日程がはっきりしてくると印刷所との関係もあり、最後の念校を丁寧に読む時間的余裕はなくなる。もし、最後の最後で執筆者(出版社の編集者によることもあり得る)による修正が入り、そこに問題があった場合、編者に責任を問うことは酷である。類似度判定をする博士論文の提出においても同じような問題があり、審査する教員は再提出に際して修正箇所がはっきりわかるように執筆者に「正誤表」の作成・提出を求めたりする。それでも時間に追われる執筆者も審査員も「見落とす」ことがある。いったん出版された書籍を回収して、修正して出版し直すことは、費用の面からも厳しい。本書の編者たちも、人一倍気を遣ったことだろう。

 本書は、日仏共同研究の成果である。それは、フランス人の編者が日本人の編者に、つぎのように誘ったことからはじまったことが、「あとがき」冒頭に書かれている。「私たちはもうアメリカや英語圏はいいんだ、アジア、それも日本についてもっと知りたい。一緒に共同研究をやらないか」。この出会いがなければ、「アメリカを相対化したり、現代と中世を接続させて差別の問題を考えたりすることもなかっただろう」という。共同研究は、「英語圏の諸理論を一方的に輸入・消費するのではなく、それぞれ人種化経験をもつ非英語圏間の国際共同研究によって、既存の人種研究に介入し、わずかでも貢献できる可能性が開かれるのではないか」、「そうした新たな可能性を求めて」はじまった。

 共同研究は具体的に、つぎのようなものになった。「EHESS[フランス国立社会科学高等研究院]やその関連機関を拠点とするヨーロッパ内の様々な国籍の研究者と日本に拠点を置く研究者で構成される共同研究プロジェクトの特性をいかに活かすか。人種研究の多くを占める一国民国家内を対象とする研究とは一線を画するアプローチを取れないものか。その一つの試みとして各執筆者には、人種主義または反人種主義をめぐる、ひとや学知、言説、運動等の越境と当該社会における転換・変容などの視座が織り込まれたテーマに取り組んでもらいたいと依頼した。その結果、越境的、比較的、複眼的、あるいは広域的な視座を活かす研究が生み出された。たとえば、本書のいくつかの章が扱う植民地主義や帝国主義ひとつをみても、日本もフランスもイタリアも、「外地」(海外領土)に住む人々に対する人種主義的な差別や排除、搾取や抑圧を基軸として作動する外的植民地主義(略)によって拡張政策を進めた歴史を持つ。もちろん冒頭で触れたアメリカも、ある地域では似たような轍を踏んでいるが、人種をめぐる植民地主義研究の大半は、アメリカ国内の内的植民地主義(略)に関するものである」。

 本書は、序論「非英語圏からの共同発進の試み」、5部全10章などからなる。各部は、2章とDialogueからなる。このような構成になったことは、つぎのように説明されている。「日仏チームによる国際共同研究という特色を活かすために、日仏チームから1名ずつでペアを組み、緩やかな共通テーマに基づいて2章で一つの部とし、全体を5部構成としている。それぞれの最終稿が完成した後、執筆者2人に両編者が依頼したコメンテーター2名を加えて、オンラインで対談を実施した。

 第Ⅰ部「前近代と近代の連続性/不連続性」は、第1章「「人種」と「文明」-明治期の教科書記述にみる世界認識の変容」(竹沢泰子)と第2章「バスク人とユダヤ人の間で-いかにスペイン人アイデンティティが人種化したか」(ジャン=フレデリック・ショブ)からなり、「前近代と近代の連続性/非連続性に注意を払いながら「人種」や純血性などをめぐる言説が、いかにナショナル・アイデンティティの称揚や他者の排除と結びつき、変容したか、あるいは時代を超えて循環したかについて考察する」。

 第Ⅱ部「統治と学知」は、第3章「被差別部落へのまなざしと生権力-包摂と排除のポリティクス」(関口寛)と第4章「日本統治下台湾における植民地人類学-「理蕃」政策と先住民族の本質化」(アルノ・ナンタ)からなり、「近代日本が、欧米から受容した学知を、いかに植民地支配下の先住民や国内のマイノリティに対する統治に援用し、これらの人々を人種化するかという問題に接近する」。

 第Ⅲ部「分類する法」は、第5章「20世紀フランスとイタリアにおける法的経験-反ユダヤ人法制、混血児の地位、優生政策」(シルヴィア・ファルコニエーリ)と第6章「近代日本の法的婚姻と人種論-「国際結婚」をめぐる言説空間の変容」(長志珠絵)からなり、「扱われるのは、法制度や社会制度から浮き彫りになる「人種」概念であり、とりわけ国際結婚・異人種間結婚や差別的法律に焦点が当てられる」。

