南川高志『マルクス・アウレリウス-『自省録』のローマ帝国』岩波新書、2022年12月20日、198+14頁、860円+税、ISBN978-4-00-431954-2
本書概要は、表紙見返しにつぎのようにまとめられている。「マルクス・アウレリウスの生涯は、「哲人皇帝」にふさわしいものであったのか。終わらない疫病と戦争というローマ帝国の実態のなかに浮かび上がるのは、心労を重ねながらも、皇帝の職務をひたむきに遂行しようとする人間の姿であった。歴史学の手法と観点から、『自省録』の時代背景を明らかにすることで、賢帝の実像に迫る」。
「一九世紀以降、近代歴史学の成立とともにローマ帝国史研究が急速に発展し、マルクスの皇帝としての統治行為が、史資料の精査を経て厳密に検討され、二一世紀の現在、実に多くの新しい知見が得られている」なかで、著者、南川高志が本書で明らかにしようとしていることを、「プロローグ-歴史の中の『自省録』」でつぎのように述べている。
「現代世界の人々にも感動を与え続ける『自省録』の著者マルクス・アウレリウスについて、その波瀾に富んだ生涯を眺めつつ、『自省録』の背景を明らかにしようと試みるものである」。また、つぎのようにも述べている。「この本では、哲学研究者の方々が『自省録』を分析してこられた研究の成果に敬意を表し多くを学ばせてもらいつつ、歴史学者の観点と方法でマルクス・アウレリウスの生涯と彼が生きたローマ帝国を考察し、『自省録』の時代背景を明らかにしたい。そして、マルクス・アウレリウスという人物の歴史上の意義を明確にするとともに、人々を惹きつける魅力に満ちた彼の書き物の意義を、歴史世界の現実に即して捉えてみたい」。
本書は、プロローグ、全6章、エピローグ、あとがきなどからなり、第1章「自分自身に-『自省録』のマルクス・アウレリウス」の後、第2-6章でその生涯を時代順に記述している。各章の主題から、かれの置かれた時代と生き抜いた状況がみえてくる:第2章「皇帝政治の闇の中で-若き日のマルクス・アウレリウス」第3章「宮廷と哲学-即位前のマルクス・アウレリウス」第4章「パンデミックと戦争の時代-皇帝としてのマルクス・アウレリウス」第5章「死と隣り合わせの日常-マルクス・アウレリウスが生きたローマ社会」第6章「苦難とともに生きること-マルクス・アウレリウスの生き方」。
そして、第6章の最後で、マルクス・アウレリウスの生涯をつぎのようにまとめている。「マルクスは、帝国住民の安寧のために働こうと努力した。しかし、その治世において、彼は疫病大流行、戦争、反乱に遭遇し、危機的状況の中でただ懸命に皇帝の職務に励むことしかできなかった。哲学の理念や政体の理想を目指してではなく、先帝アントニヌスの範に従って懸命に働くこと、それが彼の生き方であったといってよいのではないか」。「若き日から帝国統治に皇帝位継承予定者として関わり、即位後は二〇年近くも最高責任者としての日々を送ったマルクスは、人々の「自由」を実現するため懸命に努力を尽くしたが、自分自身は思索の中でしか「自由」を得ることができずに終わったのである」。
さらに「あとがき」冒頭で、本書の成果をつぎのようにまとめている。「本書は、ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの生涯と彼の生きた時代を、有名な彼の著作『自省録』を歴史史料のごとく用いながら描いた書物である。それゆえ、副題を「『自省録』のローマ帝国」としている。本書はまた、『自省録』にあるストア哲学の形式やギリシア思想の表層の下、その深部にあるローマ人マルクスの心情を抽出しようとする試みでもあった。その結果、マルクスの統治を「哲人政治」という言葉で語ることに疑義を呈することとなった。さらに本書は、マルクスを含めたローマ皇帝が、学界では強大な法的権限の保持者またはローマ社会最高の権威者で全住民の保護者と定義され、一般には気ままに強権を発動する暴君もしくは善意あふれる賢帝と受けとめられてきたことに対して、「職務のために働く人」という皇帝像を提案している」。
本書から、ローマ帝国史研究の人気の根深さが伝わってくる。ローマ法に代表をされる現代に通じる基本がみえてくるからである。帝国内の争いを収めると、帝国外から戦争が迫ってくる。今日、EUという共同体によってEU内の争いが収まると、それに脅威を感じるEU外から戦争がしかけられる。著者は、「あとがき」をつぎのことばで結んでいる。「世界の安寧の回復を心から願うとともに、平和と生命の大切さを基礎において歴史を学ぶ重要性を改めて感じている」。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。