早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2025年12月

吉見義明『日本軍慰安婦』岩波新書、2025年7月18日、275+15頁、1120円+税、ISBN978-4-00-432072-2

 本書を読んで、むなしくなった。

 著者は、30年前の1995年に『従軍慰安婦』を刊行した。「その内容に間違いはないが、その後に明らかになった証言や資料や研究は数多い。そこで本書では、その後の多くの成果に学びながら、この問題について、新しく書き下ろしてみたい」と思った。

 だが、研究は進展したはずなのに、事態は悪化している。1992年に宮沢喜一首相が韓国を訪問したときに、盧泰愚大統領に謝罪し、翌93年に河野洋平官房長官談話で「軍慰安所の設置・管理、軍慰安婦の移送に軍が直接・間接に関与したと認めた」。各国の被害者が名乗り出、世界人権会議で議論され、事態は好転していくようにみえた。

 それが暗転したのは、2006年の安倍晋三内閣の成立だった。07年に「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」という閣議決定をおこない、「事実上の否定と証拠を無視する姿勢を明確にした」。さらに、2012年に第二次安倍内閣が成立し、アメリカの圧力の下でおこなわれた15年の「日韓合意」では「日本政府は軍慰安婦問題の根本的解決から完全に背をむけ、歴史から隠蔽・抹殺しようとしはじめた」。

 そのことを著者は、つぎのように説明している。日韓両国政府は、「軍慰安婦問題が「最終的不可逆的に解決されることを確認」し、「今後、国連等国際社会でこの問題について非難・批判することは控える」としたことである。これは、河野談話が約束した教育等の再発防止措置の実行を事実上否定しただけでなく、あらゆる再発防止措置を否定した上で、軍慰安婦問題の本質を隠蔽することになった」。「たとえば、この合意では、日本政府は「平和の少女像」の撤去を要求し、韓国政府は撤去の努力義務を負うこととなった。少女像とは、軍慰安婦とされた朝鮮人少女の像で、再発防止のために、それも日本国内ではなく国外に立てられたのだが、それさえも撤去せよというのである」。

 さらに、2016年に安倍首相は根拠を示すことなく「性奴隷という事実はない」と述べ、安倍内閣を引き継いだ菅義偉内閣は2021年に「軍慰安婦問題の教科書記述では「従軍慰安婦」という用語の使用は適切ではないとして、「慰安婦」という用語を訂正させた。日本政府は、ついに軍との関係まで否定するようになったのである」。

 そして、「おわりに」の最後の見出し「継続する課題」で、冒頭つぎのようにまとめている。「日本軍慰安婦問題の被害者は高齢となり、その多くは鬼籍に入られた。被害国で、被害回復を求める政府はなくなった。しかし、被害そのものがなくなったわけではない。日本政府はこの問題で世界基準にそうような誠実な対応をしなかったという重い事実は継続している」。「なかでも、この問題のより一層の事実の解明と責任の所在の明確化と再発防止をどう実現するかという課題は継続している。それは、日本の戦争責任をどう克服するか、武力紛争時での女性に対する性暴力をどう防ぐのか、日本の植民地支配責任をどう考え、克服するのか、女性に対する性暴力をなくすために今あるジェンダー差別をどう認識を[し]、どのように克服していくのか、という課題につながっている」。

 この「おわりに」は、つぎのパラグラフで終わっている。「このような、資料の収集・公開、人的交流、記憶の継承、博物館での展示などの継続を通じて、軍慰安婦問題を長く記憶にとどめ、再発防止につとめることが求められているのではないだろうか」。それがおこなわれているのに、政治レベルで「悪化」していることに、わたしはむなしくなったのである。政治の「右傾化」では済まされない問題になっている。「このような歴史的事実の歪曲は、安倍元首相や政府関係者の意図に反し、日本に対する世界の信頼を失わせ、問題解決を長引かせ、負債を次の世代にまで背負わせることになるであろう」。「右」の人がよくいう「国益」を損ねているのである。

 なお、著者が旧著の『従軍慰安婦』から『日本軍慰安婦』にタイトルを変えたことについて、つぎのように説明している。「本書では、その本質をもっともよく示す用語として、「日本軍慰安婦」あるいは「軍慰安婦」を用いたい。もっとも気になるのは「慰安」という言葉だ。その本来の意味と、実際に強制された行為のおぞましさとの落差は許しがたいという声は多い。たとえば、オランダ対日道義請求財団のユングスラガー法律顧問は、オランダ人女性たちがさせられたことは「慰安comfort」という語がもつ、愛・同情・温かさ・憐れみとは全くかけ離れたものだとのべている」。「被害女性が名乗り出てからは、「従軍慰安婦」ではなく、「日本軍慰安婦」という用語がもちいられるようになった。先述したように、日本軍が「慰安所」「慰安婦」という用語を選んだのは、軍という国家機関が性的施設を提供するという、公然とは語れないような問題を隠すためだった。このような歴史的経緯と問題を示すために、この用語はカギカッコ付きで用いるべきだろう」。

