早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2024年11月

今里悟之『平戸の島々はなぜ宗教が多彩なのか-島の地域誌-』古今書院、2024年7月3日、3500円+税、ISBN978-4-7722-6126-5

 「2018年、ユネスコの世界文化遺産として、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が正式に登録された」ことから、「平戸の島々はなぜ宗教が多彩なのか」と問われれば、在来の宗教のなかにキリシタンが潜伏してきた歴史をもつ、くらいの認識しかなかった。かくも「多彩」で複雑な歴史過程をたどってきたことに、思いを馳せることはできなかった。

 「はじめに」に、本書の基本的な3つの視点が、つぎのようにまとめられている。「(1)現在、我々が目にすることのできる地表の状態を重視して、とくに各地域の特徴を示す景観に着眼し、それらが地域社会のなかで、どのように形成されてきたのかを考える、(2)キリシタン、カトリック、神道、仏教、修験道(民俗宗教の一つ)など、さまざまな宗教が混在あるいは互いに融合し、島内の4つの地域に異なる形で分布してきた、地理的かつ歴史的な背景を重視する、(3)島内のみならず、周辺の島々、九州本土、日本国内の諸地域、さらには海外諸国の状況やそれらの諸地域との関係、すなわち人々の移動、さらには経済や文化の交流にも着目しながら、平戸島の地域性の全体像を理解することである」。

 本書は、島内の4つの地域ごとに、歴史的にその特色を明らかにしていく。第1章「北部地域」の副題は「城下町とキリスト教」、第2章「南部地域」の副題は「在来信仰と農村集落」、第3章「中部西岸地域」の副題は「キリシタンの記憶」、第4章「中部東岸地域」の副題は「カトリックの定着」である。そして、「おわりに」で、島全体を俯瞰してまとめとしている。

 「4つの地域の個性」は、つぎのようにまとめられている。「北部地域では、中世水軍の系譜を引く戦国大名、さらには近世大名としての松浦氏の存在と、同時代のヨーロッパによる世界戦略を背景としながら、特異な形態をもつ港町かつ城下町が歴史的に形成された。さらに、この港町を中核として、副港および浦として発達した漁村集落が、地域内の要所に点在してきた。宗教面では在来信仰が基盤をなしてきたが、近代への社会的および経済的な転換のなかで、農村地帯でもあった旧城下町縁辺部における、在来の旧武家と島外から来住したカトリックとの混住が生じてきた。他方で藩牧跡を含む台地などには、カトリックやキリシタンが島外から流入して、散居集落を形成した。これらの結果、時には既存の寺院と隣り合う形で、いくつかの教会が建設されている。さらに現在では、既存の市街地周辺の郊外化が進み、歴史的な諸要素が都市景観のなかに溶け込む形になっている」。

 「南部地域では、古代以来の神仏融合信仰の要地として、在来信仰のなかでも、より古層に位置すると考えられる諸宗教、すなわち神道と密教系仏教、それらとも密接にかかわる山岳修験道系のヤンボシ、遊行系のビワヒキなどの存在が歴史的に顕著であり、これらの宗教者が祭祀に携わる多様な神仏が、農村や漁村の景観を彩ってきた。キリスト教の流入は、ごく少数の集落におけるカトリックに限られ、平戸島の集落景観や地域社会の基本的な形は、南部地域の諸事例をみることで最もよく理解できる。しかしながら、島全体の歴史の流れのなかで、次第に北部の勢力に従属する過程を辿り、近世以降の島内の政治、経済、文化などの活力は、北部地域へと一極集中することになったと考えられる」。

 「中部西岸地域では、ヨーロッパによる世界戦略の一環であった、戦国期のキリスト教布教の影響が最も強く残り、一部の集落では現代まで存続してきたキリシタン信仰が、地域社会のなかで重要な地位を占めてきた。景観や宗教に関しては、在来信仰を重要な基盤としながら、集落ごとに比重に大小はあるものの、キリシタン信仰がその基盤上に重なり合ってきたと考えられる。キリシタン信仰においては、祈りの言葉であるオラショに端的に表れていたように、地域内の安満岳を含む集落内外のさまざまな場所が聖地とみなされ、その一方で、キリシタン信仰を対外的には否定する三界万霊塔が、キリシタン集落であるがゆえに、集落の中心に目立つ形で置かれてきた」。

