早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2025年09月

平田雅博『黒いイギリス人の歴史-忘れられた2000年』講談社選書メチエ、2025年4月8日、251頁、1900円+税、ISBN978-4-06-539325-3

 帯の表と裏、裏表紙の概略、3つがそれぞれ本書の特徴であると同時に、従来の視点とは違う事実から国内、帝国の歴史を広く、深く考察しようとする、著者の意図が見えてくる。3つのうち1つだけを選ぶことができなかっため、まずこれら3つを引用する。

 帯の表は、つぎの通りである。「「白いイギリス人と女王様の国」で、彼らは逃亡し、苦闘し、主張した」。「奴隷、黒人ロイヤリスト、帝国臣民、再捕獲奴隷のリアル!」「苛酷な運命が照らし出す、英国社会の光と影」。

 帯の裏は、つぎの通りである。「「黒いイギリス人」の歴史は「アメリカ黒人の歴史」とはさまざまな点で異なっている。もっとも異なる点は、黒いイギリス人の歴史は国内史にとどまらず、東西にわたる広大な帝国に視野を広げて考察する必要があることである。ここに「イギリス黒人」ではなく「黒いイギリス人」という言葉を用いる意図がある。-本書 序章より」。「「消されたはずの少数派」が問いかける、長くグローバルな物語」。

 裏表紙にある概要は、つぎの通りである。「ブラック・ブリティッシュ-「黒いイギリス人」は、歴史に激しく翻弄されながらも、忘れられた存在だった。イギリス史に初めて黒人が姿を見せたのはローマ時代。一七世紀初頭にはエリザベス女王が黒人追放令を発するが、シェイクスピアはムーア人の軍人を『オセロー』の主人公とした。アメリカ独立戦争で王党派についた黒人奴隷の数奇な運命、ロンドンの黒人貧民を移送した「シエラレオネ計画」の挫折など、三大陸にまたがるイギリス帝国史の暗部を描く出す」。

 本書の狙いは、序章「「黒いイギリス人」とは誰か」の4つの見出しからわかる。最初の見出しは「長期にかつグローバルに」で、つぎのように説明している。「本書の第1章[「最初の来訪者たち-ローマ帝国期から近世まで]冒頭で触れるように、イギリスには古代ローマ期のアフリカ人が兵士やその家族として滞在していた。つまり、彼らは五世紀に来訪したといわれる「アングロ・サクソン人」よりも先に到着していたことになろう。もちろん、現王室の開祖が一〇六六年にフランスから上陸したノルマンディー公ウィリアムとすれば、彼らよりも先に来ていたことになる。黒いイギリス人のルーツを求めるならば、中世どころか、古代までさかのぼる長期的な歴史の中で考える必要があり、長期的な考察が本書の課題となる」。

 つぎの見出しの「三大陸にわたるイギリス帝国の観点」は、つぎのように説明されている。「本書でとろうとするグローバルな視点は、国内への移住にとどまらず、アメリカ世界との関係、さらにそれも超えて、黒人の供給源、逆に黒人の送還先ともなる西アフリカのシエラレオネを中心とするアフリカを組み込んでいく必要に由来する。黒イギリス人の歴史をアフリカ、アメリカ、ヨーロッパの三大陸にわたるグローバルな物語であると見ようとするならば、これら三つを結ぶトライアングルな連関をつねに意識する必要がある」。

 3つ目の見出しの「階級から人種への着目」は、つぎのように説明されている。「一八世紀の最初の工業国家、一九世紀の日の沈むことなき空前の大帝国、二〇世紀の二つの大戦に勝利した軍事大国、第二次世界大戦後の福祉大国と、これらの様々な意味での大国イギリスの成立や発展の多くは、上流・中流階級であれ労働者階級であれ白人が担い貢献したものとして歴史研究の対象となってきた。それにひきかえ、こうした大国イギリスの成立や発展への貢献度の低さゆえに、黒人が無視されるか忘れ去られるかして主流の歴史研究の対象にもなりにくかったことは疑いなかろう。言い換えれば、イギリスの社会と歴史は、もっぱら階級の観点から研究され、その分、人種問題への着目がおろそかにされた」。「現在において、こうした人種の観点からイギリスの歴史を見ることの意味は、すでに触れている「ブラック・ライヴズ・マター」運動の他にも、誰の目にも付くところでは、黒人ないし非白人の政界トップへの登場からも生じている」。2024年3月に「イギリス国内の四つの首相職[イギリス首相、スコットランド自治政府首相、北アイルランド自治政府首相、ウェールズ自治政府首相]をすべて「白人男性以外」が務めることになった」。

