早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2022年07月

後藤乾一『日本の南進と大東亜共栄圏』(アジアの基礎知識6)めこん、2022年5月30日、328頁、2500円+税、ISBN978-4-8396-0329-8

 本書では、東南アジアを中心に「南進」と「大東亜共栄圏」が語られながら、著者、後藤乾一の視野は、もうすこし広く、小笠原諸島や台湾などを含んでいる。

 本書の目的は、「はじめに」で、つぎのように説明されている。「本書の主要な関心は、アジア太平洋戦争(当時は「大東亜戦争」と呼称)の時代とは、東南アジアにとって、また日本にとって、どのような時代であったのか、ということにある。端的に言えば、本当に「すべての物に何ら差別なく太陽の光りと恵みをあまねく及ぼす」世が実現したのであろうか、という素朴な問いかけである。そしてこの基本的な設問を、三つの観点から検討し、時代を追う形で日本と東南アジアの関係を、読者とともに考えてみたいと願うものである」。

 「その第一は、明治期以降の日本と東南アジアの関係について、具体的な事例を通して跡付けることである」。

 「第二は、「大東亜共栄圏」の実現を掲げ、東南アジア全域を支配したアジア太平洋戦争期の日本統治の特質と実態、そして東南アジア側の対応の諸相、さらにはこの時代が同地域に与えた衝撃とその遺産についての考察である」。

 「そして第三は、戦後四分の三世紀余を経た今日、戦時期の両者の関係は、双方の側においてどのように記憶され、歴史化されているのか、という歴史認識に関わる問題の検討である」。

 本書は、はじめに、3部全6章などからなる。各部は2章からなる。前半の第1-3章は、「一九世紀後半から「大東亜戦争」勃発までの半世紀余を対象」とし、「便宜上三期に分けて」論を進めている。「第一期は、一九世紀後半から第一次世界大戦終結まで」、「第二期は、同大戦後の新国際秩序(ヴェルサイユ=ワシントン体制)成立から日本の国際連盟脱退(一九九三(ママ)[一九三三]年)を経、日中戦争勃発まで」、「そして第三期は、それ以降開戦までとする」。

 第2部第4章「東南アジアと「大東亜戦争」」では、「どのような内外状況下で、日本は「大東亜戦争」に突入し、「大東亜共栄圏」樹立の名の下に、東南アジアでいかなる支配を行なったのか、それに対して東南アジア各国はどのような状況下に置かれ、また日本支配に対し、いかなる対応を示したか、について検討する」。

 第3部「「大東亜共栄圏」をめぐる噛み合わない歴史認識」においては、「「大東亜共栄圏」の時代をめぐる日本、東南アジア双方の歴史認識に関わる諸問題を多面的に考察し、より開かれた将来の両者関係を展望する一助としたいと願っている」。

 そして、「現在の東南アジア諸国の主な記念日に、日本との歴史関係はどう関わっているのかを紹介し、本論を閉じ」ている。著者は、「便宜上、①日本によって一九四三年、「独立」を付与されたビルマ、フィリピン、②「同盟」国タイ、そして③戦後、独立を武力で手に入れたインドネシア、ベトナムに分けて」いる。

 「①戦後政治史の中で、軍部支配の自己正当化にしばしば利用されてきた観があるが、ミャンマー(ビルマ)では、一九四五年、国軍も深く関わった抗日武装蜂起が始まった三月二七日を、「軍事記念日」と制定している。フィリピンでは、対日戦におけるバターン死の行進(一九四二年)の犠牲者を悼み、四月九日(米極東軍の降伏日)を「武勇の日」と定めている」。

 「②タイでは、開戦直後、日本・タイ同盟条約下で宣言した対米英宣戦布告は、日本に強圧的に押しつけられたものであり、それは今や無効であると内外に公表した(一九四五年)八月一六日を、「平和の日」と定めている」。

