川名晋史編『世界の基地問題と沖縄』明石書店、2022年7月30日、254頁、2500円+税、ISBN978-4-7503-5412-5
沖縄の基地をめぐる問題は、「13の国と地域を比較分析」することで解決するのか。そんな期待をもって読んだが、答えはノーだった。基地問題の基本は2国間交渉で、「最恵国待遇」はない。ほかの国・地域と同等のものを求めても、それはかなわないので、比較してもすぐに直接役に立つわけではない。それでも、比較することは無駄ではない。
本書の目的は、「はしがき」で、つぎのように述べられている。「本書は、基地問題に関心があるもののどこから勉強を始めたら良いのかわからない読者を対象に、あるいは特定の政治的立場にとらわれずにこの問題をフラットに考えてみたい読者を対象に、他国で起きている基地問題がいかなるもので、それと沖縄の基地問題がどのように違うのかを考える視点を示したい。本土復帰から50年を迎えた今、この問題を論じるうえで決定的に欠けているのは、他国との比較だろう」。
つづけて「なぜ比較するのか」と編者は問い、つぎのように答えている。「どれだけ沖縄について学んでも、「沖縄」にとどまる限りは、この問題の全体像を理解することは難しい。問題の性質が沖縄に固有のものなのかそうでないのか、あるいは問題の程度が深刻なのかそうでないのかは、他との比較によらなければ十分に判断できないからである。日本政府の政策を批判したり(リベラル派)、擁護しようとする(保守派)場合も、その主張の根拠を日米安保や地位協定に見出すのか、あるいは日本本土の人々の態度に問題があるとみなすのかは、結局のところ他との比較の視点がなければ確かなことは言えないだろう」。
「はしがき」の最後で、「本書の構成」がつぎのようにまとめられている。「本書は比較を容易にするために、共通する4つのテーマを置いている(ただし、基地が置かれる国や地域の性質上、一部の章では異なる設定をしている)。第1が基地の歴史であり、第2が当該国での基地問題の性質とその解決に向けた政策である。第3は地位協定であり、最後が沖縄への合意である」。
「以下、序章[基地と世界]ではまず米国の世界的な基地ネットワークの全体がどうなっているのかを概観する。それをふまえて、第1章[沖縄]では、本書の土台となる沖縄の基地問題の性質を確認する。その後、第Ⅰ部「欧州」、第Ⅱ部「中東・アフリカ」、第Ⅲ部「アジア・太平洋」、第Ⅳ部「米領」に分割し、米軍基地を受け入れる計13の国と地域を取り上げる。そのなかには、日本の山口(岩国基地)、そして日本の海外基地であるアフリカのジブチの事例も含まれる。また、米国の海外領土であるグアム(準州)とプエルトリコ(自治連邦区)も取り上げる」。
「あとがき」では、まず編者が強調したかったことを、つぎのように述べ、ついで「結論の章」を設けなかったことを説明している。「沖縄の基地問題は複数の人文・社会諸学、たとえば社会学、歴史学、地域研究、経済学、政治学などの専門家の協力によってはじめてその全体像を描写できるものである。このことはいくら強調してもしすぎることはない。それは本書が対象とする読者に、沖縄の基地問題の理解にはあたかもすでに確立された「何か」があり、それを他の社会問題と同じように特定の本や論文を通じて学ぶことができると誤解させないためにである」。
「その意味からして、本書はなるほど外交史、地域研究、社会学、国際政治学の専門家による学際的な試みだったかもしれないが、それでも沖縄の基地問題の全体的な理解には及ばないだろう。読者には本書に足りないものは何かを考えてもらい、そこから次の本、そしてまた次の本へと手を伸ばしてもらいたい。本書があえて結論の章を設けなかったのも、編者のそうした意図によるものである」。
比較にも限界があることは、「はしがき」の最後で、NATOと比較して、つぎのように説明している。「NATO軍地位協定と日米地位協定の最大の違いは、その互恵性にある。NATO軍地位協定では、米国を含めた加盟国は軍を派遣する(派遣国)にも受け入れる国(接受国)にもなりうる。他方、日米地位協定では、派遣国が米国、接受国が日本と固定されている。後者の場合、立場の逆転が起こらないため、地位協定は派遣国に有利なものになりやすいと考えられる」。
「本書のベースとなっているのは専門書、『基地問題の国際比較-「沖縄」の相対化』(同編者、明石書店、2021年)で」、「実は、こちらには比較の視座から得られた基地問題の解決策のメニューが示されている」という。「本書は一般の読者に向けて「森」を描こうとした」。
基地問題が、2国間関係だけでなく国際関係のなかにあり、「沖縄の問題」だけではなく「日本の国内問題」として考えないと、国際関係のなかで考えることができないことがわかった。「本書に足りないものは何かを考えてもらたい」という編者の意図をくむと、足りないのは社会史的アプローチだろうか。基地を「問題」として扱うだけでなく、功罪複雑に絡みあって人びとに影響を与えてきたことから、ひとりひとりの声を聞いてみたい。基地が簡単になくならないことは、本書から充分に伝わった。対話をつづけることで、「問題」は軽減されていくことだろう。そのためにも、比較は必要だ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.