早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2022年08月

石川幸一・清水一史・助川成也編著『RCEPと東アジア』文眞堂、2022年6月30日、220頁、3200円+税、ISBN978-4-8309-5186-2

 RCEP(地域的な包括的経済連携)が、以下の15ヶ国の参加で実現した。それがいかにたいへんなことかを伝えるのが、本書の目的といっていいだろう。帯では、つぎのように紹介されている。

 「2022年1月、東アジア初のメガFTA「RCEP」が遂に発効した。ASEAN10カ国、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの15カ国が参加する世界最大のFTAが実現する。日本にとっては、中国、韓国との初のFTAとなる。世界経済と東アジア経済、そして日本経済と日本企業にも大きな意味を持つ」。

 当然のことながら、参加国、それぞれにメリットがないと、このメガFTA(自由貿易地域/協定)は実現しなかった。それぞれについて、「はしがき」でつぎのように説明している。

 まず、「世界」である。「世界の成長センターである東アジアで、初のメガFTAかつ世界最大規模のメガFTAが実現される。RCEP署名時の共同首脳声明が述べるように、RCEPは世界のGDPの約30%、人口の30%、貿易の28%を占める世界最大の自由貿易協定として、世界の貿易および投資のルールの理想的な枠組みへと向かう重要な一歩である。RCEPの発効により、これまでFTAが存在しなかった日中と日韓のFTAが実現される。東アジア地域協力におけるASEAN中心性も維持される。そして現在の厳しい世界経済下で発効に至ったことが重要である。

 つぎに、東アジアにとってである。「第1に東アジア全体で物品(財)・サービスの貿易や投資を促進し、東アジア全体の一掃の経済発展に資する。第2に知的財産や電子商取引など新たな分野のルール化に貢献する。第3に東アジアの生産ネットワークあるいはサプライチェーンの整備を支援する。第4に域内の先進国と途上国間の経済格差の縮小に貢献する可能性がある。

 「これまで東アジアの経済統合を牽引してきたASEANにとっては、自らが提案したRCEPが実現され、東アジア経済統合におけるASEAN中心性の維持に直結する。今後、重要なのは、RCEPにおいてASEANがイニシアチブと中心性を確保し続けることである。東アジアの地域協力・経済統合は、中国のプレゼンスが拡大する中で、ASEANが中心となることでバランスが取られている。

 「日本にとってもRCEPは大きな意義がある。日本にとってRCEP参加国との貿易は総貿易の約半分を占め、年々拡大中である。RCEPは日本企業の生産ネットワークにも最も適合的である。これまでFTAのなかった日中、日韓とのFTAの実現ともなる。多くの試算において、参加国の中で日本の経済効果が最大とされている」。

 「中国にとっても、アメリカとの貿易摩擦と対立を抱える中で、RCEPへの参加と早期の発効が期待された。また日本や東アジア各国にとっても、中国を通商ルールの枠組みの中に入れていくことは、今後の東アジアの通商体制において重要であろう」。

 「はしがき」では、韓国、オーストラリア、ニュージーランドについては書かれていないが、第1章「RCEPの意義と東アジア経済統合」では、つぎのように書かれている。「韓国にとっても、これまでなかった日本とのFTAが結ばれる効果が得られる。貿易の拡大とともに、域内へのサービスや投資の拡大とルール整備も、韓国経済と韓国企業に恩恵となるであろう」。

 「オーストラリアとニュージーランドにとっても、東アジアのメガFTAに入る意味は大きい。両国のRCEP各国との貿易の割合は大きく、域内への輸出やサービスの拡大も期待される。オーストラリアとニュージーランドが求めてきたルール整備の恩恵も、得られるであろう」。

 また、2013年からおこなわれてきた交渉から19年に離脱したインドについては、「いつでもRCEPに戻ることができる仕組みになっている」。詳しくは、第5章「RCEPとインド」で述べられている。

