関口広隆『ミンダナオに流れる祈りのハーモニー-イスラム教徒・キリスト教徒を結び広がるシルシラ対話運動』明石書店、2024年4月10日、266頁、3500円+税、ISBN978-4-7503-5728-7
フィリピンは「NGO(非政府組織)のパラダイス」と呼ばれることがあるほど、たくさんのいろいろなNGOが、各種問題に取り組んでいる。政府が弱く、貧富の差が激しい社会でカトリック信仰にもとづくチャリティーが日常的になっているのが一因である。だが、はじめやすいが、長続きしないものが多い。その原因のひとつは、あまりにも多くの人が殺されるからである。とくに、イスラーム教徒、文化的少数民族の多いミンダナオでは、暴力的事件が頻繁に起こり、NGO関係者が誘拐されたり殺害されたりしている。「パラダイス」どころか「地獄」である。そんなミンダナオで、長年キリスト教徒とイスラーム教徒との対話を呼びかけているNGOにシルシラ対話運動があるという。
著者は、本書執筆に至った経緯を「あとがき」で、つぎのように述べている。「シルシラがイスラム教徒とキリスト教徒の対話を主旨とするNGOで、一九八四年から活動しているとダンブラ神父[創設者]から聞いたときには、正直驚きました。第二バチカン公会議でカトリックが異教徒との対話をすることを決めたというのは、話として知っていましたが、遠くイタリアから派遣されてきたカトリック神父が、ザンボアンガでイスラム教徒と宗教間対話を進めているという事実は、自分にとって何か異次元のできごとのように思われました。その後四半世紀にもわたってダンブラ神父とやり取りを続け、そして今回本書を書くことになるとは、当時は想像だにしませんでした」。
「「宗教間対話」と言っても、異なる宗教の修行方法を体験してみるとか、宗教者や宗教学者が参加した会議を開催するとか、いわば「平時」の対話しか頭に浮かばなかった筆者にとって、紛争対立最前線での正に命を賭した対話が実在することがダンブラ神父のやわらかな口調から語られたときは、奇跡を目の当たりにした思いがあり、それ以来、いつか日本にこのストーリーを伝えたいものだと考えていました」。「本書は、ダンブラ神父の著書やシルシラの出版物などとともに、インタビューや現地調査、他参考資料などを交え構成しました」。
本書は、はじめに、全16章、おわりに、あとがき、などからなる。最終16章「シルシラの対話を客観的に見る」の冒頭で、著者はつぎのように説明している。「これまでシルシラが続けてきた宗教間対話を、現地の人びとの情熱を伝える形で、執筆してきましたが、この章では、生活や人生の導きとしての宗教から距離を置いている日本にいる身として、少々クールにシルシラの対話を考えてみたいと思います」。
そして、4つの項目を立てている。まず、「シルシラの影響力」について、「シルシラ対話運動の影響力を疑問視する」者にたいして、つぎのように答えている。「宣教・伝道でなしに、「対話の広がり」という側面で影響力を測るというのは可能かもしれません。サマーコースの参加者数三〇三九人などという実績は、効果を測る指標ではないですが、広がりを測る数値としては意味を持ったものでしょう。例えば、ミンダナオにあるカトリック教区・小教区のなかで、サマーコースを受けた司祭や助祭のいる割合、サマーコースに参加した司祭・助祭・修道女・修道士がいるフィリピンの修道会・宣教会の数なども参考になるかと思います」。
つぎに「ダンブラ神父がイタリア人であることのインパクト」にたいしては、つぎのように答えている。「フィリピンは、以前スペイン・アメリカの植民地で、白人支配下にあったということもありますが、カトリック大国であるため、白人司祭がミサを執り行うのは、日常の情景です。キリスト教徒のフィリピン人は、親族が欧米に渡っていることもよくある話で、「白人がいる」ということのインパクトは、日本とは比べ物にならないほど小さいでしょう」。
