公益財団法人笹川平和財団海洋政策研究所・中国南海研究院編、角南篤・呉士存監修『東アジア海洋問題研究-日本と中国の新たな協調に向けて』東海大学出版部、2020年3月26日、268頁、3800円+税、ISBN978-4-486-02196-4
近年、「海底資源や水産資源をめぐって日中両国で様々な争いが生じるようになった」。「本書は日中両国が抱えるこのような諸課題への方策を提示することを目指し、日中両国の海洋分野における有識者を招聘し、4年にわたって笹川平和財団海洋政策研究所と中国南海研究院が実施した共同研究プロジェクトの成果を取りまとめたものである」。
さらに具体的になにを議論をしたのかを、つぎのように説明している。「本書では、はじめに日中両国における法制度や関連政策、実施体制などを含む海洋政策の展開を取りまとめた。続いて、海洋政策に関する具体の取り組みとして、日中両国が取り組む沿岸域の漁業管理や資源調査をはじめとする沿岸域管理の現状と課題を検討するとともに、現在世界的に取り組まれているブルーエコノミーに注目し、日中両国の認識や関連する取り組みを検討している。さらに日中両国において深化させることが急務となっている海難救助にも注目し、その特徴と今後の展望を検討している。そして、これらの検討を踏まえ、共同研究プロジェクトの成果を総括し、今後の日中両国における海洋政策や両国による協力のあり方を提示している。また、本書は日中両国の政策担当者や国民にその成果を還元すべく、日中両国語で刊行することを予定しており、既に中国側でも出版に向けた作業が進められている」。
本書は、全15章からなる。これら15章は、5つに分類されている。第1-4章は「日中両国の海洋政策」、第5-7章は「日中両国の海洋・沿岸域管理」、第8-11章は「日中両国におけるブルーエコノミー」、第12-13章は「日中両国による海難救助の課題と展望」、第14-15章は「日中海洋協力の過去・現在・未来」である。「ブルーエコノミーBE」は、2014年に「国連の持続可能な開発知識基盤において、BE概念書がまとめられ、グリーンエコノミーの定義を踏襲し、BEを、海洋資源に頼る(頼ることとなる)世界において、低炭素、資源の有効利用、社会参加の原則に基づき「環境リスクや生態系の劣化を顕著に減らすことで人々の福祉と社会的均等を改善する」ものと定義した」。
日本側監修者による第15章「今後の日中海洋協力の考える:日本からのアプローチ」が、本書の「結論」になっている。まず「15・1 本プロジェクトの目的:何が課題だったのか」で、つぎのように総括した。「この4年間の取り組みを通じて、海洋安全保障をはじめとする日中両国の国益が直接的に衝突し得る分野における協力は依然として多くの課題を抱えていることが再確認された一方で、ブルーエコノミーや沿岸域管理、持続可能な漁業、環境保全といった分野においては、実施方法や技術革新などの分野で大いに協力し得ることが明らかとなった」。
これを受けて、「この「東アジア海洋問題研究」プロジェクトの成果が日中両国、東アジア海域、そして地球規模での海洋ガバナンスにどのような貢献が期待できるのか」を、「15・2 海洋ガバナンスへの多元的な貢献:ローカルからリージョナル、グローバルへ」「15・3 本プロジェクトの今後:日中海洋協力の拡大・深化を目指して」で検討している。
「今後想定される波及効果について」は、「まず、想定されるのは国際会議の場での情報発信が挙げられる」。「次に考えられるのは、海洋政策研究所が実施している調査研究事業への還元である」。「また、海洋政策研究所が実施する海洋安全保障に関する調査研究に対しても、本プロジェクトは多大な貢献を与えている」。
そして、つぎのようにまとめて、この章を終えている。「このように、様々な展開が今後も想定される本プロジェクトではあるが、その前提あるいは基盤となるのは笹川平和財団海洋政策研究所と中国南海研究院の強固な信頼関係である。また、両者の関係の縦糸とするならば、日中両国の有識者との信頼関係は本プロジェクトの横糸をなす重要なものである。本章でも縷々述べたように、本プロジェクトの成果は日中両国に止まらず、世界が注目している。そのため、これまでの海洋政策研究所や中国南海研究院の取り組みにより、国際社会にはある程度周知されてはいるものの、本プロジェクトの成果をより高みに昇華させることが本プロジェクトに残された最大の課題であると思料する」。
本書に「東アジア海洋問題」の解決を期待した読者は、大いに失望したことだろう。だが、このような「共同研究プロジェクト」に政府間の問題の即効性のある解決を求めるほうが無理というものだろう。問題があるなかで、できることを探った成果が本書からわかる。「共同研究プロジェクト」の問題の一端は、中国側の実情がわからないことだ。水産資源にしろ海底資源にしろ、環境問題にしろ、中国側の実態がわからなければ、議論のしようがない。とくに「問題」を肌で感じている中国人漁民や漁村の姿などがみえてこない。建前の議論に終始しているように感じられる。現場を見据えた、もっと幅広い研究が必要のようである。そのためにも、「建前の議論」が礎になり、本書から発展させた研究の成果を持ち寄った「共同研究プロジェクト」が立ちあがることを期待したい。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。