 政府間の問題はなくなっても、人びとのあいだで歴史的記憶が長く語り継がれていることは、多くの歴史物語が証明している。国益ではすまされない、その時代を生きた人にとっての大きな過ちである。民衆の歴史をあまくみてはいけない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、672頁(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

児矢野マリ編『漁業資源管理の法と政策-持続可能な漁業に向けた国際法秩序と日本-』信山社、2019年8月30日、187頁、4800円+税、ISBN978-4-7972-5472-3

 編者は、「はしがき」で、日本の漁業をめぐる国内外の厳しい状況を、つぎのように説明している。「現在、天然漁業および養殖ともに、国内の総生産量と主要魚種の生産量は減少傾向にある。国内の漁業就業者の減少に加えて、その高齢化も一般に深刻であり、漁業を主産業とする地域社会の衰退も著しい。また、隣接国と島の領有問題を抱えるなかで、二国間(日中・日韓・日露)漁業協定や二者間(日台)の漁業合意は暗礁に乗り上げているものもあり、周辺海域の漁業資源管理に役立っていないという指摘もある。さらに、太平洋クロマグロやウナギの資源管理、調査捕鯨の問題など、日本の漁業法・政策に対する国際的な批判や、それを受けた国際的措置も目立っている」。

 「これは、なぜだろうか-この問いに関して」答えるのが、本書の目的である。「本書は、海洋生物資源の利用と保存をめぐる国際法秩序の変動と、それを受けた漁業をめぐる国際環境の変化に着目する。そして、日本の関連国内法・政策によるそれへの対応のありさま-「生態系に配慮した持続可能な漁業」を理念として発展してきた国際規範を、日本の国内法・政策がいかに受けとめているのか、そこに課題はないのか-を、法学および政治学の視点から複合的に探究し、行政実務のコメントも得て多角的に検討することにより、この問いに応答することをめざしている。その根底には、グローバル化時代における各国の漁業資源管理の法と政策は、生態系に配慮した持続可能な漁業という国際社会の公的利益の実現プロセスに位置づけられる、という基本的な発想がある」。

 本書は、はしがき、序章、2部全8章からなる。第Ⅰ部は3つの論考、第Ⅱ部は5つのコメントからなる。編者による序章「グローバル化時代における漁業資源管理の法と政策-日本による国際規範の受けとめとその課題-」では、「本書の導入(問題提起、ねらい、アプローチ・分析視角・基本的概念、本書の構成)に加えて、本書の全体的な知見の総括と今後の研究課題が、本論に先駆けて整理されている」。

 第Ⅰ部は、予防的アプローチ(第1章「予防的アプローチに照らした国際法上の海洋生物資源保存義務の発展と日本の国内実施-排他的経済水域における資源管理に焦点をあてて」)と生態的アプローチ(第2章「生態系アプローチに関する国際規範の発展と日本の国内実施」)という「2つの基本的なアプローチに焦点を当てた議論に加えて、漁業資源の管理を支えるIUU(違法・無規制・無報告)漁業の規制のあり方(第3章「IUU漁業対策としての寄港国措置-日本における寄港国措置協定の実施に焦点をあてて」[略])についても探究される」。

 その結果、第1章は、つぎのようにまとめられた。「UNCLOS[国連海洋法条約]上の生物資源保存義務は、時間の経過にともない予防的アプローチに配慮する形で発展してきたと解釈される一方で、日本の国内法では、条文上も、またその運用上も、同アプローチに基づいた意思決定の制度化は不十分であるという。ただし、昨今の水産規制改革においては条約により整合的な動きもみられ、今後のさらなる検討が必要だという」。

 第2章では、「日本における生態系アプローチの実施においては、漁獲対象種の再生産の促進を目的とした漁場環境の保全には積極的だが、国際規範の求める非漁獲対象種の保全や投棄の最小化といった課題に対する政策的位置づけはきわめて限定的であるという。また、海洋保護区のあり方も、国際的に広く受け入れられた規範との齟齬をきたしているという」。
」」
 第3章では、「日本の国内法では外国漁船の寄港許可制に加えて、IUU漁船リスト掲載船舶から非掲載船舶への洋上での漁獲物の転載も規制しており、この点は、寄港国措置協定の目的実現にとって有効であるという。けれども、その規制を実際に執行していくためには、衛星船位測定送信機(VMS)の搭載義務付け、「漁獲証明制度」の構築など、条約義務の履行にとどまらないより積極的な国内法を整備する必要があるという」。

 第Ⅱ部では、「行政法学(第4章「国内法の観点から-資源管理および生態系保全に焦点をあてて」[略]および第5章「国内法の観点から-違法漁業の規制に焦点をあてて」[略]、行政学(第6章「行政学の観点から-漁業資源管理の構造と変化」[略])および国際政治学(第7章「国際政治・外交の観点から-日本の水産資源管理の後進性と産官学の構造を問う」[略]の視点からの論点提起と議論に加えて、行政実務からの検討も行われる(第8章「行政実務の観点から-国際的な水産資源管理と日本の国内実施」)。このようにして、学際的かつ実務も含めた多角的な議論が行われる」。

