小林尚朗・山本博史・矢野修一・春日尚雄編著『アジア経済論』文眞堂、2022年3月25日、256頁、2600円+税、ISBN978-4-8309-5174-9
新型コロナ感染症の影響を盛りこんで最新の「アジア経済論」を展開したと思ったら、今度はロシアのウクライナ侵攻で、全面的に書き直す必要が出てきた、という編著者のため息が聞こえてきそうだ。だからこそ、本書を出版した意義がある。つぎつぎに状況が変化するなかで、すこし落ち着いたときに総括することがしばしばある。そのとき、過渡期の状況を忘れ、結果のみに拘泥して考察・分析してしまう。どこでどのような理由でそうなったのか、その分岐点がおろそかにされることがある。そんなとき、本書を読み返してみると、わかることがあるかもしれない。「賞味期限」は短いかもしれないが、貴重な本で、いま読む価値がある。
本書は、「アジア経済について学ぶことはもちろん、アジア経済を軸に置きながら、今後のグローバル経済について考えるために執筆されたものである」。その概要は、帯の表紙につぎのようにまとめられている。「米中対立を背景とした「民主主義」と「権威主義」の衝突。アジアはまさにその最前線ととらえられている。だがアジアでは、20世紀後半以降、世界中のプレイヤーを巻き込みながら、協調すべき領域を徐々に拡大してきた。地理的概念にとどまらず、アジアを共生に向けた発展モデルとするために、何をどう考えればよいのか。様々な角度から切り込む」。
本書は、3部全16章からなる。「これまでのアジアの経済発展について、今後の展望も含めて考察している」第Ⅰ部「アジアの経済発展」は第1-6章の6章からなる。第1章「アジア経済の発展と新たなフロンティア」では、「世界経済の構造を変えるまでになったアジア諸国の経済発展を地域として鳥瞰し、その発展のメカニズムとダイナミズムを明らかにする」。
第2章「アジアの経済統合の現況と課題」では、「21世紀に入り急増したアジアの経済統合を取り上げ、WTOを補完する自由貿易の枠組みであるFTAなど経済統合について基礎事項を説明したうえで、広域かつ包括的FTAであるCPTPPとRCEPについて経緯、現状、そして中国と台湾のCPTPP加入申請を含む課題について検討する」。
第3章「中国の経済発展と今後の制約要因」では、「急速な経済発展により世界2位の経済大国に成長した中国について、その原点である改革開放政策の概要と成果を検証したうえで、中所得国の罠や米中対立の激化など、今後の発展に向けた制約要因を整理し、中国政府の対応策を考察する」。
第4章「対外経済政策としての一帯一路構想」では、「まず中国の対外経済開放と政策展開の歴史的経緯を整理し、新たな対外経済政策の軸として一帯一路構想が提唱された経済的背景とその意義を明らかにする」。
第5章「シンガポールにおける経済発展-国家主導型開発モデル」では、「アジアの中でも経済・産業振興に成功し、高所得国となったシンガポールの発展要因について考察する」。
第6章「変容する現代インド経済-再生可能エネルギー、デジタル分野を中心に」でが、「世界経済で存在感を高めるインドについて、独立以降の経済政策の変遷を鳥瞰したうえで、再生可能エネルギーの普及による電力不足の改善、化石燃料の輸入依存低減への取り組みと政府主導のデジタル・インフラ整備に焦点をあて、変容する現代インド経済について考察する」。
「グローバルな生産・流通ネットワークにおけるアジアの現状と課題を考察している」第Ⅱ部「アジアの産業とインフラストラクチュア」は第7-10章の4章からなる。第7章「アジアのサプライチェーン再編とグローバル・リスク-エレクトロニクス・半導体産業を中心に」では、「グローバル・リスクとサプライチェーン再編の動きに焦点を当てる」。
第8章「アジアの交通インフラ」では、「アジア域内の交通インフラと国際貿易との関連性をとらえたうえで、輸送モードの視点から、海運および航空に強みを持ちながら陸上交通が脆弱なアジアの現状を明らかにする」。
第9章「アジアにおけるサービス経済化-課題と可能性」では、「先進国の経験とは異なる形で進展しているアジアのサービス経済化を取り上げる」。
第10章「アジアの繊維・アパレル産業と多国籍企業のサプライチェーン-バングラデシュを事例に」では、「繊維・アパレルサプライチェーンにおいて、特に中国から原材料や機械を輸入し、おもに欧米市場に輸出する、製品生産地域としてのアジアに注目する」。
そして、「アジアの中長期的な発展には避けて通ることができない、残された課題や展望を中心に考察している」第Ⅲ部「アジアの課題と展望」は第11-16章の6章からなる。第11章「日韓経済関係を巡る現状と課題-韓国の行方」では、「日韓経済関係の歴史や現状を踏まえたうえで、韓国経済の今日的な課題を中心に考察する」。
第12章「経済発展と民主主義-デジタル化の光と影」では、「従来は相補的ととらえられてきた経済発展と民主主義の乖離について、世界経済の構造変化と関連づけて論じ、状況打開の方向性を模索する」。
第13章「経済発展と格差問題-タイを事例として」では、「絶対的貧困は大きく改善したものの、いまだに世界でも最も格差がひどい国のひとつであるタイを取り上げる」。
第14章「中国の金融政策と人民元の国際化」では、「中国の金融政策の枠組みと手法、最近の金融政策の動向、金利規制と貸出数量のコントロールの関係などについて概観する」。
第15章「アジアのエネルギー市場と気候変動」では、「世界の経済の中心となったアジアにおけるエネルギー市場の概要、アジア並びに地球全体が直面する喫緊の課題である気候変動への取り組み、およびそのアジアへの影響の行方を、それぞれ概観する」。
第16章「イタリアと一帯一路-イタリアの希望と中国の野望」では、「イタリアと一帯一路構想(BRI)について考察する」。
本書は、20年以上にわたって継続してきた「アジア・コンセンサス研究会」の成果の一部で、前身の「新アジア研究会」を含めて、研究会の理念をつぎのように説明している。「「アジア」を単なる地理的概念ととらえるのではなく、新しく創造する共生の地域社会としてとらえることを研究会の理念とし、それに基づく「アジア経済論」のテキストを執筆するというのが、当時としては目新しい「新」の部分であった。幸いなことに、これまで何冊かの本を上梓することができ、現在では同様な理念に基づく類書も見られるようになるなど、ある程度は先駆的な役割を果たすことができたと自負するところである」。
ウクライナ情勢が落ち着き、近いうちにつぎの「版」が出版されることを期待したい。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。