 「③日本の敗戦とともに、各々オランダ、フランスという旧宗主国との独立戦争に突入したインドネシア、ベトナムは、日本が制定した独立路線とは切断された形で、それぞれの独立を内外に宣言した八月一七日、九月二日を「独立記念日」と定め、もっとも重要な国民的記念日としている」。

 著者は、本書を総括して、つぎのように述べている。「これらの事実が内包する意味、そしてその歴史的背景を、謙虚に、虚心坦懐に見つめることが、本当の意味での「未来志向」の日本・東南アジア関係を構築するための、第一歩であることを肝銘しつつ、筆をおきたい」。

 本書には、1990年代に発展した「日本占領期の東南アジア研究」の成果が基本にある。当時、戦争体験者の声を直に聞くことができ、それを参考に考察を深めることができた。その後、徐々に困難になり、いまではそのときに収集した口述資料を含めて、文献史学を主とした領域になろうとしている。戦中生まれで、戦争の残り火を感じながら成長した著者の世代から、戦争を客観視するしかない世代へ、どう研究を継承していくかも、今日の課題となっている。本書は、その意味でも重要な1冊といえる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

陳激『民間漁業協定と日中関係』汲古書院、2014年11月19日、223頁、6000円+税、ISBN978-4-7629-6527-2

 本書「序」は、つぎのようなパラグラフではじまる。「1949年10月に成立した中華人民共和国(以下、中国と略記)と日本の間には、領海及び漁業をめぐって深刻な対立が存在していた。具体的には、東シナ海・黄海における日本の以西漁業の漁船に対する中国側官憲の発砲・拿捕事件の多発である。これら一連の事件は、1950年12月以降続発するようになり、1954年7月まで続き、合計158隻の日本漁船が拿捕された。日本側の人的被害についても、17名の死亡者を含む1,909名の漁船乗組員(以下、船員と略記)が中国に抑留された。抑留は長期にわたることとなった結果、拿捕された船員とその家族は生命の危機や生活に対する不安を覚え、また抑留されなかった船員も、常に発砲・拿捕の不安に怯えながらの操業を行わざるを得ない状況であった。さらに、拿捕された船員の釈放・帰還は認められたものの、漁船が中国側に没収されたことで、日本の漁業経営者に深刻な打撃を与え、経営危機に陥る者も現れるようになった」。

 日本側にとって、ほんとうに困った問題であった。だが、この「日本の漁船拿捕・船員抑留事件は、中国沿岸部への日本漁船の殺到、濫獲といった」中国側の深刻な問題があり、「その背景には、戦前以来の日本遠洋漁業の膨張的性格が大きく影響している。日本は、戦前期に帝国主義的な発展と歩調をあわせるように、遠洋漁業の漁場も次第にその範囲を拡大していった。日本の漁船団が中国の沿岸部で濫獲して資源を廃頽させたことや、濫獲によって得た大量の漁獲物を中国に密輸出し、中国市場の魚価を暴落させたことなどが、記憶として戦後の中国国民の中に残っている。そのため、中国は日本漁業に対する強い警戒心を抱かせるようになったといえる」。現在、このことを知っている日本人は少ない。

 本書の目的は、この「深刻な対立」を解決すべく、日中がどのように対峙したのかをあきらかにすることで、つぎのように「はしがき」でまとめられている。「本書では、1955年に日中両国の民間漁業団体によって締結された日中民間漁業協定に着眼し、国交回復以前の日中関係を論じる。その目的は、半世紀以上前の日中漁業問題及び日中民間漁業交渉の実態を明らかにすることにより、「漁業をめぐる問題」の根底に横たわる今日的な課題の歴史的な背景を浮き彫りにし、日中共通認識の形成に寄与することである」。

 本書に頻繁に出てくる「以西漁業」は、章末の註で、つぎのように説明されている。「主に東シナ海・黄海を漁場とする底曳網漁業で、その許可水域は政令で北緯25°以北、東経130°以西(ただし北緯36°以北の日本海を除く、1952年10月以降は東経128°30′である)と規定されている。漁獲の対象は底魚であり、主力漁船はトロール漁船と底曳網漁船である」。

