早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2026年01月

佐野雅昭『日本漁業の不都合な真実』新潮新書、2025年12月20日、217頁、900円+税、ISBN978-4-10-611109-9

 著者は、「京都大学法学部時代、当時中曽根政権のブレーンだった高坂正堯先生の下、アメリカの現代政治を中心に国際政治学を学びました」。「卒業後は銀行員としてバブル期前夜の東京都心で働きました」。「ちょうど「地上げ」が横行した頃です」。「お金では解決できず深刻化している環境問題や食料問題への関心が筆者の中で強くなりました」。「食料産業の中でも自然と人間が直接ぶつかり合う現代唯一の原始産業、漁業への興味が膨らみました」。「太古から変わらない人類の営みである漁業を一から学ぶため、銀行を辞して再び大学へと戻ることにした」。「東京水産大学(現東京海洋大学)の大学院修士課程に入り、水産生物と漁業経済の両方を学びました」。「大学院を修了した後は水産庁に勤務し、さらに東京水産大学、鹿児島大学水産学部で学究生活を続けていますが、なんとしても日本の漁業と魚食文化を守りたい、このまま未来に遺したいという気持ちはますます強くなっています」。

 その気持ちを、この略歴を語る前に、つぎのように記している。「漁業・養殖業の生産量減少とその背景にある漁業者の減少、中国や台湾などとの国際的な漁獲競争の激化、気候変動と温暖化がもたらす漁場や魚種の変化、さらにはコロナ禍の影響による貿易量の縮小や円安がもたらすエネルギーコストの上昇、ロシア・ウクライナ戦争がもたらす世界的な食料不足の深刻化、そして何より私たち日本人の水産物消費量の縮小など、日本漁業と私たちの食卓をとりまく環境は厳しさを増すばかりです。前著『日本人が知らない漁業の大問題』(新潮新書)を踏まえ、日本漁業の最新状況をひもときながら、持続可能な日本漁業と日本人の魚食の未来をもう一度考えてみようと思います」。

 本書は、まえがき、12の問いかけ、あとがきからなる。序にあたる、「1 なぜ今になって「海業」復活なのか」では、「バブル崩壊で挫折した「海業」」の復活を、つぎのようにまとめている。「現代の「海業」はどうかと言えば、漁業を漁業でないものに置き換えることで「儲かる」ものにし、漁村を漁村でないものに置き換えることで「市場経済」の中で存続させようというリバタリアニズム的発想に見えます。まさに「市場経済に埋め込まれた漁村」への作り替えです。宇沢[弘文]ならこう主張したでしょう、社会的共通資本である漁業や漁村の全体的「営み」を市場経済から切り離し、そのままの形で次世代に継承し、そのためのコストは社会全体で負担すべきだと。どちらが妥当か、順を追って説明していきます」。

 以下、10の問い(「世界的な食料不足に日本は対処できるのか」「なぜ漁業が食料安全保障の切り札なのか」「温暖化によって水産資源はどう変わるのか」「メディアが騒ぐ「乱獲」「資源減少」は本当か」「急伸する中国漁業、日本は競争に耐えられるのか」「減少一途、担い手を確保できるのか」「若者世代の魚食はどう変質したのか」「法改正と政策転換で日本漁業は再起できるのか」「養殖業はほんとうに成長を期待できるのか」「「養殖サーモン」はなぜ世界で成功したのか」にこたえ、結論となる「12 日本人は魚食文化を守れるのか」には、つぎのようにこたえている。

 「漁民と行政が協働して取り組んできた資源管理の努力の成果で、全体としてみれば資源量は依然として豊富です。他国にはない強みである「漁業」を上手に生かし、必ず訪れる食料「有事」を日本独自のやり方で解決していく前向きなチャレンジが必要な時代です。未来の子供たちが美味しい魚をお腹いっぱい食べられるよう、いまこそ漁業を見直すときだと筆者は思います」。

 そして、「あとがき」を、つぎのパラグラフで結んでいる。「水産物は未知の海と人類を繋ぐ素晴らしい食料です。漁業は海という自然そのものと人間社会を繋ぐ唯一の産業です。水産物と漁業を謙虚な視点で見つめ直すことで、現代社会の歪みを直視し、一人一人の生活をより豊かなものにしていくことができるはずです。素晴らしい海と漁業を日本社会の基盤として守り、ありのままに未来に遺さなくてはなりません。前著と本書を通じて、一人でも多くの方に水産物と漁業の大切さが伝わることを祈っています」。「願っています」ではなく、「祈っています」で終わっている。

