早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2025年07月

パッタジット・タンシンマンコン『タイ外交史を読み直す-「竹の外交論」からの脱却』東京大学出版会、2025年2月28日、279頁、7800円+税、ISBN978-4-13-036293-1

 「日本語で本を出版することは、本当に「死ぬほど」大変でした!(笑)」と、「あとがき」にある。まず「ありがとう」と言いたい。つぎに、東南アジアの留学生で日本語履修生がほとんどいなくなった今、「2012年4月2日に来日した当初、「こんにちは、ジェーです」しか話せなかった」著者が、「5年間にわたる改稿と3回の出版助成への挑戦の末にようやく出版に至った」ことを、心から「おめでとう」と言いたい。成功の秘訣は、「あとがき」に並ぶ多くの人に助けられたことだろう。これも著者の能力である。なかには、自分ひとりで博士論文を書きあげたと勘違いしている者がいて、先が心配になる。著者につづく、東南アジアからの留学生が出てくることを願っている。

 本書は、著者が「タイについての理解を深めていく中で」出会った「タイ外交の伝統を表す「竹の外交」(Bamboo Diplomacy)という概念」に疑問をもったことからはじまった。「竹の外交論は、タイ国史を支えてきた支配的な言説である。これは端的に言えば、「歴代の聡明な指導者らが自らの主体性を置き去りにして大国の風向きに巧みにしなった結果、タイの独立が保たれた」という論理で構成される」。「竹の比喩は、なぜタイが偉大な国と見なされているのかを物語るものであり、私自身がタイに対して抱く誇りの源を明らかにしてくれた。その物語は、3つの前提-「小国」であること、「賢さ」、そして「平和を愛する性質」-に根ざしているのである」。

 「私が手始めに問い直したのは、タイが「小国」であるという前提である。タイの小国意識は広く記録されており、近年のタイの外交官の間でも一般的に受け入れられている」。しかし、「国際関係論の一分野である「小国外交」の研究に目を向け、そこに答えを探そうとした」「ところが驚いたことに、これらの議論に基づくと、タイは小国の基準に当てはまらない。では、「タイ=小国」という位置づけをどのように理解すればよいのだろうか。そして、なぜこれほど多くのタイの外交官がこの自己制限的な見解を支持しているのだろうか」。「新しい世代のタイ人も、この特徴に疑問を抱き始めているだろう」。

 「私が疑問を抱き始めた前提の2つ目は、「平和を愛する性質」であった。この疑問に向き合っていた2020年には、タイ全土で反政府デモが広がっており、政府や軍がデモ参加者に発砲して暴力を行使する様子がインターネットで拡散され、タイ政府に対する広範な批判を引き起こした」。「しかし、国家による暴力が起きたのはこれが初めてではない」。

 「最後に、私が疑問を抱いた前提の3つ目は、タイが「風にしなう」賢さを発揮して生き延びたという考え方であった。この竹の外交論という概念の中心には、大国の風を巧みに乗り切り、国の独立を守った賢明なタイの指導者たちへの称賛がある。しかし、歴史は政治によって形作られるものであり、このような竹の物語が持つ政治的な性質には、一過性の批判ではなく、慎重で徹底的な検証が必要である」。

 「本書では、指導者の言動だけではなく、これまで外交史であまり注目されてこなかった様々な主体が抱える葛藤、対応の工夫、行動選択の背後にある論理を検証することを目指す。それは、1960年代から現在に至るまでの複雑な国際情勢と国内政治の中で、タイの指導者、メディア、知識人、一般市民がどのように対外認識を形成し外交政策に関与してきたのかという重層的な関係性に焦点を当てるものである。「竹の外交論」というこれまで主流であり続けてきた物語を超えて、本書はタイの外交政策を多面的に分析し、新たな歴史観を提示する」。

 本書は、序章、時系列に全5章、終章、あとがきなどからなる。序章「「竹の外交論」とは何か-通説の批判と本書の狙い」では、「タイの外交を説明する論理ついての竹の外交論は「神話」に過ぎないと主張した。竹の外交論の概要と問題点を指摘したうえで、その神話を脱却するための問いと分析枠組みを提示する」。

 第1章「竹の外交論再考-タイ近現代史に偏在する小国意識」では、「竹の外交論が見過ごした前近代から1960年代までのアクターの主体性を回復し、1960年代までタイ近現代史に登場してきた中国、英仏、日本、米国に対する認識の再検討することを試みる。タイはどのような認識に基づき自国に進出する諸大国と関係を築いていたのかを時代順に概観し、最後に本書の重要な概念である「小国意識」を提唱する」。