 本書では、「戦後の日本漁船が中国沿岸部に殺到した背景」として、「占領期における日本漁業の問題点について」、「次の三つの視覚から分析を行って」いる。「第一は、日本政府の漁業政策における以西底曳網漁業の位置づけである」。「第二は、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の漁業政策である」。「第三は、以西漁業における競争環境の形成と、経営・雇用関係のあり方が与えた影響である」。

 さらに、「日中民間漁業協定の漁業史上における意義を考えるにあたっては、次の視角を重視したい」という。「第一に、日米加漁業条約との比較である。日米加漁業条約は1951年12月に仮署名、講和条約発効直後に締結された条約である」。「第二に、日本側の民間漁業団体が交渉の主体となったことの意義である」。

 本書は、序、全3章、結などからなる。本文3章は時系列で、第一章「戦前日本の遠洋漁業と以西漁業」は、「戦前期日本における遠洋漁業及び以西漁業の形成・発展の歴史を整理するものになっている。戦前の日中漁業問題及び、日本の遠洋漁業は野放図な漁場拡大政策によって発展してきたことと、その政策を無規制の公海自由原則が支えていたことについて、従来の研究よりも詳しく分析したつもりである」。

 第二章「占領期の以西漁業と講和問題」は、「占領期における以西漁業の実態を分析するものである。GHQと日本政府の漁業政策、以西漁業の企業経営と労使関係の特質、講和を進める中での漁業問題の扱いを検討し、日本漁船がマッカーサーラインを意識的に越えて操業するようになる背景を考察するものである」。

 第三章「民間交渉と漁業協定」は、「中国側による漁船拿捕・船員抑留の実態と、日中民間漁業協定締結までのプロセスを分析するものである。漁船拿捕の現場と抑留船員の生活を詳細に扱われており、民間漁業交渉・協定実施をめぐる日本側の漁業関係者動向や日本政府の姿勢などを浮き彫りにするものである」。

 そして、「結」では、「日中漁業問題と民間漁業協定の形成過程」を追って、まとめた後、「日中民間漁業協定の意義」について、つぎのようにまとめている。まず、「この交渉過程で注目すべき点は、日本側が、戦前以来堅持してきた無規則の公海自由原則を放棄したことである。具体的には、以西漁業における操業を、操業秩序維持、濫獲の防止実現のために自主規制したことである」と述べている。

 「さらに重要なこと」として、つぎのように「結」を締めくくっている。「日中民間漁業協定にみるような、公海における操業の自主規制は、国際漁業制度史の面からみても画期的なことであった。とりわけ、公海自由概念の変遷からみてみると、1890年代には、米、英、露3ヵ国が北洋海域のラッコ・オットセイの捕獲条約を締結(1891年)するなど、資源保護の目的で公海自由原則を規制しようとする国際協力がすでに始まっていた。しかし、日中民間漁業協定第一条、附属書第一号(六つの制限漁区)のように、公海において紛争を避け、操業秩序を維持する目的で規制を設けたのは歴史上初めてのことであった。さらに、民間漁業協定の交渉過程をみても明らかなように、当初公海における操業に規制をくわえることは日本側の内部に強い異論があった。しかし、中国側に対する妥協の一つとはいえ、日本側が公海における操業規制を容認したことは、東シナ海・黄海における戦後の国際漁業に一つの活気をもたらしたのである」。

 現在の日本の漁業は、本書で議論したときとは立場が逆転して、中国・台湾、韓国・北朝鮮など近隣諸国に漁場を奪われ、守勢いっぽうになっている。だからこそ、かつての日本の帝国主義的略奪漁業を精査し、今後の漁業資源のあり方を近隣諸国に向かって提起する必要がある。過去を糾弾されることを覚悟のうえに。そのためには、中国だけでなく、台湾、韓国・北朝鮮からの「糾弾」も必要である。日本からみた「日本漁業発展史」ではなく、地域の漁業史を理解したうえで、今後の漁業資源を考える必要がある。

