今里悟之『平戸の島々はなぜ宗教が多彩なのか-島の地域誌-』古今書院、2024年7月3日、3500円+税、ISBN978-4-7722-6126-5
「2018年、ユネスコの世界文化遺産として、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が正式に登録された」ことから、「平戸の島々はなぜ宗教が多彩なのか」と問われれば、在来の宗教のなかにキリシタンが潜伏してきた歴史をもつ、くらいの認識しかなかった。かくも「多彩」で複雑な歴史過程をたどってきたことに、思いを馳せることはできなかった。
「はじめに」に、本書の基本的な3つの視点が、つぎのようにまとめられている。「(1)現在、我々が目にすることのできる地表の状態を重視して、とくに各地域の特徴を示す景観に着眼し、それらが地域社会のなかで、どのように形成されてきたのかを考える、(2)キリシタン、カトリック、神道、仏教、修験道(民俗宗教の一つ)など、さまざまな宗教が混在あるいは互いに融合し、島内の4つの地域に異なる形で分布してきた、地理的かつ歴史的な背景を重視する、(3)島内のみならず、周辺の島々、九州本土、日本国内の諸地域、さらには海外諸国の状況やそれらの諸地域との関係、すなわち人々の移動、さらには経済や文化の交流にも着目しながら、平戸島の地域性の全体像を理解することである」。
本書は、島内の4つの地域ごとに、歴史的にその特色を明らかにしていく。第1章「北部地域」の副題は「城下町とキリスト教」、第2章「南部地域」の副題は「在来信仰と農村集落」、第3章「中部西岸地域」の副題は「キリシタンの記憶」、第4章「中部東岸地域」の副題は「カトリックの定着」である。そして、「おわりに」で、島全体を俯瞰してまとめとしている。
「4つの地域の個性」は、つぎのようにまとめられている。「北部地域では、中世水軍の系譜を引く戦国大名、さらには近世大名としての松浦氏の存在と、同時代のヨーロッパによる世界戦略を背景としながら、特異な形態をもつ港町かつ城下町が歴史的に形成された。さらに、この港町を中核として、副港および浦として発達した漁村集落が、地域内の要所に点在してきた。宗教面では在来信仰が基盤をなしてきたが、近代への社会的および経済的な転換のなかで、農村地帯でもあった旧城下町縁辺部における、在来の旧武家と島外から来住したカトリックとの混住が生じてきた。他方で藩牧跡を含む台地などには、カトリックやキリシタンが島外から流入して、散居集落を形成した。これらの結果、時には既存の寺院と隣り合う形で、いくつかの教会が建設されている。さらに現在では、既存の市街地周辺の郊外化が進み、歴史的な諸要素が都市景観のなかに溶け込む形になっている」。
「南部地域では、古代以来の神仏融合信仰の要地として、在来信仰のなかでも、より古層に位置すると考えられる諸宗教、すなわち神道と密教系仏教、それらとも密接にかかわる山岳修験道系のヤンボシ、遊行系のビワヒキなどの存在が歴史的に顕著であり、これらの宗教者が祭祀に携わる多様な神仏が、農村や漁村の景観を彩ってきた。キリスト教の流入は、ごく少数の集落におけるカトリックに限られ、平戸島の集落景観や地域社会の基本的な形は、南部地域の諸事例をみることで最もよく理解できる。しかしながら、島全体の歴史の流れのなかで、次第に北部の勢力に従属する過程を辿り、近世以降の島内の政治、経済、文化などの活力は、北部地域へと一極集中することになったと考えられる」。
「中部西岸地域では、ヨーロッパによる世界戦略の一環であった、戦国期のキリスト教布教の影響が最も強く残り、一部の集落では現代まで存続してきたキリシタン信仰が、地域社会のなかで重要な地位を占めてきた。景観や宗教に関しては、在来信仰を重要な基盤としながら、集落ごとに比重に大小はあるものの、キリシタン信仰がその基盤上に重なり合ってきたと考えられる。キリシタン信仰においては、祈りの言葉であるオラショに端的に表れていたように、地域内の安満岳を含む集落内外のさまざまな場所が聖地とみなされ、その一方で、キリシタン信仰を対外的には否定する三界万霊塔が、キリシタン集落であるがゆえに、集落の中心に目立つ形で置かれてきた」。