 「第2章から第5章は1960年代から現在までの実際の外交政策、諸アクターの外交構想と対外認識に特に焦点を当てる。前述したように「竹の外交論」自体は、タイが同盟国の米国から離脱し、中国に接近しようとした1960~1970年代の政策の急転換から生まれた言説だからである。本書全体を通じては、タイが米国一辺倒政策から中国接近へ急転換し始めるタノーム時代(1963~1973年)から現在までを追跡したい」。

 第2章「「悪魔」の創造、妥協、接近-タノーム政権期における世論の操作と変化(1963~1973年)」では、「タノーム政権時代(1963~1973年)における中国の「悪魔化」と「人間化」の過程に焦点を当てる」。

 第3章「揺れ動く「悪魔」の意味-2つの10月事件期における大国認識(1973~1976年)」では、「1973年の10月14日事件から1976年10月6日までのタイ社会における左右両派の中・米・日に対する認識を考察する」。

 第4章「「ジェノサイドの愛国政権」-カンボジア紛争をめぐる認識の相克(1978~1989年)」では、「1977年から1991年までのクリエンサック、プレーム、チャートチャーイ政権期のカンボジア紛争認識と脅威認識に焦点を当てる」。

 第5章「「愛国」と「売国」の狭間で-グローバル化と米・中の政治的意味の逆転(1989~2020年)」では、「グローバル化時代に入ったタイの中国傾斜という現象を考察する」。

 終章「竹の外交論を脱して」では、「「風にしなう竹」が見過ごしてきた主体に再度光を当てて、竹の外交論、小国意識、対外認識、ナショナリズムの関係性を確認し、いかにして対立を超えていくかという問いを和解と結びつけて結論を出す」。

 終章では、本書の主張を、つぎの4点にまとめている。①竹の外交論-「神話」から「歴史」へ、②「タイ=小国」-認識か真実か、③小国意識-隠れている危険性、④「愛国者」と「憎国者」-両派に共通しているもの」。

 そして、つぎのように結論をまとめ、終章を閉じている。「本書では、「竹の外交」という神話にも近い言説を批判的に検討したものの、ここまで読んだ読者は、「竹の外交」が適切ではないのであれば、何の外交と称するのが適切なのか、筆者の代替案を期待するに違いない。タイの外交は、政治的指導者たちの外交、知識人の外交、学生たちの外交、メディアの外交が、それぞれの利害と立場に応じた主体性を発揮しながら、相互に作用して形成されてきた。それにもかかわらず、指導者の役割のみに注目し、他のアクターの役割を無視して「竹」に還元することの問題を筆者は指摘した。タイの歴史を通じてそこに見えたのは、それぞれのアクターが重層的に織りなす外交である。1つのアクターに還元するのではなく、歴史を織りなす一人ひとりの主人公に正当な光を当てることで、初めて「タイの外交史」の土台を築くことができる。この当たり前の原点に戻って、タイの外交に歴史を取り戻すことこそが本書の「代替案」であり、結論である」。

 本書は、ナショナル・ヒストリーの「神話」に挑戦し、「歴史」へと導くことに成功した。しかし、ナショナル・ヒストリー、そのものから脱却できたわけではない。1974年に田中角栄首相がタイを訪問したときの反日運動は、インドネシアでも起こったことは書かれていない。「竹の比喩」はタイだけではなく、ほかの東南アジアでもしばしば語られる、移動性の激しい海域社会で臨機応変に対応するための知恵で、「ASEAN Way」とも呼ばれる。東南アジアだけでなく南太平洋でも「Micronesian Way」などと呼ばれる。

 日本語で書いたことの意義について、「まえがき」でつぎのように書かれている。「本書の焦点はタイに当てられているが、外交、歴史、認識、ナショナリズムといった重要概念はタイに限られたものではない。タイ出身の研究者による新しいタイ外交史の提示やそれらの概念の解釈が、外交史をめぐる知の営みに関心を持つ日本の読者にとって、一つの重要な国際交流の契機となり、一本の新しい補助線になれば幸いである」。

 さぁ、日本人の読者は、日本語でどう応える。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

豊岡康史『海賊からみた清朝-十八~十九世紀の南シナ海』藤原書店、2016年3月10日、398頁、4600円+税、ISBN978-4-86578-063-5

 本書は、1980年生まれの著者が30代半ばに書いた本で、「あとがき」に「博士論文を一般向けにリライトしたものではなく、書籍の企画にあわせて新たに構成したものである」とある。初稿を書きあげてから刊行までの3年間に、「東シナ海の領有問題はいったん盛り上がったのち、ニュースバリューを失い、いっぽうで南シナ海に焦点が当たるようになった」。つづけて著者は、つぎのように書いている。「国際情勢の変容はめまぐるしい。それなりに遠い過去を扱う本書ももちろん現状分析に直接関わらないものではあるが、それでも歴史的な分析の成果もまた早急に公表され、〝いま〟の参考に供されるべきであった」。このような意識で書かれたものは、刊行から10年近く経ったも、〝いま〟に活かされる。

