早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2025年11月

長村裕佳子/グスターボ・メイレレス/蘭信三編著『移動の歴史と日系ルーツ-トランスナショナルな経験からみる紐帯と文化』不二出版、2025年8月25日、484頁、8000円+税、ISBN978-4-8350-8845-7

 本書は、JICA(国際協力機構)緒方貞子平和開発研究所の研究プロジェクト「日本と中南米間の日系人の移動とネットワークに関する研究」(2021年9月~26年3月)の最終成果の一部である。本書の目的は、「はじめに」で、つぎのようにまとめられている。本書は、「歴史的に繰り返される日系人の移動経験に積極的な意味を見出し、移動する日系人とその周りの社会をつなぐネットワークの構築・機能、そのネットワークがもたらす文化実践やアイデンティティの形成をみようとする。一九世紀末から二一世紀の現代までの長期的な期間を対象にかつ南北アメリカの広域にわたる動きを視野に人の移動に基づく経験や知の循環を捉える。そのために各時代・地域の個々の事例を大きな日系人の移動史のなかに位置づけて描くことを一つの目的とする。特に、各時代・地域における移住背景、コミュニティ活動などを改めて丹念に事例研究し、そこから新たにみえてくる経験の多様性を浮かび上がらせる。事例研究に立ち返って日系人の移動史をミクロかつマクロに捉え直し、移動の背景が個人・集団の志向や経験にいかなる影響をもたらしてきたのかを歴史的視点から問い直すことで移民史研究、日系人研究、そして在日外国人研究の分野へ寄与できるだろう」。

 本書は、はじめに、序章、4部全12章、おわりに、のほか、補章、3つのコラムからなる。序章「移動する日系人のネットワーク、アイデンティティを探求して」の最後に「本書の構成」がある。なお、本書では改めて「日系人」の定義はされていないが、「はじめに」で「戦前・戦後に海外へ渡った日本人移住者やその子孫である」とし、「二〇二五年現在の在日日系人は約二〇万人にのぼる。その大半が永住権取得者であり、家族などを形成し、日本で暮らしていく志向を持ってきた者も多い一方、一九八〇年代以降、滞日経験を経て南米へと帰国していった多くの者がいる」と概要を説明している。

 第Ⅰ部「戦後海外移住という経験」では、「主に第二次世界大戦後の海外移住事業、移住者の経験に焦点を当て、送り出し地域の留守家族らの活動、大日本帝国崩壊による外地引揚げから中南米再移住、女性移民の送出、送り出し機関の業務の変遷を分析することから戦後移住の実態を捉え直す」。

 第一章「戦後日伯交流と海外移住家族会連合会」は、「日本海外移住家族会連合会の事例から移住事業と日伯交流における政策としての側面と、地縁・血縁による民間の支援としての側面を対置しながら示し、戦後移住の複雑な仕組みの一端を解き明かしている」。

 第二章「外地引揚げから戦後ブラジル移民へ-<回帰から再離散へ>を問う」では、「これまでの移民研究、植民研究で研究対象とされず明らかにされてこなかった戦後の外地引揚げから中南米再移住への流れに着目し、引揚げ経験を持つブラジル移住者のストーリーについての類型化を試みた」。

 第三章「ブラジルで「花嫁移民」として生きる経験」は、「戦後の花嫁移住を移住システムとして捉え直し、その構造を詳細に説明した。結婚斡旋システムが機能し、当時の女性たちがそのシステムを利用して主体的に花嫁移住を選び取っていく過程が彼女たちの語りをもとにまとめられた」。

 第Ⅱ部「日系人の「帰還」経験と南米日系社会」では、「一九九〇年の入管法改正を契機とした南米出身の日系人とその家族の来日就労、生活に基づく経験に焦点を当て、日系人にとってルーツのある日本へ「帰還」することの意味や、かれらの集団的な帰還とその後の南米への帰国の流れが南米の日系コミュニティへもたらしたものを問い直す」。

 第四章「「日本とブラジルを生きる」というリアリティー-日系三世女性はなぜ「往還」するのか」では、「ブラジル・サンパウロ州マリリア市の日系社会をホームランドとする日系家族で世代を経て繰り返される訪日就労について多角的な視点からみつめ、日系女性の人生観、「ニッケイ」としての価値観と往還経験との関係を分析した」。

