佐野雅昭『日本漁業の不都合な真実』新潮新書、2025年12月20日、217頁、900円+税、ISBN978-4-10-611109-9
著者は、「京都大学法学部時代、当時中曽根政権のブレーンだった高坂正堯先生の下、アメリカの現代政治を中心に国際政治学を学びました」。「卒業後は銀行員としてバブル期前夜の東京都心で働きました」。「ちょうど「地上げ」が横行した頃です」。「お金では解決できず深刻化している環境問題や食料問題への関心が筆者の中で強くなりました」。「食料産業の中でも自然と人間が直接ぶつかり合う現代唯一の原始産業、漁業への興味が膨らみました」。「太古から変わらない人類の営みである漁業を一から学ぶため、銀行を辞して再び大学へと戻ることにした」。「東京水産大学(現東京海洋大学)の大学院修士課程に入り、水産生物と漁業経済の両方を学びました」。「大学院を修了した後は水産庁に勤務し、さらに東京水産大学、鹿児島大学水産学部で学究生活を続けていますが、なんとしても日本の漁業と魚食文化を守りたい、このまま未来に遺したいという気持ちはますます強くなっています」。
その気持ちを、この略歴を語る前に、つぎのように記している。「漁業・養殖業の生産量減少とその背景にある漁業者の減少、中国や台湾などとの国際的な漁獲競争の激化、気候変動と温暖化がもたらす漁場や魚種の変化、さらにはコロナ禍の影響による貿易量の縮小や円安がもたらすエネルギーコストの上昇、ロシア・ウクライナ戦争がもたらす世界的な食料不足の深刻化、そして何より私たち日本人の水産物消費量の縮小など、日本漁業と私たちの食卓をとりまく環境は厳しさを増すばかりです。前著『日本人が知らない漁業の大問題』(新潮新書)を踏まえ、日本漁業の最新状況をひもときながら、持続可能な日本漁業と日本人の魚食の未来をもう一度考えてみようと思います」。
本書は、まえがき、12の問いかけ、あとがきからなる。序にあたる、「1 なぜ今になって「海業」復活なのか」では、「バブル崩壊で挫折した「海業」」の復活を、つぎのようにまとめている。「現代の「海業」はどうかと言えば、漁業を漁業でないものに置き換えることで「儲かる」ものにし、漁村を漁村でないものに置き換えることで「市場経済」の中で存続させようというリバタリアニズム的発想に見えます。まさに「市場経済に埋め込まれた漁村」への作り替えです。宇沢[弘文]ならこう主張したでしょう、社会的共通資本である漁業や漁村の全体的「営み」を市場経済から切り離し、そのままの形で次世代に継承し、そのためのコストは社会全体で負担すべきだと。どちらが妥当か、順を追って説明していきます」。
以下、10の問い(「世界的な食料不足に日本は対処できるのか」「なぜ漁業が食料安全保障の切り札なのか」「温暖化によって水産資源はどう変わるのか」「メディアが騒ぐ「乱獲」「資源減少」は本当か」「急伸する中国漁業、日本は競争に耐えられるのか」「減少一途、担い手を確保できるのか」「若者世代の魚食はどう変質したのか」「法改正と政策転換で日本漁業は再起できるのか」「養殖業はほんとうに成長を期待できるのか」「「養殖サーモン」はなぜ世界で成功したのか」にこたえ、結論となる「12 日本人は魚食文化を守れるのか」には、つぎのようにこたえている。
「漁民と行政が協働して取り組んできた資源管理の努力の成果で、全体としてみれば資源量は依然として豊富です。他国にはない強みである「漁業」を上手に生かし、必ず訪れる食料「有事」を日本独自のやり方で解決していく前向きなチャレンジが必要な時代です。未来の子供たちが美味しい魚をお腹いっぱい食べられるよう、いまこそ漁業を見直すときだと筆者は思います」。
そして、「あとがき」を、つぎのパラグラフで結んでいる。「水産物は未知の海と人類を繋ぐ素晴らしい食料です。漁業は海という自然そのものと人間社会を繋ぐ唯一の産業です。水産物と漁業を謙虚な視点で見つめ直すことで、現代社会の歪みを直視し、一人一人の生活をより豊かなものにしていくことができるはずです。素晴らしい海と漁業を日本社会の基盤として守り、ありのままに未来に遺さなくてはなりません。前著と本書を通じて、一人でも多くの方に水産物と漁業の大切さが伝わることを祈っています」。「願っています」ではなく、「祈っています」で終わっている。
銀行、水産庁での経験を踏まえ、著者は日本漁業の問題を明らかにし、柔軟に対処しようとしている。歴史的に、日本だけでなく世界の近代漁業は国家戦略と絡み、多額の国家予算が使われ、軍まで出てきて護られてきた経緯がある。近代日本も、東・東南アジア海域で侵略的掠奪漁業をおこない顰蹙を買った。現在の中国漁業も、日本漁業の歴史から考えるとよくわかる。また、本書では海洋漁業中心に語られているが、淡水漁業も考える必要があるだろう。日本は海だけでなく、河川湖沼にも恵まれている。海よりはるかに安全で、人材も得やすいのではないだろうか。現在の日本だけでなく、歴史や世界に目を向けると、もっといろんなアイデアが浮かんできそうだ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。