 そして、本書の意義について、「はしがき」で、つぎのようにまとめている。「本書は、このように世界と東アジアの経済、日本経済、東アジアの通商秩序にきわめて重要な意義を持つRCEPを、多角的に考察している。RCEPには多くの考察すべき課題がある。RCEPがどのような経緯でASEANにより提案され交渉が進められてきたのか、RCEPの意義や課題は何か、東アジア各国にとってRCEPはどのような意味を持つか、RCEPの規定はどのようなものであるか、また日本経済や日本企業にとってどのような意味があるか等である。更にRCEPの貿易効果とサプライチェーンへの影響の考察や、国際政治からのRCEPの考察も必要である。本書は、それらに応えるために、国際経済・アジア経済とともに国際政治を含めた多くの専門家が執筆している」。

 本書は、3部全11章からなる。第Ⅰ部「RCEPと東アジア」は第1~5章の5章からなる。第Ⅱ部「RCEP規定と企業活動」は第6~8章の3章からなる。第Ⅲ部「RCEPの展望と課題」は第9~11章の3章からなる。

 最終章である第11章「RCEPの課題」では、6つの節に分けて課題を整理している:「RCEP協定の着実な履行と質の高いFTAへの改善」「発効後のASEAN中心性の維持」「CLMV[カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム]を支援するための協力」「対話と交渉の場の確保と活用」「インドの復帰」「参加国・地域の拡大」。

 参加国にとって重要であるからこそ、そのリスクへの対応もあらかじめ考えておかなければならない。最大の課題は、「着実な履行」である。その背景には、中国の「経済制裁」や「コロナ対策」などで、港や国境の通関で大量の生鮮食料品が検査待ちのあいだに腐っている現実がある。中国は経済大国であると同時に軍事大国でもある。その中国がRCEPに参加している意義はきわめて大きい。そのいっぽうで、「中国対策」がほかの国ぐににとって最大の課題となる。

 その意味でも、日本の役割は大きく、つぎの文章で本書は終わっている。「日本にとってRCEP参加国との貿易は総貿易の約半分を占め、年々拡大中である。これまでFTAのなかった日中と日韓のFTAの実現でもある。RCEPは、日本経済にも日本企業にも大きな経済効果を与える。また日本は保護主義に対抗し、CPTPP[環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定]と日本EU・EPA[経済連携協定]を発効させた。RCEPは東アジアにおける重要なメガFTAの発効となった。日本は、RCEPのメガFTA連携にも貢献できる。日本は、さらに保護主義に対抗して、貿易や投資の自由化と通商ルール化を推し進めていかなければならない。そしてRCEPの主要なメンバーとして、RCEPの一層の進展を支えていくこと、同時にRCEPにおけるASEAN中心性を支えていくことが、日本の重要な課題である。今後のRCEPの進展において、日本は重要な鍵を握っている」。

 参加国のなかで、日本がRCEPの最大の恩恵を受けるといわれている。その成功は、日本がさらに外国に依存し、自給率が低下することを意味している。リスクももっとも大きいといっていい。ASEANは、そのことがわかっているから、域内、中国、日本、EU、アメリカなどバランスよく貿易をおこなっている。「日本は、さらに保護主義に対抗して、貿易や投資の自由化と通商ルール化を推し進めていかなければならない」背景を、深刻に考えていかなければならないだろう。

 「地域的な包括的経済連携」と呼んでもわからないので、「アールセップ」と呼ぶしかないだろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

タンミンウー著、中里京子訳『ビルマ危機の本質』河出書房新社、2021年10月30日、364頁、3200円+税、ISBN978-4-309-22833-4

 本書のタイトルにある「ビルマ」の正式国名は、2010年以来「ミャンマー連邦共和国」である。イギリスから独立した1948年から74年まで「ビルマ連邦」だった。74~88年に「ビルマ連邦社会主義共和国」になり、88~89年に「ビルマ連邦」に戻って、89~2010年は「ミャンマー連邦」だった。いずれも「連邦」がついているが、多民族、多言語、多宗教など多様な「ビルマ」をまとめることは、イギリス植民支配下でも、その前でも後でも実現しなかった。「ビルマ」の混迷は、歴史的に「連邦」が成立しなかったことにある。