 最後の4つ目の見出しの「人種、少数派を扱うために」は、つぎのように説明されている。「本書がめざすのはこれまでの階級の観点も生かしつつも、人種の観点をも全面的に導入して、イギリス社会や政界の頂上にのぼりつめた黒人ではなく、低度ではあるもののひそやかに社会に貢献した黒人の歴史的な実態を明らかにすることである。たとえば、従僕、奴隷、兵士としての国内や帝国への貢献である。しかし多くの黒人は、戦争に参戦したのにそれにふさわしい恩恵が与えられず、戦勝パレードにも招待されず、記憶にも残されなかった。また、福祉の対象になっているのに介護サービス等が行き渡らないなどということもあった。こうした事例は、イギリスが築き上げた帝国や大国としてのありようにひずみや歪みが出ているという問題もあぶり出してくれる」。

 そして、本書で使用した史料について、つぎのように説明している。「黒人男女の自叙伝や聞き取り調査といった直接声が聞ける史料もあるが、多くは多数派を軸に据えた、議会、政府、省庁、新聞等の権力側の文書である。ただこうした権力側の文書といえども、ていねいに読み取っていけば消されたはずの少数派の存在が浮かび上がるときもある。移民や移住や帰郷の希望、逃亡する動機、戦争に参戦する意志、はたまた交際や結婚をして家族を持とうとする意志といった黒いイギリス人の主体性のありかすらも見えてくるのである。本書で終始心がけるのは、権力のなすがままに翻弄されてきた少数派としての黒いイギリス人を見ることで、みずからの主体性を発揮しようとした歴史への着目である」。

 本書は、はじめに、序章、時系列に全6章、終章、あとがきなどからなる。終章「「イギリスらしさ」を担うのは誰か」では、「黒人コミュニティーから人種混合コミュニティーへ」と「イギリスらしさを担う黒いイギリス人」の2つの見出しを掲げている。「いまや黒人のみからなる「黒人コミュニティー」よりも白人を巻き込んだ「人種混合コミュニティー」がより重視されるようになっている」。そのことは、10年ごとにおこなわれる国勢調査からも明らかである。2021年の国勢調査の「異人種間に生まれた人びとないし多エスニック集団」に該当する人は、170万人で10年間に50万人増えた。この集団の内訳のうち「白人と黒人のカリブ人を親にもつ人びと」は全体のおよそ0.9%で、「白人と黒人のアフリカ人を親にもつ人びと」はおよそ0.5%であった。

 本書最後の見出し「イギリスらしさを担う黒いイギリス人」では、つぎのように結論して、本書を結んでいる。「以上より、長いこと切り離されていた「黒人性(blackness)」と「イギリスらしさ(Britishness)」が結合した「黒いイギリス人(Black British)という言葉は、上記の二一年の国勢調査で新たに設けられた民族・人種集団のカテゴリーの中にも登場している。黒いイギリス人は、黒人人口の増大、異人種間の結婚、文化・スポーツ面での活躍により、いまや違和感なく語られ、世界中に可視化され、日常にも溶け込んでいるといってもよかろう」。

 問題は国勢調査などのカテゴリーが、どの程度社会や個人で認知されているかである。自己認識と他人の認識では異なる場合が多々あり、本人が自覚していなくて傷つくこともある。本書で取りあげられた文化・スポーツ面での活躍時のみ、認識される場合もある。時が過ぎれば元の認識に戻ったり、その人だけ特別扱いされたりすることもある。見た目より、うんと複雑である。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

塩出浩之『琉球処分-「沖縄問題」の原点』中公新書、2025年6月25日、266頁、1000円+税、ISBN978-4-12-102860-0

 沖縄県立博物館・美術館の総合展示「近代のはじまり」は、「明治政府による琉球処分」の展示ではじまる。『博物館展示ガイド』(2015年)では、つぎのように説明されている。「およそ500年にわたって続いた琉球王国でしたが、19世紀後半になると存続の危機に直面しました。明治維新により近代国家をスタートさせた日本が、琉球王国をその内部に編入しようと動き出したからです。琉球はこれまでと同じように、中国・日本との関係を維持しながら、独自の王国を存続する意志を主張しました。しかし、1879年春、王国は滅亡し、沖縄県が誕生します」。