 本書を読んで救われたのは、中国での「抑留中の生活もよかった」「日常必需品は何一つ不自由することもなく、特に衣食住には御配慮くだされ」たと書かれていることである。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

弘末雅士『海の東南アジア史-港市・女性・外来者』ちくま新書、2022年5月10日、268+xvi頁、880円+税、ISBN978-4-480-07478-2

 植民地解放闘争を経て近代国民国家を形成した多くの東南アジア諸国は、得たものが多かったものの失ったものもある。近代には大きな戦争があり、戦争は成人男性中心におこなわれ、そのほかの人びとを周縁に追いやり、社会への従属を強いていった。流動性の激しい海域世界に属していた東南アジアでは、臨機応変に対応しなければならない必要性から対人関係を重視し、中央集権的な社会をつくってこなかった。港にさまざまな人びとが集い、そこには女性や外来者などの活躍の場があった。だが、民族主義運動を経て形成された中央集権的な近代国民国家は、そのような人びとを表舞台から退場させた。

 本書は、実証的近代文献史学によって歴史的にも後景に追いやられた、このような人びとを前近代にさかのぼって表舞台に呼び戻し、「前近代から近代への移行期を生きた現地の人々」に焦点を当て、「前近代と近現代を統合的にとらえ」ようとしている。

 本書の概要は、表紙見返しに、つぎのように記されている。「近世から現代まで、ヨーロッパ諸国、中国、日本などから外来者が多く訪れ、交易をし、また植民地支配を行った東南アジア。そこでは、人喰いの風聞を広める人、現地人女性、ヨーロッパ人と現地人の間の子孫、華人などさまざまな存在が、外の世界と現地の間に介在していた。その様相を見ると、いかに多様な人々が各地に存在し、複雑な関係を持っていたか、各地の国民国家形成に影響を与えたかがよくわかる。主に東南アジア海域を舞台に、前近代と近現代、西と東をつなげる画期的な一冊」。

 本書は、はじめに、全5章、おわりに、あとがき、参考文献からなる。本文では、時系列的に話を進めている。副題の3つのキーワード、港市・女性・外来者について、「はじめに」で、つぎのように説明されている。「東南アジアは、熱帯気候のもたらす豊かな産物を有し、インド洋とシナ海さらに太平洋をつなぐ。この地域には、古くから他地域の商人や旅行者、宗教家らが来航した。東南アジアの港町(以下港市と表現)は、外来者に広く門戸を開き、多様な人々を受け入れるシステムを構築してきた。たとえば通訳の手配や居住地の割り当て、市場への商品搬入の仲介などがそれである。また一九世紀の終わりまで、来訪者の多くは男性単身者であった。地域の有力者は、外来者の活動の便宜をはかるため、彼らに現地人女性との一時結婚を推奨した。こうして外来者の多くが、東南アジアで家庭形成し、東南アジアの港市は、多様な出身地の人々やその子孫を抱えるコスモポリスとなった」。

 「東南アジアにおいて女性は、そのような外来者と家庭形成するとともに、商業活動において重要な役割を担った」。だが、「国民国家の成立とともに、現地人女性の外来者との一時結婚の慣習も負の遺産とされた」。

 「おわりに」では、まず冒頭でつぎのように本書をまとめている。「東西海洋交易路の要衝に位置した東南アジアは、多様な外来者を含め社会形成してきた。東南アジアの港市は、交易活動を促進するために来訪者に広く門戸を開き、多彩な地域からの商人を抱えた。他方で港市は、外部世界への窓口となることで、地域の結節点となり、産品を集荷するために産地住民と関係を形成した。港市支配者は、外来商人と産地住民の仲介役であった。こうした外来者と地域社会をつなぐ役割を具体的に担ったのが、外来者と家族形成した現地人女性やその子孫であった。彼らは、外来者に現地の習慣や言語を教え、また商業活動を担った。こうして東南アジアに、華人やヨーロッパ人のコミュニティが形成された。そして一九世紀中頃まで、こうした現地人女性やその子孫は、社会統合に欠かせなかったのである」。