「中部東岸地域では、戦国期から数世紀を経たヨーロッパの世界戦略に再びかかわる形で、江戸末期から明治初期にかけてキリスト教が再布教され、カトリックが在来信仰の集落とも関係をもちながら、大きく異なるこれらの2つの宗教体系が、多くの免(現在の町)あるいは集落内部で混在する形になった。カトリックの再布教活動は、長崎から黒島などへ、その黒島を主な足掛かりに平戸島中部東岸へ、その後さらに島内の北部地域などへと展開したことから、この中部東岸地域は、平戸島における重要な布教拠点をなしたことになる。その結果としてカトリックは、複数の教会建設に象徴されるように、社会的にも大きな勢力をもつに至り、その拡大には島外からの多数の移住者も大きく寄与した。このような人口移動の増大と、それに伴うキリスト教の伝播には、外海地方や五島列島をはじめとする、移住元の社会的かつ経済的な条件が重要な影響を与えてきた」。
そして、「地域形成の条件と背景」として、つぎの4つをあげている。「第1は、位置性(全体のなかでどこに位置するのかということ)にかかわる諸条件である。平戸島は、北から南への対馬、壱岐、平戸、五島という島嶼群を結ぶ、九州北西端における対外的な最前線の一角を構成し、日本全体の「窓」の役割を果たしてきた。この位置性こそが、近世までに至る海外との直接的な交流を生んできた」。
「第2は、この位置性ともかかわる、海洋性(海に囲まれていること)と群島性(多くの島が連なっていること)という条件である。海を越えた移動は、つねに容易とはいえないものの、天候や海流の状態がよければ人々が自力で移住できる程度、あるいは日常的な交流をもつことができる程度の近距離において、五島列島、黒島、生月島、度島などの島嶼、さらには田平地域や外海地方を含む九州本土が、平戸島の周囲を取り巻いていたことになる」。
「第3は、このような群島性ともかかわる、地形や地質をはじめとする、島内の自然地理的な諸条件である。平戸島では、九州の火山地帯の一角をなすことから、多くの火山性の山地と溶岩台地、さらには狭小な低地という地形構成に繋がっている。このような地形的条件を基盤としながら、とくに冬の北西からの季節風、あるいは夏の南東からの台風の強風などを避けた、きわめて平地の少ない港町や集落の立地を生んだ」。
「第4は、地域にかかわる集団や個人による、その時々の行為の判断という条件である。それらの判断は、自然地理的条件を含めた諸環境における一定の制約と可能性のなかでの、人々による無数の営みの集積に繋がった。そこには領主やその重臣、海外からの宣教師を含む多様な宗教の聖職者、日々の生活を担う一般の人々が含まれ、それぞれの立場によって実際の動向への影響に大きな差があった」。
最後に、「今後の展望と課題」をあげ、つぎのパラグラフで本書を閉じている。「このような豊かな宗教に彩られた平戸島の知見は、例えば五島列島や天草諸島など、類似の地理と歴史をもつ島々以外には、直接的な適用が難しいかもしれない。しかしながら、一定の開放性と独立性(すなわち隔絶性)を同時に兼ね備えた「島」という存在を、「外部からの新しい何か」と「内部で独自に熟成させたもの」が混淆して形成されたものとみなす視点、さらには、その島をいわば単一色としてとらえるのではなく、内部にも独自の色をもった多彩な地域や集落から構成されているという視点は、日本全体や世界全体をとらえる際にも、十分に敷衍が可能である。ある地域(国)の「窓」として島々を眺めることで、ある時代におけるその地域の最先端の動向が垣間見え、たくさんの「窓」における地理や歴史の理解を積み重ねていくことで、地域全体を取り巻いてきた環境や時代ごとの地域の盛衰が、よりよい形で理解できるかもしれない」。
辺境がゲートウェイ(「窓」)でもあることを、平戸の島々は示している。こんな片田舎から、日本全体が、世界全体が見えるとは、学校で学ぶ教科書からはわからない。都・首都だけが国(クニ)の中心ではない。そもそも「中心」とは、なにをもって中心と考えられているのか。「多彩」であることは、中心がはっきりしないことを意味する。人びとにとっての「中心」はさまざまであることが本書から伝わってくる。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.