 そして、つぎの展示「沖縄県の形成」は、つぎのように説明されている。「沖縄県が誕生した後、混乱を避けるために多くの王国時代の制度が引き続き温存されました。状況の安定をにらみながら改革が行われ、しだいに日本本土と同じ制度が整備されていきました。その一方で、かつて琉球王国の住民だった人々は、日本人としての意識を持つことを求められるようになります」。

 本書は、「中国・日本との関係を維持しながら、独自の王国を存続する意志を主張しました」の一文を、具体的に考察したもので、表紙見返しでは、つぎのように要約されている。「琉球処分とは、日中の両属国家だった琉球王国を日本が強制併合した過程をいう。1872年の琉球藩設置から、「処分官」派遣、警察・軍隊を動員した79年の沖縄県設置、80年の強く抗議する清国との八重山分島交渉までを指す。国王は東京に送られ、島内では組織的抵抗が日清戦争まで続く。本書は、併合の過程とその後を精緻に追い、清国や西洋諸国を巻き込み東アジアに新秩序をもたらした「沖縄併合」の全貌を描く」。

 本書の鍵となるのは、「琉球が独立国だった」かどうかである。著者は、「まえがき」でつぎのように述べている。「筆者は、琉球は独立国だったとは言いがたいが、やはり日本や清とは異なる一つの国家だったのであり、琉球処分とは、琉球という国家を日本が強制的に併合したことを意味すると考えている」。

 本書は、まえがき、序章、全4章、終章、あとがき、などからなる。まず、序章「前近代の琉球-中国・日本に両属した国家」の後、第1章「西洋諸国の琉球来航」で、「琉球処分の背景として、一九世紀なかばの東アジアにおける琉球・日本・中国の関係、西洋諸国の到来について概観する」。そのうえで、第2章「明治維新後の併合始動」第3章「琉球併合命令と救国運動」第4章「琉球処分、その後の沖縄県政」で、「明治維新から琉球処分にいたるまでの政治過程、琉球処分が引き起こした国際紛争と現地での抵抗などについて、さまざまな史料と研究に基づいて描き出し、琉球処分の全体像を明らかにする。そして最後に終章「日清戦争後の沖縄」で、「日清戦争を経て琉球処分が確定したあと、沖縄がどうなったかを展望する」。

 「本書の特徴は、琉球史の根本史料である「尚家文書」を本格的に活用した琉球処分研究であることだ」。「「尚家文書」を通じて、琉球側からみた琉球処分を、日本側からの見方と突き合わせて検討することに努めた。これによって、日本と琉球という二つの国家のあいだで何が起こったのか、より克明に描き出せるはずである」。

 終章で、著者は見出し「琉球処分とは何だったのか」を立て、つぎのように結論している。「清に服属しつつ、日本にも服属していた琉球という国家が、日本に強制的に併合され、その一部(沖縄県)となった。これが琉球処分だ」。

 つぎの見出しは「日本はなぜ琉球処分をおこなったか」で、「日本は琉球の抵抗や清の抗議を押し切って、琉球を併合しようとした」ことを、つぎの3つに分けて考察している。「第一に、琉球処分が断行されたのは、日本自身が廃藩置県という巨大な変革を経験した直後だったからだ」。「日本政府は、廃藩置県にあたって自国を西洋諸国の基準に合わせて中央集権化し、主権国家として確立することを目指して国内の抵抗を押し切った。この結果、単に鹿児島藩の廃止によって日本と琉球との関係が不明確になっただけでなく、日本政府のなかに琉球の日清両属には「処分」が必要だという強力な意志が生じた」。

 「第二に、大久保利通は、琉球側の抵抗について「頑固」だと記した。また、松田道之は日本が琉球を併合するのは「条理」であり、「時勢」であると主張した。つまり、日本は西洋の主権国家原則を受け入れることを文明への道とみなし、それに逆らう琉球を守旧として批判したのだ」。