 第五章「「帰還」経験とコミュニティ-ブラジル南部の日系人を事例として」は、「ブラジル・パラナ州の日系人を事例として帰還を経験する人々の日系コミュニティとの関わり方や日本から帰国する日系家族の再適応支援に向けた日系コミュニティの結束の動きを考察した」。

 第六章「文化装置としての「往来する日本語教師」-ペルーの日本語教育機関を事例に」は、「ペルーの日本語教育界の変遷のなかで滞日経験を経て帰国する人々がどのように日本語教師として新たに参入し、いかなる変化をもたらしてきたのかを論じた」。

 第Ⅲ部「日系人のグローバルなモビリティと記憶の継承」では、「集団的な日本と南米間の労働移動の流れに収まらない、よりグローバルな日系人の移動へと着目し、かれらが移動の経験を通じて行なってきた継承や実践をみていく」。

 第七章「越境的モビリティと移民史の継承-ペルー出身沖縄系三世の生活史から」は、「グローバル人材であるペルー出身沖縄系三世の生活史を例に多様な海外留学・就労と訪日を経験しながら自らのルーツと移民史を振り返る個人のエージェンシーを語りから浮かび上がらせた」。

 第八章「「沖縄戦の記憶」のトランスナショナルな継承実践-ハワイの沖縄系のコミュニティを事例に」では、「ハワイの沖縄系コミュニティでの沖縄戦の記憶の継承活動について、いかなる人々が関わり、いかにトランスナショナルな実践として展開されてきたのかが描かれている」。

 第九章「日系人移住地における越境経験-ブラジル・トメアスー移住地を事例として」は、「ブラジル北部アマゾン川流域の日本人移住地を事例に日系人の訪日就労と日本留学・研修の両面の行き来を捉え、人と技術の移動がいかに同地の日系農業、日系社会を再活性化させてきたのかを説明した」。

 第Ⅳ部「トランスナショナル・ネットワークの形成」では、「戦後の日本社会と海外日系人の活動の変遷の中でみられてきたネットワーク形成の動き、そこへ参加していく様々な個人を捉える」。

 第十章「母県と移住先間のネットワーク形成-石川県海外移住家族会を事例として」は、「石川県を事例に戦前戦後の出移民の流れと石川県海外移住窓口機構・関係団体の各組織の役割を整理しながら、母県の人々とブラジル移住者とのネットワークの形成、交流を考察した」。

 第十一章「在伯沖縄系人組織の現状から「世界ウチナーンチュ大会」を考える」では、「ブラジルにおける沖縄系人の活動と沖縄系コミュニティの多様性、世界のウチナーンチュ大会に参加するブラジル出身者の思いについて議論された」。

 第十二章「移民の中の〝沖縄〟を問う-沖縄移民研究と世界のウチナーンチュ大会調査」は、「第七回世界のウチナーンチュ大会で本プロジェクトが行なった大会参加者へのアンケート調査結果を過去の大会での調査結果と比較しながら分析したほか、ネットワーク研究における同大会でのアンケート調査の意義について論じた」。

 そして、「おわりに-ディアスポラの重層性とネットワーク、アイデンティティ」では、「最後にディアスポラの視点から本研究の意義や今後の課題を考え」、「本書で取り上げた事例や議論を振り返り、変化し続けるディアスポラ・コミュニティやディアスポラ・ネットワークの研究に対していかなる展望を見出せるだろうか」と問うている。だが、わずか4ページで、つぎのように1990年の論文を参照して、課題をあげて本書を閉じているのは、序章や第二章などに充分対応し切れていないようでいささか寂しい。「Hall(1990)によれば、ディアスポラ・コミュニティのなかにおいて歴史的記憶の共有や集団の文化的アイデンティティの形成は進んでいくのであり、それゆえ、在日南米出身日系人の離散と回帰という集団の経験やアイデンティティを考察していくためには日系ディアスポラとラテンアメリカン・ディアスポラの重なり合いを考慮していかなければならないだろう。ここにおいて、これまでの移民史研究や現代の移民政策研究までの幅広い視点から捉えていくことが求められている。実利的、非実利的の両面において移動を経験する人々の志向は変化しているのであり、多角的に分析していかなければその実態を捉えることはできない」。