 第Ⅱ部では、それぞれつぎのようなコメントが提示された。第4章では、「既存法の運用による対応の限界および従来の漁業法の改正の必要性をあらためて確認するとともに、従来のTAC法の統合を含む直近の漁業法の大改正にも触れ、その評価は今後の検討課題とする」。第5章では、「違法漁業に関する刑罰規定の執行は十分機能しておらず、その推定される理由を踏まえれば、国際法の国内実施の実効性確保のためには、条約目的に照らした漁業関連法の目的規定の見直しや、刑法理論との整合性や執行の可能性・容易性に配慮した法整備が必要であるという」。第6章では「直近の漁業法改正に公的管理の強化をみる一方で、国際規範の受容を行政、科学および現場漁業者のレベルでとらえ、とりわけ漁業者を含む諸アクターによるボトムアップの規制空間の拡がりの可能性を指摘し、そこにおける将来の規制の合理的な規制の必要性を指摘する」。第7章では、「国際規範の受容における日本の消極性の原因を、直近の漁業法改革のあり方も含めて、法学および政治学が融合し学際的に掘り下げることの必要性を指摘する」。最後に、第8章では、「IUU漁業対策は、これまでの国内措置の整備に加え寄港国措置の追加で強化されており、近年の「水産政策の改革」では、予防的な措置へより踏み込んだ資源管理が推進されるという」。

 序章の最後の「V 本書における全体的な知見の総括」では、「1 日本による国際規範の受けとめに関する評価」「2 日本による国際規範の受けとめを支える諸要因とその探求-将来の検討課題」を踏まえて、「3 国際規範をいかに「合理的に」受けとめるか-叩き台としての本書の知見」を、まずつぎのようにまとめている。「以上のように、異なる学問領域の協働により、また行政実務からのコメントも得て、本書は、海洋生物資源の利用と保存に関する法を含む新たな国際規範の形成を、また条約の解釈プロセスを通じた既存法における微妙で進化的かつ政策に導かれた変化を、伝統的な国内の法・政策体系および統治構造(法・政策分野の区切りのあり方も含む)において、いかにして、達成すべき目的(生態系に配慮した持続可能な漁業の実現)に照らして合理的に-国際社会および日本の国内社会の双方にとって-受けとめるか、について探求するものである。本書で示された知見は、今後各方面で期待される日本による国際規範の受けとめをめぐる議論において、1つの叩き台となっていくことだろう」。

 ここで強調されたキーワードは「国際規範」である。だが、戦前の日本はとくに東・東南アジア海域で侵略的掠奪漁業をおこない、それを領事館が現地政府と「交渉」し、海軍まで出てきて、日本人漁民を「護った」。IUUはかつての日本漁業であり、それを「習った」者たちのよって日本漁業はいま苦しめられている。過去に日本漁業がおこなったことを棚にあげて、「正論」を吐いても相手にされないだろう。過去の事実を知り、その経験をいかして、これからの日本による国際規範を考えることが、「漁業・魚食大国および海洋立国をめざす」国の第一歩である。どうも日本という国・国民は、歴史的反省という観点が欠如しているようだ。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

後藤乾一『火の海の墓標-草莽のアジア主義者・市来龍夫とインドネシア』めこん、2025年12月1日、331頁、2500円+税、ISBN978-4-8396-0341-0

 本書は、1977年に刊行された『火の海の墓標-ある<アジア主義者>の流転と帰結』が元になっている。だが、半世紀近い歳月が流れたあいだに、「本書の基本的テーマである、日本・インドネシア(東南アジア)関係史をめぐる研究や史資料整備は、格段の進展を見せてきた。本書は、こうした近年の研究・アーカイブの充実した成果に支えられ、旧版に大幅な加筆・修正を施して上梓したものである」。

 本書を読むと、この新版は、著者本人の個人的研究の積み重ねにあるだけでなく、著書の研究母体であった早稲田大学のインドネシア研究の長年の蓄積、同世代の研究者たちとの切磋琢磨を通じて刺激しあってきた成果だと感じる。

 この新版の強みは、旧版のために「市来の郷里、球磨地方をはじめ、北は山形から南は鹿児島までの各地で、貴重なお話を聞かせて下さり、写真や資料を提供して下さった方々、また、得難い調べ物をして下さった方々、こうした各地の故老の熱意が」、この半世紀の研究の発展と史資料の整備とマッチしたことである。半世紀前の声は、もう聞けない。

 旧版執筆のきっかけは、1974年1月の田中角栄首相のインドネシア公式訪問時の「ジャカルタ反日暴動」にあった。死者11人、重軽傷者137人、逮捕者775人を出した「非常事態」直後の1ヶ月ほどを、「本書の資料収集を兼ね、「事件現場」に身を置く中で、筆者は、この事件を契機として、一九世紀末以降、インドネシア(当時は蘭領東インド)に、直接的にあるいは間接的に、また、積極面でも消極面でも、一定の影響を及ぼしつづけ今日に至っている、日本の〝南方関与〟のあり方について、今いちど、整理し直さなければならない、と痛感するようになった」。