 「第三に、主権国家の原則を琉球と日本・清との関係に当てはめるとすれば、理屈のうえでは、琉球を清の一部とみなすか、独立国として承認するという選択もあり得たはずだ」。「したがって、日本政府に琉球を自国の領土として確保するという確固たる意志があったのは明らかだ」。

 そして、最後の見出し「琉球・沖縄にとっての琉球処分」で、琉球の人びとが「政治情勢の激変をどう受けとめ、どう行動したかを追求した」かを、3つに分けて考察している。「第一に、琉球王府が何より重視したのは、琉球を日清両属の国家として維持することだった。だからこそ、琉球王府は廃藩置県の報せを重大な異変の兆候として受けとめることができた」。

 「第二に、あらためて強調したいのは、琉球王府が、自国が日本と異なる国家だという認識を明確に持っており、琉球併合政策に抵抗したことだ」。

 「第三に指摘したいのは、琉球という国家を維持し復活させようとしたのが、ほぼ琉球王府の官吏や士族に限られたことである。日本にとってこの事実は、琉球処分を正当化するための材料となった」。「しかし、琉球処分によって失われたのは官吏や士族の特権だけで、その他の人々は日本の支配による恩恵を受けたとみるのは誤りだ。琉球処分以後の沖縄は、大和人が沖縄人の上の立つ植民地となったからだ。沖縄に他府県と同様の制度が施行されたあとも、大和人による沖縄人への差別や蔑視は根強く続くことになる」。

 そして、つづけて「このように琉球という国家がなくなり、日本の一部になったことによる影響は、今日も続いている」と述べ、つぎのように説明して、本書を閉じている。「今日、普天間基地の移設問題について沖縄に「自己決定権」がないのは、突き詰めていえば、沖縄県が日本の一地方自治体である限り、日本の法には従わざるをえないからだ(略)。それは沖縄が日本の主権下にあるからであり、戦後二七年間のアメリカによる統治をはさんではいるが、琉球処分の結果と地続きなのだ」。

 「その一方で、沖縄の人々の政治運動や社会運動が、今日まで基地問題に大きな影響を与えてきたことも明らかだ。日本の支配下で生まれた沖縄人のアイデンティティが、こうした政治運動や社会運動に力を与えてきた。こうした観点から、琉球救国運動を近代沖縄の政治・社会運動の出発点とみることもできる」。「琉球処分は、「沖縄問題」の原点なのだ」。

 「沖縄問題」とみているかぎり、「沖縄問題」は解決しない。「中国・日本との関係を維持しながら、独自の王国を存続する意志を主張しました」ことを「大和人」に理解してもらう博物館を東京にたててもいい。「日本の問題」と捉えないかぎり、沖縄の「植民地支配」はつづき、「沖縄人」にとっての「日本の問題」は解決しない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

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早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
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10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

岡本隆司『倭寇とは何か-中華を揺さぶる「海賊」の正体』新潮選書、2025年2月20日、217頁、1600円+税、ISBN978-4-10-603922-5

 「倭寇」の辞書的説明、たとえば著者が引用したオンラインの「ブリタニカの記述」は、つぎのようなものだった。「13~16世紀に朝鮮、中国の沿岸を襲った海賊集団に対する朝鮮、中国側の呼称。北九州、瀬戸内海沿岸の漁民、土豪が中心で、もともと私貿易を目的としていたが、しばしば暴力化した。しかし、倭寇が日本人とは限らず、その構成の大部分が中国人の場合、ポルトガル人を含む場合などもあった」。

 これにたいして、著者はつぎのように書いた。「日本は、およそ得体が知れない。「中華」秩序に背いて、一六世紀半ばに貿易を強行しようと起こした騒擾が倭寇であり、また同世紀末に秩序そのものを改変しようと起こした戦争が朝鮮出兵である」。東洋史学を専門とする著者が、「中国側の立場からその見方を述べれば、こうとしかいえ」なかったのである。

 「倭寇についての一般論、ないし常識論」とはなんなのだろうか。「「倭寇」は日本史でも世界史でも共通して、高校の教科書に言及する歴史事象である。日本の歴史教科書は、日本史と世界史で内容をほとんど棲み分けているから、双方ともに記述のあるのは、めずらしい事例かもしれない」。「それでも日本史のほうが、やはり手厚い記述である」。「近代以前にはおよそ外国・世界と縁の薄い日本史上、例外的な事象であって、そうした意味で注目は少なくなかった」。