 帯では、「近代前夜、なぜ海賊は現れたか」と問い、つぎのようにまとめている。「アヘン戦争前夜の18世紀末~19世紀初、シナ海域に横行していた〝海賊〟たち。浙江・福建・広東・ベトナムなどにおけるその活動と清朝の対策を手がかりに、反乱や人口増加で衰亡に向かうと言われる嘉慶帝時代の貿易、財政、軍事などの内政や国際関係から、当時の清朝の実像に迫る意欲作!」。

 本書の概要は、「序章 海賊が現れた時代-問題のありか」「5 ねらいと構成」にある。まず、「ねらい」がつぎのように示されている。「本書で行う作業は、十八世紀末から十九世紀初頭の時期に頻発した海上における暴力行為の主体となった人びとを海賊と呼び、その存在が、誰に、どのように、なぜ問題視され、そして、いかなる影響を及ぼしたのかを跡づけるものである」。

 構成をみる前に、嘉慶がどのような時代であったのかを確認する必要があるだろう。「乾隆帝が退位し、息子の嘉慶帝(在位:一七九六-一八二〇)(略)が跡を継いだ一七九六年、湖北、四川、陝西を中心に白蓮教反乱が起こった。白蓮教は仏教系民間信仰で、反乱の中核がその宗教結社であったことからその名があるが、実際には宗教反乱ではなく、むしろ清朝の繁栄の限界が生んだひずみを背負わされた、開拓地であぶれた人びとの暴発であった」。「白蓮教反乱は、清朝の財政を突き崩し、既存の軍事力の弱体化を暴露した」。

 本書は、序章、全7章、後日談の終章、あとがき、などからなる。時系列でないため、死んだはずの「海賊」が、その後、何度も出てきて戸惑うことがある。

 第一章「ベトナムから来た海賊-皇帝が苦慮した国際問題」では、「国際問題としての海賊問題について考えてみたい。安南という外国から海賊が侵入するというのは、清朝からすれば国際問題でもあった」。「清朝の海賊問題への対処から、清朝の対外政策のあり方が明らかになるだろう」。

 第二章「大混乱に陥った沿海経済-商人たちの受難と抜け道」では、「海賊問題が清朝沿海の社会経済にどのような影響を与えたのかを見る」。「海賊による、航行する船舶や沿岸の集落や港湾への襲撃、金品や人的資源の略奪が、当地の経済に与えた具体的な損害から考えてみたい」。

 第三章「被害を受けた人びと-被害の実相と海賊との交渉」では、「海賊の被害者たちがどのような人びとだったのかが示される」。「被害を受けた人びとの生活の実情とともに、海賊の猖獗を何とかやり過ごしてゆこうとする、ふつうの人びとの営みが明らかになるだろう」。

 第四章「台湾社会を変えた海賊-辺境開発の終焉」では、「海賊の台湾上陸について扱う」。「海賊たちはなぜ台湾に現れたのか、そして海賊たちの出現は、台湾社会の何を変えたのかが示される」。

 第五章「地方当局の苦闘-財政難・自衛・武力鎮圧・投降呼びかけ」では、「清朝地方当局による海賊対策を見てゆく。海賊の跋扈に直面した地方当局にとって、最大の問題は財政難であった。苦しい台所事情を抱えた清朝地方当局が、管轄下の治安秩序を大きく揺るがす海賊の活動に対して、どのように取り締まりを行い、曲がりなりにも海賊問題を解決したのか描いてみたい」。

 第六章「海賊を利用するヨーロッパ人-イギリス人とマカオ政庁の思惑」では、「当時、東アジアを訪れていたイギリス人を中心とするヨーロッパの人びとと、海賊問題との緊張関係を見てゆく」。「イギリス人とマカオのポルトガル人は、何のために清朝沿海を訪れていたのか、そして、なぜ海賊問題に関心を持ち、どのようにそこに関与したのかが明らかになる」。

 第七章「海賊とは誰だったのか-出自・組織・活動」では、「海賊たちの個人の来歴や、組織のあり方など、海賊たちの実態を扱う」。「最後に実態を提示することで、むしろ、それまで見てきた「海賊問題」という社会問題が、問題視する側の都合によって形作られた虚像であることが、はっきりと指摘できるように思われる」。

