貴志俊彦『戦争特派員は見た-知られざる日本軍の現実』講談社現代新書、2025年7月20日、220頁、920円+税、ISBN978-4-06-540380-8
「本書は、戦時下の報道体制のもとで従軍特派員が残した写真や記事を手がかりに、戦争の時代をこれまでにない視点から浮かび上がらせることを目的としている」。「具体的には、前線に身を置きながら、戦場を飛び回って取材をつづけた特派員の視点を通じて、戦争そのものと、それを伝えた報道の実態を明らかにしておくことで、戦争の実相に多角的に迫る」。
毎日新聞社の特派員については、1944年12月9日にマニラ新聞社に着任し収容所生活を経て45年11月24日に帰国した青山広志の遺著(『マニラ新聞、私の始末記』早稲田速記記録事業部、1994年)、「マニラ新聞」編集長だった父南條真一の最期を報道制作者の息子が追ったもの(南條岳彦『1945年 マニラ新聞 ある毎日新聞記者の終章』草思社、1995年)、曾祖父の弟伊藤清六の名を毎日新聞東京本社の資料から見つけたことをきっかけに同じ社の記者としてその最期を追ったもの(伊藤絵理子『清六の戦争 ある従軍記者の軌跡』毎日新聞出版、2021年)などがある。それだけに、「知られざる」ものとはなにかが気になった。
本書がおもに依拠する資料は、毎日新聞大阪本社が秘蔵してきた「毎日戦中写真」である。これまで2度、これらの写真を使って写真集などが刊行されてきた。3度目の今回は「新しいデジタル技術の応用とアナログ的な活字資料の悉皆調査を共に進めて」検証したものである。
本書は、プロローグ、全6章、エピローグ、あとがき、などからなる。プロローグの最後で「本書の構成」が章ごとに示されている。第一章「戦争は報道を変えたか」では、「日中戦争が起こったときの大毎・東日の特派員たちと、彼らを取り巻く状況を取り上げる。報道体制は満洲事変のときと異なり、なぜ多くの特派員が中国大陸に送られなければならなかったのか、彼らは広大な中国大陸でどのような不測の事態に直面したのかを探る」。
第二章「特派員の叫びは新聞社首脳の耳に届いたか」では、「盧溝橋事件勃発の翌年に、大毎の高石真五郎会長、奥村信太郎社長によっておこなわれた「皇軍感謝使節」について解説する。どこを巡回し、誰と会い、いかなる交流をしたのか、どんな施設を訪問・視察したのか。そして彼らの真の目的は何だったのかを明らかにする」。
第三章「戦時下中国で記者が取材したこととは?」では、「太平洋戦争勃発以前に中国大陸各地で起こった局地紛争と、従軍特派員たちの行動との関係と共に、スクープ合戦の中で起こった特派員の悲劇について言及する」。
第四章「帝国日本の周縁で何が起きていたか」では、「太平洋戦争勃発後、帝国日本の周縁で起こった米軍やイギリス連邦軍との戦闘について言及し、太平洋域の僻地や離島で特派員たちが直面した問題を検証する」。
第五章「南方で軍と新聞社は何をしていたのか」では、「毎日新聞社の特派員や出向社員らの死亡が最も多かったフィリピンで起こった悲劇を跡づけたい。あわせて、こうした事態が起こった原因として、陸海軍両省の命令によって進められた南方地域での新聞社運営の委託事業について考える」。
第六章「「不許可」写真は何を写していたか/写していなかったか」では、「戦時検閲の仕組みと共に、毎日戦中写真に残された「不許可」写真とは何だったのか、具体的に解説を加えたい。そこに、報道特派員が撮らなかった/撮れなかった戦争の真実に迫る」。
最終章となる第六章の「(2)公表されなかった写真」の見出しから、それがなんだったのかがわかる。「隠された兵器」「落下傘部隊」「給水と防疫」「天皇の「臣下」」「偽装された「独立」」「特務機関の姿」「謀略の現場」「捕虜の処遇」「陸海軍両省の拮抗」である。「(3)写されなかった玉砕の光景」では、「軍の壊滅を伴う戦闘の苛烈な実態や、玉砕に至る悲劇的光景、ましてや飢餓に苦しむ姿などは、一切写真に残されていない」と述べ、「そもそも玉砕の可能性があるような最前線の島々には、従軍記者の派遣自体が軍によって認められなかったのである」という。
そして、「エピローグ-戦中写真は現代に何を問いかけるのか」で、つぎのようにまとめている。「検閲にかけられず、それでも公表されなかった写真、たとえば新聞社の忖度や紙面構成上の理由から秘蔵されたままのあるいは個人的な好みによって無視された写真も少なからずあり、その中には、現代的な視点で見ると、価値あるスクープが潜んでいる可能性がある、それをぜひ発見したいという気持ちである」。「残された写真は、撮影者個人の意図だけでなく、ネガを運び、印刷し、整理し、選び、加工し、意味づけをし、時には販売に関わるさまざまな人びとの手を経てようやく世に出る。何段階もの手続きを経て公開される写真には、検閲や宣伝効果、世論コントロールといった戦術によって隠された情報もあるのだ」。「戦時中だけでなく、平時においても、情報がどのように流通しているのかを解明することで、情報の本質に迫ることができるのではないかとも考えている。こうした気づきを与えてくれたのが、毎日戦中写真であった」。
近代のわかることから実証的に理解することから、わからないことまで含めて全体像を理解したうえで検証していく段階に入っている。それを可能にしているのは、「新しいデジタル技術の応用」などで、本プロジェクトにも、「先端的な情報デザイン技術や人文情報学の学知を積極的に導入」している。「蓄積された戦争の記憶をデジタル技術の導入によって未来に向けてフロー化させていくこと、そして残された記録や資料を社会に還元すること、この両者がいかに重要であるかが喚起」されることを、著者とともに信じたい。
いつでもだれでもが写真を撮ることができる今日とは違い、写真を撮ること自体が特別な意味をもった。日常ではなく、非日常といっていいだろう。だが、従軍記者は兵士の「日常」を撮ろうとしたことが、「戦中写真」からうかがえる。われわれが考えなければならないのはその「日常」で、それが戦争という「非日常」の本質に迫る一筋の道になり、「先端的な情報デザイン技術や人文情報学の学知を積極的に導入」によって明らかになるかもしれない。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.
予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。