 そして、つぎのように結論している。「植民地解放闘争により、多くの新生国家を形成した東南アジアにおいて、隷属や服属は打倒されるべき対象であった。ニャイ[ねえさんと呼ばれた現地妻]も、インドネシア民族主義運動において植民地支配の犠牲者とされた。民族主義運動は、解放された自由で平等な構成員を基盤とする国民国家樹立を目指していた。しかし、そうして形成された新生国家が前述した諸矛盾を抱えるなかで、前近代から今日に至る内と外の紐帯役や社会統合のあり方を、再考する必要が感じられだした。本書は、その試みの一つとして、外来者と家族形成した現地人女性やその子孫に着目した。植民地体制下で、集団への帰属意識は強まった。ただし、集団間の垣根が高くなればなるほど、仲介役は重要となる。現在でも同様である。服属と自由、接合と分化は、こうした存在にとって、必ずしも対立する別個のものではなく、しばしば表裏の関係にあることに気づかされる」。

 最後に、つぎのように今後を見据えて、「おわりに」を閉じている。「そうした複合性に着目すると、人と人との多彩な関係が見えてくる。社会の流動性が高まる今日、従来の紐帯からの分離やそれによる孤立化が進行している。他方でそれは、新たな関係を生む契機ともなる。自然や他界との関係さらにAI機器や媒体を含めると、交流のし方は多様になる。人をつなぐ媒介者の役割の重要性が、改めて浮かび上がるのである」。

 近代国民国家のための歴史ではなく、グローバル社会や地域社会のための歴史を考えたとき、国民教育だけでなく市民教育が重要になっていることに気づく。近代に女性が排除される前の史料を読むと、多くの場合、女性が男性と対等に扱われている。本書によって女性が表舞台に再登場したのではなく、史料を読む眼が近代に曇っていただけで、本書のように史料を素直に読めば、女性などの役割が正当に評価された歴史叙述になるはずである。近代国民教育からの離陸が必要であることを、「海の東南アジア史」が教えてくれる。

評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

吉成直樹『琉球王国は誰がつくったのか-倭寇と交易の時代』七月社、2020年1月27日、339頁、3200円+税、ISBN978-4-909544-06-3

 本書で展開される「琉球王国」の議論に、拙著『海域イスラーム社会の歴史』(岩波書店、2003年)で扱った海域東南アジアの近世諸小王国を加えることができる。鄭和の遠征(1405-33年)をひとつの契機として成立した諸小王国は、活発化する交易活動に乗じて来航した外来勢力が絡んで盛衰を繰り返した。メインルートにあったマラッカやシンガポールは港市へと発展し、輸出森林産物などの後背地のあったところは外来勢力と結びついた新興勢力と土着勢力の双子の王国が成立した。新興勢力は河口近くにあり、土着勢力は河口から少し遡った支流との分岐点に都を構えた。大河はないが、那覇と首里のように。

 本書の目的は、冒頭、つぎのように述べられている。「琉球弧のグスク時代の開始期から琉球国の成立期頃までの歴史過程のいくつかの画期について、新たな知見を交えて、改めて論点を整理しながら検討することを目的としている」。つづけて、つぎのように説明している。「古琉球がグスク時代開始期(十一世紀半ば)から琉球への島津侵攻(一六〇九年)までを指すとすれば、グスク時代開始期から琉球国の形成(十五世紀前半)までの時期は、古琉球の前半に相当することになる。この時期を本書では「グスク時代」と呼ぶことにしたい」。

 さらに、「はじめに」の最後で、つぎのふたつの課題があるとまとめている。「ひとつは「琉球王国論」の枠組みから離れると琉球国の成立にいたる過程はどのように描けるのかという課題であり、もうひとつは史資料を扱う方法さえ制約する「琉球王国論」は、どのように人びとのこころの中に内面化されたのかという課題である。後者の共有化、内面化された歴史観を、本書では「内面化された琉球王国」と呼ぶことにしたい」。

