早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2025年08月

貴志俊彦『戦争特派員は見た-知られざる日本軍の現実』講談社現代新書、2025年7月20日、220頁、920円+税、ISBN978-4-06-540380-8

 「本書は、戦時下の報道体制のもとで従軍特派員が残した写真や記事を手がかりに、戦争の時代をこれまでにない視点から浮かび上がらせることを目的としている」。「具体的には、前線に身を置きながら、戦場を飛び回って取材をつづけた特派員の視点を通じて、戦争そのものと、それを伝えた報道の実態を明らかにしておくことで、戦争の実相に多角的に迫る」。

 毎日新聞社の特派員については、1944年12月9日にマニラ新聞社に着任し収容所生活を経て45年11月24日に帰国した青山広志の遺著(『マニラ新聞、私の始末記』早稲田速記記録事業部、1994年)、「マニラ新聞」編集長だった父南條真一の最期を報道制作者の息子が追ったもの(南條岳彦『1945年 マニラ新聞 ある毎日新聞記者の終章』草思社、1995年)、曾祖父の弟伊藤清六の名を毎日新聞東京本社の資料から見つけたことをきっかけに同じ社の記者としてその最期を追ったもの(伊藤絵理子『清六の戦争 ある従軍記者の軌跡』毎日新聞出版、2021年)などがある。それだけに、「知られざる」ものとはなにかが気になった。

 本書がおもに依拠する資料は、毎日新聞大阪本社が秘蔵してきた「毎日戦中写真」である。これまで2度、これらの写真を使って写真集などが刊行されてきた。3度目の今回は「新しいデジタル技術の応用とアナログ的な活字資料の悉皆調査を共に進めて」検証したものである。

 本書は、プロローグ、全6章、エピローグ、あとがき、などからなる。プロローグの最後で「本書の構成」が章ごとに示されている。第一章「戦争は報道を変えたか」では、「日中戦争が起こったときの大毎・東日の特派員たちと、彼らを取り巻く状況を取り上げる。報道体制は満洲事変のときと異なり、なぜ多くの特派員が中国大陸に送られなければならなかったのか、彼らは広大な中国大陸でどのような不測の事態に直面したのかを探る」。

 第二章「特派員の叫びは新聞社首脳の耳に届いたか」では、「盧溝橋事件勃発の翌年に、大毎の高石真五郎会長、奥村信太郎社長によっておこなわれた「皇軍感謝使節」について解説する。どこを巡回し、誰と会い、いかなる交流をしたのか、どんな施設を訪問・視察したのか。そして彼らの真の目的は何だったのかを明らかにする」。

 第三章「戦時下中国で記者が取材したこととは?」では、「太平洋戦争勃発以前に中国大陸各地で起こった局地紛争と、従軍特派員たちの行動との関係と共に、スクープ合戦の中で起こった特派員の悲劇について言及する」。

 第四章「帝国日本の周縁で何が起きていたか」では、「太平洋戦争勃発後、帝国日本の周縁で起こった米軍やイギリス連邦軍との戦闘について言及し、太平洋域の僻地や離島で特派員たちが直面した問題を検証する」。

 第五章「南方で軍と新聞社は何をしていたのか」では、「毎日新聞社の特派員や出向社員らの死亡が最も多かったフィリピンで起こった悲劇を跡づけたい。あわせて、こうした事態が起こった原因として、陸海軍両省の命令によって進められた南方地域での新聞社運営の委託事業について考える」。

 第六章「「不許可」写真は何を写していたか/写していなかったか」では、「戦時検閲の仕組みと共に、毎日戦中写真に残された「不許可」写真とは何だったのか、具体的に解説を加えたい。そこに、報道特派員が撮らなかった/撮れなかった戦争の真実に迫る」。

 最終章となる第六章の「(2)公表されなかった写真」の見出しから、それがなんだったのかがわかる。「隠された兵器」「落下傘部隊」「給水と防疫」「天皇の「臣下」」「偽装された「独立」」「特務機関の姿」「謀略の現場」「捕虜の処遇」「陸海軍両省の拮抗」である。「(3)写されなかった玉砕の光景」では、「軍の壊滅を伴う戦闘の苛烈な実態や、玉砕に至る悲劇的光景、ましてや飢餓に苦しむ姿などは、一切写真に残されていない」と述べ、「そもそも玉砕の可能性があるような最前線の島々には、従軍記者の派遣自体が軍によって認められなかったのである」という。