 第Ⅳ部「反人種主義の葛藤と展開」は、第7章「両義的な反人種主義-唯心主義的批判あるいは霊的人種間の不平等」(クロード=オリヴィエ・ドロン)と第8章「反人種主義と霊性-国際主義の歴史再考」(田辺明生)からなり、「反人種主義運動の歴史を紐解」き、「人間の平等を実現しようとした思想家・運動家らの営みを描く」。

 第Ⅴ部「遺伝的祖先と人種の解体/再生」は、第9章「ゲノム情報から「私」の祖先を“選ぶ”」(太田博樹)と第10章「DNA祖先検査は反人種主義に効果的な技術か」(サラ・エイベル)からなり、「現在、世界で急速に広まっている遺伝子検査ビジネスをテーマ」とし、「その解説から始まり、太田博樹による集団遺伝学の観点からの説明」をした後、「文化人類学者のサラ・エイベルによるフィールドワークと文献調査を基に」「問題は、ヨーロッパ系の顧客の利害優先であり、周縁化された人々が不利益を被り続けていることだと問題のありかを示す」。

 そして、「序論」を、つぎのパラグラフで閉じている。「世界は今、人種主義に抗うために、これまで以上に国境を越えた連帯が求められている。本書が読者にとって、私たち日仏の執筆者とともに、人種主義・反人種主義について再考する一冊となれば幸いである」。

 帯の表に「制度が創る人種」「近代以降の連鎖を断つには?」とある。近代をリードしたアメリカ、そしてその言語である英語圏の言説を排除しておこなわれた日仏の共同研究の「共通言語は英語」だった。いわゆる発展途上国のエリートは、欧米の言語で高等教育を受け、近代以降に創られた「人種」を受け入れている。日本もフランスも近代帝国主義側にいた国である。「非英語圏」のつぎは、「非帝国主義圏」を加えた共同研究が必要かもしれない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

キース・ロウ著、田中直訳『戦争記念碑は物語る-第二次世界大戦の記憶に囚われて』白水社、2022年2月10日、344+6頁、3200円+税、ISBN978-4-560-09881-3

 著者のキース・ロウは、「訳者あとがき」で、つぎのように紹介されている。1970年生まれで、「ロンドン在住の叙述家である。マンチェスター大学で英文学を専攻後、歴史・軍事関連書籍の編集者を一二年間にわたり勤めた。現在は作家および歴史家として精力的に活動している」。2012年に出版された本は、『蛮行のヨーロッパ:第二次世界大戦直後の暴力』(白水社、2018年)として日本語訳されている。

 本書が書かれた動機は、「序章」でつぎのように述べられている。「近年、撤去された戦争記念碑はほとんど例がない。実際、取り壊されるどころか、空前の勢いで新しい戦争記念碑が建造されている。この傾向は欧米だけでなく、フィリピンや中国などのアジア諸国でも同様である。なぜそうなるのか」。

 本書の内容については、同じく「序章」でつぎのように説明されている。「本書は、私たちの記念碑について、そして、それらが私たちの歴史とアイデンティティについて本当に何を教えてくれるのかについて書かれている。私は世界中から二五の、それらを建造した社会について、特に何か重要なことを示唆している記念碑を選んだ。現在、これらの記念碑の中のいくつかは、大規模な観光名所にもなっており、毎年何百万人もの人々が訪れている。それぞれ議論の余地のある記念碑であり、それぞれがそれぞれの物語を伝えている」。

 「私がここで選んだ記念碑はすべて、私たちの共同体の過去のある期間、第二次世界大戦に捧げられている。これには多くの理由があるが、最も重要なのは、記念碑の中で、現在の偶像破壊の波にのまれていないように思われる唯一のものが、この第二次世界大戦をテーマとした記念碑だということである。換言すれば、これらの記念碑は、他の記念碑がもはやできない方法で、私たちが誰なのかということについて何かを表明し続けているのだ」。

 本書は、序章、5部全25章、結論、などからなる。5部構成になったのは、「記念碑を大きく五つのカテゴリーに分類した」ことによる。各部については、「序章」でつぎのようにまとめられている。第1部「英雄」では、「戦争の英雄へと捧げられた最も有名な記念碑のいくつかを見ていくことにする。これらは第二次世界大戦の記念碑の中で最も脆弱なものであり、唯一、引き倒されたり、撤去させられたりする可能性を持つものだと思われる」。第2部「犠牲者」では、「戦没者へ捧げられた追悼記念碑を検討し」、第3部「モンスター」では、「戦争の主要な犯罪者を刻んだ追悼の場をいくつか見ていくことにする。これら三つのカテゴリー間の相互作用は各カテゴリーと同様に重要となる。英雄は悪役なしには存在できず、犠牲者もまた、それなしには存在できないからである」。