 本書は、「はじめに」の前の「ビルマの名称について」ではじまる。いま打ってるワープロでは、「ビルマ」と打つ度に《地名変更「→ミャンマー」》と出る。そんな単純ではないことがわかる。著者自身は「本書全体を通し、習慣から「バーマ」という名称を使用している〔邦訳では「ビルマ」〕。その理由は、一つには、ビルマ語の話者として、国名に形容詞を使うのは居心地が悪いため[「ミャンマー」も「バマー」も形容詞]。二つには、英語においては「バーマ」のほうがずっと響きがいいため。そして最後に、国際表記の改称はネイティヴィズムに基づくものであるからだ」。

 そして、「ビルマの名称について」を、つぎのパラグラフで終えている。「ビルマでは、個人名、地名、民族名、果ては国名さえ変わってきたし、今も変わりつつある。ビルマは、アイデンティティの不安定な国だ。アイデンティティの問題と、この国の風変わりな政治、そしてさらに奇妙な経済とその関係については、こののち本書のなかでくわしく見てゆくことになる」。

 本書の帯には、多少とも関心のある者を誘うことばが並んでいる。「衝撃の事態! なぜこうなったのか?」「ミャンマーには乗り越えるべき宿命がいくつもある」。「国連など外交の最前線で活動してきた「ミャンマー史」の第一人者で、情勢の背景を最も知り尽くした著者が解き明かす真実」。「「最新情勢は何を語るのか-緊急寄稿」を掲載!」。

 間違いなく本書の著者は、「ビルマ」のいまを「最も知り尽くし」ている人物だろう。さらに「NHK 道傳愛子氏 解説」とあるから、日本人から見た情勢も理解できるだろう。関連書が何冊か並んでいれば、本格的に知りたいなら本書を手に取るだろう。さらに帯の裏を見れば、つぎのように、より具体的な内容がわかる。

 「ビルマが破綻国家に陥った場合のシナリオはこうだ。国軍は都市部とイラワディ渓谷地域を掌握するが、都市ゲリラ攻撃と継続する反乱により、暫定軍事政権が確固とした安定を築くのは難しい。ストライキは終わりを迎えるものの、数百万人が職を失い、圧倒的多数は行政の基本的サービスを受ける手がかりをほとんど、もしくはまったく持てない。……少数民族軍事組織は容赦ない空爆と陸軍の攻撃に晒される。……ビルマにはもう残された時間がほとんどない」。

 この本書の概要のように見える文章は、2021年2月1日の国軍の「クーデタ」後に、「日本語版」に「緊急寄稿」された「最新情勢は何を語るのか」から抜粋されたものだ。著者が本書で書きたかったことは、「はじめに」の最後に、つぎのように記している。「本書はおもに、二〇〇〇年紀が切り替わる前後の独裁政権最盛期から今日に至るまでの過去一五年ほどに焦点を合わせている。しかし、それより過去に起きたことのこだまは、むしろ現在、より強く反響するようになってきた。そのためまずは、始まりの物語からひもとくことにしよう」。

 本書の原題はThe Hidden History of Burmaである。わたしは「ビルマの表に出ない歴史」と訳すことにしたい。「隠した歴史」でも「隠された歴史」でもなく、表に出ないだけで「ビルマ」の人びと一人ひとりが生まれてきたときから背負わされたものだろう。それが困難なときほど、「より強く反響」する。著者が歴史にこだわり、「「ヤンゴン・ヘリテージ財団」を創設し、英国の植民地時代に建設されたヤンゴンの歴史的建造物の保護・保存に尽力するとともに、市民の生活と伝統文化が共存する持続可能な都市としての街づくりについて活発な提言を行ってきた」ことの意味は、このあたりにある。

 歴史的背景を理解したうえで、今日の問題は理解できる。だが、問題を解決する術がない絶望感が読後に残った。では、どうすればいいのか。低地の仏教徒だけの国家ではなく、連邦国家を形成するのであれば、共通の価値観をもつ、さまざまな背景をもつリーダーの育成が必要で、官僚となる民間人だけでなく、軍人も少数民族も、仏教徒もイスラーム教徒もキリスト教徒も、同じ教室で学ぶ必要がある。それぞれの集団も一枚岩ではない。少数民族にいたっては、同じ民族のように扱われるなかにまったくことばが通じない人びとが混住している。