 終章「海賊のいた時代の終わり-末裔のその後」では、「海賊たちが消えゆく様子を見てゆく」。「前近代の社会問題が、現在は存在していないことは、当たり前のように思われるかもしれない。しかし、それはほんとうに当たり前なのだろうか。今から二〇〇年ほど前の海賊たちに類する人びとが、今はいない。その理由を提示して本書を終えたい」。

 著者は、「あとがき」でつぎのように書いていながら、第七章のように、公文書からわかる「海賊像」を描いている。人をみているのである。「本書の記述のほとんどは、清朝官憲が作成した膨大な公文書によっている。清朝中期史研究は、むしろ公文書が史料のほとんどであって、それ以外のものはけっして多くない。そして公文書によるならば主役が官憲になるのは当然である」。

 第七章の主役は「海賊」で、「4 海賊とは誰だったのか」で、つぎのような人間味豊かな人びとであったことを紹介している。まず、「海賊集団が多くの被害者によって構成されていたことは、おそらく間違いない」。「被害者が海賊集団の成員となる理由の一つは、その被害者たちの日常生活がけっして豊かではなかったことによる。海賊集団に拘束されても、ある程度の生活水準の者は、身代金が支払われて、解放された。しかし、海賊集団に拘束され続けた人びとには、そのような身代金を支払ってくれる家族や係累はいなかったし、海賊集団の成員になってしまえば、清朝当局に逮捕されたりしない限り、食べてゆくことができた」。

 「海賊集団の成員が増加していったもう一つの理由」は、「行く場所がない」からであった。「海賊集団は拉致、拘束したに人びとを売らなかった」。「買い手がいなかったからである」。「では、海外はどうか」。「十五、十六世紀、東アジアに現れたスペイン商人やポルトガル商人は、しばしば東アジアの現地の人びとを現地の商人から買い付け、奴隷として世界各地へ売却した。しかし、十六世紀末から十七世紀に入るころ、東アジア各国の王権は、自国の一般人が奴隷化されることに強い拒否感を示すようになった。その結果、ヨーロッパ人は東アジアで奴隷を確保するのをやめた。わざわざ遠く東アジアで、現地政権と軋轢を起こして奴隷を購入しなくても、アフリカ西海岸で安く手に入ったからである」。

 「とくに使われる当てのなかった」「海賊集団の大部分が、ふつうに生活していても海賊になってもあまり変わらない、沿海の漁民や労務者になっていった」。「海賊集団内部でも食料がしばしば不足し、船中に湧いた虫を食糧にする場合すらあった。そのような生活に未練などあるだろうか。故郷に帰り、以前通り死なない程度の生活に戻ればよいだけである。海賊でも漁民でも、人生のクオリティはどうせ変わらないのだ」。

 「海賊」とふつうの人びとの境目がないことが明らかになった。だが、ふつうの人びとは、農民ではなく、なにかしら海にかかわる人びとだった。そこには定着を美としない流動性に生活・活躍の場を求める躍動性があったのではないだろうか。だから、「海賊」を主人公とするロマンあふれる物語が、つぎつぎに登場するのだろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

河西秀哉『皇室とメディア-「権威」と「消費」をめぐる一五〇年史』新潮選書、2024年12月15日、351頁、1900円+税、ISBN978-4-10-603919-5

 「あとがき」は、つぎの文章ではじまる。「私が天皇制を初めて意識したのは」、「昭和天皇が倒れたときである」。そして、「はじめに」は「平成から令和へ」ではじまり、「おわりに」は「「代替わり」報道」ではじまって「はじめに」の時点に戻っている。著者は、個人の体験にもとづきながら平成時代を追い、その前史として近代天皇制の成立、さらにメディアとのかかわりで論じている。

 主題に「メディア」が「皇室」と併記された理由は、「はじめに」の「二つの「代替わり」の違い」で、つぎのように説明されている。「昭和の最後と平成の最後の違いは、天皇制をめぐるメディアの報道の違いに起因しているとも考えられる。では具体的に昭和と平成の報道の違いはどのようなものなのだろうか。そして、なぜ報道の姿勢は変化したのか。本書ではそれを明らかにしていきたい」。

 副題のキーワードは「権威」と「消費」の2つ、帯には「権威」「象徴」「消費」の3つがある。そして、「はじめに」のおわりでキーとなる3つの概念「権威」「人間」「消費」について、つぎのように説明している。「近現代の天皇制とメディアをめぐる動きは、この三つの概念で説明できるのではないかと思われる。天皇や皇室を「権威」として扱い、私たちとは違う遠い存在と見る価値観。私たちと同じ「人間」として親近感を持ち、支持する志向。さらには、天皇や皇室を「消費」的に扱い、まるで芸能人を見るかのような「空気」感。近現代の日本のあゆみのなかで、それぞれの概念が絡み合いながら、ときに「権威」が強くなったり、ときに「人間」性を希求する人々があらわれたり、ときに「消費」する風潮が高まったり。いずれかのみに振れることはなく、時期によって様々なバランスのなかでこの三つの概念が作用することになる。本書ではその状況を明らかにしていく」。

