波多野澄雄『日本の歴史問題-「帝国」の清算から靖国、慰安婦問題まで』(改題新版)中公新書、2022年12月25日、366頁、1000円+税、ISBN978-4-12-102733-7
本書は、2011年に出版された『国家と歴史-戦後日本の歴史問題』を大幅に改稿したものである。著者の波多野澄雄は、1979年に防衛庁防衛研修所戦史部(現在の防衛省防衛研究所戦史研究センター)に入所以来、政府支援の歴史事業にかかわり続けたことを、つぎのようにまとめている。
「厚生省が推進した戦没者追悼平和祈念館(現・昭和館)に始まり、慰安婦問題に関する「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)、平和友好交流計画の一環としてのアジア歴史資料センターの設立準備と運営、日英交流史事業、高校歴史教科書の検定(教科用図書検定調査臨時委員)などが主なものである」。「二一世紀に入ってからは、日中歴史共同研究、いわゆる日米「密約」問題に関する有識者委員会(座長代理)とそれに引き続く外交文書欠落問題調査委員会などである。かなり長くかかわっている事業が、アジア歴史資料センターと『日本外交文書』の編纂刊行である」。
本書改題新版にあたって、著者は「以下の三点を踏まえ、大幅に書き改めた」。「①個別の歴史問題の様相を、内外の政治環境の変化のなかで理解するために、大まかな時期区分を設定すること、②民主党政権の手前で終わっていた記述を、第二次安倍晋三政権まで延長すること、③新たな事実や研究の進展も可能な限り反映させるよう努めること、最後に、それぞれの問題について考えうる解決の道筋を探ってみたが、解決策は不変ではない。歴史をどう認識するかは現代世界をどう理解するか、という問題と深くかかわるからである」。
本書は、新版まえがき、序章、全11章、終章、おわりに、参考文献・関係資料などからなる。序章「「長い戦後」の始まり」では、最後に「冷戦下に形成された講和体制は、「過去の清算」より、日米関係の緊密化と安全保障問題を優先したがために、講和の本来の目的である領土や賠償という戦後処理の問題は不十分な決着に終わり、やがて日本は難しい対応を迫られることになる」とまとめ、その理由をつぎのように5つあげている。
「その第一は、日本の周辺諸国であるソ連、中国、韓国といった国々が講和会議に不参加もしくは調印拒否であったため、北方領土(とくに千島列島)、尖閣諸島、竹島という「小諸島」の帰属が未定となり、今に続く領土・領域という問題が残ったことである」。
「第二は、戦争賠償という問題が個別の二国間交渉に委ねられたことである。いまだ国家建設の途上にあった東南アジア諸国との賠償交渉は難航した」。
「第三は、帝国の解体にともなう植民地支配の清算(補償・賠償)という問題に対処が難しかったことである。なぜなら講和条約は、あくまで国家間の戦争の後始末のための基盤であり、植民地支配の清算を目的としていなかったからである」。
「第四に、講和会議までに終了していた国際軍事裁判を講和条約において、どのように位置づけるか、という戦争責任の問題も見逃せない。先述のように、戦争責任という問題は、すでに敗戦直後から、敗者としての日本が取り組まなければならない最大の問題であった。誰が、どのように責任を引き受けるべきか、戦争認識とからまって日本人にとって悩ましい問題であった」。
「さらに第五は、講和体制が新憲法体制を包摂したことによって、二三〇万におよぶ戦没者を国家が慰霊や追悼する場が失われたことである。なぜなら新憲法(日本国憲法)が、その重要な柱として、「信教の自由」とともに、「政教分離」の規定を設けたからである。そこでは、靖国神社と国家の関係が絶えず問われるという構造だけでなく、誰を慰霊や追悼の対象とするか、という重大な問題に国家が関与できない、という構造もまたつくり出されたのだ」。
本書の構成は、「新版まえがき」の最後で、時系列につぎのようにまとめられている。「一九四〇年代後半~八〇年代初頭 吉田茂内閣から佐藤栄作内閣までの時期。戦争を自らの手で「総括」する大東亜戦争調査会(のち戦争調査会)の敗戦直後の活動が挫折する一方、占領政策や東京裁判を通じて日本の戦争責任が国の「外から」問われる(第1章)。サンフランシスコ平和条約(講和条約)には、日本の戦争責任を直接問う条項は置かれず、課題を残すことになった。他方、日本は講和条約に従い、近隣諸国との間で国交正常化に臨み、歴史問題を実務的、外交的に処理し「国家間和解」を達成していく。戦争賠償問題(第2章)、帝国の解体にともなう在外財産や国籍の問題(第3章)である」。
