宇田川幸大『私たちと戦後責任-日本の歴史認識を問う』岩波ブックレット、2023年2月7日、60頁、570円+税、ISBN978-4-00-271075-4
問題点が整理された本書を読むと、問題は簡単に解決されるように思えてしまう。問題がここまでわかっているのに、解決の糸口さえ見つけることができないのが問題なのだ。
「はじめに」の最後の見出し「本書で明らかにしたいこと、考えてゆくこと」で、つぎのように書かれている。「本書では、戦後日本の政治と社会が、近代日本の戦争や植民地支配をどのように記憶、あるいは忘却してきたのか、その一端を明らかにし、検証してゆきたいと思います」。「主な手掛かりとするのは、①戦後に行われた各種世論調査、②戦後の『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』(いわゆる全国三紙)の社説や投書欄、③戦後の国会審議(帝国議会会議録と国会会議録)といった資料群です。これらは戦後七十数年にわたって展開された様々な議論を、継続的に確認することのできる資料です。他にも公文書、重要人物の手記・日記なども用いてゆきます」。
本書は、はじめに、全4章、おわりに、参考文献からなる。本文は、時系列的に「第1章 占領政策と日本」「第2章 高度成長と遠のく記憶」「第3章 あらためて問われる日本の歴史認識」「第4章 歴史修正主義と歴史認識」と、時代ごとに問題点が整理されている。そして、「おわりに」で「私たちの戦後責任」が問われている。
「おわりに」では、まず「戦後日本の歴史認識の特徴・問題点とは何か」で、つぎの3つの特徴・問題点を指摘している。「第一に、戦後日本の政治と社会は、自ら戦争責任や植民地支配責任を問うという意識が、かなり弱かったということです。占領期以来、本格的な日本の戦争責任追及を、いわば「東京裁判に任せきり」にしてきたということもできると思います」。「第二は、近代日本の戦争や植民地支配について、もっぱら満州事変以降のできごとが問題とされ、それ以前の戦争や暴力についてはあまり認識されてこなかった、ということです」。「第三に、戦後処理に関する基本的な事実関係が、戦後日本では早々に忘却されていきました。東京裁判は終了後から忘却が進み、その内容が社会で広く共有されることはありませんでした。何が裁かれ、何が裁かれていないのか、という重要な戦後日本の「前提」が忘却されたまま、靖国神社問題や戦後補償問題が論じられ、近年では「謝罪打ち切り宣言」へと加速しつつある状況があります」。
つぎに「私たちの戦後責任」では、「忘れてしまっていること」を認識したうえで、著者は「歴史認識を問い、鍛えることは、戦後生まれを含む全ての人びとがもつ、「戦後責任」を果たすことに他ならないと考えます」と述べている。
そして、「戦後責任の果たし方、歴史認識の検証の仕方-一人ひとりのできることを目指して」、「具体的にはどのようなことをすればよいの」か、つぎのように結論している。「考えられる方法の一つは、歴史学やいろいろな学問の成果に触れ、自分たちの認識を相対化する作業をしてゆく、ということです。一人の人間が一生のうちに経験できることには限りがあります」。「各時代を生きた無数の人びとの経験から学び、資料や証言に基づきながら歴史を描く作業を行います。こうして生まれる歴史研究の成果は、一人の人間が一生涯で到底知り得なかった膨大な知識と物事の捉え方を教えてくれます。歴史研究に触れることは、自分の歴史認識を疑い、鍛えてゆく際の重要な手段になるのです」。この結論が、「難解なイメージ」を与えることは著者もわかっていて、つづけてわかりやすく「知らなければ判断できない」と言い換えている。
会津若松に東軍墓地と西軍墓地がある。「賊軍」となった東軍の戦死者は、はじめ埋葬することを許されず、白虎隊戦死者のように隠れて埋葬されても掘り返して野犬に喰われるような状況にした。では、「官軍」側の西軍はどうだったのか。参加した藩ごとに埋葬されたが、廃藩置県後は長く手入れすることがなかった。勝っても負けても、戦死者や遺族は報われることはなかった。これが近代日本の国のために戦い、死んだ者の末路の起原で、靖国神社に祀り、現役の階級に応じた恩給を支給すればいいとし(令和5年度旧軍人仮定俸給年額、大将8,334,600円、兵1,457,600円)、そのほかは無関心になった。
イギリスのように、戦死者1人ひとりの最期を徹底的に調べ、戦死者はすべて平等で同じ大きさの墓に埋葬するというようなことは、日本ではおこなわれなかった。当然、戦死者の末路を辿ることは、戦場でなにが起こったかを明らかにすることになり、責任の所在もわかってくる。このような責任を問われるような作業がおこなわなかったことが、責任を曖昧にしただけでなく、「忘却」へとつながっていった。階級によって恩給を得た旧軍人は、自身の功績が認められたことを自覚し、責任を感じることはなかった。
この戦後の失敗は、生存者が少なくなった現在、もはや取り返しがつかなくなった。では、いまのわたしたちができることはなにか。まずは、戦争が起こらないようにするにはどうすればよいのかを考えることで、これは世界中でおこなわれている。では、日本でとくになにをすべきか。近隣諸国との関係で従軍慰安婦、強制労働の問題があり、これらの過去への「償い」はなにをしても解決へと向かっていない。日本の政治家がいろいろ言っても信用してもらえず、「日本は歴史に向きあっていない」と言われる。「歴史と向き合う」ためには、現在をみることだ。慰安婦や奴隷的労働を強いられている人たちは、いま現在世界中にたくさんいる。戦争中と同じ、あるいはそれ以上の過酷な生活を強いられている者もいる。それに気づかず、そのサービスを受けいれたり、生産したものを安く買ったりしている。日本が、慰安婦や奴隷的労働を強いられた人びとのことを考えるなら、現在、さらにこれからそのような人たちが出なくなる社会にすることに貢献することだ。歴史から今日、将来を考えることが「歴史に向きあう」ことで、過去から学び、日本の問題だけでなく、いま世界で起こっている問題に対応する研究施設をつくることだ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。