木村元『学校の戦後史 新版』岩波新書、2025年3月19日、242+17頁、1000円+税、ISBN978-4-00-432056-2
「はじめに」冒頭で、旧版で書かれたことをつぎのようにまとめている。「本書の旧版は戦後七〇年を迎えた二〇一五年に上梓された。戦後を生きた一人ひとりと学校とのかかわりの集積をもとに、学校と社会の関係史を描いた「学校の戦後史」である。そこでは、近代学校の成立、「日本の学校」の形成期、戦後の直後から経済成長までの学校化社会、そこから明らかになった現代的な課題と、今後の方向性を模索している経済成長後の学校、さらにそれらを取り巻く社会の変遷を示した」。
「旧版から一〇年を経過した」。「「学校の戦後史」への大きなインパクトの一つは、人類史的な社会変動への対応の自覚化ということだろう。その象徴に一つは、旧版刊行翌年の二〇一六年一月に内閣府から発表された科学技術政策のひとつで第五期科学技術基本計画(二〇一六~二一年)に盛り込まれたSociety5.0である。Society5.0とは、狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(2.0)、工業社会(3.0)、情報社会(4.0)を経た、高度な情報社会に対応する「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステム」による「人間中心の社会(Society)」とされている。グローバル化していく社会の経済発展と、少子高齢化や地域格差などの社会変動に基づく社会的課題の解決との両立を目指すものである」。
「もう一つは、戦後の学校の枠組みを根幹から見直す議論が登場したことである。戦後の教育の最大の特徴は、教育を権利として位置づけ、その教育を機会均等の原理で組織化したことである。その前提には人びとにとっての学校の定着があった。みんなが学校に行くことを保障する、就学義務という枠組みでそれを確保しようとしたのである。しかし、教育機会確保法(二〇一六年)に至る過程の議論は、まさにその原理が自明ではないことを示すものであり、学校教育法に基づく戦後の義務教育を保障する法体系を問い直そうとするものであった」。
この10年間の展開を踏まえて、著者は加筆修正し全編にわたってデータを新しくし、はじめに、序章、全5章、終章、あとがきなどに再構成した。序章「就学・進学動向からみる戦後-学校の受容と定着」では、「戦後の学校の課題の変遷」をつぎのようにまとめた。「これまでみてきた戦後の就学・進学動向のなかで、学校は、学校自体の論理をもちながらも、社会からの要請に応えながら運用されることが求められてきた。時代ごとの課題が何であったかは単純には表せないが、その主要なものに注目して、戦後の学校の課題の展開を概観すると」、「敗戦後から一九五〇年代前半までの第Ⅰ期-戦後民主主義社会の構築を担う教育」「一九五〇年代後半~八〇年代までの第Ⅱ期-産業化社会の構築に対応する教育」「現代に至る第Ⅲ期-新たな課題への対応と学校の土台の再構築」。
「このような時代ごとの課題に対応してきた学校のあゆみをとらえるために、第一章[「「日本の学校」の成立-近代学校の導入と展開」]では、まず戦後の学校の基盤となった近代学校と、それをもとにした「日本の学校」の成立過程について整理する。さらに、第二章[「新学制の出発-戦後から高度成長前」]では第Ⅰ期、第三章[「学校化社会の成立と展開-経済成長下の学校」]では第Ⅱ期、第四章[「学校の基盤の動揺-ポスト経済成長の四半世紀」]と五章[「問われる公教育の役割-この一〇年の動向を軸に」]では第Ⅲ期について、学校の展開をみていく。第五章は新しい時期への胎動がうかがわれるが、終章[「「学校の世紀」を経て」]では、それらの動向を踏まえながら今後の学校の課題について述べたい」。
終章では、まず「一 「学校の世紀」としての二〇世紀」を、つぎのパラグラフで締めくくっている。「学校の世紀を経て、一条校を中核とする単線型学校体系、普遍性を重視した共通な教育内容の一律の習得、就学義務による義務教育制度、学級担任制、さらに修得主義を建前としながら実際は履修主義が貫かれた進級制度など、戦後の学校の土台となっていた制度の見直しが迫られ、修正や廃止の議論が呼び起こされていく。それを促したのは、少子高齢化、多文化化、テクノロジー・情報革命などの社会変動の到来に、社会として正面から向き合う必要性の自覚が高まったことであった。コロナ禍への対応は、制度の見直しの触媒の役割を果たした」。
つぎの「二 学校に行くことの多義性」を経て、「三 学校の役割再考」では、義務教育について、「社会の急速な変化が生み出す多様な教育要求のなかで、すべての人に共有を求めることは義務教育の困難さをより深めていくであろう。周辺や周縁の学校が叢生し拡大しているのは、こうした状況に対応する動きであり、多様な教育内容をどこまで認めるかは、大きな課題である」とまとめている。
そして、つぎのパラグラフで、終章を結んでいる。「共通の内容を教えることによるネガティブなイメージを払拭させるためには、同質性の強調や「競争の教育」を引きおこす学校の土壌の組み替えが欠かせない。そのためには、多様な存在や価値観が著しく優劣をつけられることなく共にある状態を学校の公共性と措定して、公共そのものを「教える」という、介入性の「よさ」が根拠づけられるような、公共性論の構築が課題となろう」。
個々人の能力や関心には、どうしようのないものがある。それをどういかすかが、教育の力だろう。共通の基礎学力といっても、「学校の世紀」とはまったく違うものになっており、その量も半端ではない。たとえば、世界史の常識として知っておかなければならないことは、このグローバル社会では無限大にあり、その見方も多様である。なにが「常識」であるかを、だれが決めるのか。
帯にある「戦後80年-人類史的大変動のなかで学校はどこへ向かうのか?」のこたえは、Face to Faceの対人関係を通して得られるだろう。「普通教育」のなかで、例外をはじき出すのではなく、包摂することによって、共通の問題となる。そのためには、まず教育者一人ひとりの時間的かつ心の余裕が必要だ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.