長村裕佳子/グスターボ・メイレレス/蘭信三編著『移動の歴史と日系ルーツ-トランスナショナルな経験からみる紐帯と文化』不二出版、2025年8月25日、484頁、8000円+税、ISBN978-4-8350-8845-7
本書は、JICA(国際協力機構)緒方貞子平和開発研究所の研究プロジェクト「日本と中南米間の日系人の移動とネットワークに関する研究」(2021年9月~26年3月)の最終成果の一部である。本書の目的は、「はじめに」で、つぎのようにまとめられている。本書は、「歴史的に繰り返される日系人の移動経験に積極的な意味を見出し、移動する日系人とその周りの社会をつなぐネットワークの構築・機能、そのネットワークがもたらす文化実践やアイデンティティの形成をみようとする。一九世紀末から二一世紀の現代までの長期的な期間を対象にかつ南北アメリカの広域にわたる動きを視野に人の移動に基づく経験や知の循環を捉える。そのために各時代・地域の個々の事例を大きな日系人の移動史のなかに位置づけて描くことを一つの目的とする。特に、各時代・地域における移住背景、コミュニティ活動などを改めて丹念に事例研究し、そこから新たにみえてくる経験の多様性を浮かび上がらせる。事例研究に立ち返って日系人の移動史をミクロかつマクロに捉え直し、移動の背景が個人・集団の志向や経験にいかなる影響をもたらしてきたのかを歴史的視点から問い直すことで移民史研究、日系人研究、そして在日外国人研究の分野へ寄与できるだろう」。
本書は、はじめに、序章、4部全12章、おわりに、のほか、補章、3つのコラムからなる。序章「移動する日系人のネットワーク、アイデンティティを探求して」の最後に「本書の構成」がある。なお、本書では改めて「日系人」の定義はされていないが、「はじめに」で「戦前・戦後に海外へ渡った日本人移住者やその子孫である」とし、「二〇二五年現在の在日日系人は約二〇万人にのぼる。その大半が永住権取得者であり、家族などを形成し、日本で暮らしていく志向を持ってきた者も多い一方、一九八〇年代以降、滞日経験を経て南米へと帰国していった多くの者がいる」と概要を説明している。
第Ⅰ部「戦後海外移住という経験」では、「主に第二次世界大戦後の海外移住事業、移住者の経験に焦点を当て、送り出し地域の留守家族らの活動、大日本帝国崩壊による外地引揚げから中南米再移住、女性移民の送出、送り出し機関の業務の変遷を分析することから戦後移住の実態を捉え直す」。
第一章「戦後日伯交流と海外移住家族会連合会」は、「日本海外移住家族会連合会の事例から移住事業と日伯交流における政策としての側面と、地縁・血縁による民間の支援としての側面を対置しながら示し、戦後移住の複雑な仕組みの一端を解き明かしている」。
第二章「外地引揚げから戦後ブラジル移民へ-<回帰から再離散へ>を問う」では、「これまでの移民研究、植民研究で研究対象とされず明らかにされてこなかった戦後の外地引揚げから中南米再移住への流れに着目し、引揚げ経験を持つブラジル移住者のストーリーについての類型化を試みた」。
第三章「ブラジルで「花嫁移民」として生きる経験」は、「戦後の花嫁移住を移住システムとして捉え直し、その構造を詳細に説明した。結婚斡旋システムが機能し、当時の女性たちがそのシステムを利用して主体的に花嫁移住を選び取っていく過程が彼女たちの語りをもとにまとめられた」。
第Ⅱ部「日系人の「帰還」経験と南米日系社会」では、「一九九〇年の入管法改正を契機とした南米出身の日系人とその家族の来日就労、生活に基づく経験に焦点を当て、日系人にとってルーツのある日本へ「帰還」することの意味や、かれらの集団的な帰還とその後の南米への帰国の流れが南米の日系コミュニティへもたらしたものを問い直す」。
第四章「「日本とブラジルを生きる」というリアリティー-日系三世女性はなぜ「往還」するのか」では、「ブラジル・サンパウロ州マリリア市の日系社会をホームランドとする日系家族で世代を経て繰り返される訪日就労について多角的な視点からみつめ、日系女性の人生観、「ニッケイ」としての価値観と往還経験との関係を分析した」。
第五章「「帰還」経験とコミュニティ-ブラジル南部の日系人を事例として」は、「ブラジル・パラナ州の日系人を事例として帰還を経験する人々の日系コミュニティとの関わり方や日本から帰国する日系家族の再適応支援に向けた日系コミュニティの結束の動きを考察した」。
第六章「文化装置としての「往来する日本語教師」-ペルーの日本語教育機関を事例に」は、「ペルーの日本語教育界の変遷のなかで滞日経験を経て帰国する人々がどのように日本語教師として新たに参入し、いかなる変化をもたらしてきたのかを論じた」。
第Ⅲ部「日系人のグローバルなモビリティと記憶の継承」では、「集団的な日本と南米間の労働移動の流れに収まらない、よりグローバルな日系人の移動へと着目し、かれらが移動の経験を通じて行なってきた継承や実践をみていく」。