 「中部東岸地域では、戦国期から数世紀を経たヨーロッパの世界戦略に再びかかわる形で、江戸末期から明治初期にかけてキリスト教が再布教され、カトリックが在来信仰の集落とも関係をもちながら、大きく異なるこれらの2つの宗教体系が、多くの免(現在の町)あるいは集落内部で混在する形になった。カトリックの再布教活動は、長崎から黒島などへ、その黒島を主な足掛かりに平戸島中部東岸へ、その後さらに島内の北部地域などへと展開したことから、この中部東岸地域は、平戸島における重要な布教拠点をなしたことになる。その結果としてカトリックは、複数の教会建設に象徴されるように、社会的にも大きな勢力をもつに至り、その拡大には島外からの多数の移住者も大きく寄与した。このような人口移動の増大と、それに伴うキリスト教の伝播には、外海地方や五島列島をはじめとする、移住元の社会的かつ経済的な条件が重要な影響を与えてきた」。

 そして、「地域形成の条件と背景」として、つぎの4つをあげている。「第1は、位置性(全体のなかでどこに位置するのかということ)にかかわる諸条件である。平戸島は、北から南への対馬、壱岐、平戸、五島という島嶼群を結ぶ、九州北西端における対外的な最前線の一角を構成し、日本全体の「窓」の役割を果たしてきた。この位置性こそが、近世までに至る海外との直接的な交流を生んできた」。
 「第2は、この位置性ともかかわる、海洋性(海に囲まれていること)と群島性(多くの島が連なっていること)という条件である。海を越えた移動は、つねに容易とはいえないものの、天候や海流の状態がよければ人々が自力で移住できる程度、あるいは日常的な交流をもつことができる程度の近距離において、五島列島、黒島、生月島、度島などの島嶼、さらには田平地域や外海地方を含む九州本土が、平戸島の周囲を取り巻いていたことになる」。

 「第3は、このような群島性ともかかわる、地形や地質をはじめとする、島内の自然地理的な諸条件である。平戸島では、九州の火山地帯の一角をなすことから、多くの火山性の山地と溶岩台地、さらには狭小な低地という地形構成に繋がっている。このような地形的条件を基盤としながら、とくに冬の北西からの季節風、あるいは夏の南東からの台風の強風などを避けた、きわめて平地の少ない港町や集落の立地を生んだ」。

 「第4は、地域にかかわる集団や個人による、その時々の行為の判断という条件である。それらの判断は、自然地理的条件を含めた諸環境における一定の制約と可能性のなかでの、人々による無数の営みの集積に繋がった。そこには領主やその重臣、海外からの宣教師を含む多様な宗教の聖職者、日々の生活を担う一般の人々が含まれ、それぞれの立場によって実際の動向への影響に大きな差があった」。

 最後に、「今後の展望と課題」をあげ、つぎのパラグラフで本書を閉じている。「このような豊かな宗教に彩られた平戸島の知見は、例えば五島列島や天草諸島など、類似の地理と歴史をもつ島々以外には、直接的な適用が難しいかもしれない。しかしながら、一定の開放性と独立性(すなわち隔絶性)を同時に兼ね備えた「島」という存在を、「外部からの新しい何か」と「内部で独自に熟成させたもの」が混淆して形成されたものとみなす視点、さらには、その島をいわば単一色としてとらえるのではなく、内部にも独自の色をもった多彩な地域や集落から構成されているという視点は、日本全体や世界全体をとらえる際にも、十分に敷衍が可能である。ある地域(国)の「窓」として島々を眺めることで、ある時代におけるその地域の最先端の動向が垣間見え、たくさんの「窓」における地理や歴史の理解を積み重ねていくことで、地域全体を取り巻いてきた環境や時代ごとの地域の盛衰が、よりよい形で理解できるかもしれない」。

 辺境がゲートウェイ(「窓」)でもあることを、平戸の島々は示している。こんな片田舎から、日本全体が、世界全体が見えるとは、学校で学ぶ教科書からはわからない。都・首都だけが国(クニ)の中心ではない。そもそも「中心」とは、なにをもって中心と考えられているのか。「多彩」であることは、中心がはっきりしないことを意味する。人びとにとっての「中心」はさまざまであることが本書から伝わってくる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

小野塚和人『外国人労働者としての難民-オーストラリアの農村部における難民認定者の受け入れ策と定住支援策』春風社、2024年10月29日、323頁、5400円+税、ISBN978-4-86110-965-2