 当時、著者は、市来のことを、つぎのように紹介している。「市来は、昭和初年、二十二歳の時、「近代日本」を逃れるようにしてスマトラ島パレンバンに渡った。当初の彼は、「南洋一の写真館を経営する」ことを夢み、〝一等国民〟としての日本人意識に燃えた平凡な一日本人青年にすぎなかった。だが、その市来は、「近代日本の似姿」ともいうべき南洋邦人社会に安住し得ず、植民地の民衆社会の最底辺部であるカンポン(部落)に生活を営み、そこに安らぎと一体感を見いだし、「無告の民」への限りない愛情と素朴な反西欧植民地感情をはぐくんでいった。そうした市来にとって、今次大戦は、まさに「日本を盟主」とする「大東亜戦争」であり、日本軍政はインドネシア独立への介添役であり、その軍政に参加することに無上の喜びを感じとっていた」。

 「しかし、日本の援助によるインドネシア民族の独立を心から願っていた彼にとって、日本軍政の「解放」のタテマエと「資源」に向けてのホンネが急激に乖離してゆくのを間近にみるのは耐え難い苦悶であった。昭和二十年八月十五日、祖国日本の敗戦を知った市来は、その瞬間、「共生同死」を誓い合った武装青年(プムダ)の群れの側に、その精神と肉体を投じていった」。そして、インドネシア独立軍に投じた市来は、1948年8月10日に病死した吉住留五郎の後、特別遊撃隊を率い、49年1月3日サトウキビ畑でオランダ軍との撃ちあいのなか、一弾が前頭部を貫通して戦死した。42歳だった。

 1958年に日本国とインドネシア共和国が国交樹立した暮れに、「東京・港区芝、東京タワーを見上げる愛宕下」の曹洞宗の名刹・萬年山青松寺に、石碑が建てられた。「その石碑には、「市來〔来〕龍夫君と吉住留五郎君へ 独立は一民族のものならず、全人類のものなり」と書かれた、大統領スカルノ自筆の簡潔で力強い言葉が刻み込まれている」。そして、裏面にはジャワに徴用文化人として派遣され、市来とも吉住とも相知った作家の富澤有為男の撰文が、つぎのように刻まれている。「市来龍夫君、熊本県の人、明治三十九年生  吉住留五郎君、山形県の人、明治四十四年生  両君は共に青春、志を抱いてジャワに渡航力学よくイ語の蘊蓄を極め、相次いで現地の新聞記者となる。爾来インドネシア民族の独立達成を熱望して、蘭印政府より投獄追放の厄に会うも不撓不屈、第二次大戦に乗じて、再びインドネシアに渡り、敗戦に際して同志を糾合、イ軍に投ずるや共に軍参謀、指揮官となり、激闘転戦ののち、遂に市来君は一九四九年マラン・ダンペット〔ダンピット〕の戦場に、吉住君はそれに先立つこと一年、ケデリ〔クディリ〕州セゴンの山中にインドネシア永遠の礎石となって散ず」。

 だが、日本では、「天皇への反逆者」「現地逃亡脱走兵」の烙印を押された。転機が訪れたのは、1990年の入管法の改正で日本での長期滞在と就労が可能な「日系人ビザ」が発給されるようになってからだった。労働者不足に悩む日本政府は「残留元日本兵」と呼んで、その2世、3世、配偶者が日本で就労できるようにした。2023年、天皇・皇后両陛下はインドネシア訪問に際し、かれらの子孫と会い、かれらの眠るインドネシア英雄墓地で献花した。

 著者は、「エピローグ」で、つぎのように述懐している。「いくたびとなく市来龍夫の前に立ちはだかった彼の第一の祖国・日本と、そして、カンポン・デモクラットとして再生したアブドゥル・ラフマン[市来龍夫]を、最後の土壇場ではねかえした、彼の第二の祖国インドネシアの、戦後アジア太平洋地域における北と南の二つの〝大国〟は、今日では構造的ともいえる〝友好的〟な国家関係を維持し、現在に至っている」。「翻って、多くの同志とともに、インドネシアの大地に眠るアブドゥル・ラフマン・イチキにとって、この戦後近代の東京・ジャカルタ関係の緊密さとは、一体何を意味するものなのであろうか。かつて、苦闘の青春時代を過ごしたジャワ(インドネシア)民衆の住まう片田舎の頭越しに進展している両国関係を、アブドゥル・ラフマンは、あの黒く澄んだ、大きな瞳で、どのようにみつめているのであろうか」。