 「また、ディアスポラ・ネットワークについて日系ディアスポラとラテンアメリカン・ディアスポラの重なり合いがいかにその構築に影響を与えているのか、それぞれのディアスポラが有する特有のネットワークが互いにいかなる関係性にあるのかを考えていく必要がある。それらのネットワーク構築過程の相互作用、ネットワーク間の関係性を追求し、ディアスポラ・ネットワークの仕組みとその機能を考えていくことは今後の課題の一つであろう」。

 執筆者12人のうち半数近くが「若手」で、今後の研究に期待をいだかせる。これまで実務に携わり、これからも日系人と「公的に」かかわっていくであろうJICAのプロジェクトだけに、「世界のなかの日系社会の輪郭を明らかにする!」から先の展望がみえてこなければならないだろう。そのために補章「アクターとしてのJICA-移住者送り出し事業から日系社会連携事業へ」があったはずだ。とくに「帰還」「還流」した人びとの分析から、「使い捨ての労働」や自己満足的な日本文化、日本語を中心とした2国間交流がみえてくるが、その先がみえてこない。金を稼ぐ場としての日本はあるが、ジャパニーズ・ドリームが感じられない。蓄積ある、発展性のある、ジャパニーズ・ドリームへの期待をいだかせる交流をめざすにはどうしたらいいのだろうか。トランスナショナルなネットワークがみえ、日系人の中心が日系ルーツを相対化できる三世、四世に移っているだけに、高度な技術や知識が必要なIT産業や国際NGOなどで活躍するグローバル人材を養成することで、日本発のグローバル社会を日系人とともにつくっていく展望が開ける。そこに日本にルーツをもつことに誇りをもつ日系人が活躍できる場ができ、自ずから出自の日本文化への関心も芽生え、深まるだろう。その受け皿となる交流が引き続き必要で、それはすでにあるようだ。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

永井均『被爆者が眠る島-知られざる原爆体験』岩波ブックレット、2025年11月5日、76頁、680円+税、ISBN978-4-00-271115-7

 戦争について、まだまだ知らないこと、わからないことが多々ある。その背景のひとつに、言えないことがある。その言えないことにも、時間がたてば言えることもあれば、死んでも言えないことがある。

 本書の概要は、つぎのように裏表紙にある。「広島港の南3キロに位置する似島。かつてそこに、原爆により壊滅した市の中心部から被災者が続々と運び込まれ、野戦病院となった。大火傷により無残な姿となった被災者たちは、治療の施しようもなく命を落とし、死者として弔われないまま島に埋められた。被災者や救護者たちの手記や貴重な資料をもとに、歴史から取りこぼされてしまった、似島の原爆体験を蘇らせる」。

 本書は、はじめに、時系列に全4章、おわりに、などからなり、「おわりに」で要約し、まとめている。

 第一章「広島への原爆投下」では、まず「1 マンハッタン計画」で「日本に対して「警告なしに」原爆を使用する」ことを決定した1945年5月31日-6月1日の会議までの経緯、つぎに「2 二種類の原爆と投下目標」でウランとプルトニウムの2種類の原爆が、それぞれ広島と長崎に投下されることになった経緯を語っている。

 第二章「臨時野戦病院と化した島」では、まず「広島にいた日本の軍人・軍属、一般住民や(アメリカ人を含む)外国人たちは、逃げる猶予を与えられず、その多くの命が瞬時かつ無差別に奪われた」だけでなく、「生き残った人々も火傷を負い、放射線を浴びるなどの残酷な形で傷つけられた」ことが説明され、つぎに「広島市の中心部から離れた似島は、急遽、臨時野戦病院となり、膨大な数の負傷者が搬送され、現場は文字通り修羅場となった」様子が具体的に描かれている。「一万人ともいわれる負傷者が小さな島に担ぎ込まれ、わずか二〇日間のうちに数千人の死者が出る。未曾有の事態に救護は難航し、激増する死者の葬送もあたわず、膨大な数の遺体はやむなくまとめて火葬するか、集団土葬するほかなかった。現場では、人間の尊厳さえ見過ごされがちになった」。

