パッタジット・タンシンマンコン『タイ外交史を読み直す-「竹の外交論」からの脱却』東京大学出版会、2025年2月28日、279頁、7800円+税、ISBN978-4-13-036293-1
「日本語で本を出版することは、本当に「死ぬほど」大変でした!(笑)」と、「あとがき」にある。まず「ありがとう」と言いたい。つぎに、東南アジアの留学生で日本語履修生がほとんどいなくなった今、「2012年4月2日に来日した当初、「こんにちは、ジェーです」しか話せなかった」著者が、「5年間にわたる改稿と3回の出版助成への挑戦の末にようやく出版に至った」ことを、心から「おめでとう」と言いたい。成功の秘訣は、「あとがき」に並ぶ多くの人に助けられたことだろう。これも著者の能力である。なかには、自分ひとりで博士論文を書きあげたと勘違いしている者がいて、先が心配になる。著者につづく、東南アジアからの留学生が出てくることを願っている。
本書は、著者が「タイについての理解を深めていく中で」出会った「タイ外交の伝統を表す「竹の外交」(Bamboo Diplomacy)という概念」に疑問をもったことからはじまった。「竹の外交論は、タイ国史を支えてきた支配的な言説である。これは端的に言えば、「歴代の聡明な指導者らが自らの主体性を置き去りにして大国の風向きに巧みにしなった結果、タイの独立が保たれた」という論理で構成される」。「竹の比喩は、なぜタイが偉大な国と見なされているのかを物語るものであり、私自身がタイに対して抱く誇りの源を明らかにしてくれた。その物語は、3つの前提-「小国」であること、「賢さ」、そして「平和を愛する性質」-に根ざしているのである」。
「私が手始めに問い直したのは、タイが「小国」であるという前提である。タイの小国意識は広く記録されており、近年のタイの外交官の間でも一般的に受け入れられている」。しかし、「国際関係論の一分野である「小国外交」の研究に目を向け、そこに答えを探そうとした」「ところが驚いたことに、これらの議論に基づくと、タイは小国の基準に当てはまらない。では、「タイ=小国」という位置づけをどのように理解すればよいのだろうか。そして、なぜこれほど多くのタイの外交官がこの自己制限的な見解を支持しているのだろうか」。「新しい世代のタイ人も、この特徴に疑問を抱き始めているだろう」。
「私が疑問を抱き始めた前提の2つ目は、「平和を愛する性質」であった。この疑問に向き合っていた2020年には、タイ全土で反政府デモが広がっており、政府や軍がデモ参加者に発砲して暴力を行使する様子がインターネットで拡散され、タイ政府に対する広範な批判を引き起こした」。「しかし、国家による暴力が起きたのはこれが初めてではない」。
「最後に、私が疑問を抱いた前提の3つ目は、タイが「風にしなう」賢さを発揮して生き延びたという考え方であった。この竹の外交論という概念の中心には、大国の風を巧みに乗り切り、国の独立を守った賢明なタイの指導者たちへの称賛がある。しかし、歴史は政治によって形作られるものであり、このような竹の物語が持つ政治的な性質には、一過性の批判ではなく、慎重で徹底的な検証が必要である」。
「本書では、指導者の言動だけではなく、これまで外交史であまり注目されてこなかった様々な主体が抱える葛藤、対応の工夫、行動選択の背後にある論理を検証することを目指す。それは、1960年代から現在に至るまでの複雑な国際情勢と国内政治の中で、タイの指導者、メディア、知識人、一般市民がどのように対外認識を形成し外交政策に関与してきたのかという重層的な関係性に焦点を当てるものである。「竹の外交論」というこれまで主流であり続けてきた物語を超えて、本書はタイの外交政策を多面的に分析し、新たな歴史観を提示する」。
本書は、序章、時系列に全5章、終章、あとがきなどからなる。序章「「竹の外交論」とは何か-通説の批判と本書の狙い」では、「タイの外交を説明する論理ついての竹の外交論は「神話」に過ぎないと主張した。竹の外交論の概要と問題点を指摘したうえで、その神話を脱却するための問いと分析枠組みを提示する」。
第1章「竹の外交論再考-タイ近現代史に偏在する小国意識」では、「竹の外交論が見過ごした前近代から1960年代までのアクターの主体性を回復し、1960年代までタイ近現代史に登場してきた中国、英仏、日本、米国に対する認識の再検討することを試みる。タイはどのような認識に基づき自国に進出する諸大国と関係を築いていたのかを時代順に概観し、最後に本書の重要な概念である「小国意識」を提唱する」。