 本書は、はじめに、全2章、結びにかえて、2つに補論などからなる。2つの補論は、「流れが途切れるためそこで論じることができない議論について」である。2つの章は、それぞれ「結びにかえて」で、以下のようにまとめられている。

 第一章「グスク時代開始期から琉球国形成へ 通説の批判的検討」では、「グスク時代開始期から琉球国の形成にいたる過程について新たな歴史像を提示することに努めてきた。換言すれば、従来の議論の大前提であった「農耕の開始は農耕社会の成立を意味する」という「農耕社会論」を検討し、そこには多くの難点があることを確認したうえで、視点を「交易社会論」に移せばどのような新たな歴史像が見えてくるかを考える試みを行った」。

 第二章「「琉球王国論」とその内面化 『琉球の時代』とその後」では、「琉球王国論」がどのようにして成立し、どのように沖縄の人びとの間で受容され、内面化されたかについて検討した。「琉球王国論」とは、古琉球時代の「琉球王国」の存在を必要以上に高く評価する歴史観であり、この歴史観のもとでは多様な史資料が「琉球王国」にいたる直線的な過程に位置づけられてしまい、無効化されてしまう危険がある。佐敷上グスクが本土地域の中世城郭の構造を持つにもかかわらず、琉球型のグスクとの違いが系譜の違いとしてではなく、時代差などに置き換えられて理解されてきたのは、その典型的な例である。また、「琉球王国論」は、琉球の人びとの主体性を過度に重視するために、歴史叙述を内的発展論に強く傾斜させる弊害がある」。

 そして、つぎのように、本書を結んでいる。「高良倉吉の『琉球の時代』が、沖縄の人びとに、活気に満ち、生き生きとした古琉球の歴史を提示し、かれらを強く勇気づけたことは、疑いもなく確かであろう。しかし、『琉球の時代』の刊行からおよそ四十年が経過し、人びとに憑依した「物語」の呪縛を解放する史資料が準備されているにもかかわらず、十分に生かされていないように思われるのである」。

 軽視されたり無視されたきた人びとの主体性を取り戻すためには、「過度に重視」することも必要である。それにたいする批判・反論とともに、しだいに落ち着くところに落ち着いていく。「琉球王国論」もその過渡期にあるようだ。そして、本書での議論を相対化するためには、日中韓を中心とする東アジア地域の歴史だけでなく、琉球王国の活動範囲であった東南アジアを加えて議論する必要があるだろう。16世紀に進出してきたヨーロッパ勢力が残した資料だけでなく、東アジアの文脈で語ることによって、東南アジアの歴史にも新たな展開が期待できる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

粕屋祐子編著『アジアの脱植民地化と体制変動-民主制と独裁の歴史的起源』白水社、2022年3月10日、487+xxii頁、3800円+税、ISBN978-4-560-09886-8

 本書は、「比較政治学においてアジア諸国の分析が(ヨーロッパやラテンアメリカ地域に比べると)少ないことに常々不満を抱いてきた」編著者、粕屋祐子の思いがよく表れていて、比較のために丁寧に編まれている。その編著者の思いに、東アジア・南アジアの15人の分担執筆者がこたえた。15人のうち、1950年代生まれが1人、60年代5人、70年代8人、80年代1人である。

 「はじめに」で、まず、つぎのように概要を述べている。「本書は、東・東南・南アジアに位置する一七カ国において脱植民地化後に形成された政治体制が、なぜ一部では民主制になり、他の国ではさまざまなタイプの独裁になったのかを理解する試みである。本書では、脱植民地化過程の制度と運動-自治制度、王室制度、独立運動-のあり方の違いが異なるタイプの政治体制の成立につながった、という主張を展開する」。

 最初の見出しの問い「なぜいま、アジアの脱植民地化期に注目するのか」については、つぎのように答えている。「第一に、半世紀前のアジア政治を検討することは、現在の国際秩序の理解に役立つ」。「第二の現代的意義は、現在まで繰り返し起こっている民主制の不安定化に対する理解を促す点である」。