 ただ喫緊の問題は、人びとが飢え、死ぬことだ。そのためには、NGOの活動をやりやすくすることが必要だろう。人道的にいろいろなことをしようとしても、世界中の善意の寄付金や物資の多くが人びとに届く前に消えてしまう。必要とするものが必要な人に届くようにし、人びとが死なないようにすることが、先決だ。その意味で「ビルマにはもう残された時間がほとんどない」。いまできることのなかには、歴史遺産の保護・保存もある。手をこまねいているだけではなく、なにかしているうちに光が見えてくることもある。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

片岡千賀之『近代における地域漁業の形成と展開』九州大学出版会、2010年10月31日、298頁、7000円+税、ISBN978-4-7985-0028-7

 本書の目的は、「序章 本書の目的・方法と構成」「1.目的と方法」「(1)目的」の最後で、つぎのようにまとめている。「本書は、地域漁業を漁業ごと、経営主体ごとに記述することで、その生成、発展、直面した課題とその克服、あるいは挫折の過程を分析し、漁業の系譜、漁業展開や組織における地域個性を考察する。各地域の漁業を9編集めたことで、漁業における資本主義的発展の多様な形態を理解することを目的としている。これらの事例は、現在においても地域の基幹産業であることが多く、こうした地域漁業の起源、原型、発展コースを示すことは、地域漁業の再生が課題になっている今日、再生を模索するにあたって多くの示唆を与える」。

 「(2)方法と視点」では、「産業論の観点から3つの側面からアプローチする」と述べている。つぎの3つである。「第一は、漁業生産から水産物の流通・加工に至る一連の商品化の過程を産業システムとして一体的に把握することである」。「第二は、漁業組織、編成原理という経営側面についてである」。「第三は、漁業の創業者・リーダーについての考察である」。

 そして、「本書が対象とする九州・沖縄は大都市の消費地市場から遠隔であるため、交通・運輸手段の発達が決定的な重要性をもった」と指摘し、「輸送手段の発達により、九州・沖縄地区は食料基地として位置づけされるようになったともいえる」とまとめている。

 「2.本書の構成」では、「9編の事例を9章に収録した」個々の章の「初出論文と簡単な概要を記して」いる。

 「第1章 古賀辰四郎の八重山水産開発」の概要は、つぎのようにまとめた。「古賀は、明治初期に沖縄に渡った海産物商で、八重山を舞台に内地や外国に移輸出する貝殻、海鳥採取、カツオ漁業・カツオ節加工を興した。漁業は糸満漁業に立脚し、販売拠点は那覇と大阪に置いた。古賀による水産開発は、近代沖縄漁業の幕開けといえる」。

 「第2章 那覇の漁業発展と鮮魚販売」では、「那覇の深海一本釣りやマグロ延縄漁業の発達、漁獲物の流通販売の発展過程を糸満漁民の追込網漁業と糸満婦人によるその販売と対比して論述した。また、集落によって漁業の形態が異なること、親族による企業的漁業の編成と家族員の役割分担に注目した」。

 「第3章 沖縄県のカツオ漁業の発展と水産団体-照屋林顕の事績を中心に-」の概要は、つぎのようにまとめた。「照屋は漁業出身ではないが、いち早く動力船カツオ漁業の有望性に注目して事業を興したばかりか、カツオ漁業の組織ともいえる沖縄県水産組合(後の県水産会)と沖縄県漁業組合連合会の運営に携わって、沖縄県のカツオ漁業の振興と近代化に貢献した。餌料漁場の確保をめぐって糸満漁業と対立し、カツオ節の販売では商人支配を脱して共同販売を推進した」。

 「第4章 奄美大島におけるカツオ漁業の展開過程」の概要は、つぎのようにまとめた。「宮崎県などからカツオ漁業が伝播して奄美大島、沖縄は主要カツオ漁業地として成長するが、そこでの経営形態は村落共同経営であり、餌料採捕、カツオ漁労、カツオ節加工を一貫経営した。経営原理を平等出資、平等就労、平等分配とした点も沖縄のカツオ漁業と共通する」。