 本書は、はじめに、時系列に全8章、おわりに、あとがき、などからなる。裏表紙では、「蜜月から倦怠期、激しい対立まで。揺れ動く関係の本質とは?」と問いかけ、つぎのようにつづけている。「大正デモクラシー、人間宣言、ミッチー・ブーム、自粛と崩御、生前退位-重要な局面に際して皇室とメディアはいかに相対したのか。時に協調、時にバッシングに振れる皇室報道の裏側とは。注目の天皇制研究者が新聞、月刊誌、ラジオ、テレビ、SNSなどの豊富な実例から両者のダイナミックスな関係を読み解く画期的論考!」。

 「おわりに」では、2つの代替わり報道の違いを、つぎのようにまとめている。「昭和から平成の「代替わり」のときに見られたような「皇室のありように対する鋭い検証や、制度面での課題の指摘」は、平成から令和のそれではほとんど見られなかった。メディアの報道がある種の「お祭り」になった状況は、天皇制が「消費」されているとともに、一方では新しい「権威」として立ち現れている様子をも示していよう」。

 そして、つぎのように結論としてまとめている。「本書では近代の始まりである明治から現代の令和まで、メディアが天皇制・皇室をどのように報じてきたかを展望してきた。その際には「権威」「人間」「消費」という三つの軸に加えてときに「空気」なども加味してその振幅とダイナミズムをとらえてみた。近代以前にも、もちろんかわら版などのメディアは存在したが、明治になって西洋型のメディアが誕生して以降は、当初は強い「権威」の下に押さえつけられていたメディアが次第に「人間」という軸を見出しながらときには「消費」に走りつつ、アジア・太平洋戦争後は特に象徴天皇制とは何かという問題を報道という行為によって支えてきたという面が、長い時間軸でとらえることによって見えてきたのではないか。同時に、人々のあり方も「権威」に押さえつけられるばかりでなく、自分たちが「人間」らしく自由に生きたいという意識を天皇や皇室に投影しつつ、メディアを動かしてきたとも言えるのではないか。その意味ではメディアは私たちの「鏡」のようなものではないかと思われる。さらに新聞、月刊誌、週刊誌、ラジオ、テレビ、そしてSNSと次々に新しいメディアが登場してきた近現代でもあって、この先にどのような新しいメディアが登場するかはわからないが、天皇制・皇室と人々の関係がメディアを通して形成されることは間違いないことであろうし、そこには常に時代の変化と人々の意識の変化があらわれることだろう」。

 「人間」という軸が見出されたかもしれないが、国民でも市民でもなく、苗字も選挙権、職業選択の自由もない皇室に、「人権」は存在しない。人間と神のあいだを往き来する存在で、メディアは人間に近づけて報道することもあれば、神に近づけて報道することもある。評価は、人間と神のあいだのどの位置に存在するかによって大きく変わる。その存在を積極的に肯定もしなければ否定もしない国民が大多数になったいま、どこへ向かうのか。著者は、「おわりに」を「本書が今後の天皇制・皇室と人々の関係性を構想する手がかりとなれば幸いである」ということばで結んでいる。天皇の政治的利用は禁止されているが、天皇の判断が求められることはない。平成天皇の「慰霊の旅」のように独自性がみられることもあるが、「利用」されていることに気づかれていても流されていることも多いだろう。国民が「権威」と「消費」のなかで、注視していく必要がある。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

酒井一臣『はじめて学ぶ グローバル日本近現代史』昭和堂、2025年6月20日、191頁、2000円+税、ISBN978-4-8122-2421-2

 本書は、「歴史が苦手な方」に読んで欲しい本である。著者を含む歴史好きは、「時代の流れに厳密で、学説や史料をなるべく多く紹介」された本を楽しんでいる。だが、著者は「歴史が苦手な方にはそこが面倒なのかもしれない」と考え、「本書は、時系列に従ってテーマを並べず、どこからお読みになってもいいようにひとつの章で話題を完結させている。読みやすくするため、史料は原則として現代語に直して掲載した。学説の紹介は重要だが、本書は学術研究書ではないため、大胆に取捨選択し、筆者の議論に合う学説で議論を展開した」。