 そして、「エピローグ-戦中写真は現代に何を問いかけるのか」で、つぎのようにまとめている。「検閲にかけられず、それでも公表されなかった写真、たとえば新聞社の忖度や紙面構成上の理由から秘蔵されたままのあるいは個人的な好みによって無視された写真も少なからずあり、その中には、現代的な視点で見ると、価値あるスクープが潜んでいる可能性がある、それをぜひ発見したいという気持ちである」。「残された写真は、撮影者個人の意図だけでなく、ネガを運び、印刷し、整理し、選び、加工し、意味づけをし、時には販売に関わるさまざまな人びとの手を経てようやく世に出る。何段階もの手続きを経て公開される写真には、検閲や宣伝効果、世論コントロールといった戦術によって隠された情報もあるのだ」。「戦時中だけでなく、平時においても、情報がどのように流通しているのかを解明することで、情報の本質に迫ることができるのではないかとも考えている。こうした気づきを与えてくれたのが、毎日戦中写真であった」。

 近代のわかることから実証的に理解することから、わからないことまで含めて全体像を理解したうえで検証していく段階に入っている。それを可能にしているのは、「新しいデジタル技術の応用」などで、本プロジェクトにも、「先端的な情報デザイン技術や人文情報学の学知を積極的に導入」している。「蓄積された戦争の記憶をデジタル技術の導入によって未来に向けてフロー化させていくこと、そして残された記録や資料を社会に還元すること、この両者がいかに重要であるかが喚起」されることを、著者とともに信じたい。

 いつでもだれでもが写真を撮ることができる今日とは違い、写真を撮ること自体が特別な意味をもった。日常ではなく、非日常といっていいだろう。だが、従軍記者は兵士の「日常」を撮ろうとしたことが、「戦中写真」からうかがえる。われわれが考えなければならないのはその「日常」で、それが戦争という「非日常」の本質に迫る一筋の道になり、「先端的な情報デザイン技術や人文情報学の学知を積極的に導入」によって明らかになるかもしれない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

押川典昭『プラムディア・アナンタ・トゥールとその時代』めこん、2025年7月13日、2巻、各4500円+税、ISBN978-4-8396-0343-4; 978-4-8396-0344-1

 「あとがき」冒頭の「本書につけ加えるべきことはあまりない」から、著者のやりきった思いが伝わってくる。本文だけで1,000頁を超える大著にもかかわらず誤植はごくわずかで、すこぶる親切な索引ほか巻末資料が充実している。本書の主題にあるプラムディア・アナンタ・トゥール(1925-2006)の主要作品5点の翻訳のほか、本書に登場する重要人物の作品もいくつか翻訳しているだけに、プラムディアを相対的に評価しながら「その時代」を描いている。「アカデミックな文体を離れて、一編の伝記文学として自由に書いて」いるので読みやすい。1948年生まれの著者の長年の研究の集大成とでも言うべきもので、一区切りをつけた研究者が見本とすべき好著である。

 「あとがき」では、本書の執筆の動機をつぎのようにまとめている。「これはプラムディア・アナンタ・トゥール(Pramoedya Ananta Toer)の評伝であり、同時に、彼の八一年の生涯をとおしてインドネシアの現代史を描いてみようとする試みである。彼の生涯を経糸に、インドネシアの現代史を緯糸にして、両者が織りなすドラマをできるだけ忠実に再現してみたい」。

 第二の動機は、つぎのように説明されている。「現代史との関係でいえば、プラムディアが生きた八〇年余は、オランダ植民地支配からスハルト独裁政権の崩壊と「民主化」の時代まで、インドネシアの現在につながる歴史的な出来事が生起した時間である。その歴史を、権力の中心やジャカルタの政治過程からではなく、それに抗ったひとりの作家の視点から描いてみること、いいかえれば、時代と作家(文学)の相互交渉をつうじて、歴史学者や政治学者が描くのとは違う、もうひとつのインドネシア現代史を描いてみること」であった。