 第4部「破壊」では、「終末論的な戦争の破壊に関する記念碑について述べ」、そして、第5部「再生」では、「その後の再生のための記念碑をいくつか取り上げる。これら五つのカテゴリーは相互に反映し、補強しあう存在であるといえる。それらは私たちの集合的記憶の別の一部分を荒々しく通過した偶像破壊の波から自らを保護するための、ある種の神話的枠組みを構築したのである」。

 そして、「結論」で、「これらのカテゴリーはどれも単独では存在しえない。私たちの戦争記念碑が他の時代のものよりも堅牢であることが証明されるもう一つの大きな理由は、これら五つのカテゴリーの記憶が、お互いを支え合うだけでなく、互いに増幅し合っているところにある」と述べ、その前につぎのように説明している。

 「本書では、五つの異なるカテゴリーの戦争記念碑を紹介してきたが、それぞれが異なる方法で、私たちにとって重要な存在であり続けている。「英雄」は、私たちの日常生活において不足していると思われる忠誠心、勇敢さ、そして道徳的な強さといったビジョンを提示し、私たちにこうありたいと思わせてくれている。「犠牲者」は、私たちにそれと同じぐらい価値のあるものを与えてくれる。私たちに傷を負わせ、私たちを作り上げた過去の犠牲やトラウマを思い出させてくれるのである。「モンスター」は、私たちが社会の中で最も拒絶しているもの、そしてかつては死守しようとしていたものを思い出させてくれる。アルマゲドンのビジョンは、かつて私たちが受けた膨大な「破壊」を思い出させ、また、「再生」のビジョンは、戦後の混乱の中で、秩序を取り戻そうとする私たちの努力を称えるものである」。

 「結論」は、つぎのパラグラフで終わっている。「歴史が私たちのアイデンティティの基礎であるならば、この歴史は他のどの歴史よりも私たちを定義しているように思える。第二次世界大戦は、私たちがあらゆる国民的感情を投影したいと思うスクリーンである。私たちの記念碑は、そのスクリーンに映し出されたイメージなのだ」。「将来、これらの記念碑がどうなるかは誰にも分からない。私たちは、それが永遠に残ることを願って、花崗岩やブロンズでそれらを作っている。しかし実際には、時代に合わせて変化する能力を持った記念碑だけが生き残ることができるのだ」。

 記念碑は形があり、見えるだけに、直接人びとに訴えかけるものがある。それは、プラスにもなればマイナスにもなるが、だれも将来、紛争の種になるとは思わず建造される。著者のいう「空前の勢いで新しい戦争記念碑が建造されている」ことが、新たな紛争の種にならないことを願うばかりである。実際、いまのロシアのウクライナ侵攻に、どれだけ記念碑が影響しているだろうか?


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

佐々木貴文『東シナ海-漁民たちの国境紛争』角川新書、2021年12月10日、250頁、900円+税、ISBN978-4-04-082373-7

 本書の終章「日本漁業国有化論」は、明治以降の近代日本の漁業史を知っている者なら、頷くことができる。国策と絡んで政府の補助金がつねに投入され、ここにいたって軍事的にも、産業的にも、国有化しなければ立ちいかなくなっている。著者、佐々木貴文は、「近代日本の水産教育」で学んだことを基本に、いま日本の近海でなにが起こっているのか、操業している漁民、さらには水産業における外国人依存などを通して「国有化」を議論している。

 なにが問題で、なにが本書で書かれているのか、まず帯の表のつぎのことばから、概略がつかめる:「尖閣から日本漁船が消える日」「漁業から日中台の国境紛争の現実が見える。現地調査を続ける漁業経済学者による、渾身の論考!!」。

 さらに、帯の裏には、「漁業は国際情勢を映しだす鏡だ」の見出しの下、つぎのように具体的「現実」がまとめられている。「尖閣諸島での〝唯一の経済活動〟、それが漁業である。海の上に線はひけない。漁業活動は食料安全保障に直結しているばかりか国土維持活動ともなっている」。「日本の排他的経済水域(EEZ)は領土に比して世界有数とされているが、実は東シナ海では関係国と相互承認している日本のEEZはほとんどない。東シナ海だけではない。日本海でも、オホーツク海でも水域の画定はされていないのだ」。「尖閣諸島水域を中心に東シナ海の操業は中国、台湾に席巻されてままならず、そもそもインドネシア人に日本の漁業界は既に人材も依存してしまっている」。「なぜ危機的な状況に陥ったのか? 日々の食卓の裏にある国境産業の現実を赤裸々に描く!」

