平田雅博『黒いイギリス人の歴史-忘れられた2000年』講談社選書メチエ、2025年4月8日、251頁、1900円+税、ISBN978-4-06-539325-3
帯の表と裏、裏表紙の概略、3つがそれぞれ本書の特徴であると同時に、従来の視点とは違う事実から国内、帝国の歴史を広く、深く考察しようとする、著者の意図が見えてくる。3つのうち1つだけを選ぶことができなかっため、まずこれら3つを引用する。
帯の表は、つぎの通りである。「「白いイギリス人と女王様の国」で、彼らは逃亡し、苦闘し、主張した」。「奴隷、黒人ロイヤリスト、帝国臣民、再捕獲奴隷のリアル!」「苛酷な運命が照らし出す、英国社会の光と影」。
帯の裏は、つぎの通りである。「「黒いイギリス人」の歴史は「アメリカ黒人の歴史」とはさまざまな点で異なっている。もっとも異なる点は、黒いイギリス人の歴史は国内史にとどまらず、東西にわたる広大な帝国に視野を広げて考察する必要があることである。ここに「イギリス黒人」ではなく「黒いイギリス人」という言葉を用いる意図がある。-本書 序章より」。「「消されたはずの少数派」が問いかける、長くグローバルな物語」。
裏表紙にある概要は、つぎの通りである。「ブラック・ブリティッシュ-「黒いイギリス人」は、歴史に激しく翻弄されながらも、忘れられた存在だった。イギリス史に初めて黒人が姿を見せたのはローマ時代。一七世紀初頭にはエリザベス女王が黒人追放令を発するが、シェイクスピアはムーア人の軍人を『オセロー』の主人公とした。アメリカ独立戦争で王党派についた黒人奴隷の数奇な運命、ロンドンの黒人貧民を移送した「シエラレオネ計画」の挫折など、三大陸にまたがるイギリス帝国史の暗部を描く出す」。
本書の狙いは、序章「「黒いイギリス人」とは誰か」の4つの見出しからわかる。最初の見出しは「長期にかつグローバルに」で、つぎのように説明している。「本書の第1章[「最初の来訪者たち-ローマ帝国期から近世まで]冒頭で触れるように、イギリスには古代ローマ期のアフリカ人が兵士やその家族として滞在していた。つまり、彼らは五世紀に来訪したといわれる「アングロ・サクソン人」よりも先に到着していたことになろう。もちろん、現王室の開祖が一〇六六年にフランスから上陸したノルマンディー公ウィリアムとすれば、彼らよりも先に来ていたことになる。黒いイギリス人のルーツを求めるならば、中世どころか、古代までさかのぼる長期的な歴史の中で考える必要があり、長期的な考察が本書の課題となる」。
つぎの見出しの「三大陸にわたるイギリス帝国の観点」は、つぎのように説明されている。「本書でとろうとするグローバルな視点は、国内への移住にとどまらず、アメリカ世界との関係、さらにそれも超えて、黒人の供給源、逆に黒人の送還先ともなる西アフリカのシエラレオネを中心とするアフリカを組み込んでいく必要に由来する。黒イギリス人の歴史をアフリカ、アメリカ、ヨーロッパの三大陸にわたるグローバルな物語であると見ようとするならば、これら三つを結ぶトライアングルな連関をつねに意識する必要がある」。
3つ目の見出しの「階級から人種への着目」は、つぎのように説明されている。「一八世紀の最初の工業国家、一九世紀の日の沈むことなき空前の大帝国、二〇世紀の二つの大戦に勝利した軍事大国、第二次世界大戦後の福祉大国と、これらの様々な意味での大国イギリスの成立や発展の多くは、上流・中流階級であれ労働者階級であれ白人が担い貢献したものとして歴史研究の対象となってきた。それにひきかえ、こうした大国イギリスの成立や発展への貢献度の低さゆえに、黒人が無視されるか忘れ去られるかして主流の歴史研究の対象にもなりにくかったことは疑いなかろう。言い換えれば、イギリスの社会と歴史は、もっぱら階級の観点から研究され、その分、人種問題への着目がおろそかにされた」。「現在において、こうした人種の観点からイギリスの歴史を見ることの意味は、すでに触れている「ブラック・ライヴズ・マター」運動の他にも、誰の目にも付くところでは、黒人ないし非白人の政界トップへの登場からも生じている」。2024年3月に「イギリス国内の四つの首相職[イギリス首相、スコットランド自治政府首相、北アイルランド自治政府首相、ウェールズ自治政府首相]をすべて「白人男性以外」が務めることになった」。