「しかし、国家間和解は国民間の和解を意味せず、次の時代に託された問題も少なくなかった。さらに、のちに外交問題化する首相の靖国神社参拝問題の複雑な背景を理解するため、戦没者の慰霊・追悼という問題を靖国神社の歴史にさかのぼって取り上げている(第4章)。靖国問題を含め、この時代には歴史問題は国内問題にとどまり対外紛争に発展することはなかった。とくに高度経済成長期には、歴史認識や戦争責任といった問題が対外的に浮上することはなかった」。
「一九八〇年代 鈴木善幸・中曽根康弘政権期には、教科書問題(第6章)や靖国参拝問題(第6~7章)が外交問題化した。また、増え続ける「日本人犠牲者」や講和体制の法的枠組みでは救われなかった「外国人犠牲者」に対し、どのような考え方のもとにどう補償すべきか、という問題の決着が求められた(第5章)」。
「一九九〇年代 本格的な連立政権の時代を迎え、連立のあり方は、不戦決議や村山(富市)談話に大きな影響を与える。歴史認識は連立をめぐる駆け引きの材料となる反面、保革対立のなかで解決が放棄されていた歴史問題が解決に向かうというメリットもあった(第8章)。また、冷戦の終焉と自民党支配の揺らぎを背景に、慰安婦問題のように、被害者「個人」にどのように償うのかという、講和体制が想定していなかった戦後補償問題が噴出する。中韓(とくに韓国)において政治の民主化が進み、権威主義的な政府に独占されていた歴史解釈に、市民(国民)が参画するようになったことも重要な背景であった。政府は講和体制を死守しつつ、道義的な観点から「和解政策」を模索する(第9章)」。
「二〇〇〇年代 小泉純一郎首相の六度の靖国参拝は中韓との関係をほぼ断絶させただけでなく、東アジア以外にも波紋を広げた。小泉首相の退陣後、中韓との関係修復が急速に進んだが長くは続かなかった。領土問題と歴史問題が連動したからであった(第10章)」。
「二〇一〇年代以降 本格的な政権交代によって生まれた民主党政権は、対外的な歴史問題の解決が期待されたが、尖閣問題や竹島問題に翻弄され、また野党(自民党)の攻勢のなかで解決は遠のくばかりであった。次の第二次安倍政権も、振幅の激しい中韓の歴史問題への対応、さらに人道・人権問題として国際的に拡散する慰安婦問題、それと関連する河野(洋平)談話の見直しの動きに悩まされた(第11章)」。
終章「「歴史和解」を求めて」では、つぎの見出しのもとで、解決策を探った:「「靖国参拝モラトリアム」」「国立追悼施設案の迷走」「靖国神社の「宗教宣言」」「戦争責任問題の隘路」「領土問題への対処」「竹島問題の「打開策」」「徴用工と慰安婦」「「和解論」と和解政策」「「深い和解」と「浅い和解」」「「東アジア文化共同体」」「歴史共同研究の意味」「歴史問題としての沖縄」「「帝国」と「国民国家」のせめぎあい」。
そして、「おわりに-「敗者」の言い分」は、つぎのパラグラフで締め括っている。「戦後日本は、「平和」を安易に語ることによって、戦争の悲惨さと平和の尊さを説こうとしてきたが、戦争のリアルな実相についての認識を持てなかったように見える。「先の戦争」は、評価を急ぐより、「大東亜戦争」の多様な局面に眼を配ることで、その負の側面も含め、日本が引き起こした歴史問題をより深く理解できるはずである」。
帯に「なぜ「戦後」は終わらないのか」とある。本書を読めば、その解答が得られる。なにが問題で、どうすればいいのかわかっているのである。それでも解決できないのであれば、われわれはもはや「「戦後」が終わらない」ことを前提に、「戦後」を生きなければならない。戦争体験者がいなくなるなか、「戦後」を引きずりながら生きていくためには、「なぜ「戦後」が終わらないのか」を「戦後」世代が理解する必要がある。日本国民ひとりひとりが理解し、近隣諸国の人びとと交流していくことで、すこしは快適に「戦後」を生きることができるかもしれない。「戦後」が終わらない日本人として生まれたことを、意識して生きていくしかないことを感じさせる本である。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。