 本書は、まえがき、序章、全5章、終章、あとがき、主要参考文献からなる。「本書の針路と目的地」は、序章「日本の生命線」で、つぎのように説明されている。「本書では、鹿児島県と熊本県の漁師の他、長崎県を拠点とする以西底びき網漁業者や大中型まき網漁業者、宮崎県や沖縄県を根拠地とするマグロはえ縄漁業者など、多くの漁師に目となり耳となってもらい、曇りガラスの向こうにある東シナ海・尖閣諸島の真実に、一歩でも、一マイルでも近づくことを目指した」。

 「そして、彼らの操業が意味していることや彼らが直面する問題、彼らの操業環境の変化などから、東シナ海や尖閣諸島を取り巻く厳しい現実を伝える。加えて、日本漁業そのものの持続性に黄色信号をともす様々な問題についても言及し、東シナ海や漁業を通してみえる、日本の危機にも接近したい」。「そうすることで、厳しさを増す国際環境のなかで、日本がしたたかに生き延びる術や、日本の行く末を考察するきっかけを提供できればと思っている」。

 つづけて各章の概要をつぎのように示している。「第一章 追いつめられる東シナ海漁業」では、「東シナ海の現状を様々な角度から捉え、漁業のみならず、日本の海洋権益の多くが浸食されつつあることを指摘する」。

 「第二章 東シナ海で増す中国・台湾の存在感」では、「日本の東シナ海権益が削られるなか、中国の漁業が著しく発展したことや、台湾のプレゼンスが急拡大したことで、日本の漁業外交も対応を迫られていることを描く」。

 「第三章 東シナ海に埋め込まれた時限爆弾」では、「敗戦後の日本が東シナ海の漁業権益を活用して復活する姿と、その後、権益を喪失して縮小する一連の過程を、「日中漁業協定」という条約の生い立ちに注目して論じる」。

 「第四章 日本人が消える海」では、「あえて視点をかえ、なぜここまで日本漁業が劣勢になったのか、構造的で重層的な背景を、漁村や労働者の姿からみていく」。

 「第五章 軍事化する海での漁業」では、「中国の海洋進出がもたらしている東シナ海・南シナ海の緊張状態を、漁業者の視点を大切にしながら描きなおした」。

 「終章 日本漁業国有化論」では、冒頭「漁業は「第三の海軍」」の見出しを掲げて現状の危機感を訴えた後、「日本がとるべき針路」を議論し、「外国漁船との熾烈な戦いに挑んでいる日本漁業が今、世界の漁業と伍するために必要としている」ことを、つぎの3つにまとめている。「①潤沢な資本注入による生産設備の増強と生産性の向上(漁船の漁獲能力ならびに乗組員の労働環境の向上)、②資源アクセス権の回復(資源外交で存在感を発揮しての漁業権益の確保)、③乗組員の待遇改善と安定的養成(究極的には公務員化による漁船海技師の確保)である」。

 そして、つぎのように結論している。「いずれの針路を想定するにせよ、国民の間で広く、日本は海洋国家であり、漁業は国民に食料を供給することを使命とした、安全保障に直結する産業との認識が共有されなければならない。そして国民から、日本が主権国家であり続けるためにも、強豪国との競争に、人材と権益の二つの確保で立ち向かう必要があるという共通理解・支持を得なければならないのだ」。「いばら道であろうとも、その是非を問うための国民的議論を、「日本漁業国有化論」として正面からおこなう必要があるのだ」。

 さらに、「日本漁業国有化論のその先へ」の見出しの下、つぎのように述べて、終章を閉じている。「本書は、日本漁業の国有化のみが残された選択肢と言うつもりはない。国有化しなければならないほどの危機に漁業があり、国有化を避けたいのであれば、それにかわる案を真剣に議論しなければならないと言っているのである」。「「日本漁業国有化論」は、漁業の存続を考えるツールであるとともに、この日本の未来を考えるツールでもある。東シナ海を水鏡に、国民的な議論が待たれている」。

 漁業だけではない。農業、林業を加えて、農林水産業だけでもない。もっと総合的に日本そのものの将来を考えなければならない危機的状況になっている。著者のいうように、漁業を「水鏡」として、議論の一歩を進める必要がある。いま、「小舟」はさまよっている。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

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