最後の4つ目の見出しの「人種、少数派を扱うために」は、つぎのように説明されている。「本書がめざすのはこれまでの階級の観点も生かしつつも、人種の観点をも全面的に導入して、イギリス社会や政界の頂上にのぼりつめた黒人ではなく、低度ではあるもののひそやかに社会に貢献した黒人の歴史的な実態を明らかにすることである。たとえば、従僕、奴隷、兵士としての国内や帝国への貢献である。しかし多くの黒人は、戦争に参戦したのにそれにふさわしい恩恵が与えられず、戦勝パレードにも招待されず、記憶にも残されなかった。また、福祉の対象になっているのに介護サービス等が行き渡らないなどということもあった。こうした事例は、イギリスが築き上げた帝国や大国としてのありようにひずみや歪みが出ているという問題もあぶり出してくれる」。
そして、本書で使用した史料について、つぎのように説明している。「黒人男女の自叙伝や聞き取り調査といった直接声が聞ける史料もあるが、多くは多数派を軸に据えた、議会、政府、省庁、新聞等の権力側の文書である。ただこうした権力側の文書といえども、ていねいに読み取っていけば消されたはずの少数派の存在が浮かび上がるときもある。移民や移住や帰郷の希望、逃亡する動機、戦争に参戦する意志、はたまた交際や結婚をして家族を持とうとする意志といった黒いイギリス人の主体性のありかすらも見えてくるのである。本書で終始心がけるのは、権力のなすがままに翻弄されてきた少数派としての黒いイギリス人を見ることで、みずからの主体性を発揮しようとした歴史への着目である」。
本書は、はじめに、序章、時系列に全6章、終章、あとがきなどからなる。終章「「イギリスらしさ」を担うのは誰か」では、「黒人コミュニティーから人種混合コミュニティーへ」と「イギリスらしさを担う黒いイギリス人」の2つの見出しを掲げている。「いまや黒人のみからなる「黒人コミュニティー」よりも白人を巻き込んだ「人種混合コミュニティー」がより重視されるようになっている」。そのことは、10年ごとにおこなわれる国勢調査からも明らかである。2021年の国勢調査の「異人種間に生まれた人びとないし多エスニック集団」に該当する人は、170万人で10年間に50万人増えた。この集団の内訳のうち「白人と黒人のカリブ人を親にもつ人びと」は全体のおよそ0.9%で、「白人と黒人のアフリカ人を親にもつ人びと」はおよそ0.5%であった。
本書最後の見出し「イギリスらしさを担う黒いイギリス人」では、つぎのように結論して、本書を結んでいる。「以上より、長いこと切り離されていた「黒人性(blackness)」と「イギリスらしさ(Britishness)」が結合した「黒いイギリス人(Black British)という言葉は、上記の二一年の国勢調査で新たに設けられた民族・人種集団のカテゴリーの中にも登場している。黒いイギリス人は、黒人人口の増大、異人種間の結婚、文化・スポーツ面での活躍により、いまや違和感なく語られ、世界中に可視化され、日常にも溶け込んでいるといってもよかろう」。
問題は国勢調査などのカテゴリーが、どの程度社会や個人で認知されているかである。自己認識と他人の認識では異なる場合が多々あり、本人が自覚していなくて傷つくこともある。本書で取りあげられた文化・スポーツ面での活躍時のみ、認識される場合もある。時が過ぎれば元の認識に戻ったり、その人だけ特別扱いされたりすることもある。見た目より、うんと複雑である。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.
予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。