3つめの「対話はアヘン?」にたいしては、つぎのように答えている。「「対話」を一般化して分析せず、個々の団体の活動主旨と内容に焦点を当てることで答えが出やすくなります。創設者が「テロリスト」とともに森林で逃避行する、反感を買われて相棒が射殺される、事務所に爆発物を送りつけられる、誘拐が未遂に終わる、といった活動史を振り返ると、このような言説をする人びとにとって、シルシラはパウダーシュガーではなく、コショウかセンブリのような味をしていることを示しているようです」。
最後に「キリスト教徒に偏した対話ではないか?」にたいしては、つぎのように答えている。「シルシラの副会長や理事はイスラム教徒であるものの、そもそも創設者自身がカトリック宣教会に所属しており、初代、二代の会長ともカトリックです。シルシラの一翼を担う在俗信徒からなる「エマオ」と冠名がついた諸組織も、カトリック信徒のグループです。これに対置するはずのイスラム教女性のグループ「ムスリマ」は、組織立った活動ができていません。「熱心な設立者に賛同して、多数のイスラム教徒が参加・参画している」というのが、現時点の状態かと思います」。「キリスト教徒のイニシアティブは否めないが、青年の活動などイスラム教徒の参画が当然のことになっていることを指摘するとともに、今後の展開を見守りたいと思います」。
そして、「おわりに」でつぎのように述べて、結論としている。「シルシラが取り組んでいるのは、宗教を原因とする疑惑・不信、それによる両教徒の不一致ですが、社会には世俗的な事柄を原因とする疑惑・不信、それによる人びとの不一致が無数にあります。シルシラの運動が人類の一つの汚点をアジアの一地域で取り除きつつあることは、その他の汚点も人類が取り除けるという希望を抱かせてくれます」。
とにかくミンダナオでは、人が容易に殺されすぎる。人を人と思っていない人がいるからである。キリスト教徒もイスラーム教徒も神を信じ、祈りを捧げる。そのことが人の証であるはずで、シルシラ対話運動のサマーコースを受けると、それがわかるはずだ。神を信じなければ祈りも捧げない日本人より、よっぽどわかりあえるはずだ。対話を続ける環境をつくることが重要であるが、すでに活動がはじまって40年が過ぎた。まだまだ時間が足りないというのか。
解決案をひとつ。ミンダナオから世界一を出そう。すでにミンダナオからはプロボクサーのマニー・パッキャオ(Emmanuel Dapidran Pacquiao, 1978- )がいる。スポーツでも文化でも、なんでもいい。世界一を出すと、世界から注目され、地元の人の意識も変わる。ゴルフやテニスといった注目されやすいもののほうがいいだろうが、M(ミンダナオ)-POP、チェスやビリヤードでもいい。盛りあげるために、定期的な大会を催し、それを政府がNGOなどがサポートする。そこに人びとの対話が生まれ、紛争解決への一歩が踏み出せる。流動性の激しい海域世界に属している東南アジアでは、制度的なのものはあまり意味をなさず、非公式な対話が大きな意味をもつ。これまでの問題は、いろいろ試みても、その利益が偏ったり、一般の人に伝わらなかったりしたためだろう。経済発展も教育や医療も人びとに恩恵をもたらすが、意識を変えるという意味では盛りあがるなにかが必要だ。
解決案をひとつ。ミンダナオから世界一を出そう。すでにミンダナオからはプロボクサーのマニー・パッキャオ(Emmanuel Dapidran Pacquiao, 1978- )がいる。スポーツでも文化でも、なんでもいい。世界一を出すと、世界から注目され、地元の人の意識も変わる。ゴルフやテニスといった注目されやすいもののほうがいいだろうが、M(ミンダナオ)-POP、チェスやビリヤードでもいい。盛りあげるために、定期的な大会を催し、それを政府がNGOなどがサポートする。そこに人びとの対話が生まれ、紛争解決への一歩が踏み出せる。流動性の激しい海域世界に属している東南アジアでは、制度的なのものはあまり意味をなさず、非公式な対話が大きな意味をもつ。これまでの問題は、いろいろ試みても、その利益が偏ったり、一般の人に伝わらなかったりしたためだろう。経済発展も教育や医療も人びとに恩恵をもたらすが、意識を変えるという意味では盛りあがるなにかが必要だ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。