 第三章「「千人塚」と「供養塔」」では、「終戦直後、野戦病院の閉鎖後に検疫所の関係者が千人塚を建て」、「被爆から二年余り後の一九四七年に、広島市が遺族の要望を受けて似島供養塔を建立した」経緯が語られている。前者は、「おびただしい数の死者を目の当たりにした救護者たちの痛みと無念、そして哀悼の意の表白だったと思われ」、後者は「多くの被爆者が島内で息を引き取り、遺骨が眠る場所として市が認知したからであった」。しかし、「これら千人塚や似島供養塔は、限られた範囲の遺骨を集めて埋葬した、いわば暫定的な墓地だった」が、「終戦の前後に検疫所の関係者や遺体処理の担当兵士が似島を引き揚げていくと、島内で遺体の埋葬場所に関する正確な情報を伝え得る人はいなくなった」。

 第四章「遺骨発掘と想起される記憶」では、「似島の「原爆の記憶」の痕跡が薄まり、記憶の風化が進む中、被爆から四半世紀が過ぎた一九七一年に六〇〇体以上もの遺骨が発見され」、その後「一九九〇年と二〇〇四年にも遺骨が発掘され、現在もなお、被爆者とみられる遺骨が発見され続けている」ことが紹介されている。

 そして、 なぜ「人知れず島内に取り残された遺骨」が、つぎつぎ発見されるのか、その一因を、著者はつぎのように説明している。「似島での原爆体験-。あの時、島で救護活動に従事した人や生き残った被爆者が、当時を思い出し、語るのはとても難しいことだった。それは、原爆による被害が凄惨に過ぎ、かつ自身があの時、あの場所で過ごしたことで生じた悔悟や罪の意識が、痛みとなって心に沈潜したからである。こうした経緯があって、救護者など関係者は心に重荷を背負い、他人はもとより、家族にさえ当時の話をすることをひどくためらった。彼らは似島の記憶を「じっと胸の中に押し込んで、耐えて、話すことができなかった」のである。実のところ、関係者が当時のことを文章に残し、語り始めるようになるのは、戦後(被爆後)三〇年以上も経った一九八〇年代頃のことであった。あの体験を言葉にし得るまでには、それだけ長い時間を要したのである」。

 そして、つぎのパラグラフで本書を閉じている。「戦争になると、どのような状況になるのか、そもそも、なぜ、どのように戦争は始まるのか、そして、核攻撃は人間に何をもたらすのか-。これまで見てきたように、核攻撃の結末の一端を伝える「似島の記憶」は、戦後、長く逡巡しながらも、自身の体験を後世に伝えようと、静かに努力を重ねてきた人々が残した証言によって紡がれてきた。当時の惨状の記憶が薄れ、対照的に今日なお世界に一万発を超える数の核兵器が-あたかも当然の如く-存在する現実を前に、先人たちの言葉にどう向き合い、教訓を得るのか。その判断は、今を生きる私たちに委ねられているのである」。

 どんなかたちであれ、表現できるようになったのは、ほんの一部でしかない。現実は、はるかにそれ以上のものだったことに、思いを馳せることができるかどうかが、風化の速度を遅くする決め手になる。知らないこと、わからないことに気づくことからはじめなければならなく、本書の似島(にのしま)の例はその第一歩となる、文字通りブックレットである。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

伊藤雅俊『日系インドネシア人のエスノグラフィ-紡がれる日系人意識』春風社、2022年1月20日、311+iii頁、4200円+税、ISBN978-4-86110-769-6

 「本書は残留日本兵をルーツとする日系インドネシア人に関する最初の包括的研究」である。「本書で言う日系インドネシア人とは、太平洋戦争時にインドネシア各地に派兵され、終戦後に何らかの理由や自らの意思によって帰国せず、インドネシア独立に関与し、さらに同国独立後に帰国を選択しなかった残留日本兵(日系一世)及びその子孫(日系二世以降)のことである」。

 「日系インドネシア人一世はインドネシア人女性と結婚し、現地文化・社会に生きたため、二世以降の日系インドネシア人は日本文化または日系文化と呼べるような文化・慣習をほとんど維持していない」。「この残留日本兵を先祖とする日系二世から四世までの総数は」「二万七〇〇〇人にも達しない」。