 本書は、2巻、生まれてから死ぬまで時系列に全8章、あとがき、巻末資料(プラムディア・アナンタ・トゥール作品リスト、事項索引、人名索引、略語一覧、写真引用一覧、参考文献と資料、プラムディア・アナンタ・トゥール略年譜)からなる。各章のはじめに概略があり、章の全体像を理解してから読むことができる。上巻のカバー写真は1950年代のもので、下巻のは80年代のものである。

 時代の流れは、各章のタイトルからわかる。上巻1-4章は、つぎの通り、第一章「故郷ブロラ 一九二五年-一九四二年」、第二章「日本軍占領下で 一九四二年-一九四五年」、第三章「独立革命期 一九四五年-一九四九年」、第四章「文学と政治の間で 一九五〇年代」である。下巻5-8章は、つぎの通り、第五章「政変まで 一九六〇年-一九六五年」、第六章「三たび政治囚として 一九六五年-一九七九年」、第七章「強権に確執を醸す 一九八〇年-二〇〇六年」、第八章「エピローグ」である。

 各巻の概略は、裏表紙にある。上巻はつぎのように記している。「二〇世紀アジアを代表する作家プラムディア・アナンタ・トゥール。その八一年の生涯はオランダの植民地支配、独立後の新国家建設、スハルトによる独裁的支配まで、インドネシアが歩んできた歴史と重なる」。「その間、彼は三度におよぶ牢獄と流刑生活のなかで、さまざまな物語を紡ぎだし、作品は四〇を超える言語に翻訳され世界的な名声を獲得した。作家はいかに誕生し、いかに生き、いかに闘ったのか。豊富な資料をもとに、彼の生涯と時代との格闘をいきいきと描きだす世界初の本格評伝」。

 下巻は、つぎの通りである。「過酷な労働と理不尽な暴力が支配する流刑地ブル島に一〇年あまりつながれた作家は、参照すべき資料もなく、渾身の歴史小説を書き上げた。プラムディアの世界的な評価を決定づけた『人間の大地』四部作である」。「それはどのように書かれ、どのように島から持ち出されたのか。独裁政権によるたび重なる発禁を受けながら、小説は、どのように読まれ、国境を越え、いかにして世界文学となったのか。政治権力とのあやうい緊張に身をさらしながら、ペンを武器として闘い抜いた作家の姿を描く」。

 著者は、最終第八章「エピローグ」の最後の見出し「ふたたび、最初に戦場に立つ者」の冒頭で、つぎのように「その時代」をまとめている。「プラムディアが生きた八一年は、インドネシアの現在をかたちづくった歴史的経験のすべてが生起した時間である。オランダの植民地支配とその終焉、民族運動の高揚と衰退、太平洋戦争中の日本軍による占領統治、オランダとイギリスを相手に戦った熾烈な独立戦争、初代大統領スカルノによる新国家の建設と破綻、九月三〇日事件の苛酷な弾圧と大量殺戮、三〇年余にわたる第二代大統領スハルトの独裁的支配と崩壊、その後の「改革」の時代。彼はこれらの出来事のすべてを目撃し、また当事者としてみずから体験してきた。それは言い換えれば、植民地時代から現代までをひとつのパースペクティヴのもとに見ることができるということである。しかしこれと同じ時間と条件を生きたインドネシアの作家はいくらでもいるだろう。プラムディアを他の作家と分かつ屹立した存在にしたのは、その透徹した歴史認識と構想力である。そしてそれを可能にしたのは膨大な歴史研究の蓄積にほかならない。彼の歴史への意志は、『大郵便道路またはダーンデルス道路』や『インドネシア革命編年史』、あるいは未完に終わった「インドネシア地理事典」に見るように、最後まで衰えることがなかった」。

