大野拓司『マゼラン船団 世界一周500年目の真実-大航海時代とアジア』作品社、2023年11月10日、263頁、2700円+税、ISBN978-4-86182-977-2
「11月15日のまにら新聞から」で、「執筆に当たって重視したことは」との問いに、著者大野拓司は、つぎのように答えている。「比に仕事で駐在したり、何度も旅行に訪れたりする人でも、フィリピンの成り立ちなどについてなんとなくわかっていても、どのような経過をたどって今日の姿になったのかは知らないといった声をよく聞く。今日、日本のフィリピン研究は飛躍的に深まったが、一方で対象が細分化したりニッチ化したりする傾向があるようだ。ざっくりではあっても、ダイナミックに、巨視的に解説するものが少ない、と私には思える。比の歴史を巨視的に捉えるとともに、史資料に基づいて、あまり知られていない事実を掘り起こし、それを一般読者にも読みやすいよう「物語」風に書いた」。
「私は新聞記者出身で、現在もささやかながらジャーナリストとして活動をしているから、今日のフィリピン社会の理解にも役立つよう随所に過去とつながる現代の「ニュース」も取り込むよう心掛けた。「ジパング=フィリピン説」などの興味深い学説の紹介や、マゼラン来航以前にさかのぼる比日関係・比中関係にも章を割いた」。
つづけて「参照した史資料は」という問いに、つぎのように答えている。「今回の執筆で特筆しておきたいことがある。ピガフェッタやトランシルヴァーノ、モルガなどは日本語に翻訳されているが、原文は大きな図書館や研究所に所蔵され、一般の人には手が届きにくかった。それが、21世紀になって「プロジェクト・グーテンベルク」という組織を運営する米国のNPOが英訳し、オンラインで公開している。だれでも無料で自由にアクセスできる。著作権が切れた世界的な文学や歴史的文書など、今年初頭時点で6万点余りを数える。フィリピン史研究の基本文献「フィリピン諸島誌集成1493〜1898年」も全55巻が電子書籍として公開されている。米の歴史家ブレアと書誌学者ロバートソンが中心になって編纂(へんさん)し、1900年代初頭に限定出版された重要な史資料だ」。
帯に「アジアの視点から新事実を掘り出している」とあるが、「はじめに」の最後の見出し「豊かなアジア/貧しいヨーロッパ」では、ヨーロッパの視点で、つぎのように書かれている。「黄金・絹・陶磁器など魅力的な物産の数々。当時、断片的に伝えられるアジアからの情報は、ヨーロッパの人びとの想像力を刺激し、冒険心と野望をかきたてた。それがマゼランを後押しし、「豊かなアジア」へと向かわせたのだ。背後に、時代の扉を中世から近世へとこじ開けるエネルギーも渦巻いていた」。
本書は、はじめに、全6章、終章、あとがき、などからなる。「第1章 マゼランは、フィリピンで何を見たのか」で、マゼランが最初に見たフィリピンと、出航前の「豊かなアジア」への期待が描かれている。「第2章 「待望の岬」から大海原への挑戦-マゼラン海峡を越えて」では、フィリピン到達までの困難な航海の様子が描かれている。そして、「第3章 バランガイ社会と人びとと暮らし-マゼランとセブの「王」フマボンとの血盟」で、遭遇したフィリピン社会が描かれている。ここまで時系列に描き、「第4章 歴史に足跡を刻む-マゼランの死とエルカーノによる世界一周」では、マゼラン中心に描かれてきた「世界一周」を、マゼランの死以降、船団を率いたエルカーノや通訳として「活躍」したマレー系の「奴隷のエンリケ」に焦点を当てて論じ、さらに最後の節「「ジパング」は、フィリピンだった?」説を紹介している。「第5章 「マゼラン後」の展開-ガレオン貿易とグローバル化」では、太平洋を往復することによって生じた「グローバル化」とその影響による「フィリピン人」の誕生を描き、「第6章 マニラと中国人社会、日比関係の源流」では、貿易の活発化が招いた中国や日本との関係が描かれている。
「終章 大航海時代とマゼラン、そしてアジアのその後」では、最後の見出し「「大発見時代」と「大航海時代」」で、史観の転換をつぎのように論じて、終章を閉じている。「西欧中心史観に対する批判、歴史認識の抜本的な見直しを迫る動きは、とりわけ第二次世界大戦後に広がっていく。永く西欧による植民地支配下に置かれてきたアジアやアフリカの国々の独立、民族自決を求める運動の高まりが背景にある。「反帝国主義」「反植民地主義」を掲げた「アジア・アフリカ会議」が、インドネシアのバンドンで開かれたのは一九五五年四月だった。アフリカ諸国が次々に独立する一九六〇年代に入ると、旧宗主国のイギリスやフランスをはじめヨーロッパでも「西洋中心主義」への自己批判が繰り広げられる。そうした展開の延長として、新たな名称が求められた」。「「大航海時代」という用語は、日本では次第に広く定着するようになり、今日にいたる。しかしながら欧米では、現在もなお「大発見時代」が一般的に使用されている。「ヨーロッパ史こそが世界史」との意識は根深く残っているのである」。「それでも押し返し、押し返され、時に穏やかに、時に激しく、世界の各地で歴史の見直しを迫る動きは連綿と続いている」。「ささやかながら、私もそうした動きに連なりたいとの思いを込めて本書をまとめた」。
「あとがき」で、著者の遍歴をつぎのように述べている。「私は、一九七〇年から七七年まで、フィリピンのマニラで遊学生活を送った」。「遊学後、私は仕事に就き、海外はアフリカを皮切りに東南アジアやオセアニアなどで勤務した。イベリア半島、セネガル、アンゴラ、モザンビーク、マラッカ、東ティモール、ソロモン諸島……。振り返ると、大航海時代と馴染みのある土地もあちこち訪ねた。しかし当時、そうした場所に行っても、喜望峰以外では、大航海時代に思いを馳せることはなかった。目先の取材をこなすのが精いっぱいで、気持ちに余裕がなかったからかもしれない」。
これが著者の「大発見時代」ではなかったのか。そして、著者は「アジアの視点」から「大発見時代」側の資料を駆使して本書を書いた。「大発見時代」の向こうに「大航海時代」があった。資料の多寡、偏りはどうしようもない。それをダイバーシティ時代に、どう読むか。本書がその一例を示してくれた。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。