コンスタンス・L・カーカー、メアリー・ニューマン著、大槻敦子訳『「食」の図書館 ココナッツの歴史』原書房、2022年9月28日、190頁、2200円+税、ISBN978-4-562-07213-2
かつて「調査地(フィールド)でなにもすることがなくなって「椰子の数でも数えようか」と言ったときに[本格的な調査が]はじまります」と書いたことがある。つづけて「調査対象者(インフォーマント)も、珍客の調査者に話してやることがなくなったというときです。それまでの両者の関係は特別なもので、このとき初めて日常的な会話がはじまり、調査者が調査地の一員になったという「虚構」の関係が生まれます」と書いた[『戦争の記憶を歩く 東南アジアのいま』岩波書店、2007年]。
椰子とともに暮らしている人びとにとって、椰子は空気のようなもので、日常その存在を意識することはない。だが、なくなったり、手に入りにくくなっただけで、人びとが困惑することを、著者たちは「序章 熱帯生まれの人気者」で、つぎのように書いている。「ココヤシが大量に生育する地域では、それらは人々を支える食料源であるだけではない。そうした場所では、各家庭で日に少なくともひとつはココナッツを消費するといわれ、「ココナッツなしでは生きられない」という言い習わしさえある。ココナッツはあって当然だと思われているのだ。そのため、彼らの愛するココナッツウォーターが、今はやりのスーパーフードとして世界各地でひっぱりだこになり、それが原因で地元での価格が急騰したのを見て、人々は驚き、困惑している」。
「生きられない」というのは比喩ではないことは、つぎの説明からもわかる。「ココナッツはまさしく「植物王国の万能ナイフ」である。ほかの食用植物とは大きく異なり、ココヤシの木にも、実にも、役立たない部分はほとんどない。ココナッツは食べられるだけでなく、かたい殻(シェル)、葉、コイヤと呼ばれるヤシ殻(ハスク)の繊維といった部分も、料理や食用植物の栽培に広く利用されている。たとえば調理や給仕の道具としてだけでなく、食品を加熱するときの燃料にもなるのだ。スリランカやフィリピンからアフリカやカリブ海域まで、ココナッツが生育する地域では今、さらなる用途を開拓する研究に目が向けられている。政府機関、生産者、起業家はこぞって、ココナッツのすべてが注目されている現在のトレンドを最大限に活用しようと奮闘している」。
ココナッツは、「ケーキやパイのトッピングだけでなく、カレーの材料、酢、砂糖、粉、油など調味料として大活躍する」といっただけでは納まらないものを秘めている。生産地だけでなく、それが伝わった地域の文化にも大きな影響を与えていることが、つぎのように紹介されている。「ココナッツの文化史をたどるには、聖書、ギリシャやローマの古典、あるいはシェイクスピアや欧米文学の名作など、伝統的な欧米文化からココナッツ関連の記述を探し出して参考にするだけでは不十分だ。ココナッツの初期の歴史とその重要性を理解するためには、ポリネシアの神話やインドのヒンドゥー教の伝統といった、さまざまな参考文献に幅広くあたらなければならない。多くの料理が英語に翻訳されたときに異なる名称や綴りに変わってしまっている」。
本書は、序章、全8章などからなる。第1章「ルーツからフルーツまで」、第2章「古くから伝わる寓話」の後、第3-7章で国・地域別(「東南アジアと中国」「南アジア」「南太平洋とフィリピン」「アフリカと中東」「ヨーロッパとアメリカ大陸」)に世界中をまわり、第8章で「ココナッツの未来」を展望している。
「謝辞」から文献調査だけでなく、著者らが世界中を巡り、友人・知人たちに支えられて「ココナッツ料理を作るという貴重な実体験」をしたことがわかる。最後に「なかでも勇気を出してわたしたちのココナッツ料理を味見してくれた」家族に感謝していることから、家庭料理の紹介でもあることがわかる。そう、ココナッツ料理は気取った高級レストランでもそれなりの位置を占めるが、なんと言っても日常的に家庭で味わうものだ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。