 本書の目的は、「残留日本兵をルーツとする日系インドネシア人とはどのような人々であるのかを解明するものである。日系人として抱く共通の歴史的記憶と歴史認識、日系一世の時代から今日に至る日系人同士の交友関係、家庭内における日本文化の影響、日系人組織である福祉友の会メダン支部とのかかわり方、日本での就労と日本滞在の影響など、日系インドネシア人の日系人意識の形成過程とそのあり方について多角的に考察し、これまで明らかにされてこなかった彼らの姿を描き出すこと」である。

 加えて、つぎのような「日系人研究への貢献-新たな日系人像の構築を目指して」いる。「本書は北スマトラ州における長期フィールドワークに基づいた日系インドネシア人の民族誌的記述を通して、すでに定義づけがなされている南北アメリカ諸国の日系人とは異なる、新たな日系人像を提供できるだろう。同時に、東南アジアにおける日系人研究の進展にも寄与できると考える」。

 「本書の構成」は、「まえがき」の最後で、つぎのようにまとめられている。本書は、まえがき、序章、3部全11章、終章などからなる。

 第1部「日系インドネシア人一世とオラン・ジュパン」では、「まずスマトラ島における日系一世の概数、結婚、宗教、職業などについて詳述し、日系人の集住地域や多民族性といった諸特徴を把握する(第1章[スマトラ北部における日系インドネシア人一世])。次に、日系人の扶助組織である福祉友の会メダン支部が設立される一九七九年以前に、日系一世がスマトラ島各地で結成した小規模な日本人会や、日系一世個々人間で培ってきた強固なつながりを母体として、その延長線上に日系二世の交友関係が成り立っていたことを明らかにする(第2章[日系インドネシア人一世同士の交流])。続いて、北スマトラ州に生きた日系インドネシア人一世がどのようにしてオラン・ジュパン(日系一世らは周りのインドネシア人からインドネシア語で日本人を意味するオラン・ジュパンと呼ばれていた)と見なされるようになったのか、その経緯を他の民族集団からのジュパンという範疇化に焦点をあてて考察する(第3章[オラン・ジュパンとなった日系インドネシア人一世])」。

 「第2部より記述の対象が日系インドネシア人二世・三世となる」。第2部「日系インドネシア人二・三世の日系人意識」は、「第4章から第8章までで構成される」。第4章「スマトラ北部における日系インドネシア人二・三世の現状」では、「北スマトラ州で実施したフィールドワークより得られた、日系インドネシア人二・三世計一二〇人の基本情報(職業、出生地、居住地など)に、聞き取り調査や文献資料の情報を加えて、日系人及び日系コミュニティを量的な側面から把握し、諸特色を示す」。第5章「福祉友の会メダン支部の活動と役割」では、「フィールドワークで収集した情報と福祉友の会発行の『月報』及び『会報』を基に、当該地域に居住する日系インドネシア人を統括する福祉友の会メダン支部の役割を探る」。

 「福祉友の会メダン支部が設立されたのは一九七九年、日系人の渡日就労が開始されたのは一九九〇年のことであった」。第6章「日系インドネシア人二・三世同士の出会いとその後の交流」では、「この二つの出来事がスマトラ北部における日系インドネシア人同士に出会いの場所を提供し、彼らの交友関係を形成・拡大させてきたことを明らかにする」。第7章「日系インドネシア人二・三世の日本に対する想い」では、「日系インドネシア人のインドネシアにおける日本軍政期の歴史的評価と日系二世の日本との交流のあり方を紹介し、日系人意識や日系人らしさを探る」。第8章「日本文化と日系人意識の保持」では、「オラン・ジュパン、日系インドネシア人一世と生活をしていた日系二・三世は家庭内でどのような日本文化に触れていたのか具述する。また、オラン・ジュパンはどのような日本的影響を日系二・三世に及ぼしたのかを示す」。