 プラムディアという人物については、つぎのようにまとめている。「その生涯をふり返ってみれば、彼は妥協を許さない人であった。だれかが、なにかに頼ることも好まなかった。「自恃の人」という言葉がふさわしいかもしれない。議論するときの彼のスタイルで特徴的なことは、けっして一般化せずに、自分の立場を明確にしてそこから問題の所在を指摘し、核心をつくということである。そのため彼は曖昧さを嫌い、ときに相手と衝突したが、衝突することをいとわなかった。忖度や社交辞令とは無縁だった。それは最後まで一貫していた。彼がしばしば「攻撃的」と評されたのはこうしたスタイルに由来する」。

 そして、つぎのパラグラフで締めくくっている。「プラムディアという稀有な名は、ナショナリストであった父親が、「最初に戦場に立つ者」という意味をこめてつけたものである。プラムディアは、インドネシアの現代史の最先端で、政治権力と文学との危うい緊張関係に身をさらしながら、戦いの場から一度も降りることはなかった。八一年の生涯はまことにその名にふさわしいものであった」。
 そのあとに「(了)」とある。書き終えて、ホッとした著者の顔が見えるようだ。

 本書を読み終えて、最初に思ったのは、インドネシアという国は「その時代」時代に人財を活用できなかったことである。プラムディアが拘留された14年間(1965-79年)は国民国家形成の時代であったはずだが、事項索引を見ても「国民」がつく項目は少ない。プラムディアなど政治囚が国家形成にかかわれなかったことが、国家として大きな損失になったことは明らかだ。国是であるパンチャシラ(建国五原則)にもとづく近代国家がうまく成立しなかったのは、「信仰」「人道主義」「統一」「民主主義」「社会的公正」が健全に成長しなかったことによる。それは、今日においてもインドネシア共和国の課題であろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

慎泰俊『世界の貧困に挑む-マイクロファイナンスの可能性』岩波新書、2025年3月19日、244+3頁、960円+税、ISBN978-4-00-432055-5

 「あとがき」に、本書を「どうしても書かなければいけない」と思った理由を3つあげている。「第一に、日本語によって書かれた最先端のマイクロファイナンスの本が存在しないからです。本書の参考文献にもある通り、金融包摂に関する主要な書籍や論文はすべて英語で書かれており、その多くは邦訳されていません。これは、歴史的に日本人および日本の組織が途上国の金融包摂において主要な役割を果たしてこなかったことにも関連しているのでしょう」。

 「第二の理由は、これから日本が途上国の金融包摂において大きな役割を果たしていく可能性が高まっているからです」。「最近まで、途上国の金融包摂を推進してきたのは現地の人々と欧米のドナーや投資家たちであり、日本の投資家や企業の貢献は限定的でした」。「これから、この領域にリソースを投下する日本の営利組織・非営利組織は増えていく可能性が高いと私は思っています」。

 「最後の理由は、ようやくこのテーマに対する私の考えが固まったからです。本書で書いているマイクロファイナンスの意義、課題、あるべき姿は、私が起業から10年かけてたどり着いた結論であり、今後も大きく変わらないと思います」。「本書で主張したように、「使命感と進取の気性をもった最大手マイクロファイナンス機関こそが、顧客に対する正のインパクトを最大化させることができる」と私は考えるに至りました。そして、私が仕事を通じてやろうとしているのは、世界中でそのようなマイクロファイナンス機関を保有する民間版の世界銀行をつくり、世界の金融包摂の課題を劇的に解決することです。その意味で本書は「民間版世界銀行設立宣言」でもあります。そのビジョンが実現されるかどうかは、10年20年後に明らかになることでしょう」。

 まず、本来本書のタイトルになってもおかしくない「金融包摂」ということばについて、確認しておく必要があろう。序章「「機会の平等」のための金融包摂」の最初の項目「本書に書いてあること」で、つぎのように説明している。「本書のテーマである金融包摂(Financial Inclusion)とは、有益(useful)かつ手頃な価格(affordable)の金融サービスへのアクセスがある状態のことを指します。そして、本書で主に取り上げるマイクロファイナンスは、こういった金融包摂が実現していない途上国等において、低所得層の人々を主たる対象として提供される少額の金融サービス全般(預金・融資・送金・保険など)を指します。そういったマイクロファイナンスを提供している金融機関を総称してマイクロファイナンス機関(MFI)といいます」。