 「ジャワ」はスマトラ島を含むこともあれば、首都のバタビア(ジャカルタ)だけ、あるいは、インドネシア全体をさすこともある。球磨からトコ・アソ(阿蘇商店)のあるスマトラ島パレンバンに渡航し、スンダ人の西ジャワのバンドンに移り、60キロ離れたスメダン町を往復するバスの車掌をするうちに、スメダン町のカンポン(庶民集落)の貧しい農家の娘の家に転がり込んだ。現地の女性と暮らすことは、「南洋の日本人社会の不文律に反するだけでなく、一等国民からこぼれ落ちることを意味する」。当時、「日本人が部落(カンポン)へ入るといふことは、もう日本人として取扱はれない、土人になつたということなんです」。だが、1930年代後半という時代が、市来を「アジア主義者」にし、「「国策」と「アジア解放」のはざまで」揺れ動き、日本のインドネシア占領後は宣伝班、郷土防衛義勇軍(ペタ)教育隊指導部に勤務し、敗戦の日を迎えた。「インドネシア各地で一〇〇〇名近い日本軍将兵・軍属、さらには一般邦人が、日本軍を離脱し、さまざまな理由からインドネシアの独立戦争にその身を投じることになる」が、市来が「他の離隊者と決定的に異なるのは」、「少なくとも六月の時点ですでに、敗戦後をみすえ、日本軍政当局がお膳立てした独立路線、それに同調する民族指導者を見限り、インドネシア人民による武力闘争を通じての独立達成を視野に入れていたことであった」。

 1974年の「ジャカルタ反日暴動」以来、著者に突きつけられた「日本の〝南方関与〟のあり方について、今いちど、整理し直さなければならない」という問いかけに、終わりはなさそうである。いまだ、「その素朴な自らの問いかけは、明治以降の「近代日本」にとって、「南洋(東南アジア)」と呼ばれた地域は、一体何であったのか、先人たちは、この南洋をどのように理解し、どのような関わりを持ってきたのであろうか、そして、さまざまな今日的課題を日本に突きつけているこの地域との間に、将来、日本人はどのような関係を築いてゆくことになるのだろうか、といった幾重もの疑問と重なりながら、[著者の]頭の中を去来」している。

 今日、インドネシア人は、アブドゥル・ラフマン・イチキら「残留元日本兵」、とくに英雄墓地に埋葬されなかった者をどうみているのだろうか。インドネシア人研究者が、本書のような歴史研究を踏まえて、著者の日本とインドネシア間の「さまざまな今日的課題」にこたえてくれることを期待している。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

平泉信之監修、小松正之著『海洋生態系再生への提言-持続可能な漁業を確立するために-』雄山閣、2023年1月25日、243頁、2600円+税、ISBN978-4-639-02847-5

 本書は、鹿島平和研究所「北太平洋海洋生態系と海洋秩序・外交安全保障体制に関する研究会」(2019-21年度)の最終提言に至るまでの報告である。著者は、研究会の主査で、つぎのように「紹介」されている。「1953年岩手県生まれ。水産庁参事官、独立行政法人水産総合研究所理事、政策研究大学院大学教授等を経て、一般社団法人生態系総合研究所代表理事、アジア成長研究所客員教授...」。

 本研究が開始された経緯について、著者「まえがき」で、つぎのように説明されている。「日本政府は問題が生じたときにお金を配って解決することを長年政策としています」。「しかし、海の環境と生産力は補助金では回復しません。重要なことは科学的根拠に基づいての、大局観と専門性に満ちた対応です」。「海洋生態系と漁業・水産業との関係の問題摘出と対応方策の検討にもそのような大局的、専門分野の狭い域を超えた対応が求められます。水産庁と農林水産省の枠を超え、環境省、国土交通省そして経済産業省の垣根を越えることです。また、研究分野も狭い範囲を越えること、重層的なインターデシプロナリーな専門知を駆使した研究が必要です」。「陸・川・海洋生態系と生物多様性並びに食糧の問題意識と解決策から提言する場合には地球温暖化と気候変動への対応がおのずと違った幅広いが現実的な解決策が見えてくると考えられます」。

 研究課題は、つぎの5つの項目である。「①幅広い生態系の保全を考慮にいれ、漁業資源の管理の手法を改善するために諸外国の先進的事例の研究(ITQ[譲渡可能個別漁獲割当]改善点を中心に)」「②海洋生態系の変化(温暖化と暖水塊の形成)と漁業資源との関係の調査」「③陸上生態系の変化(過去の土地利用と現在の比較研究)と海洋水産資源の生息城[域]と資源量の調査」「④国際機関の機能と現状並びに国際条約・国際機関の設立の可能性の検討調査(日本海、オホーツク海と東シナ海)」「⑤上記を食料の安全保障と資源の配分と分割(回遊のパターン:漁場と産卵場)の観点と合わせて包括的に検討する。国連海洋法第67条サケ・マスの母川国主義は正しいのかの検討」。

 2019年度は12回(1回休会)の研究会を経て「第1次中間論点・提言」(本書第1章)、20年度は13回の研究会を経て「第2次中間論点・提言」(本書第2章)、21年度は12回の研究会を経て「最終提言」(本書第3章)をまとめている。

 「提言は(A)日本国政府、政治家及び産業界に対する提言、(B)行政機関、農林水産省・水産庁、研究機関に対する提言である。しかし、提言の中には更なる研究と検討が必要なものがあることに鑑み、(C)次期の「食、生態系と土地利用研究会」の検討課題を提言後に付した」。