 「第3部よりフィールドがインドネシアから日本へ移る」。第3部「日系インドネシア人の渡日就労と日本での生活世界」では、「まず、一九九〇年一二月に開始されたスマトラ北部出身の日系インドネシア人による渡日現象の全体像を示す(第9章[日系インドネシア人の渡日就労])。次に、一九九〇年代中葉に出現した日系インドネシア人のスマトラ北部と日本の各就労地域とを結ぶ親族や友人を基盤とした人的ネットワークについて論じ、それが彼らの日本への移動や日本での職探しなどをスムーズにさせてきたことを明示する(第10章[渡日就労者の世代交代と人的ネットワーク])。最後に、愛知県小牧市とその周辺で就労している日系インドネシア人の基本情報及び彼らの社会的紐帯のあり方を報告する。また、同地域において二〇〇五年九月に日系インドネシア人及びインドネシア人技能実習生によって結成された自助組織の活動や性格を示す(第11章[日系インドネシア人の日本での生活世界])。

 終章では、まず「第1節 日系人意識の根底にあるもの」で「1-1 残留日本兵の子孫であること」から議論をはじめ、つぎに「第2節 日系人意識の形成・維持・強化」で「2-1 日系インドネシア人同士の交流と結び付き」から議論をはじめている。そして、一世については、第1-3章で論じたことをまとめ、「一世は異国の地で団結し、多民族社会で生きる中で、日本人であることを日本にいるとき以上に意識するようになったのではないだろうか」と結論している。そして、「一方、日系インドネシア人二・三世は、父親または祖父がインドネシアに残留し同国独立に貢献したという歴史的記憶とそこから生ずる誇りを共有し、福祉友の会メダン支部に依拠したコミュニティを形成している人々であると言える。また、同郷意識、家庭内で日系一世から受けた影響などが絡み合って、日系インドネシア人であると自らを同定する日系二世・三世の存在を成り立たせているのである」と述べて、本書を閉じている。

 序章で述べている「目的」は、「包括的研究」によりほぼ達成されただろう。だが、「日系人研究への貢献-新たな日系人像の構築を目指して」は、まだ第一歩も踏み出していない。とくに、ベトナムやフィリピンの「日系人」については、日本のどこかでいっしょに就労しているかもしれないが、その背景が大きく異なり、どう比較していいのかもわからないだろう。個人の研究ではとても無理な話で、「日系人」当事者、当事国の研究者、そして日本人が、それぞれの立場から相対的に議論し、比較検討していく共同研究が必要だ。本書がそのための基礎研究になることはいうまでもなく、その意味で本書は多大な貢献をしたことになる。本書を参考に、ベトナムやフィリピンの「日系人」の「包括的研究」がおこなわれれば、そこではじめて「新たな日系人像の構築を目指す」研究の第一歩を踏み出すことができる。でも、それはほんとうに難しい。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

戸高一成『日本海軍失敗の本質』PHP新書、2025年7月29日、198頁、1000円+税、ISBN978-4-569-85957-6

 著者は、一般には大和ミュージアムとして知られる呉市海事歴史科学館の館長である。本書は、長年『歴史街道』(PHP研究所)に掲載されてきたものから厳選し構成したもので、はじめに、序章、時系列に全11章、終章、補論からなる。

 「はじめに」で、つぎのように本書の構成を説明している。序章「昭和海軍と太平洋戦争-日本には何が足りなかったか」では、「明治海軍からの日本海軍の「歴史」を補助線として、敗戦の本質について総論的に言及した。軍人論の章も途中で織り込みながら、昭和十六年(一九四一)の開戦から終戦に至るまでの主要な海軍の戦いを時代順に取り上げた。真珠湾奇襲(1章[真珠湾奇襲(昭和十六年十二月)の舞台裏 昭和海軍の誤算-なぜ開戦を止められなかったか])による日米開戦、それから半年もたたない昭和十七年(一九四二)四月のセイロン沖海戦の完勝(2章[セイロン沖海戦(昭和十七年四月) 敗北の序章-英国艦隊に完勝の陰で看過された「失敗」])に透けてみえる隠れた失敗をその後の戦局を左右するものとしてまず指摘する」。