 そんな「たとえイメージにすぎず、虚構・誇張をふくむにせよ、そこで世界と関わった「倭寇」は、ごくネガティヴな存在ではある」が、著者は「「倭寇」をめぐる現況にやや釈然としない感覚をいだいたところにはじまり、少しつきつめて考えてゆくうち、どうも「数百年も前に過ぎ去っ」た「瑣事」ではありえないように思えてきた」。「「倭寇」そのものの個別具体的なイメージはもとより、日本史の視点で多く語られてきたこと、一六世紀末に収束にむかったとみなしてきたこと、以後もはや存在しない過去の話柄としかみないことなど、そうした全体の視座・枠組みにも、いささか物申したい」と思うようになった。

 本書は、はじめに、全5章、おわりに、参考文献からなる。第1章「「倭寇」をみなおしてみる」、第2章「「互市」の時代」までは、これまでの「倭寇」論の延長として読める。第2章に、「華夷同体」ということばが出てくる。本書の副題にある「海賊」はほとんど出てこなくなるが、16世紀末に収束にむかったとされる「倭寇」を、それ以降に議論するキーワードは「華夷同体」にほかならない。

 「内地の「華」人もあえて「夷」人と一体となり、「華」から「夷」という外界に身を投じる」状況が出現したのである。そして、「近世から近代へ」という見出しをたて、つぎのように説明している。「かつて「倭寇的状況」を現出した「華夷同体」構造にほかならない。「倭寇」とは「倭人」の「寇」(=騒擾行為=移動・交易)である。それぞれ日本の「鎖国」・清朝の解禁解除をへて「倭人」が消滅、代わって西洋人が登場し、以前の「寇」が「互市」に転化したのであり、それなら海側の外貌・表層・現象が変容したにすぎない。陸側の内実・基層・構造は依然として「華夷同体」であった。そこは連続している。列島主体の「倭寇」とヨーロッパ主体の「互市」とは、内的構造の本質は同じだったとみなくてはならない」。

 第3章「近代史という「倭寇」」には、「「華夷同体」の転化」と「「瓜分」という「華夷同体」」の2つの見出しがある。「かつて近世・大航海時代のなかで、北京の政権と法制から乖離し「倭寇」を発現させた「華夷同体」構造が、このたびイギリス・近代の世界経済に応じて、アヘン密輸を招来した」。「アヘン貿易とその結果としてのアヘン戦争も、いわば「倭寇」「華夷同体」が再現、発展した事象だといっても過言ではない」。「列強による政治外交上の「利権」獲得は、華人の社会経済的な対外依存と表裏一体だった。このような各地の「華夷同体」の対外傾斜を以後、中国ナショナリズムの観点から「瓜分」と称する。一体たるべき「瓜」を、外から切り「分」けて食い物にするという、中国分割の譬喩的な意味を有した」。

 第4章「革命とは「倭寇」?」には、「康有為という「華夷同体」」「梁啓超という「華夷同体」」「歴史的慣性と「華夷同体」」の3つの見出しがある。康有為の「変法」は、「「中華」の儒教と西洋「洋夷」の制度・風習の一体化」であり、「「華夷同体」の一類型だといってもよい」。梁啓超は、「「国民」「国家」という日本語をそのまま用いたので、それが以後、そのまま中国語と化して、政治思想・体制理念の規範となった」。「従前の「華夷同体」を言語レベルでも更新して、新たな段階に引き上げたともいえる」。そして、孫文にいたるまで「中華王朝的な独裁と西洋近代的な民主」が共棲した「「華夷同体」の発露」を継承した。

 そして。第5章「「倭寇」相剋の現代中国」では、見出しに「華夷同体」はないが、ひきつづき「華夷同体」論がつづいている。見出し「その本質は」では、「倭寇」現象をつぎのように定義している。「海外と通じ独自の経済・ルールを有する場・集団ということになる。場であれば密貿易のアジトばかりではなく、開港場・租界・植民地・租借地もふくみうるし、ヒトなら海賊・匪族ばかりか、中央政府・既存体制から自立反抗する政治勢力・権力体にも転化しえた」。