第七章「越境的モビリティと移民史の継承-ペルー出身沖縄系三世の生活史から」は、「グローバル人材であるペルー出身沖縄系三世の生活史を例に多様な海外留学・就労と訪日を経験しながら自らのルーツと移民史を振り返る個人のエージェンシーを語りから浮かび上がらせた」。
第八章「「沖縄戦の記憶」のトランスナショナルな継承実践-ハワイの沖縄系のコミュニティを事例に」では、「ハワイの沖縄系コミュニティでの沖縄戦の記憶の継承活動について、いかなる人々が関わり、いかにトランスナショナルな実践として展開されてきたのかが描かれている」。
第九章「日系人移住地における越境経験-ブラジル・トメアスー移住地を事例として」は、「ブラジル北部アマゾン川流域の日本人移住地を事例に日系人の訪日就労と日本留学・研修の両面の行き来を捉え、人と技術の移動がいかに同地の日系農業、日系社会を再活性化させてきたのかを説明した」。
第Ⅳ部「トランスナショナル・ネットワークの形成」では、「戦後の日本社会と海外日系人の活動の変遷の中でみられてきたネットワーク形成の動き、そこへ参加していく様々な個人を捉える」。
第十章「母県と移住先間のネットワーク形成-石川県海外移住家族会を事例として」は、「石川県を事例に戦前戦後の出移民の流れと石川県海外移住窓口機構・関係団体の各組織の役割を整理しながら、母県の人々とブラジル移住者とのネットワークの形成、交流を考察した」。
第十一章「在伯沖縄系人組織の現状から「世界ウチナーンチュ大会」を考える」では、「ブラジルにおける沖縄系人の活動と沖縄系コミュニティの多様性、世界のウチナーンチュ大会に参加するブラジル出身者の思いについて議論された」。
第十二章「移民の中の〝沖縄〟を問う-沖縄移民研究と世界のウチナーンチュ大会調査」は、「第七回世界のウチナーンチュ大会で本プロジェクトが行なった大会参加者へのアンケート調査結果を過去の大会での調査結果と比較しながら分析したほか、ネットワーク研究における同大会でのアンケート調査の意義について論じた」。
そして、「おわりに-ディアスポラの重層性とネットワーク、アイデンティティ」では、「最後にディアスポラの視点から本研究の意義や今後の課題を考え」、「本書で取り上げた事例や議論を振り返り、変化し続けるディアスポラ・コミュニティやディアスポラ・ネットワークの研究に対していかなる展望を見出せるだろうか」と問うている。だが、わずか4ページで、つぎのように1990年の論文を参照して、課題をあげて本書を閉じているのは、序章や第二章などに充分対応し切れていないようでいささか寂しい。「Hall(1990)によれば、ディアスポラ・コミュニティのなかにおいて歴史的記憶の共有や集団の文化的アイデンティティの形成は進んでいくのであり、それゆえ、在日南米出身日系人の離散と回帰という集団の経験やアイデンティティを考察していくためには日系ディアスポラとラテンアメリカン・ディアスポラの重なり合いを考慮していかなければならないだろう。ここにおいて、これまでの移民史研究や現代の移民政策研究までの幅広い視点から捉えていくことが求められている。実利的、非実利的の両面において移動を経験する人々の志向は変化しているのであり、多角的に分析していかなければその実態を捉えることはできない」。
「また、ディアスポラ・ネットワークについて日系ディアスポラとラテンアメリカン・ディアスポラの重なり合いがいかにその構築に影響を与えているのか、それぞれのディアスポラが有する特有のネットワークが互いにいかなる関係性にあるのかを考えていく必要がある。それらのネットワーク構築過程の相互作用、ネットワーク間の関係性を追求し、ディアスポラ・ネットワークの仕組みとその機能を考えていくことは今後の課題の一つであろう」。
執筆者12人のうち半数近くが「若手」で、今後の研究に期待をいだかせる。これまで実務に携わり、これからも日系人と「公的に」かかわっていくであろうJICAのプロジェクトだけに、「世界のなかの日系社会の輪郭を明らかにする!」から先の展望がみえてこなければならないだろう。そのために補章「アクターとしてのJICA-移住者送り出し事業から日系社会連携事業へ」があったはずだ。とくに「帰還」「還流」した人びとの分析から、「使い捨ての労働」や自己満足的な日本文化、日本語を中心とした2国間交流がみえてくるが、その先がみえてこない。金を稼ぐ場としての日本はあるが、ジャパニーズ・ドリームが感じられない。蓄積ある、発展性のある、ジャパニーズ・ドリームへの期待をいだかせる交流をめざすにはどうしたらいいのだろうか。トランスナショナルなネットワークがみえ、日系人の中心が日系ルーツを相対化できる三世、四世に移っているだけに、高度な技術や知識が必要なIT産業や国際NGOなどで活躍するグローバル人材を養成することで、日本発のグローバル社会を日系人とともにつくっていく展望が開ける。そこに日本にルーツをもつことに誇りをもつ日系人が活躍できる場ができ、自ずから出自の日本文化への関心も芽生え、深まるだろう。その受け皿となる交流が引き続き必要で、それはすでにあるようだ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。