 最終提言と目標タイムスケジュールは、以下の通りである。
 提言1-1「「海洋水産資源と海洋生態系は国民共有の財産である」と独立の法律に明記し、海洋水産資源/海洋生態系の保護と管理を政策の柱とせよ」2023年度まで。
 提言1-2「データを国民の重要な資産と位置づけ、直ちに集積・解析せよ」2023年度まで。
 提言2「気候変動と生物多様性に関する「農林水産省・水産庁・環境省・国土交通省」の政策決定権の移行を行え」2024年度まで。
 提言3「「単一分野の縦割り」から「包括的な政治、行政と研究体制」の樹立を急げ」2024年度まで。
 提言4「漁業の非持続性を促進する漁業経営補償金を水産資源の分析・評価を含む資源調査、温暖化対策やイノベーション対策に当[充]てよ」2024年度まで。
 提言5「ITQを迅速に導入し収入と所得の向上を図れ。ITQを積極的に活用しCO2の削減にも貢献せよ」2023年度まで。
 提言6「自然活用のNBS:逆土木を促進し、NBSを投資機会とし地方活性化の好機と捉えよ」2025年度まで。
 提言7-1「国際条約で定められる科学的根拠の尊重とその履行を第1の原則として、加盟国の責任と義務を果せよ」2024年度まで。
 提言7-2「SDGs[持続可能な開発目標]とOECM「他の効果的は[な]保存措置)などの積極的履行を急げ」2024年度まで。
 提言8-1「海洋水産資源研究機関の水産業生[行政]からの独立」2024年度まで。
 提言8-2「独立したシンクタンク「海洋生態系研究所(仮称)」の設立」2025年度まで。

 そして、最後につぎの4つの検討課題をあげている:課題1「海洋・利用税、漁獲枠・ITQ取引とJクレジットの検討」、課題2「気候変動と生物多様性に関する国際サステナビリティ会計基準(ISSB)への対応、課題3「認証機関の創設と運用・資金調達」、課題4「国民への情報の発信と普及を」。

 本書を読むと、問題はなにでどうすればいいのか、わかっていることがわかる。だが、どう実行すればいいのかがわからない。はたして実行するだけの人材がいるのか疑問である。そういった人材を研究者としても技術者としても、行政担当者としても育ててこなかったのではないか。補助金のばらまきだけでなく、「コンサルタント」など外部に委託して、内部で「専門家」を育ててこなかったのではないか。

 さらに大きな問題は、これらの提言に沿って日本で持続可能な漁業の体制がとれたとしても、海外から「違法」に入ってくれば、日本だけでは対応がとれない。マグロなど、安いものが海外から入ってくれば、国内産業は成り立たなくなる。「国民共有の財産」とするには、その前に「人類あるいは地球共有の財産」とみる必要があり、そうすることで長期的には「国民共有の財産」になることを理解する必要がある。そのためには、持続可能な漁業を、「違法」をせざるを得なくなった国・地域に広めなければならない。すでに、これらの提言の目標年次になっているが、どこまで達成できたのだろうか。実現可能への提言が、別途必要だろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

古田和子・太田淳編『アジア経済史 下』岩波書店、2025年4月24日、446頁、3600円+税、ISBN978-4-00-061627-0

 本書は、「初のアジア経済史の教科書を刊行するというアイデア」の下に集まった編者を含め9人の執筆者が8年かけて辿り着いた成果で、「最新の知見にもとづき、東アジア・東南アジア・南アジア全域を俯瞰する通史、政治・社会のしくみ、環境や生活文化にも着目し、アジア域内の連関・比較の観点も重視して、人びとの営みの総体としての経済の歴史を描く」。「銀流通によってグローバル化が進む16世紀から、19世紀のアジア域内貿易の展開までを扱う」上巻の後を受けて、下巻では「19世紀における統治のあり方の転換から始まり、現代アジア経済の発展と社会変容、そして抱える課題までを扱う」。上巻については、すでに2024年2月22日に、このブログで紹介している。

 本書は、第Ⅳ部「「衝撃」とアジア経済-長期の19世紀」の後半部分の第13-14章からはじまり、第Ⅴ部「20世紀前半のアジアと世界経済」(第15-19章)、第Ⅵ部「成長するアジア経済の光と影」(第20-24章)、終章へとつづく。各部の頭には、章ごとの概要が示されている。また、終章の前半で、各部がまとめられている。

 上巻と下巻に分かれた第Ⅳ部は、つぎのように説明されている。「19世紀を中心に18世紀末から第一次世界大戦前までの「長期の19世紀」と呼ばれる時代を扱う。第11、12章(上巻)では、欧米勢力がアジアに「衝撃」をもたらす一方で、アジア人によるアジア経済の発展があったことを示した。シンガポール・香港・上海がアジア商人の広域ネットワークのハブとして重要な役割を担うようになったし、インド系・中国系を中心とした域内の労働力移動・送金がかつてない規模で展開したのもこの時代であった」。そして、「下巻では各国・地域の比較を念頭に、第13章[「統治制度の転換」]で近世統治のあり方がどう変わったか、第14章[「経済社会の連続と断絶」]で在地の経済社会がいかなる対応を見せたのかを検討する」。