 本書に登場する主要人物のひとりが1994年にオーストラリアに到着してから12年間勤務していたロイヤルパース病院に、97年下半期の半年間、妻が客員でいた。ミャンマー人がいた記憶はないが、ベトナム人は何人か勤めていたのを覚えている。オーストラリアは、75年に社会主義体制に移行したベトナムから10年間に9万人以上の難民を受け入れた。

 まず驚いたのは、オーストラリアの主要都市を中心とした研究ではなく、公共交通機関がないような主要都市から何百キロも離れた人口数千人の地方部で調査をおこなっていることだ。行くのがたいへんなだけでなく、調査対象となる人を探すのも一苦労では済まない。ネットなどの通信手段で補ったとはいえ、著者の人柄と根気が本書の背景にあることは確実だ。

 本書は、「外国人労働者や難民認定者の受け入れに関する政策」が大きく変わった1996年以降を対象とし、前半は「移民受け入れに関する政策の策定と運用の状況が、主な分析の対象となる」。後半は「2000年代の後半から2010年代を中心とし、新型コロナウイルスの感染拡大が発生した2020年代初頭までとする。その理由として、本書で考察する各自治体では、2010年代の前半を中心に難民認定者の受け入れと移住の試みが進行していったからである」。

 本書の課題、なぜオーストラリアか、については、序章の見出しを見ればわかる。「1.本書の課題」は、「1)人口減少と高齢化の時代における外国人労働者の受け入れと、定住と統合に向けた支援策の構想に向けて」「2)受け入れた外国人労働者を放置することで生じうる問題」「3)豪州における難民認定者に対する独自のアプローチ:対等な国民として、労働力として処遇する」「4)共通の課題としての高齢化」。「2.豪州社会を事例とする意義:なぜ豪州が課題先進国であり、注目に値するのか」は、「1)UNHCRの第三国定住事業において、総人口あたりの難民の受け入れ数が先進国の中でトップクラス」「2)「多文化主義政策インデックス」で首位」「3)「社会の実験室」としての豪州」。
 本書は、序章、全9章、終章などからなり、各章は「本章の課題」にはじまり「小括」で終わる(第9章のみ「小括」はない)。序章「5.本書の構成」に前半、後半、各章の要約があり、さらに終章の「1.本書の総括」で繰り返している。丁寧といえば丁寧だが、本文内を含めあまりにも繰り返しが多い。

 終章から拾って、全体像を理解してみると、つぎのようになる。「本書では、豪州の農村部において、難民認定者を労働力として、新しい住民として迎え入れる試みと、定住と統合に向けた支援の実践を分析してきた。そして、その背景にどのような政策的な実践が存在しているのか論考した」。

 前半「第1章 難民認定者に対する定住と統合の実現に向けた支援策」「第2章 難民認定者が地方部に向かう社会的・政策的な経路」「第3章 地方部への技能移民の就労と配置を促進する政策的実践」「第4章 地方部における非熟練・半熟連労働力の確保に関する政策的実践:「太平洋諸島労働協定(PLS)」の園芸労働部門での利用状況を中心に」では、「農村部を始めとした地方部に難民認定者を招へいし、労働力として登用する施策を、豪州の移民労働者の受け入れ政策の中で位置づける試みを行った」。

 「後半に関して、第5章[カタニングにおける難民コミュニティ主導型の移住事業の展開]と第7章[ニルにおける雇用主主導型による難民認定者の受け入れ事業の展開]では、難民認定者の誘致と定住に成功したカタニングとニルの事例研究を行った。第6章[ダルウォリヌの「地域人口増強計画」にみる住民主導型による難民認定者を受け入れる試み]では、難民認定者の受け入れを試み、異なった結果となりつつも、定住人口の増加という当初の目的を達成したダルウォリヌの事例を考察した。これまでの難民研究においては、主要都市部における難民本人の視点に立った成果が多くを占めている。その中で、本書は受け入れる農村部の現地社会の視点から、難民認定者の招へいと定住と統合に向けた政策と支援の実践を論考した。その上で、第8章[外国人労働者としての難民の受け入れにあたって、受け入れ社会側に求められる施策]では、事例研究と他の自治体での知見を交えて、難民認定者を始めとした外国人労働者、ひいては、移住者の定住の実現に向けてどのような支援方策が必要となるのかに関して、総括的に考察した。第9章[難民はいかにして「難民」となるのか:カレン人コミュニティリーダーのライフストリー]では、現代日本で見聞する機会の少ない難民認定者のライフストーリーを取り上げ、難民が難民となり、第三国に定住するプロセスを考察した。そして、本書の内容と難民認定者への理解を深める一助とした」。

