梯久美子『戦争ミュージアム-記憶の回路をつなぐ』岩波新書、2024年7月19日、211頁、920円+税、ISBN978-4-00-432024-1
帯に、「戦争を忘れない-いまと地続きの過去への旅」「14の平和のための博物館へ。土地に身を置き、ものに触れ、人びとの声を聴く。足元の歴史から未来を思い描くために。」とあり、表紙見返しにつぎのように本書の内容がまとめられている。「日本が当事国であった戦争を知る世代が少なくなるなか、忘れてはならない記録と記憶の継承を志す場があり、人がいる。戦争の時代を生きた人間を描くノンフィクションを手がけてきた作家が、各地の平和のための博物館を訪ね、そこで触れた土地の歴史と人びとの語りを伝える。未来への祈りをこめた、いまと地続きの過去への旅」。
本書は、14の博物館の紹介と2つのコラム、主な参考文献、あとがきからなる。博物館には、2度3度訪れているものもある。「主な参考文献」には、博物館ごとに数点が掲載されている。「あとがき」では、15番目の大和ミュージアムが紹介されている。
本書のきっかけは、「あとがき」でつぎのように語られている。「戦争にかかわる取材を始めてからおよそ二〇年がたち、直接お会いして話を聴くことのできる体験者が減っていく中、私は「もの」を通して歴史のディティールにふれることができるのではないかと思うようになっていった。時間が積み重なった「もの」たちの美しさに魅かれたこともあり、あらためて「戦争を伝える、平和のための資料館や美術館」=「戦争ミュージアム」に足を運んでみることにした。本書はその記録である」。
それぞれの施設の学芸員の導きで、著者が「ものたちが隠しもつ歴史」を感じ、知ったものを、つぎのようにまとめている。「本書で訪れたミュージアムにおいても、心に残るものたちとの出会いが多くあった。対馬丸記念館に展示されていた幼い姉妹のランドセル、八重山平和祈念館で見た稲わらのお守り「サン」、舞鶴引揚記念館の「白樺日誌」、東京大空襲・戦災資料センターにあった実物と同じ重さで作られた焼夷弾の模型など、ここにはとても書ききれず、また紙幅が足りずに本書では取りあげられなかったものも多い」。
「日本軍が毒ガス戦を行った証拠である大久野島毒ガス資料館の「支那事変ニ於ケル化学戦例証集」や、マラリア有病地への移住が軍命によるものだったことがわかる八重山平和祈念館の「八重山兵団防衛戦闘覚書」など、日本が行った戦争がどのようなものだったのかを検証するために重要な文書にも注目させられた。戦争ミュージアムは、「出会う」「知る」から、さらに一歩進んで深く学ぶことができる場でもあるのだ」。「展示資料の解説文はもちろん、年表ひとつ、地図一枚にもミュージアムの姿勢は現れる。戦争による被害だけではなく、加害の側面からも目をそらさない意志が感じられる展示に出会うことができたのは大きな収穫だった」。
そして、著者は、つぎのように未来を見据えている。「戦争ミュージアムは、死者と出会うことで過去を知る場所であると私は考えている。過去を知ることは、いま私たちが立っている土台を知ることであり、そこからしか未来を始めることはできない」。
著者は、「戦争体験者が減っていく中で「もの」のもつ意味が大きくなる」と、「「もの」を通して歴史のディティールにふれることができる」ようになることを期待して、博物館を訪れるようになった。体験者がいなくなったからこそ、現実がみえてくることもある。体験者は、目の前の「現実」に囚われ、「ものたちが隠しもつ歴史」に気づかないことがある。それに気づかせてくれ、「ものたちが資料の域を越えて歴史の証言者となり、いまと過去をつなぐ仲介者となってくれるのは、来歴を調査・研究し、記録を整理し、わかりやすく展示を工夫した各館の学芸員やスタッフの学識と熱意があってこそだ」。箱物だけではなく、それを未来へとつなげる人材が必要であることを、本書は教えてくれる。各館の学芸員やスタッフだけでなく、展示を観る人びとの知識と意識を高めることも必要だ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。