 つぎの項目「自己紹介と日々の仕事内容」では、まずつぎのように自己紹介している。「私は五常・アンド・カンパニーという会社の共同創業者であり代表です。民間版の世界銀行となり、世界中の人に金融サービスを届けるために会社を創業しました。それから10年が経ち、2024年末現在はアジアとアフリカにグループ企業であるマイクロファイナンス金融機関と1万人以上のグループ従業員をかかえ、数百万世帯にマイクロファイナンスを提供しています」。

 「営利企業以外にもふたつの非営利組織を共同創業しました。ひとつは2007年に共同創業したLiving in Peace。これは機会の平等をテーマに様々なプロジェクトに取り組んでいる認定NPO法人で、金融包摂、社会的養育、難民という三領域で活動しています」。「つぎに、日本児童相談業務評価機関。これは、日本に200カ所以上ある児童相談所の第三者評価を高い水準で実施するために設立された団体です」。「児童相談所の課題が社会全体に共有されることを目指しています」。

 3つ目の項目「なぜ機会の平等拡大に取り組むのか」は、つぎの文章ではじまる。「人の思想や信念は、その人が経験してきたことと無縁になりえません。わたしが機会の平等について強い関心をもっているのも、私の生い立ちと関係していると思います」。「私は生まれたときから無国籍状態にあり、今もパスポートを持っていません。そのため、途上国を訪問すると様々なトラブルに見舞われるので、国をまたいで移動する自由の大切さを日々痛感させられています。また、実家もそんなに裕福とは言えないものでした。それ以外にも、生まれ落ちた環境があたかも「あなたが未来について夢見てよいのはこの範囲まで」と言ってくるかのように感じることはすくなくありませんでした」。

 4つ目の項目「今も世界は金融包摂からは程遠い」では、つぎのような例があげられている。「銀行口座を維持するだけで、毎年5000円以上の手数料がかかる国」、「クレジットカードを通じて個人破産する人は世界中で後を絶ちません」、「世界には多くの出稼ぎ労働者たち」がいて「最近まで国際送金には最低でも数千円の手数料が必要でした」、「奨学金制度がない国もあります」。そして、つぎのようにまとめている。「このように、金融包摂は、途上国だけの課題ではなく、先進国も含めた課題なのです。マイクロファイナンスは今のところ途上国の金融包摂の文脈で議論されることが多いですが、将来的には先進国の金融包摂においても語られることが増えるかもしれません」。

 最後の項目は「「一隅を照らす」」で、つぎのように述べている。「機会の平等は数多くの要素によって構成されているので、金融包摂が達成されれば、世界で機会の平等が実現され、すべての人が貧困から脱却できるということはありえません。機会の平等や貧困にまつわる問題は、金融以外にも、自然環境、インフラ、教育、養育、医療などきわめて多くの領域が関連するものなのです。機会の平等に関連する全領域をひとりの人間がすべて解決することは不可能でしょう」。「「あれかこれか」という考えではなく、「どれも必要」という考えで、国や社会はリソースを分配するべきですし、私たち一人ひとりはそれぞれが自分で決めた領域において仕事に取り組むべきです。そのようにして、社会は進歩するのだと私は信じています」。

 本書は、序章、テーマごとの全7章、終章、あとがき、などからなる。終章「日本や先進国からできること」では、冒頭つぎのように説明している。「本書の前半でお話ししていたように、お金はその性質ゆえに世界中を回りつづけています。ですので、途上国におけるマイクロファイナンスにも、先進国に住む私たちのお金の一部が流れています」。「そのように緊密につながっている世界において、金融包摂を前に進めるために、もしくは世界をより望ましい場所にするために、日本や他の先進国に住んでいる人たちにできることはなんでしょうか」。「一言でいえば、私たちが有している二大リソースである、お金と時間の使い方を見直せば、社会は確実に変わっていきます」。