 そして、終章で「3.日本での外国人労働者への支援策の構想に向けて、豪州の知見をどのように活かせるか」と問い、つぎのように答えている。「本書で論じた内容は、日本の文脈に即した修正が必要になる」。「地域活性化を図り、人口減少と高齢化を抑止する存在として迎え入れるのであれば、本書で論じてきたように、人間扱いし、対等な存在として処遇する必要が出てくる」。「本書で論じてきた各種の定住と統合に向けた支援策を実施しなければ、高齢化や人口減少の対処策としての外国人労働者の受け入れは、とりわけ農村部で実施する場合に、初期段階で頓挫する可能性が高くなる。他の先進国に比べて、日本は、低賃金で、人口急減のさなかにあり、インフラは老朽化し、あらゆることが廃止・凍結・活動停止となっていっている。この状況下で、受け入れる日本社会の側が国外からの移住者を選べる状況ではなくなっている。少なくとも国外出身者の受け入れ策と支援策の体制を整備すること、そのことを対外的に発信していくことが、外国人労働者に選ばれる国になるための第一歩になるだろう」。

 日本の難民認定者は、数えるほどしかいない。だが、日本には中国帰国者・残留邦人で永住帰国者が6,725人、家族を含め2万人余がいる。フィリピンにも残留日系人が数千人いる。これらの人びとの日本での永住、就労にかんしては縁者、支援団体があり、本書でも重要性が指摘されたボランティアが存在する。本書のオーストラリアの事例を、これらの人びとの定住・統合の事例にあてはめるとどうだろうか。中国帰国者の場合、2世3世のことが問題になったが、フィリピン日系人では5世の成人がいるような状況で問題はさらに深刻である。まずは、これらの人びとの受け入れ策と支援の検証からはじめて、南米などの日系人、国外出身者へと考察の範囲を広げていくと、日本がとるべき課題が具体的にみえてくるだろう。

 オーストラリアには何ヶ月にもわたってストライキをした労働組合があり、2024年7月から最低賃金は24.1豪ドル(約2400円)と日本の倍以上で、1975年にイギリス連邦国からはじまったワーキングホリデーが80年に日本人にも適用された歴史がある。このような背景を、序章でまとめて説明するか、本文の関連するところで説明すると、もっとわかりやすくなっただろう。学術書は、学術論文の寄せ集めではなく、専門外の研究者を読者対象として書く必要がある。研究対象を相対化する意味で背景説明を工夫すれば、著者が想定した以上に役に立つ本になる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

仲里効『沖縄戦後世代の精神史』未来社、2022年11月30日、250頁、2800円+税、ISBN978-4-624-01200-7

 戦争中、沖縄の民間人は集団自決へと追い込まれ、生き残った日本兵は本土へ帰っていった。戦後、アメリカ軍のジェット機墜落事故で、アメリカ兵のパイロットは事前にパラシュートで脱出して助かり、墜落した機体でなぎ倒された民家や小学校で17人が死亡し、210人が重軽傷を負った。沖縄の人びとにとって、日本本土とのかかわりも、駐留アメリカ軍とのかかわりも、いつも自分たちが犠牲になり、日本人もアメリカ人も難を逃れる、なんともいえない理不尽さがつきまとう。本書は、そんな沖縄と「50年かけて50年前と出会う」旅である。

 帯の表に、つぎのように本書の概要が書かれている。「「復帰」という名の併合をめぐる闘争を生きた世代の思想と苦闘の生涯を探訪する記録。沖縄戦後世代の鏡と窓、交差と越境、精神史にして思想の地図。沖縄の人びとはこれからどう生きるべきかへの指針の書」。

 本書は、「季刊『未来』の二〇二〇年冬号から二二年春号まで《残余の夢、夢の回流》の題で、二年にわたり一〇回連載されたものに、沖縄の季刊誌『脈』に発表した二本を加えて」、2部構成にまとめたものである。「Ⅰ 旅する<沖縄>、残影のチジュヤー」は5本からなり、「旅を共にしたのは、中屋幸吉、友利雅人、松島朝義、佐渡山豊、島尾伸三」、「Ⅱ 地図にない邦へのジントーヨー」は6本からなり、「真久田正、上間常道、金城朝夫、仲宗根勇、川田洋、NDU、伊礼孝、木下順二、谷川雁が旅びとになった」。

