根本敬『つながるビルマ、つなげるビルマ-光と影と幻と』彩流社、2023年3月21日、218頁、2200円+税、ISBN978-4-7791-2877-6
本書は、「ビルマ(ミャンマー)研究ひとすじ40年の著者が、いま伝えたいこと」をまとめたエッセイ集である。これまで書いてきた200編以上のエッセイから「自分のビルマ体験を振り返る」ものに的を絞って選んだ20数点からなる。
本書は2部からなり、第Ⅰ部「ビルマを学ぶ、ビルマから学ぶ」は、「一九八〇年代後半に二年間ビルマへ留学していたときに経験した様々なエピソードから成るエッセイと、およそビルマとは無縁の話題を綴った数篇の雑文から構成されている」。第Ⅱ部「ビルマのいま、ビルマの未来」は、「アウンサンスーチーに関するものをはじめ、二〇二一年二月に発生したこの国で三度目となる軍事クーデターとその後の状況を論じた論説や、香港との比較を語り合った対談、日本に難民性を帯びてやってきたビルマの人々について書いた文章を並べている。エピローグでは私の半生に短く触れた個人のインタビュー記事を掲載した」。
著者、根本敬にとって、1986-87年の2年間の留学がいかにその後の人生に大きな影響を与えたかは、本書のカバーや表紙に使われた写真の多くがその時期にあたることからわかる。カバーをめくらなければ気づかない87年に撮られた2枚のセピア色の写真が、カバーのカラー写真より著者の40年間を表しているようにも思える。アウンサンと僧院は、著者の研究の背後につねに目立たないが確実に存在していたものだろう。
著者が伝えたいことは、本書の書名そのものである。その書名に込めた思いを、つぎのように述べている。「この国は一九四八年に英国の植民地から独立した後、一時的に議会制民主主義を経験したものの、その後は国軍による政治権力の独占という状況下に置かれてきた。二〇二一年二月のクーデター後も、国民は暴力的な抑圧の下に置かれている。しかし、そのような状況にあっても若い世代を中心に民主化と諸民族の平等を目指す国軍政権への抵抗が続いている(二〇二三年二月現在)。二〇二二年にロシアに侵略されたウクライナの苦しみと抵抗は国際的な同情と支援を得ているが、ビルマの場合は国民が同じような苦難に直面しているにもかかわらず、一国の「内戦」としてみなされがちで、なかなか有効な支援や介入がなされる気配にない。しかし、現実のビルマは「内戦」のような国民同士が複数に分かれて戦っているという状況にはなく、総選挙で圧勝した政党による民主的政府を武力で倒した国軍を絶対に認めない国民による抵抗が続いているととらえたほうが正確である。国軍は都市部の住宅街でもロケット弾を使用し、地方では村々を空襲で焼き、その結果一〇〇万人を優に超える国内避難民を出すに至っている」。
「このような状況下にあるビルマの国民を私たちはけっして孤立させてはならないし、国際社会が様々な形でつながりを維持し支援をおこなう必要がある。一方で、ビルマの人々はけっして「助け」を求めているだけの弱者という存在ではない。今は国際社会の支援や介入を求めているが、彼らもまた私たちを「助け」てくれる存在である。二〇一一年の東日本大震災の際、在日ビルマ人は団体を組んで被災地の復旧にヴォランティアとして入った。仕事を休んで行った者が多く、中には休暇を認められず解雇された事例すらある。それでも被災地の人々を支援しようとしたのである。このような過去を思い出すとき、私たちは「助ける」のではなく「助け合う」、そして「教える」のではなく「学び合う」という姿勢の大切さを思わないではいられない。ビルマは孤立して存在する国ではないし、そこに住む人々も同じである。私たちと共に「つながり」「つなげる」存在なのである」。
「本書の副題である「光と影と幻と」のうち、「光」と「影」には」、つぎのようなメッセージが込められている。「無論、世界のどの国や国民についても理想化してはならない。ビルマやビルマの人々についても、私たちは多角的にみつめ、その魅力と問題点を両方とらえる必要がある。「微笑みの国」「やさしい仏教徒が住む国」であったとしても、同時に国軍が国民を苦しめる国であり、多民族・多宗教・多文化の側面を持つ多面的な国でもある。犯罪もあれば麻薬問題もある。民族間の対立や差別もある。経済格差も大きい」。「三つ目の「幻」は、国民の多くが求め続ける平和と民主主義と諸民族平等の土台の上に経済的にも繁栄するビルマという、遠い未来、必ず実現させたい未来のことを指す。人は「幻」を見ながら生きるのであり、それを追い求めながら苦難を一つ一つ乗り越えていくのではないか。私はそう理解している」。
著者の40年間のビルマ研究については、「あとがき」でつぎのように総括している。「私は一貫してビルマ・ナショナリズムそのものを大きな研究対象としてきた。より具体的には、日本軍占領期のビルマ(一九四二-四五)における対日協力と抗日の絡み合いの実態分析を土台に、その背景としての英領期ビルマの研究(英緬関係史)、なかでも一九三〇年代後半に独立運動で独特の行動を展開したタキン党(我らのビルマ協会)の特徴分析をおこなってきた。これらに付随して、独立後のビルマで不安定な地位に置かれた英系ビルマ人の歩みに関する研究や、一九六〇年代にビルマから追われたインド人(主にタミル人)に関する調査などもおこない、また歴史的視点を重視したビルマの現代政治分析に加えて、同国の民主化運動を率いるアウンサンスーチーの思想と行動に関する考察にも取り組んできた。ここ十数年は、さらにロヒンギャ問題に関する研究もおこなっている」。
研究者のあいだには、年齢や専門分野の違いにもかかわらず、研究空間を共有する者たちがいる。研究を志した時代に同じ「空気」を吸っていたといってもいいだろう。東南アジア研究者の場合、1960年代の日米安保やベトナム戦争反対闘争に参加した「空気」があり、著者はその後の成田闘争(三里塚闘争)を経験して、学界でさかんに国民統合が唱えられていた80年代に東南アジアの1国ビルマへと旅だった。第Ⅰ部で語られたビルマでの経験は、80年代にフィリピンでフィールド調査をしたわたしと共通するものがある。その後、近現代日本・東南アジア関係史のプロジェクトでよくいっしょになった。わたしより若いのは、著者だけだった。ほかの共同研究者は、ひとつ上の世代の「空気」を吸っていた。本書を読んで、わたしたちとは違う「空気」を吸っている若い研究者は、日本と東南アジアの関係史を今後どう綴っていくのだろうか、という想いが浮かんだ。それは、著者が、40年間の研究がどうつながる、どうつなげるを考えながら、本書を編集したからだろう。近現代日本・東南アジア関係史研究が、今後どういう若手メンバーで執筆されるのだろうかと考えたとき、その顔がまったく浮かばない。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。