 本書は、序章、2部全15章からなる。序章「アジアの政治体制形成論-制度と運動を中心に」では、編著者が、「本書全体の問題設定をおこなうと同時に、各国分析の章が参照する分析枠組みを提示する。脱植民地化後のアジア諸国において、なぜ一部の国は民主制として独立し、ほかではそうならなかったのか。独裁となった場合には、政党支配、個人支配、寡頭支配、王政と多様なタイプに分かれたのはなぜか。これら本書の問題設定を分析するにあたっての枠組みでは、脱植民地化を果たす直前(一〇年程度の期間)における「政治制度と運動」に注目する。序章ではこの枠組みの詳細を説明したうえで、第Ⅰ部、第Ⅱ部での検討をもとに本書で得られた知見を要約する」。

 第Ⅰ部「民主制の起源」に「含まれるのは、独立時点で民主制となった国々」で、日本、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ビルマ(ミャンマー)、ラオス、インド・パキスタン、スリランカである。第Ⅱ部「独裁の起源」に含まれるのは、「脱植民地化後に独裁となった国々」で、韓国、北朝鮮、台湾、中国、タイ、ベトナム、カンボジアである。

 序章では、第一節「はじめに」で「本書での分析全体を貫く枠組みの提示」をした後、第二節「問題の所在」で、「検討課題の重要性を示し、既存研究はこの課題に対する適切な答えをいまだ見つけていないことを指摘する」。第三節「本書の分析枠組み」において、「本書で新たに設定する分析枠組みを説明する。ここで注目するのは、植民地期末における政治の「制度と運動」である。制度に関して自治制度(選挙・議会等)と王室を、運動に関してはそれが武装闘争をともなう急進的なものであったか、交渉を中心とする穏健なものであったかの違いを重視する。これらの制度と運動のあり方の組み合わせから、脱植民地化を担うリーダー集団のタイプとして、政治家、王族、共産党、独立運動活動家の四種類を導出する。そのうえで、どのタイプのリーダー集団が独立を主導するかによって独立後の体制類型が予測できる、というのがこの枠組みの基本的な考え方である」。第四節「制度と運動をめぐる三条件と最初の政治体制」では、「各国分析の章で得られた知見をふまえ、枠組みの予測がどの程度該当するのか、また、該当しない場合にはなぜなのかを検討する」。

 そして、第五節「おわりに」で、本書の成果と課題をまとめている。成果として、古典的著作が、「民主化の要因として商業資本家層の台頭という社会構造上の要因を重視したのに対し、本書では、アジアの場合は歴史上の制度と運動が重要であったと主張している」。「また、植民地化経験を経て第二次世界大戦に独立したいわゆるポストコロニアアル(ママ)[ポストコロニアル]な国の体制形成を考える際には、ヨーロッパの経験を基礎に置く枠組みでは対応しきれないことも示唆していよう。さらには、アジア以外の地域で戦後に独立した諸国、たとえばアフリカやカリブ海に位置する国における独立後の最初の政治体制を分析する際にも、本書の枠組みは有用なのではないだろうか」。

 課題としては、「宗主国側の対応、日本軍政に対する協力が持った政治的意味、民族構成、冷戦構造の影響といった論点は、いくつかの章で重要な問題と指摘されながら、比較検討に達していない」と述べ、「とくに重要な残された課題は、脱植民地化後の政治体制がその後安定化するのか、それとも不安定化して別の体制に置き換わってしまうのか、そして、安定化・不安定化を分ける要因は何か、という問題である」としている。

 第Ⅰ部、第Ⅱ部は、序章の「表0-2 制度と運動からみた脱植民地期アジアの政治体制形成」を念頭に議論が進められており、各国の変遷は「附表 本書で分析対象とする国・地域の政治体制の類型(1946-1976年)」でまとめられて、一目瞭然である。本書でおこなわれた比較と類型化は、今後の近現代地域史、各国史の基本的枠組みになるだろう。共同研究のきれいな成果を見せてもらった。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

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