 そして、最後の見出し「なれの果て」は、つぎのように現在の問題を取りあげて、本書を締めくくっている。「話は香港だけで収まらない。なぜ中華人民共和国は、台湾独立を恐れるのか。なぜ新疆ウイグルやチベットを抑圧するのか。その対象は政権・地域ばかりではない。企業・個人ですら同じである。アリババやグーグルなど、内外のグローバルな多国籍企業に臨む態度は、どうなのか。海外在住の中国人知識人、あるいは中国内の外国人をどう処遇するのか」。「けだし総じて「一つの中国」につながる。それはいったい何を意味しているのか」。「回答には問いを置き換えてみるべし。すべては「倭寇とは何か」に答えればよい。「倭寇」とは、明代以降「一国二制度」にいたる、史上の中国の政治社会構造をあらわす現象だからである」。「「倭寇」とは中国そのものだ。この命題が正しければ、「倭寇」という史実の意味までみなくては、現代はわからない。逆に「倭寇」という歴史的な参照軸をもてば、目前の中国を観察理解する一助になるはずである」。

 歴史家らしい結論である。「華夷同体」をたんなる「附会(こじつけ)」ととるかどうかが、中国近代史では大きな意味をもつ。康有為のところで、つぎのような説明がある。「康有為の「華夷同体」は、いわば従前の「中体西用」をつきつめた所産だった。孔子紀年・孔教からわかるように、「西用」=用いるべき西洋の制度を、すべて「中体」=根本的な儒教の原理で説明しようとしたからである。これを「附会」といい、それまで「洋務」も多かれ少なかれ、しばしば取ってきた論法だった」。「「外夷」として賎しむべき西洋の事物であれば、いったん尊い「中華」を経由しなくては、納得受容できないし、文章で表現するにも、論理として成り立たないからである。つまり「附会」とは、大なり小なり「華夷同体」に避けられない矛盾軋轢を緩和回避する方法だった」。

 帯に「「目からウロコの600年史」!」とある。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

波多野澄雄『日本終戦史 1944-1945-和平工作から昭和天皇の「聖断」まで』中公新書、2025年7月25日、308頁、1100円+税、ISBN978-4-12-102867-9

 本書は、「二週間早ければ数十万人の日本人の命が救われたであろうし、二週間遅ければ犠牲と破壊はさらに膨らんだことは想像にかたくない。こうした事態にとどまらず、二週間の違いは戦後世界の姿を大きく左右したであろう」というエドウィン・ライシャワーの指摘ではじまる。

 著者は、もうひとつのつぎの問いを念頭において、本書を執筆している。「「徹底抗戦論」が国内に横溢するなか、なぜ二度の「聖断」で終戦が可能であったか。二度の「聖断」による終戦は、国内戦場化や政府の崩壊、さらにソ連の本土進出が避けられたという意味で、むしろ早期終戦として評価することも可能である」。

 そして、著者はライシャワーが指摘する2週間ではなく、対象を「終戦」までの1年間に広げた。その理由を「まえがき」の最後で、つぎのように説明している。「本書が重点を置くのは、マリアナ諸島が奪われた一九四四年夏から一九四五年夏までのほぼ一年間である。とくに同諸島のサイパン陥落で軍事的敗北は決定的となったが、日本はすぐには戦争終結には向かわなかった。国体という中核価値を護るため、朝野をあげて特攻兵士の「殉国」を称賛し、本土決戦を叫ぶという、近代日本の歩みのなかでは稀にみる「狂気の時代」に突入する。この一年間の出来事をたどることは、敗戦と復興の意味を考えるための手がかりとなろう」。

 本書は、まえがき、序章、全9章、終章、あとがきなどからなる。「それぞれの章のまとまりを重視したため、各章の記述は必ずしも時系列の順に配置されていない」。9章構成であるが、内容的にはそれぞれ3章からなる3部に分かれている。

 「第一章~第三章(第一部)は、戦争の主軸であった太平洋戦線と大陸戦線における戦略と政略、そして戦争収拾のための指導者の努力を大きく拘束することになった内外の要因に眼を向けている」。

 「第四章~第六章(第二部)は、小磯国昭内閣と鈴木貫太郎内閣におけるさまざまな「和平論」が行き詰まり、一九四五年六月下旬に意を決した木戸幸一内大臣が、「時局収拾試案」をもって指導者の説得にあたるまでの指導者の動きを取り上げている。中心人物の一人は、重臣・近衛文麿である。近衛は重臣のなかでは比較的明瞭に戦後を見通しつつ、米英との直接和平の必要をとなえていたからだ」。