 「続く翌五月の珊瑚海海戦(3章[珊瑚海海戦(昭和十七年五月) 見落とされた海戦-この「失敗」を戦訓にできなかった昭和海軍])は、海戦の中でもよく見落とされがちな歴史だが、ここでの教訓をすぐさま生かしていれば、六月のミッドウェー海戦(4章[ミッドウェー海戦(昭和十七年六月) 隠され続けた事実-日本海軍大敗の要因は何か])は違った結果になったかもしれないと私は考えている。5章[蒼海に眠った異質の司令官 山口多聞と日本海軍-なぜその進言は「ノイズ」となったか]・6章[連合艦隊司令長官の光と影 山本五十六と昭和海軍-活かされなかった軍政家としての能力]は、名高き指揮官で、多くの研究者がその対象としてきた「山口多聞」と「山本五十六」の軍人としての能力について私なりの分析を行なった。次第に敗戦色が濃厚になる中、一矢を報いた伝説的な海戦・ルンガ沖夜戦(7章[ルンガ沖夜戦(昭和十七年十一月) 日本海軍の体質-完勝の裏側に見てとれる負の側面])では、司令官「田中頼三」に焦点をあてつつ、昭和海軍の体質を取り上げた」。

 「そして終戦の前年、昭和十九年(一九四四)である。マリアナ沖海戦(8章[マリアナ沖海戦(昭和十九年六月) 打ち消された「絶対国防圏の死守」-問われるべき三つの敗因])、その指揮官であった「小沢治三郎」(9章[敗北の司令官の実像 小沢治三郎と昭和海軍-マリアナ沖海戦の指揮をどう評価すべきか])、史上最大の海戦とされるレイテ沖海戦(10章[レイテ沖海戦(昭和十九年十月) 史上最大にして最後の海戦-「負け方」を知らなかった日本の敗北])のそれぞれの実相を踏まえ、そこにある日本海軍の組織としての本質的問題への洞察を試みた」。

 「11章[沖縄特攻(昭和二十年四月) 昭和海軍「最後の汚点」-戦艦大和はどう使われるべきだったか]では、終戦の年、昭和二十年にあった海軍の「最後の汚点」ともいうべき歴史について言及した。終章[昭和海軍「失敗の教訓」-なぜ太平洋戦争で敗れたのか]では、各章の戦いにみられる昭和海軍の本質的部分に着眼し、敗戦した太平洋戦争における昭和海軍の敗因について総括的に論じた」。
 「なお、補論[歴史の悲劇-「史上最大の戦艦」と「万能の戦闘機」が語るもの]では、「海」の戦艦大和と対になる存在としての「空」の象徴的存在であった零戦との関係性を論じることを試みた。埋もれていた写真も紹介している」。

 終章では、4つの見出しの下で、それぞれ敗因を探っている。まず、「海軍が想定していた対米戦の実相」では、「準備不足、研究不足という面もあるけれど」、「「専守防衛」の海軍に、太平洋全域をカバーするような大戦争を要求したほうが間違いだったのではないだろうか」と結んでいる。つぎの「真珠湾攻撃における「失敗」」は、「「偵察をおろそかにして、反撃攻撃を躊躇した」ことであると結論した。3つ目の「ミッドウェー、レイテの海戦に共通する敗因」は、「「特攻」は論外の作戦であり、このような作戦を採らなければならない状況に立ち至った段階で、海軍は敗北を認めなければいけなかった」と述べている。最後の「高度な能力を有する組織に足りなかったもの」は、「それを抑止力として巧みに運用する能力が、日本には十分ではなかった」とし、「十分に運用するには、運用する側にさらに高度な能力が必要なのである」と結論付けた。

 そして、「不都合な事柄を隠蔽する動き」が、劣勢となった日本の決定的な敗因となった。「戦史に隠された「不都合な真実」」の教訓は生かされたのだろうか。大和やゼロ戦の世界最高レベルの日本の技術力が、戦後の復興の力になったことより重要なことだろう。いまも同じ「失敗」を繰り返しているように思える。

 「勝って兜の緒を締めよ」という北条氏綱(1487-1541)の格言がある。本書には、勝ったにもかかわらず、その後の敗因になったことが何度も挙げられている。日本の外務省は、東南アジア各国が圧倒的に親日であると、90%以上の親日度の数字を挙げて強調している。だが、たとえばある個人が70%好き30%嫌いの感情をもっていた場合、好きとこたえ、統計上は100%好きになる。30%嫌いは表に現れない。日本への好感度をさらに上げるためには、この30%嫌いを検証することからはじめなければならないが、90%以上の親日度から楽観的に済ませている。本書の教訓はいかされず、「失敗」を繰り返すことになる。「歴史から学ぶ」ということはしばしば唱えられるが、このように現実にはいかされていない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

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