山田七絵編『世界珍食紀行』文春新書、2022年7月20日、245頁、980円+税、ISBN978-4-16-661362-5
これまで喉を通らなかったものは、モンゴルのゲル(家屋)の中で出された羊の腎臓パイだけだ。ほかは腐っていようが、出されたものは食べた。出されたものを食べるのは、相手を信用していることを示すことになるからだ。もちろんわたしが「腐っている」と思っても、おなかを壊すとはかぎらない。壊すかもしれないと思ったものは、できるだけ少しずつ、何度か口に入れた。
本書は、そんな調査対象者の目を気にしながら食べたものから、執筆者の好奇心からこっそり食べたものまで、「日本では誰も味わったことのない美味・珍味、時に悶絶するゲテモノ食」を含め、「開発途上国の専門家が集うアジア経済研究所(通称、「アジ研」)の職員三七人(元職員、編者を含む)が、世界の三五の国・地域で体験した食をめぐるカルチャー・ショックについて思う存分語ったエッセイ集である」。
本書は、「『アジ研ワールド・トレンド』誌の連載コラム「世界珍食紀行」(二〇一六年一〇月号~二〇一八年三・四月号)および後継誌にあたるウェブマガジン『IDEスクエア』の「続・世界珍食紀行」(二〇一八年四月~二〇二一年四月)に掲載された全三九回のエッセイが元になっている」。
「本書は「珍食」と銘打っているが、食を手掛かりに現地社会をよりよく理解することをテーマとしている。したがって、いわゆるゲテモノの類ばかりを取り上げているわけではない。思うに、私たちが異文化の食に戸惑う状況にはいくつかのパターンがあるようだ。一番分かりやすいのは普段食べ慣れない食材との遭遇だが、既知の食材でも食習慣や嗜好、調理法の違いにより、予想を裏切る味にびっくりすることもある。食事の作法や、レストランの業態が特徴的な場合もある。また、地域によっては政治経済的な事情から、そもそも安全かつ十分な食べ物が得られない、という状況に直面することもある」。
「開発途上国の専門家が集まるアジ研」で、「カフェテリアでの昼食時、給湯室や廊下でのちょっとした雑談、あるいは夜の飲み会などの場で、研究成果にはまったく結びつかないが間違いなく面白い、滞在先での奇妙な体験をしばしば耳にする」。そのなかに「珍食」がある。
だが、おもしろ半分で語るのと、こうして活字になるのとでは意味が違う。書くことをためらう人がいたことを、「おわりに」でつぎのように紹介している。「熟考の末に執筆を断った」理由は、「自分の専門地域が宗教上の理由等により保守的な食文化であるため書きづらい」「日本であまり知られていない国なので珍食を紹介することで日本の読者に悪い先入観を与えたくない」というようなものであった。ひょっとしたら、自分だけのフィリールワーク中の秘密を教えたくない、という理由もあったかもしれない。
「悪い先入観を与えたくない」にたいする答えのひとつとして、アジ研を訪れる外国人が「発見」した日本の「珍食」を、なぜ「珍食」と思ったのか、理由を添えて紹介するのもいいだろう。日本人が世界各地で「珍食」を「発見」するように、日本を訪れる外国人も日本各地で「珍食」を「発見」している。
これだけの「食通」が揃っているのだから、さぞアジ研のカフェテリアのランチは、それをいかしたものになっているのだろう。「珍食」を評価できるのは、日ごろの食生活があってのことだから。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。