 終章では、2つの項目「お金の使い方として、質と価格のみならず意義を考慮する」と「時間の使いみちとして、労働条件に加えて意義を考慮する」を立て、つぎのように結論している。「私たちのお金と時間の使い方というのは、資本主義社会における人気投票のようなものです。お金と人がより集まる領域に、企業は引き寄せられていきます。より多くの人がお金と時間の使い道について、価格・質に加えて意義を判断材料にするようになれば、社会は自然と意義を大切にしていくようになるはずです」。

 医療や教育など現代社会に欠かせないものがあり、自給自足などあり得ない状況のなかで、金融サービスは生きていくためになくてはならないものになっている。しかし現実には、金融に疎い者が、その搾取の対象となり、機会の平等は実現されず、貧富の差はますます拡大している。著者は、その「現状と課題を最前線から伝え」、民間版の世界銀行をつくろうとしている。そして、終章の終わりをつぎのことばで結んでいる。「しかしながら、そういった反動などがありながらも、社会は確実に前に進んでいくはずです」。わたしも、そう期待している。                   

評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

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10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

吉成信夫『賑わいを創出する図書館-開館9ヶ月半で来館者100万人を達成した「みんなの森 ぎふメディアコスモス」の冒険』KADOKAWA、2025年6月23日、296頁、2200円+税、ISBN978-4-04-811527-8

 いま市立図書館がおもしろい。県立図書館は、西日本を中心にもう半分はまわっただろうか。社会史研究にとって郷土資料は欠かせないので、各県の護国神社とセットで訪ねている。ついでに県立図書館が県庁所在地にあることが多いので、県庁所在地の市立図書館を覗くことがある。駅前にあったりショッピングセンターにあったり、便利がいいので、時間が空いたときや、泊まったときには夕食後に行くことがある。

 わたしが肌で感じていたことを、「はじめに」の最後のほうで、つぎのように説明してくれている。「公共図書館は大きな環境変化の中にいる。非正規雇用職員の増加や指定管理者への委託も目立つ。中央図書館から始まった改革(そのほとんどは職員の新たなマインドセットの転換が占める)が、図書館を含めた複合文化施設全体にまで浸透し、メディアコスモスが、まちや人々との関係性にどのような影響やイメージを与え続けてきたのかについても後半で述べる」。「中心市街地の賑わいにどのような役割を図書館が果たせるかは、これからも全国各地の市町村の大きな課題であり期待でもあるので、私たちの取り組みが、何かの励ましや役に立つことができればということは私の願いでもある」。

 「君の履歴書は汚れているね」と言われた著者は、どんな経歴を持った人なのだろうか。「1956年東京都生まれ」。「CIコンサルティング会社役員等を経て、96年岩手県に家族で移住。「石と賢治のミュージアム」研究専門員を経て2001年に「森と風のがっこう」開校。03年~10年岩手県立児童館「いわて子どもの森」初代館長、15年~20年岐阜市立図書館長、2020年5月「みんなの森 ぎふメディアコスモス」総合プロデューサーに就任。24年岐阜市を退職」。

 岐阜市でしたことは、第6章「プロデューサーの仕事を終えて図書館から「本のまちづくり」へ」で、つぎのように総括している。「メディアコスモス・図書館は、本や言葉に関わる多様な人々とのゆるやかで親密な関係性を生み出しながら、社会的リビングルームとして一定の理解をいただける段階にまでは到達できたはずだ。だが、私は岐阜でこのシステムを視野に置きながら、これを見直し再構築する動きまでを作り出すことはできなかった。図書館だけではとてもすべてをオーガナイズできるものではない。文化的な資源を守り育てるためには、官民含めたゆるやかな合意が必要となるはずである。これはそれぞれの自治体の個性と歴史的な経緯にも依るだろう」。

 さらにその自治体との絡みで、図書館の位置をつぎのように語っている。「自治体の中を見まわした時に、誰にでも情報やメディア、文化、知識を広く保障することができる公共施設は図書館しかない。コスパと効率だけでものごとを押し進めようという風潮は今や地方都市にも広く及んでいる。それでは、子どもたちは家以外でいったいどこで安心してくつろげばいいのか。家さえもくつろげる場所ではないという子どもたちがいる。大人だってそうだ。不安定な雇用形態の中で先行きの見えない暮らしに悩んでいる人も、日中行き場のない失業中の人もいる。日本語を身につけたい海外からの技能実習生もいる。独居シニア世代もいる。貧困家庭も増えている。デジタル機器を使えない保有できない人もいる。障がいのある人もいる。文化的な刺激のほとんどない地方にこそ、無料でいつでも誰でも気兼ねなくアクセス可能な図書館が存在することの意味は大きい」。