「第2章から第5章は1960年代から現在までの実際の外交政策、諸アクターの外交構想と対外認識に特に焦点を当てる。前述したように「竹の外交論」自体は、タイが同盟国の米国から離脱し、中国に接近しようとした1960~1970年代の政策の急転換から生まれた言説だからである。本書全体を通じては、タイが米国一辺倒政策から中国接近へ急転換し始めるタノーム時代(1963~1973年)から現在までを追跡したい」。
第2章「「悪魔」の創造、妥協、接近-タノーム政権期における世論の操作と変化(1963~1973年)」では、「タノーム政権時代(1963~1973年)における中国の「悪魔化」と「人間化」の過程に焦点を当てる」。
第3章「揺れ動く「悪魔」の意味-2つの10月事件期における大国認識(1973~1976年)」では、「1973年の10月14日事件から1976年10月6日までのタイ社会における左右両派の中・米・日に対する認識を考察する」。
第4章「「ジェノサイドの愛国政権」-カンボジア紛争をめぐる認識の相克(1978~1989年)」では、「1977年から1991年までのクリエンサック、プレーム、チャートチャーイ政権期のカンボジア紛争認識と脅威認識に焦点を当てる」。
第5章「「愛国」と「売国」の狭間で-グローバル化と米・中の政治的意味の逆転(1989~2020年)」では、「グローバル化時代に入ったタイの中国傾斜という現象を考察する」。
終章「竹の外交論を脱して」では、「「風にしなう竹」が見過ごしてきた主体に再度光を当てて、竹の外交論、小国意識、対外認識、ナショナリズムの関係性を確認し、いかにして対立を超えていくかという問いを和解と結びつけて結論を出す」。
終章では、本書の主張を、つぎの4点にまとめている。①竹の外交論-「神話」から「歴史」へ、②「タイ=小国」-認識か真実か、③小国意識-隠れている危険性、④「愛国者」と「憎国者」-両派に共通しているもの」。
そして、つぎのように結論をまとめ、終章を閉じている。「本書では、「竹の外交」という神話にも近い言説を批判的に検討したものの、ここまで読んだ読者は、「竹の外交」が適切ではないのであれば、何の外交と称するのが適切なのか、筆者の代替案を期待するに違いない。タイの外交は、政治的指導者たちの外交、知識人の外交、学生たちの外交、メディアの外交が、それぞれの利害と立場に応じた主体性を発揮しながら、相互に作用して形成されてきた。それにもかかわらず、指導者の役割のみに注目し、他のアクターの役割を無視して「竹」に還元することの問題を筆者は指摘した。タイの歴史を通じてそこに見えたのは、それぞれのアクターが重層的に織りなす外交である。1つのアクターに還元するのではなく、歴史を織りなす一人ひとりの主人公に正当な光を当てることで、初めて「タイの外交史」の土台を築くことができる。この当たり前の原点に戻って、タイの外交に歴史を取り戻すことこそが本書の「代替案」であり、結論である」。
本書は、ナショナル・ヒストリーの「神話」に挑戦し、「歴史」へと導くことに成功した。しかし、ナショナル・ヒストリー、そのものから脱却できたわけではない。1974年に田中角栄首相がタイを訪問したときの反日運動は、インドネシアでも起こったことは書かれていない。「竹の比喩」はタイだけではなく、ほかの東南アジアでもしばしば語られる、移動性の激しい海域社会で臨機応変に対応するための知恵で、「ASEAN Way」とも呼ばれる。東南アジアだけでなく南太平洋でも「Micronesian Way」などと呼ばれる。
日本語で書いたことの意義について、「まえがき」でつぎのように書かれている。「本書の焦点はタイに当てられているが、外交、歴史、認識、ナショナリズムといった重要概念はタイに限られたものではない。タイ出身の研究者による新しいタイ外交史の提示やそれらの概念の解釈が、外交史をめぐる知の営みに関心を持つ日本の読者にとって、一つの重要な国際交流の契機となり、一本の新しい補助線になれば幸いである」。
さぁ、日本人の読者は、日本語でどう応える。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.
予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。