 本書には、基調低音となっている4つのライトモチーフがある。「ひとつは、沖縄の戦後史の、もっといえば沖縄の近現代の<自我>と精神現象を染め上げ、戦後も形を変えて再生され、沖縄の戦後世代へ情熱をもって注入していった「日本復帰」運動への批判的問い直しである。いわば、国家幻想と国民主義の限界を内側から越えていく問題意識となった。二つめは、その内在的批判を通して発見し、組成されていく<沖縄とは><沖縄的なるものとは>何かという主体化の問題と自立の思想的根拠を見極めていくことである。主体をめぐる問題はそのアポリアへ目を向け、内部生命となった<沖縄>を構成的力能へとモンタージュしていく関心へと赴かせていった。三つめは、<復帰>とは、<沖縄>とは、<自立>とは何かの批判的対象化が、一九六〇年代の後半から七〇年代初めにかけての叛乱の季節の只中で、「転形期の時代精神」として刻印されたこと、しかも沖縄から離れた移動と流離の経験において創発されていったことである。それまでの沖縄を語る通念では見えてこない、いわば日本にあって<在>を生きることと結社の思想に分け入っていく試みに繋がっていた。四つめは、政治や思想から文学や音楽、写真や映画までの領域を横断することによって、沖縄の戦後世代がくぐった「転形期」と精神の「自己刷新」の動態を解き明かしていくことを要請された。言い換えると、認識論的切断と喩法的転位の結び目に対する不断の注目への促しとなっていった」。

 そして、この50年の旅を、つぎのように総括した。「二〇二二年の今年、沖縄が「復帰」という名の再併合から五〇年目にあたる。五〇年前に五〇年かけて辿り着いたということになるのだろうか。あの日のあの時、地図を広げて帰去来にはやる目を落とし、いまにも青い闇に飲み込まれそうな儚い点のような島々に呆然としたことがある。この小さな点在にもみくちゃにされ、振り回されている自分が滑稽で、哀れにさえ思えた。だが、大国の覇権に踏み荒らされ、いくたびも国境線を引き直され、国家の力が重ね書きされてきた極東のキーストーンとしてのこの島々には、沖縄駐留米軍が所蔵する全火薬量にも匹敵するエネルギーと現代世界を解き明かす〝核〟が眠っているという檄に促され、転形期の熱と渦のなかに漕ぎ出していった〝わが沖縄〟への〝わが解体〟による迷い旅でもあった、と思う」。

 迷いは、「 」< >〝 〟にも表れている。それは、アメリカと日本に翻弄されつづけているからでもあろう。それにグローバル化が重なり、中国が身近な脅威となってきたこととも無縁ではないだろう。このキーストーンとしての島々を、主体性をもって〝わが沖縄〟ということができるのか。沖縄の人びとの問題としてだけでなく、日本本土の人びとが〝わが沖縄〟と認識するかどうかにかかっている。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

川上泰徳『ハマスの実像』集英社新書、2024年8月14日、284頁、1050円+税、ISBN978-4-08-721326-3

 知りたいことが書いてあった。だが、解決にはほど遠いと感じた。

 本書の概要は、表紙見返しに、つぎのように書かれている。「二〇二三年一〇月、ハマスがイスラエルに対し大規模な攻撃を仕掛け、世界は驚愕した。しかし日本ではハマスについてほとんど知られておらず、単なるテロ組織と誤解している人も多い。ガザの市民の多数が支持するこの組織は一体どんなものなのか。何を主張し、何をしようとしているのか。そしてパレスチナとイスラエルの今後はどうなるのか。中東ジャーナリストの著者が豊富な取材から明らかにする」。

 問題をどこまで遡ればいいのかわからないほど根は深いが、とりあえずは著者が朝日新聞社のカイロ駐在特派員になった1994年あたりから考えることにしたい。赴任早々の著者がまず目のあたりにしたのは、つぎのようの状況だった。「イスラエルとPLO(パレスチナ解放戦線)との間で93年に調印された歴史的な和平合意「パレスチナ暫定自治協定(オスロ合意)」が、94年5月からガザとヨルダン川西岸で実施され、パレスチナ自治の始まりを取材した。2001年からエルサレム駐在となり、その前年に始まった第2次インティファーダ(民衆蜂起)の中で、和平の希望が日々、崩れて」いった。