 そして、終章で、つぎのようにまとめられた。「第Ⅳ部では、欧米勢力がアジアに「衝撃」をもたらす一方で、アジア人によるアジア経済の発展があったことを強調した。イギリスを中心に形成された自由貿易の原則や国際通貨制度などの金融システム、そして電信網や蒸気船など近代的インフラはアジアの貿易を大規模かつ効率的なものにしたが、これらのいわば「公共財」を最大に活用したのはアジアの商人であった。上海や植民地都市シンガポールに集まる華人などアジア商人は広範囲にネットワークを構築し、イギリス綿布などヨーロッパの工業製品を各地に届ける一方で、アジア域内で消費される産品の貿易(アジア域内貿易)と域内分業を促進した。植民地支配の拡大とともに中国およびインドから多数の労働移民が東南アジアのプランテーションや鉱山に渡ったが、華人移民は賃金を祖国に送る送金網を発達させ、それを通じてシンガポールと香港は現代まで続く国際金融都市に発展した。ビルマやマラヤに移住したインド系金融カーストは、現地住民による水田やゴム園の開発を融資で支援した。アジアには人口圧力、疫病、内乱や経済の停滞など「内なる危機」に遭遇してその対応に苦慮する地域も多かったが、そのなかでまずインドが、それを追うように日本が近代紡績業の工業化に成功した」。

 第Ⅴ部は、「第一次世界大戦から第二次世界大戦終結後の国際秩序形成までの時期を取り扱う」。第15章「世界経済の転換とアジア」は、「第一次大戦後の国際分業体制再建の試みとアジアにおける大戦の影響を概観する。イギリスが支えていた分業体制は大戦で崩壊し、代わって覇権国となったアメリカは貿易や投資の国際的拡大に消極的で、戦後に再建された体制は不安定化した、アジアでは、大戦中にヨーロッパからの輸入が途絶したこともあって、日本・中国・インドなどで工業化が進んだ。最終節では都市の成長にともない新たな消費の形態が生まれたことを紹介する」。

 第16章「帝国日本の社会経済」は、「日本帝国経済の形成とその変容を概観する。日本の植民地は、内地向けの食料や工業原料の生産地となることや、日本製品の市場となることが求められ、そのために通貨・関税制度の再編や交通通信インフラの整備などが行われた。こうして台湾では農業が進展し砂糖と米が増産された一方で、朝鮮では日本との分業関係を深めながら工業化が進んだ」。

 第17章「世界恐慌とアジア」は、「世界恐慌の影響を検討する。日本は金本位制を離脱し、低為替放任政策と積極財政によって恐慌を脱したが、東南アジアとインドの輸出依存経済は大打撃を受け、農村部で社会不安が広がった。中国でも国際的な銀価変動により経済が動揺したが、政府が貨幣を統一し外国為替レートを安定させた」。

 第18章「戦争と占領」は、「日本のアジア進出が各地にもたらした影響を検討する。日本では戦時統制経済のもとで国家が経済のあらゆる分野を統制するようになった。さらに自給自足圏として「大東亜共栄圏」が構想され、朝鮮も各種の動員計画に組み入れられたほか、東南アジアでは日本に需要のない商品作物の生産が抑制され、米など自給産品の増産が図られた。しかし貿易の途絶や労働力の動員は各地で食料不足や物価上昇を招き、人びとの生活を苦しめた」。

 第19章「戦後アジア秩序の成立と展開」は、「第二次世界大戦後の秩序形成を概観する。各地でかつての植民地から多くの独立政権が生まれたが、それにともなう混乱も甚大だった。アジアの西側諸国ではアメリカ主導で固定為替相場制下の為替自由化と自由貿易体制の確立が目指され、その実現のためIMFなどの国際組織や制度が形成された。日本ではGHQが占領政策を実施し非軍事化・民主化を進めたが、国際情勢の変化を受けてしだいに経済復興路線に転換した」。

 第Ⅵ部は、「20世紀後半から21世紀初頭(略)までを対象に、成長するアジア経済の光と影を分析する。第二次世界大戦の終結は戦後処理をめぐって米ソの敵対的状態(冷戦)をもたらし、アジア諸国における新体制の成立や日本とアジア諸国との戦後賠償の行方に大きな影響を及ぼした」。

 第20章「アジア諸国における新体制の成立(1950-60年代)」では、「1950-60年代を中心に、日本の復興と高度経済成長、植民地からの独立と国民国家の動揺、中華人民共和国の社会主義建設、混合経済のインドなど、戦後多様な道をたどったアジア各地の経済過程を考察する」。

 第21章「開発を目指すアジア(1970年代-80年代半ば)」は、「1970-80年代半ばに焦点を当て、ブレトン・ウッズ体制の崩壊と変動相場制への移行や石油危機によって、世界とアジアがどう変わったかを見ていく。人口爆発とアジアの農業、アジアNIEsの台頭、開発独裁の問題、中国の改革開放などと同時に、「停滞するアジア」の国々の存在にも目を向ける」。

