小国喜弘『戦後教育史-貧困・校内暴力・いじめから、不登校・発達障害問題まで』中公新書、2023年4月25日、320頁、940円+税、ISBN978-4-12-102747-4
「なぜ行き詰まったか 80年の軌跡」と帯に大書されている。よく見ると背後に32のキーワードが並んでいる。副題の5つでは、とても語りきれないほどの問題が多々あるということか。暗鬱な気持ちになった。
表紙見返しに、本書の概要がつぎのようにまとめられている。「ここ30年間に不登校といじめの報告件数は、小学校で5.2倍と46倍、中学で2.5倍と6倍に。特別支援教育対象は、15年間に小中学校ともに3倍近い。少子化にかかわらずだ。本書は深刻な混迷の中にある日本社会と教育の歴史を辿る。なぜここまで行く詰まったのか-。貧困、日教組、財界主導、校内暴力、政治介入、いじめ、学級崩壊、発達障害の激増など、各時代の問題を描きつつ、現在と未来の教育を考える手掛かりとする」。
これだけ増えるとなると、自然に増えたわけではなく、なんらかの原因で意図的に増やしたとしか考えられない。その原因とはなにか、が本書の課題か。
「はじめに」で、本書の目的がつぎのように記されている。「本書では、このような学校教育における深刻な行き詰まりを念頭に置き、あらためて一九四七年に誕生した戦後教育がどのように展開してきたのか、さらにそれぞれの時代でどのような問題を抱えてきたのか、学校教育のいかなる可能性が閉ざされたままに展開してしまったのか、について描いていく」。
「こうした問題関心を前提として、本書では、通史的な叙述と問題史的な叙述を組み合わせる。単に歴史を振り返るだけでなく、今日の、いや、未来の学校教育を考える手掛かりとしたい。その際、焦点を当てるのは、小学校・中学校の義務教育である」。「本書が対象とするのは、それぞれの時代で主に一〇代前半までの子どもたちが受けた学校教育の問題群である」。
本書は、はじめに、全11章、終章、あとがき、などからなる。第1章「敗戦後、学校はどう改革されたか」・第2章「混乱の子どもたち-学校と人権」では、「戦後教育改革の起点を扱う。敗戦の混乱と焼け野原のなかで戦後教育がスタートした」。
第3章「教育の五五年体制-文部省対日教組」・第4章「財界の要求を反映する学校教育」・第5章「高度経済成長下、悲鳴を上げる子どもたち」では、「一九五五年以降から七〇年頃までの教育を扱う。日本社会は保守対革新という五五年体制の下で高度経済成長を突き進む。そのなかで学校教育は、産業人の育成を課題として制度化されていった」。
第6章「一九七〇年前後の抵抗運動-教育の可能性」は、「本書のなかではやや特異な章となる。一九六〇年代末の学園闘争における学習権思想の高まりと、七〇年代における養護学校義務化反対闘争、そのなかの共生教育思想の展開を取り上げる」。
第7章「ウンコまで管理する時代」は、「高度経済成長以降の一九七〇年代から八〇年代を対象とする。高度経済成長後の労働者管理の手法が学校教育にどのように導入されたのかを検討する」。
第8章「政治主導の教育-新自由主義改革への道」・第9章「教師たちの苦悩-新自由主義改革の本格化」・第10章「改革は子どもたちに何をもたらしたか」では、「新自由主義教育改革に焦点を当てる。第8章で一九八〇年代、第9章で一九九〇年代半ば以降、第10章で二〇〇〇年代以降の展開をそれぞれ描き出す」。
第11章「特別支援教育の理念と現実」では、「特別支援教育を事例に現代の教育問題を検討する」。
終章「学校再生の分かれ道」では、「これまでの検討を踏まえたうえで、現代の学校教育に提示されている二つの選択肢を提示し、進むべき道を読者とともに検討してみたい」。
そして、著者は、つぎのように述べて「はじめに」を閉じている。「本書は、読者の個々の体験を歴史のなかにあらためて位置づけ直す機会を提供するとともに、学校教育を子どもたちの幸福追求の場として再生する道筋を展望してみたい」。
終章では、2つの選択肢、つまり「一つはSociety 5.0の到来によって変革を余儀なくされる学校の未来である。もう一つは子ども基本法の成立により、あらためて人権概念に根ざした学校を再構築するという未来である」。
Society 5.0という概念は、つぎのように説明されている。「二〇一六年に閣議決定された「第五期科学技術基本計画」に登場する。Soceity 5.0とは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(society)」(内閣府ホームページ)として玉虫色に描かれる未来社会像である」。
子ども基本法は、1989年に国連総会で採択され、94年に日本政府が批准した子どもの権利条約に対応する国内法として、ようやく2022年6月に成立し、23年4月1日に発効した。「全てのこどもについて、個人として尊重されること・基本的人権が保障されること・差別的取扱いを受けることがないようにすること」「全てのこどもについて、〔中略〕教育基本法の精神にのっとり教育を受ける機会が等しく与えられること」「全てのこどもについて、年齢及び発達の程度に応じ、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会・多様な社会的活動に参画する機会が確保されること」「全てのこどもについて、年齢及び発達の程度に応じ、意見の尊重、最善の利益が優先して考慮されること」などが規定された」。
そして、最後に「学校再生の可能性」について、つぎのようにまとめて「終章」を閉じている。「子どもたちがあらためて学ぶべきは、共に生き共に学び合うなかで人類は社会をつくってきた事実であろう。そして共に生き、共に学ぶための技法や思想について、学校のなかで実感として理解を深めていくことが求められている。共に生き、共に学ぶ関係を学校のなかで丁寧につくりあげ、人権に基づく教育を追求することこそ、子どもたちの幸福実現に寄与する学校教育を再生する道すじであろう」。
「あとがき」で、著者は本書でつぎの4点に焦点を当てたと述べている。「第一に、学校教育における子どもの人権保障がどのように変化したのかを描き出した」。「第二に、戦後の学校教育政策は産業界の意向に大きく影響された」。「第三に、「障害児」とされる子どもたちに焦点を当てた」。「第四に、それぞれの時代には、さまざまな選択肢があり得た」。そして、「学校教育の危機が様々に語られる今日において、本書は戦後教育史を描き直すことで学校教育再生の手がかりを模索した」と総括した。
この危機が深刻なものとして受けとめられてこなかったことは、1989年に国連総会で採択され、94年に日本政府が批准した子どもの権利条約が、国内法として「子ども基本法」となって発効されるまでに、じつに34年かかったことが示している。遅きに失したとはいえ、早々に発効した世界各国での経験を参考に速やかに実行し、学校を再生することだ。本書で描き直された「80年の軌跡」は、「未来の教室」へと向かっていかなければならない。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。