 「ハマスはオスロ合意に反対する立場で、イスラエル・パレスチナ問題のいろいろな側面で関わっていたことから、1994年以来私は、様々な局面で取材した。2001年には、ハマスの創設者で精神的指導者だったアフマド・ヤシーンにインタビューしたこともある。90年代のハマスは「オスロ合意」に反対し、特に「自爆テロ=殉教作戦」という手法をとってきたためパレスチナの中でも影の存在だった。しかし、2000年代になってオスロ合意が崩れ、和平への希望が潰えた時、それまで影だったハマスは、パレスチナ人の間でイスラエルに対抗する希望を与える存在となった」。

 「ハマスには政治部門と軍事部門があり、政治部門にもガザや西岸のパレスチナにいる政治リーダーと、パレスチナの外にいる政治リーダーがいる。さらに、イスラムの教えに基づいて貧困救済や孤児救済を行う社会慈善組織がある。一口にハマスと言っても、いくつもの顔がある。それぞれの部門が、それぞれの視点から主張する」。

 本書は、はじめに、全10章、おわりに、参考文献などからなる。第5章まで時系列に説明した後、第6章「ハマスのイデオロギー」第7章「ハマスの政治部門」第8章「ハマス支配と封鎖」とハマスの内部に立ち入り、第9章「カッサーム軍団の越境攻撃」で現状を理解しようとする。そして、第10章「ハマスとパレスチナの今後は?」で展望を試みる。

 第10章の最後の見出し「ハマスに求められる課題」で、著者はつぎのように解説している。「政治部門と軍事部門が指揮系統が分離し、政治部門も海外の政治局と現地指導部があるなど、意思決定の分かりにくさを明確化する必要がある。政治指導部の政治局が海外にあるのは、イスラエル軍によってパレスチナ占領地で現地組織が根絶されても、組織として存続するためである。加えて、海外に指導部があることで国際的視野で問題に対応できる利点がある。本書でも指摘したように、オスロ合意への対応や、2006年の選挙公約の策定は、現地だけに任せていては出てこない国際的な視野が生かされている。しかし、イスラム組織はモスクを中心に支持者を集めて社会運動を組織し、そこから政治運動も始まることから、支持者と距離的、心理的に離れた海外指導部の決定が、どこまでパレスチナの現地指導部や軍事指導部で実行されるのかという疑問もある。それは海外指導部と現地指導部の齟齬や対立が生まれる要因ともなるだろうし、国際的な視点から見れば、運動を統制しなければならない局面で、イスラエル占領下で戦う現場のメンバーの思いや感情が優先されたり、制御不能になったりしないかという懸念もある」。

 本書を読むと、2023年10月のハマスの越境攻撃は、1993年の「オスロ合意」後のイスラエルの占領地拡大にあることがわかる。「おわりに」で、つぎのように説明している。「占領実態を端的に示すのは、ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植地の増加、拡大である。イスラエルの平和組織「ピース・ナウ」によると、オスロ合意が締結された1993年の入植地人口は11万6000人、2006年にハマスがパレスチナ自治評議会選挙で勝利した都市[年]の入植地人口は26万人、2024年には50万人に達するという予測もある」。

 1917年のパレスチナの人口70万の6%に過ぎなかったユダヤ人が、36年には38万人となり、全人口137万人弱の28%まで急増し、47年にイスラエルが独立したときには63万人、32%までなった。そして、国連分割決議で56.5%の土地が配分された。その後も、ユダヤ人の占領地は拡大の一途を辿り、今日までつづいている。アラブ人が怒らないわけがない。双方に理由はあろうが、無差別「殉教」や子どもの犠牲は許されるわけがない。本書では「パレスチナ人の7割がハマスの越境攻撃を支持」と書かれているが、最新の報道では5割を割ったという。ネタニヤフ首相の支持も以前ほどではないだろう。双方とも民衆は、長期化にうんざりしているのではないか。

 かつてはアラブ人とユダヤ人が共存していたこともあったパレスチナを、ここまで関係悪化させた責任は、国連はじめ国際社会にあることは明白である。当然、国際社会の一員として、日本にもあることを日本人はもっと認識すべきだ。



評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。


↑このページのトップヘ