鈴木祥『明治日本と海外渡航』日本評論社、2022年9月1日、210頁、5000円+税、ISBN978-4-535-58774-8
本書の目的は、「序章」の最後で、つぎのように述べられている。「一九世紀後半を対象とする従来の外交史研究の主な関心は、条約改正を通じて日本が西洋と対等な関係を目指す過程およびこれと並行して進められた東アジア秩序再編の試み(日清戦争に帰結する華夷秩序への挑戦)にあったといってよい」。「海外渡航をめぐる国家の対応を追求する本書は当該期外交史研究に新たな視点を加えることができると考えられる」。
また、先行研究は「いずれもヒトの移動をめぐる社会経済史の観点に立った成果といってよく、国家による渡航者管理の取り組みに対しては相対的に関心が薄い」と述べ、「一次史料に即して海外渡航をめぐる政府・外務省の対応を精緻に追求した研究は、移民史の分野においても存在しないのが現状である」と、本書のオリジナリティを強調している。
本書は、序章、2部全7章、終章、あとがき、などからなる。第一部「渡航解禁と国家の体面」では「一八五八年から八八年までを考察対象とし、まず第一章[幕末日本と海外渡航の解禁]で幕府が改税約書の締結によって海外渡航を解禁し、旅券制度および領事制度の原型を作る経緯を確認する。次に第二章[明治初年の条約改正問題と片務性克服の試み]では、安政五ヶ国条約はじめ西洋との通商条約がいずれも在外日本人の権利を欠いた片務的内容であったことに着目し、明治初年の外務省による片務性克服の試みについて検討する。第三章[領事制度の創設と在外窮民問題]では、渡航解禁直後より在外窮民(渡航後の失業や傷病により自活や帰国の手段に窮した日本人)が続出したことを受けて、外務省が領事制度を整備し西洋の標準に拠って救助方法を模索する過程を明らかにする。そして、第四章[海外出稼ぎの管理]では外務省による出稼ぎ労働者の渡航管理について検討し、ハワイ官約移民の開始にともない外務省の注意がアメリカで進む清国人排斥に向かっていったことを指摘する」。
第二部「アメリカ渡航と排日の懸念」では「一八八八年から九四年におけるアメリカ渡航をめぐる外務省の対応を検討する」。まず、第五章「アメリカ渡航問題のはじまりと出国管理の法的前提」では「日本人の渡米が条約改正問題にも影響を与え始めた一八八八年から九一年前半を対象とし、渡航売春婦の取締法制定をめぐり政府内で行われた審議の検討を通じて、国内法による渡航者管理の問題点を確認する。次に第六章[榎本武揚の「定住移民」論とアメリカ渡航問題]では九一年以降出稼ぎ人の急増により日本人排斥が現実味を帯びるなか、前述の通り海外進出論者であった榎本武揚が外相としてどのようにアメリカ渡航問題に対応したのかを明らかにする。そして第七章[移民保護規則の制定と対米条約改正交渉」では、榎本退任後の外務省が排日を恐れて九四年に日本初の海外出稼ぎ取締法である移民保護規則を制定する過程、および同規則制定と前後して行われた日米条約改正交渉について検討する」。
各章の「おわりに」で丁寧に要約しているので、理解しやすい。「終章」でも、「本書で明らかにした経緯の概要」を述べた後、つぎのようにまとめている。「日本は渡航解禁当初より西洋の評価を強く意識したが、明治初年に生じた諸課題はいずれも達成難度が低くかつ日本側の対応も迅速であったため、重大な問題に発展することはなかった。また、紆余曲折を経ながらも出稼ぎ人を管理する法律を制定したことにより、日本が懸念したアメリカにおける排日も深刻な外交問題にまで進展することはなかった。そして、他の西洋諸国との条約改正交渉では日本人の渡航は特段争点にもならなかった。最大の外交課題であった条約改正が無事成功したことを踏まえると、当該期においては国家の体面を守るという日本の目標はおおむね達成されていたと評価できよう」。
「あとがき」で、「本書執筆の直感的な動機」は「海外渡航をめぐる近代日本の歴史的経験は目下進むグローバリゼーションの理解にも寄与できるのではないか」ということにあったと述べているが、「結局、考察時期・対象ともに狭小なものとなってしまった」原因はなにか。各章の「おわりに」、終章でまとめた後、議論を発展できなかったのはなぜか。「主に「外務省記録」(外務省外交史料館蔵)はじめ公文書を駆使して」検討した結果だろう。各章、それぞれあまり長くないが、公文書から明らかになったことにもとづいて、先行研究で明らかになっている社会経済史的な渡航者、出社会、移民会社、入社会などの具体的な問題をとりあげて議論を深め、公文書でわかることの限界をあきらかにしていくことで、本書は「狭小なもの」から脱出できるだろう。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。