 本書は、序、3部、「15トピックと議論を深める4つのコラム」、あとがき、などからなる。15のトピックということは、授業、おそらく歴史学を専門としない全学共通科目を履修する学生を想定して書かれている。各部の要点と本書の特徴は、「序 日本史と世界史を総合する?」で、つぎのようにまとめられている。

 第Ⅰ部「国際秩序」は、「高校の歴史の教科書では、国際秩序の変動に伴う事例は紹介されるが、変動の原因や変動への対応の成否は論じられない。とくに日本史の教科書では、多くの条約名などが暗記するものとして並べられるが、本書では、国際秩序の変動に日本がどのような意図でのぞんだのかに着目して議論した」。取りあげられた5つのトピックは、ペリー来航、岩倉使節団、国際連盟、大東亜共栄圏、移民で、コラムは新旧外交である。

 第Ⅱ部「思想」は、「近現代日本を考える上で重要な社会思想を論じた。公平中立であろうとする性質上仕方がないのだが、高校の教科書では、思想家の名前と主張の概要を書くだけで、その思想への賛否や、それが現在の日本社会に与える影響は触れられない。そこで本書では、筆者の考え方を明確にしていくつかの思想について議論した。筆者の主張を押しつけるつもりはなく、むしろ反発や異論があるほうが、読者の思考が広がるのではないかと考えている」。取りあげられた5つのトピックは、文明国標準、社会主義、新渡戸稲造、ナショナリズム、天皇制で、コラムはファシズムである。

 第Ⅲ部「人と文化」では、「文化や世相についてのテーマを扱った。性風俗など高校までの教育で触れられない問題も論じた。私たちが日常で当たり前と思っている日本人との枠組みを再考すると、日本社会への見方が変わるかもしれない」。取りあげられた5つのトピックは、ジャポニズム、音楽家、からゆきさん、敗戦、国民氏[史]で、コラムは人種主義である。

 本書の2つの特徴は、つぎの通りである。「ひとつは、近現代の日本が、欧米の文明・文化を目標に歩をすすめてきたことである。西洋文明を絶対的な基準と考える「文明国標準」の発想が、いろいろなできごとや考え方に影響した。現在の最重要課題であるアジアのなかで自国をどう位置づけるかということを考えるためにも、近現代日本と西洋の距離感の問題は重要となる」。

 「いまひとつは、本書でとりあげたテーマをめぐるさまざまな論争について、予定調和的な評価に加えて、世間で唱えられがちなホンネの立場も紹介することである。教育現場では、世界平和が大事だ、人権第一であるべきだ、多文化共生をめざすべきだ、というような表だって否定しにくい理想が語られる。理想は大切であるが、問題によっては人びとが抱くホンネと離れている場合がある。ポピュリズムが止まらない昨今の社会にあって、学術的には正しくとも、世間のホンネの立場から、攻撃・否定されることもしばしばである。歴史学に限らず、学術研究の主張にスノビズム(知識をひけらかし、上から目線で気取ること)が感じられると、学術界はどんどん肩身が狭くなるのである。よって、本書では、あえて公にされにくいホンネの主張も紹介し、教育や学術の世界の発想と比較したい」。

 「歴史書らしくない歴史書をめざしている」のが本書であるが、「日本の歴史教育も」「見直しがすすんでいる」。「見直しの主な内容は、暗記中心の歴史教育から考えさせる歴史教育に転換するというものである。史料(歴史の文書)や資料を読み解き、ひとつの正解ではなく、多様なものの見方を養うことが重視されている。しかし、これで本当に21世紀にふさわしい歴史認識が育成できるのだろうか」。

 著者は、「三つの「いけない」」を提示している。まず、「露骨な現実は言っては「いけない」のかもしれないが、現実を無視した歴史教育の見直しをおこなうべきではない」。2つめは「歴史研究者の理想論だけで、歴史を考えさせては「いけない」」。3つめの「いけない」は、「歴史教育や趣味として楽しむ歴史は、歴史学界のためにあるのではないということである」。

 2022年度から高校の新科目として導入された「歴史総合」は、「近現代の日本史と世界史を総合する科目で」、「こうした科目ができたのは、日本の歴史学界でグローバル・ヒストリーが隆盛しているからである」。だが、著者は、「日本史と世界史を総合するのは簡単ではない」という。「いずれかの国家を主軸にせず歴史を描くのは難しい上、どうすれば日本史と世界史を総合したことになるのか、明確な基準がないからだ。個別の事例をとりあげてグローバルな日本史に成功した研究は多くあるが、通史的もしくはさまざまな観点で近現代日本のグローバルな全体像を示すのは非常に難しい。また、グローバル・ヒストリーは、明確な研究手法が確立されているわけではなく、自分の研究をグローバル・ヒストリーといえばグローバル・ヒストリーになるという面もぬぐえない。この文脈では、本書が近現代日本のグローバル・ヒストリーと題することも許されるであろう」。