 だが、いろいろなことを考えても、最後は人であることから、「最後に」つぎのように述べて、最後の章である第6章を終えている。「文中にも書いたが、メディアコスモスで、私がいっしょに働いた図書館司書の多くは非正規職員だ。このものがたりは、実は、民間人図書館長の私と、多くの非正規職員たちが起こした創造的ぶつかりあい、化学反応のようなものがはじめにあって、徐々にゆっくりと正規職員たちを巻き込んでいったプロセスとともに時を重ねていってできたものと今も思う」。「その意味では、全国で指定管理者制度の導入とともに企業が受託した図書館で働く非正規司書たちとも同じ地平でつながるものだと私は思う。どんな境遇に置かれていたとしても、どんなに経年劣化が進む施設であっても、たとえひとりからであったとしても、やれること、変えられることは現場にある。必ず、司書の意欲的な取り組みを見守っている来館者は居るのだ。だから、あきらめないで、楽しみながら誇りと勇気を持ってこの仕事を続けてほしい」。

 とはいいながら、正規職員(公務員)とはなんなんだ、ということを明確にしなければ、非正規職員や委託された指定管理者はやっていられないことも事実だ。なにか新しいことをしようとすれば、「反対」するのが役目なのか。はじめ、非正規なのに「責任の重さ」に驚き、それに見あうだけの給与なのかと疑問に思う。いま多くの自治体がコンサルタントに頼っている。なぜ生え抜きの自治体マンが育たないのか。深刻に考えなければ、コンサルタントのいるときだけの一時しのぎになってしまう。未来のない自治体から人びとは去って行き、人口減少が加速する。

 公共図書館といっても、県立図書館と市立図書館ではずいぶん違う。県立図書館のなかには、市街地から遠く離れ、公共交通もなく、来館を拒絶しているようなものもある。書庫のスペースの確保を優先したためだろう。県立図書館には、全国紙の書評欄でとりあげられた本はたいていある。わたしの本も何冊かあるが、残念ながら読まれた形跡はほとんどない。いっぽう、市立図書館になるとわたしの故郷を含め、まったくないことが多い。限られた予算、スペースで苦労されていることがうかがえ、本書の著者の腕のふるいどころであったことが想像できる。さらに、平成の大合併で広域になった市では、分館などの充実が必要になる。合併で合理的になったかもしれないが、公共施設へのアクセスが不平等になることは問題になる。人口40万人の岐阜市の成功例が、ほかの市の参考になるとは限らない。

 冒頭で「いま市立図書館がおもしろい」と書いた。たしかに、本書の例は「Library of the Year 2022」を受賞するほど優れているが、ほかの市立図書館もがんばっているところが少なくない。それぞれの図書館のホームページを見れば、本書でとりあげられたような試みをしていることがわかる。

 本書では、古書店もとりあげられていたが、出版業界にまで至っていない。本が高価になればなるほど、買わないで借りて読もうとするのは当然だが、旅行ガイドブックまで借りるようになると、本は買うものではないという基本的意識があるように思える。本を貸したら、その本代より高いお菓子をお礼に持ってきた、というほんとうかどうかわからない話が聞こえてくる。因みに本は貸さない、あげないことにしている。本を大切にしない人は、事実上無期限に借りた本は読まないし返しもしない、もらった本はまず読まない。買うことによって、本のありがたみがわかり、大切する。本棚に飾っておいて、なんでこんな本を買ったのだろうと疑問に思えば、自分の成長を確かめることができる。本の文化的価値は、本を書き、出版することからはじまる。本がなければ、図書館自体が成り立たない。図書館から、著者、出版社への要望があってもいい。全国の公共図書館が良書を揃えれば、良書が安く買えるようになる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
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 早稲田大学早稲田キャンパス19号館618号室、17:00~
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10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

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