 「第七章~第九章(第三部)では、四五年七月下旬のポツダム宣言の発出、八月の原爆とソ連参戦という「二つの外圧」のもと、二度の「聖断」によって決着せざる[を]えなかった指導者たちの動きに眼を向けた。東郷重[茂]徳外相や阿南惟幾陸相などがその中心である」。

 「また、最後の九章[「戦争終結」]は、「聖断」が実質的に、太平洋戦線「日米戦争」の終結であったことを踏まえ、大陸における「日中戦争」と「日ソ戦争」の収拾のあり方を取り上げている。三つの戦争がいかに相互に切り離され、それぞれ異なる結末を迎えたかを理解できるはずだ」。

 著者はこの戦争(「大東亜戦争」)を、「真珠湾攻撃に始まる「日米戦争」、おもに東南アジアを舞台とした「日英戦争」、一九三七年に始まる「日中戦争」、終戦前後の「日ソ戦争」という、四つの戦場の「複合戦争」」ととらえており、「本書は、これらの戦争のうち、太平洋における日米戦争と大陸における日中戦争という二大戦争を、どのような展望のもとに、どのように終わらせようとしていたのか、それぞれの過程をたどったものである。その過程では、日中戦争や日英戦争の行方は定まらず、結局、日米戦争をいかに終結させるかに、指導者の関心は集約されていく」と理解している。

 2つの問いについて、著者は「まえがき」で、答えをあらかじめつぎのように示している。「「複合戦争」の収拾が対米戦争の終結に絞られたことで早期の終戦が可能となり、戦後の日米同盟を導く伏線ともなるのだ。こう考えると、あの時点での「聖断」の意味はきわめて大きいのである」。

 終章「敗戦の意味」では、最後の見出しを「なぜ「複合戦争」に陥ったか」にし、1945年10月に1ヶ月の敗因調査後に提出された報告書を踏まえて、つぎのような結論を導き出している。「日本がとくに満洲事変以降、日本の獲得した利益の維持・拡張のため、「武力による膨張」路線を転換できなかったのは、他民族と接触が少なく「興亡を争う強大な隣国がなく、世界に生きる研究が不足していた」ことに言及し、ことに総力戦準備の遅れを指摘している」。「この報告書はあえて「政治の役割」に言及していない。だが、敵の数を徐々に増やし、その収拾に手を焼き、いたずらに戦争を長引かせ、最後には天皇の権威にすがってようやく対米戦争を終結させた、という複雑なプロセスにおいて目立つのは、未曽有の対外危機にあっても、国内政治や組織の利益を優先させる政軍指導者の姿である。それは、報告者が指摘するように、「世界に生きるための研究」の不足が招いた結果でもあろう。戦時に限らない教訓である」。

 本書を読むと、責任は明らかなように思える。「武力による膨張」を進めた陸軍である。問題は、この陸軍による軍拡を止めることがなぜできなかったかである。それは、戦争(日中戦争、大東亜戦争、日米戦争)がはじまってからも、止める機会をうかがいもせず、勝利あるのみに固執した結果が「狂気」の末の敗北であったことに通ずる。

 ひとつには死者の姿が見えなかったことである。第一次世界大戦後のヨーロッパの墓地では戦死者ひとりひとりの墓標が立ち、いまウクライナでは小さな国旗が立てられて、死者の数が目に見える。ガザの死亡者は、毎日その数が発表されている。本書でも、4つの戦場での死者数が掲げられれば、あるいは本土空襲での死者数が刻々と表示されていれば、「なにをもたもたしているんだ」と思ったことだろう。指導者に「未曾有の危機」の実感が、「国体の維持」以外になかった。さらに、4つの戦場で巻き込まれて死亡した民間人の数がわかれば、「世界に生きるための研究」の不足が招いた結果であることがより明確になったことだろう。そして、この教訓がいかされず、戦後の戦争責任や賠償問題などがうやむやになったことがわかってくるだろう。本書で繰り返し述べているように「終戦史」が戦後に大きな影響を与えたが、戦後に「敗戦史」がもっと追究されていれば日本の戦後はもっと違ったものになっていただろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。

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