 そして、著者は、「あとがき」で、つぎのように本書の内容を振り返っている。「本書は、リベラルに批判的な人の考えに反するような点をあえて強調する一方で、リベラルな立場(本書では予定調和的・優等生的と表現しました)の主張をまぜかえすようなことも書きました。これは、私の立場がゆれているということではありません。批判する側もされる側もかたくなにならず、いろいろな意見があっていいと思うからです」。

 「大胆に私見をいえば、世界史に誇ることができる文明化=近代化に成功した日本が、愚かな戦争をして破滅の危機に陥ったのは、明治時代以降の先人たちが頑張りすぎて余裕がなくなったからではないかと考えています。平成不況以来、日本社会の凋落が止まらない一因も同様ではないかとも考えています」。最後に、著者は「「頑張りすぎない、何でもあり」という考え方をどこまで訴えられたか」を問うている。

 暗記科目としての歴史教育は、暗記すべきことがあまりに多くなりすぎて現実的ではなくなっている。アクティブ・ラーニングで議論中心に授業を進めるには、教科書もそれに対応できる教員も不足している。なにをどう見直すのか、その指針さえ充分ではないだろう。

 これまでの日本の歴史教科書は、客観的であると評価される面があるいっぽうで、無味乾燥で伝えたいメッセージがないという批判がある。近代歴史学は、国民国家のいい国民を作るためにあった。そのためナショナル・ヒストリー中心になった。それが国際化が進み、世界史の重要性が唱えられ、高校では世界史が必修になった。そして、いまグローバル化社会の市民のための教育が求められている。

 歴史教育の教科書をだれが書くのか。日本では歴史学研究者が書くものと決まっているように思える。だが、大学では、日本史(国史)学、東洋史学、西洋史学が独立した学問分野として教育されており、「歴史総合」教育のための人材は育っていない。すくなくとも歴史学だけではなく、歴史教育学を理解している者が書くべきだろう。イデオロギー中心の国では、学問的成果とは別に、本書第Ⅱ部で扱った「思想」を中心に歴史教育をしているところもある。

 日本国民であり、なおかつグローバル市民でもある歴史教育をしなければならなくなっている。そのための教科書を書く人、現場で教育できる人材を育てることが、第一歩である。もはや、旧来の歴史学では対応できなくなっている。歴史教育は、歴史学界の延長線上に位置づけられるものではない。。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

春山明哲・松田康博・松金公正・川上桃子編『台湾の歴史大全-基礎から研究へのレファレンス』藤原書店、2025年2月28日、459頁、4400円+税、ISBN978-4-86578-446-6

 本書は、用意周到に編集された「レファレンス・ブック(参考図書)」である。タイトルの「大全」が、それをよくあらわしている。そして、本書の意義をわかる研究者は、研究史をよく理解でき、個々の研究の発展が期待できる人である。

 代表編者は、国立国会図書館に33年間勤務した「図書館レファレンスのプロ」である。そして、2007年の退職後、「アイディア、調査研究、企画編集等のプロセス」を経て、出版に漕ぎ着けた。「あとがき-「レファレンス・ブック」とはなにか? 本書刊行までの歩み」は、読み応えがある。1960年代後半生まれの3人が共編者に加わり、「通史と事典的記述を両輪に、65名の気鋭の執筆陣」からなって頼もしい。

 本書の概要は「序」で的確にまとめられており、全体像はつづく「本書の構成と内容のガイド」でわかる。本書の目的は、つぎの通りである。「実証的な学術研究を基盤として、台湾の歴史に関する基礎知識を総合的・系統的に提供することを通じて、この問い[台湾は、どこから来て、どこに向かうのか。そもそも台湾とはいったい何なのか-]への補助線を提示する。インターネット上には、台湾に関する情報があふれている。しかし、そうした知識は往々にして断片的であり、ときに不正確でもある。私たちは、地域研究としての台湾研究の成果をもとに、学生・社会人のための教養書として、ビジネス・メディア関係者に有益な参考書として、また市民学習のハンドブック、歴史研究・地域研究の入門書として活用できるレファレンス・ブックとして、本書を編んだ。執筆者は、日本および台湾で台湾研究を行う65人の専門家たちである」。

 本書には、2つの特徴がある。「第一の特徴は、台湾に関する基礎知識を、総合的なレファレンス情報として提供することにある。具体的には、台湾の政治史、社会・文化史、経済史に関する概説、重要項目に関する事典、分野ごとの文献レファレンスと研究レビュー、参考文献、年表等の総合的なレファレンス情報を通じて、台湾に関する情報を広く提供し、市民学習、研究入門のニーズに応える。時代としては、先史時代から近現代までの通史を広く概観できるよう、台湾原住民族の登場、漢人の移住、オランダ・鄭氏・清朝・日本の統治期、中華民国期、本土化・民主化の時期、総統選挙までの通史を扱った」。