 「第5章 宮崎県におけるカツオ・マグロ漁業の発展」では、「宮崎県でも県南部のカツオ漁業は、漁船を大型化し、漁場を拡大して、餌料供給、カツオ節製造と分化しながら、マグロ延縄と結びつくのに対し、県北部のカツオ漁業は小型漁船による沿岸操業にとどまり、イワシ漁業、カツオ節製造との結びつきを維持する方向に二極分化した。漁業賃金の形態変化についても詳述した」。

 「第6章 宮崎県におけるイワシ漁業の展開」では、「イワシ漁業は一方ではカツオ漁業の餌料を供給しながら、地方で刺網の台頭、揚繰網(まき網)の導入とイワシ加工業の発達で、基幹漁業として成長した。各種イワシ漁法の併存と競合が家族経営と企業的経営の対抗関係をまといつつ展開した」。

 「第7章 宮崎県を中心としたブリ定置網漁業の発達と漁場利用」では、「宮崎県は、日高亀市・栄三郎によってブリ定置網の考案、改良が進められ、主産地となったが、改良定置網の普及に伴う生産動向とともに漁場利用の変化を漁業制度、漁場紛争を通して考察した」。

 「第8章 長崎県・野母崎のカツオ漁業とイワシ漁業の変遷」の概要は、つぎのようにまとめた。「カツオ漁業は漁船動力化の過程で衰退し、イワシ漁業は家族経営の刺網と縫切網から転換した揚繰網が対抗しながら発展をとげる。イワシ加工は大正期に魚肥製造から食用加工向けに転換した。集落によって漁業形態を異にしながら発展する」。

 「第9章 長崎県における漁業の発達と魚市場」の概要は、つぎのようにまとめた。「長崎市の漁業は、汽船トロール、以西底曳網、沿岸のまき網が継起的に発展し、企業的漁業の形成とともに魚市場の移転、氷の使用、鉄道輸送が始まる。魚市場は長崎県水産組合連合会(後の県水産会)が管理し、制度的にも整備されていく。市場内では市場業者の分化、代金決済機構の確立、問屋・仲買人の流通支配と漁業投資などを考察した」。

 そして、つぎのように総括している。「各地の漁業はそれぞれ単独で存在しているようでも、同一漁業、例えばカツオ漁業やイワシ漁業とそれぞれの加工は地域を越えて同時進行し、時には相互につながる、あるいは同一地域では各種漁業が相互に規定しあいながら展開している。章別編成は地域漁業の形成と展開を考察するために漁業主体ごとに並べているが、章を横断して同一時期、同一事項を対比することは地域性、時代性を浮かび上がらせるうえで有効で、そうした読み方もできる」。

 たしかに地域漁業の実態はわかった。だが、その地域を担った人びとのなかには、ほかの地域から来て漁村を形成した者もいる。漁場は、黄海、東シナ海、南シナ海、さらに遠方に拡大し、朝鮮、中国などの漁民と競合した。そのあたりのことが、本書ではわからない。「各地の漁業はそれぞれ単独で存在している」わけではないのならば、視野を広げて考察しないと、地域の問題はわからない。とくに今日の日本の漁業を考えるには、地域漁業研究を超える必要がある。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

貴志俊彦『帝国日本のプロパガンダ-「戦争熱」を煽った宣伝と報道』中公新書、2022年6月25日、209頁、840円+税、ISBN978-4-12-102703-0

 本書の概要は、表紙内側および帯の裏に、つぎのようにまとめられている。「日清戦争に始まり、アジア太平洋戦争の敗北で終わった帝国日本。日中開戦以降、戦いは泥沼化し、国力を総動員するため、政府・軍部・報道界は帝国の全面勝利をうたい、プロパガンダ(政治宣伝)を繰り広げた。宣伝戦はどのように先鋭化したか。なぜ国民は報道に熱狂し、戦争を支持し続けたのか。錦絵、風刺画、絵葉書、戦況写真、軍事映画など、戦争熱を喚起したビジュアル・メディアから、帝国日本のプロパガンダ史を描きだす」。