 第22章「開放経済と地域連携の模索(1980年代半ば-2000年代)」は、「1980年代後半以降を対象とする。1985年のプラザ合意による円高をきっかけに日本の対アジア投資が拡大し、東南アジアにおける輸出志向型工業化や体制の自由化が進んだが、90年代末にアジア通貨危機に陥った国々もあった。中国経済は90年代以降急成長し、2001年のWTO加盟により世界経済に本格参入した。ベトナムなどでの市場経済化の動きやインドの経済自由化も重要な変化であった。また現在も続く地域連携の模索にも触れる」。

 第23章「現代アジア経済の発展と社会変容」では、「まず、現在のアジアが世界のなかで占める経済規模を確認する。本書が検討してきたアジア(東・東南・南アジア)は今やアメリカやEUを凌ぐ存在になり、それには1990-2000年代以降急速な展開をみせたグローバル・バリューチェーンも大いに寄与した。東・東南アジアは域内の相互依存を深めることで地域としての成長を実現してきたが、こうした構造は不安定化する国際政治環境や生産年齢人口比率の低下などによって近年明らかに変化している。インドを中心とする南アジアが今後アジアのなかでどのような役割を果たすのかも重要なポイントになる。続く節では、経済発展にともなって生じた社会の変容をICT化とサービス産業、人口動態、家庭とジェンダー、都市、教育から俯瞰する」。

 第24章「現代アジア経済の課題」では、「21世紀のアジアが直面する課題を人権と民主化、国内格差、エネルギーと環境、安全保障の観点から検討する」。

 「終章ではまず前半で、本書が扱った環境要件や歴史的展開のうち、特にどのような要因がアジア経済に現在の地位をもたらしたのかに関して、本書の見解を示」し、「後半では、経済成長を果たしたアジアが現在どのような課題を抱え、どのような選択に直面しているのかを示」している。具体的に、前半では「アジア域内の連関と発展」という見出しのもとで各部の要約をおこない、後半では「人口・家族とジェンダー、人権と格差」「空間における知識・情報の伝搬と人の移動」「エネルギーと環境」の3つに分けて「現代アジアの課題」を提示している。

 そして、つぎのパラグラフで本書を閉じている。「現代アジア経済を取り巻く環境は今、大きく変化している。世界各地で紛争が多発しているなかで、台湾問題・朝鮮半島情勢・尖閣諸島問題や南シナ海の領有権問題、ミャンマー情勢、インド・パキスタン間のカシュミール問題など、アジアもまた多くの問題を抱え安全保障上の不確実性は高まっている。こうしたなかでアジア域内の関係を今後の経済発展につなげるためにはどのようなモデルが有効なのか、環境をめぐるテクノロジーの開発が直面する課題にイノベーションをもたらす可能性があるのかどうか、厳しさを増しているアジアの安全保障をどのような形で担保していくのか、対応すべき難問は山積している。その対応にあたっては、本書が試みたような歴史の理解が欠かせないものとなろう」。

 「上巻」でも同じ疑問を呈したが、1つの節を最大5人で分担執筆した効果があったかどうかである。通常、このような通史を書くときには、世界・アジアのなかの東・東南・南アジア全域を書くときには巻末の広告にある『岩波講座 世界史』、個々の地域を書くときには世界各国史のような代表的な通史・概説書、そして各国を基本に書くときには原資料に基づいた専門書を参考にする。本来、専門書に基づいて書くようなところを、通史・概説書に基づいて書くなら、「専門外」の人が書いてもいい。書いた人の視野が広がり、将来専門書を書くときに、広い視野なかで個別研究を考察・分析できるようになる。執筆者の多くは、ナショナル・ヒストリーを基本に書くことが多いが、実はそのナショナル・ヒストリーさえ書く機会はそれほど多くなく、充分に理解しているかどうか怪しい。自分の専門を、ナショナル・ヒストリーのなかで考える機会にはなっただろうが、地域史(ここでは3つの地域と個々の地域)のなかで考える絶好の機会が本書にあっただろうに、このように細分した分担執筆では、その機会はいかせなかったことになる。

 もう1点気づいたのは、本書で扱った地域を考えた場合、経済史だけでは充分に語ることができず、社会経済史として考えざるをえないだろう箇所が随所にあり、本書でもそれが如実に表れたところがところどころにあった。下巻では統計資料が基本となるが、主食である米は稲刈りのときに大量の落ち穂が発生し落ち穂は稲刈りを手伝った者のものになったり、果物も樹上にあるときには所有者が存在するが落ちればだれのものでもないという慣行があったりで、統計に表れないものが多々あった。本業と副業の境目は曖昧で、インフォーマル経済の占める割合はかなり大きく、支配者は税をとれなかった。統計資料も、時代や地域によって、その精度はまちまちであった。そんな場合は、社会史を念頭において経済史を考えざるをえなくなるはずだ。経済史の限界を示すことで、それぞれの地域の特色が明らかになる。そうでないと、地域は便宜上、地理的に分けただけになる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

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