 「第二の特徴は、日本の視点から台湾に関するレファレンス・ブックを編纂した点にある。項目選定にあたっては、日台関係の歴史を重視した。特に、近代日本による植民地統治、戦後から現代にいたる日本と台湾の関係についての情報提供を重視し、日台学術交流の成果を反映することを意識した。また、日本における台湾研究の強みである学際研究の成果を意識的に盛り込んだ」。

 本書は、全5部、資料編、総合索引からなる。「Ⅰ 台湾史概説」には、「「相互参照」機能を持たせ、その重要項目から「台湾史事典」の記述を検索できるように工夫している。<概説>は編集委員が総合的な見地から執筆を担当し、全体を7つに区分している。総説、17~19世紀、1868~1945年の政治・経済史、および社会・文化史、1945~2024年の政治史、経済史、及び社会・文化史」。

 「Ⅱ 台湾史事典」は、「179項目の歴史的事項の説明であり、項目数よりも記述を充実させ、「読める事典」の要素を重視し、特大項目(3000字)、大項目(2000字)、中項目(1000字)、小項目(500字)の4種類を設けた。配列は、台湾史の流れを把握しやすいように概ね時代順とし、検索しやすいように目次を付している」。

 「Ⅲ 文献レファレンスと研究レビュー」では、「一般的な学問分類に準拠しつつ、台湾史の特色を加味して、それぞれの領域の研究レビューを歴史的背景としながら、基本的な文献の案内・紹介を行う。図書館情報学的には、台湾史研究文献の「書誌コントロール」の方法を意識した「主題の文献案内」というべきものであり、「台湾史の研究入門」の役割も果たすよう設計されている」。「分類項目は、先史時代・考古学・台湾の先住集団、オランダ統治・鄭氏、清代台湾、近代日本・台湾関係史、政治史・外交史・国際関係、経済史・産業史、社会史、文学史、文化史、女性史・ジェンダー史、となっている」。

 「Ⅳ 台湾史研究の思想と方法」は、「<文献レファレンスと研究レビュー>の第二部というべきもので、台湾の歴史の個性と特色、その方法論的な問題意識などの視角から、さまざまなテーマ設定を行っている。学際研究、台湾原住民族研究、台湾における台湾史研究、伊能嘉矩から矢内原忠雄まで、台湾史と地域研究、「帝国史」研究・朝鮮史研究、地域研究としての台湾、である」。

 「Ⅴ 研究ガイド」は、「台湾史・台湾研究関係の日本と諸外国の研究組織・研究機関、および国立国会図書館憲政資料室などの図書館・アーカイブズの近現代台湾関係資料の解題によるガイドである」。

 「資料編」は「1 台湾史ライブラリー」と「2 台湾史・日台関係史基本年表」からなる。1では、「「仮想的台湾史ライブラリー」というコンセプトのもとで、台湾史に関する日本語図書の研究書、専門書を中心に、1896年から2024年までの約130年間に刊行された、約650点の書誌情報を収録した」。2では、「台湾島の形成、先史時代、考古遺跡、古文献から、16世紀・17世紀、オランダ東インド会社時代、鄭氏政権時代、清朝時代、日本統治時代、1945年以降、中華民国統治時代から現代、2024年末までの基本的な事項を記述している」。

 「総合索引」では、「人名と事項の総合的索引により、Ⅰ~Ⅴおよび「基本年表」との相互参照による検索の利便性を持たせている」。

 台湾研究者になろうとする若手は、幸せである。これまでも多くのレファレンス・ブック・研究工具が出版され、研究テーマの概要・全体像を知ることができ、研究の導入から発展、考察へと導いてくれる。だが、この情報化時代に、みながみな情報を集めるのが得意だとはかぎらない。なにが基本的に有益な情報かがわかっていないからだろう。その点、本書では、台湾研究の厚味から項目の大小が、重要性にあわせて選ばれている。研究者の層が薄いと、項目の大小は重要性ではなく、書くことができる人がいるかいないかにかかってくる。自ずからバランスが崩れ、全体像がわからなくなる。本書を読んで、<日本の台湾><台湾の台湾><世界の台湾>が、同時に発展していく期待を抱いた。まずは、その大前提となる台湾の人びとの平穏な日々がつづくことを願いたい。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。
『アジア太平洋討究』第52号(「退職記念号」)発行。

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