 著者、貴志俊彦は、本書の目的を、つぎのように述べて「まえがき」を終えている。「本書は、多様なビジュアル・メディアを紹介しながら、日清戦争期からアジア太平洋戦争直後の占領統治期に至る五〇年間、とりわけ政府・軍部、報道界、国民の三者の関係をとおして、プロパガンダの主体の変容過程を跡づけることを目的とする」。

 そして、「あとがき」で、つぎのように述べている。「執筆を進めていくと、この五〇余年間の戦争の時代と、現在の事象との間に接点が多いことに否応なく気づく。いま私たちが生きる時代にも埋め込まれている危機をいかに回避していくべきか。その知恵は、本書が対象とした時代のなかに確かにあると考えている」。

 それは別のことばで、序章「戦争と宣伝」を結ぶにあたって、つぎのように問いかけている。「過去と現在、ビジュアル・メディアはどのように駆使され、人びとの心を揺さぶったのか。一九世紀末以降、なぜ情報の信憑性が顧みられず、人びとは国家プロパガンダに追従する方向に陥ったのか。フェイクニュースが飛び交い、ポスト・トゥルース(脱真実)と呼ばれる現代だからこそ、過去の歴史の轍を辿らないためにはどうすればよいのか、考える必要があろう」。

 本書は、まえがき、序章、全7章、終章、あとがき、などからなる。本文全7章では、「一八九〇年代以降、およそ一〇年刻みで変化するプロパガンダ=宣伝に準拠して、虚飾にまみれた戦争の「顔」を腑分けし」、「序章」でつぎのように「日本におけるプロパガンダ変遷の見取り図を示し」ている。「一八九〇年代~一九〇〇年代」(第1章「日清戦争期-版画報道の流行(一八九〇年代)」・第2章「日露戦争期-「戦勝神話」の流布(一九〇〇年代)」)、「一九一〇年代」(第3章「第一次世界大戦期-日独戦争をめぐる報道選択(一九一〇年代)」)、「一九二〇年代」(第4章「中国、米国の反日運動-報道と政治の関係(一九二〇年代)」)、「一九三〇年代前半」(第5章「台湾霧社事件と満洲事変-新聞社と軍の接近(一九三〇年代前期)」)、「一九三〇年代後半」(第6章「日中戦争期-国家プロパガンダの絶頂期(一九三〇年代後期)」)、「一九四〇年代前半」(第7章「アジア太平洋戦争期-ビジュアル報道の衰退(一九四〇年代前期)」)、そして「一九四〇年代後半以降」(終章「敗戦直後-占領統治のためのプロパガンダ(一九四〇年代後期)」)。

 「まえがき」は、つぎのパラグラフではじまる。「帝国日本とは、一八九〇年(明治二三年)一一月二九日に施行された大日本帝国憲法時代の日本である。国土は、明治、大正、昭和前期をとおして、現在の約一・八倍にも及び、東アジアだけでなく、樺太(現ロシア・サハリン州)南部や南洋群島(現ミクロネシア連邦一帯)を含む西太平洋にも広がっており、南極にも飛び地があった」。

 厳密にいうと、この表現は正確ではない。南洋群島は、国際連盟によって委託統治を託された地域であり、南極で「飛び地」とした大和雪原は氷だけでその下に地面はなかったので「領土」として主張できないことが後に判明した。さらに、これは土地面積の話であって海域は含まれていない。当時の日本人は、「領海」を含め、空間的にはさらに広い「国土」を認識していた。

 「なぜ情報の信憑性が顧みられず、人びとは国家プロパガンダに追従する方向に陥ったのか」。インターネットの表面的な情報だけを追っていては、「過去の歴史の轍を辿」ることは目に見えている。本書のような新書できっかけをつかみ、一般書・教養書へと進み、さらに専門書へ読書の幅を広げていくことが望ましいが、それをすべての人に求めることはできないだろう。せめて、人文・社会科学系の学生には、専門分野にかかわらず、いろいろな一般書・教養書を読んでほしい。一般書・教養書を執筆する機会が増えると、より広い視野をもって専門書が書ける研究者も育つ。定価1000円前後にもなった新書がやたら目立つようになったが、良質の一般書・教養書も必要だ。内外の「国家プロパガンダに追従する方向に陥」らないために。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

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