 銀行、水産庁での経験を踏まえ、著者は日本漁業の問題を明らかにし、柔軟に対処しようとしている。歴史的に、日本だけでなく世界の近代漁業は国家戦略と絡み、多額の国家予算が使われ、軍まで出てきて護られてきた経緯がある。近代日本も、東・東南アジア海域で侵略的掠奪漁業をおこない顰蹙を買った。現在の中国漁業も、日本漁業の歴史から考えるとよくわかる。また、本書では海洋漁業中心に語られているが、淡水漁業も考える必要があるだろう。日本は海だけでなく、河川湖沼にも恵まれている。海よりはるかに安全で、人材も得やすいのではないだろうか。現在の日本だけでなく、歴史や世界に目を向けると、もっといろんなアイデアが浮かんできそうだ。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

松尾恒一『倭寇・海商・華僑-海はいかにして歴史をつないだか』ちくま新書、2025年11月10日、254頁、920円+税、ISBN978-4-480-007715-8

 「歴史の主役は「海」にあり」と帯に大書してある。だが、大方の人は、「脇役」としてしか、思っていないだろう。

 本書概要は、表紙見返しで、つぎのように紹介されている。「西洋列強の進出、信仰の伝来、生活文化の変容-世界をつなぎ歴史を更新してきたのは、国境のない海を主戦場とする海賊や海商たちだった。日本を含む多国籍海賊となっていった「倭寇」、日本へ渡り外国の文化を伝えた「海商」、日本の近代化に貢献した「華僑」。時に権力と結びつき、時に非合法的な方法で、彼らは荒波を乗り越え、いかにして新しい文化を届けたのか。大航海時代から現代まで、海を越えて伝えられた文化に焦点を当て、新しい視点から東アジアの歴史を描きなおす」。

 本書の目的は、「はじめに」で、つぎのように説明されている。本書の目的の一つは、「中近世の新たな国際秩序のなかでの、日本の衣食など生活文化の激変についてを考えることである。当時は新しい繊維であった木綿や、海外からもたらされたさつまいも、じゃがいも、砂糖といった新食材が日本人の生活に根づいていった」。「清国にとっては密貿易であったが、彼らがもたらす砂糖や高級シルクである生糸、絹織物、また木綿を幕府は歓迎し、日本人の生活を豊かにした」。

 本書のもう一つの目的は、「ヨーロッパの世界進出において、アフリカ大陸から連れ去られて強制労働に従事させられた、黒人をはじめとする外国人や現住民の苦難に目を向けることである」。「前近代~近代には、アフリカの人々だけでなく、中国人や日本人の多くも欧米人の奴隷にされた」。

 さらに、つぎの目的が書かれている。「パソコンやスマートフォンなどの精密機器、そして衣服は、現代の生活に欠かせないものである。これらを廉価で購入できることがありがたいことはまちがいない。しかしながら、こうした品々を、地球上のどこで、どのような人々がどのように生産しているのか。我々の生活を成り立たせているものがどこからやってきて、我々の生活が実現しているのか。材料の獲得や生産の工場、海を越えた運搬に従事している労働者まで、今日に至る歴史を意識してそうした問題に目を向けてほしいというのが、本書の目的である」。

 そして、「本書が、未来と、未来へと続く起点である現在について、「海」から見えてくる歴史に目を向けて考える契機になれば、幸いである」と、「はじめに」を結んでいる。

 本書は、3部各部2章全6章、あとがき、参考文献からなる。各部は、「Ⅰ 倭寇-世界をつないだ多国籍海賊」「Ⅱ 海商-日清・日蘭貿易と激変する世界」「Ⅲ 華僑-日本に渡った華人たち」で、各部のおわりに「結びに」がある。

 「結びに」の直前に、各部の「結論」となるものが書かれている。Ⅰは第1章「倭寇と大航海時代」と第2章「東南アジアを目指した中国海賊」からなり、第2章をつぎのパラグラフで結んでいる。「歴史的遺物などの文化遺産を保存することは、公共の記憶を伝える重要性からも現代の重要な課題である。しかしながら、グローバル化が進む状況下において、人種・宗教問題を含む地域レベルの多文化社会のあり方を模索するなかで、人類にとっての「公共遺産」をどのように認定し、後世に継承してゆくべきか、「公共」の「公」の範囲を問い直しつつ、国を超えての議論が必要な課題も少なくないだろう」。

 Ⅱは第3章「貿易はどのように行われていたのか?」と第4章「日清・日蘭貿易で激変した生活」からなり、第4章をつぎのパラグラフで結んでいる。「そうした廉価な製品は、工場従事者を低賃金で働かせるにとどまらず、非人道的で反人権的な強制労働によって実現しているのは、現代でも珍しくはない。消費者にとっては、一円でも安い商品の方が生活が助かることはまちがいない。しかしながら、製品の原材料の生産から商品の加工、工場から店舗に運ばれて販売されるまでの過程について、他人事として無関心であってはならないだろう」。

 Ⅲは第5章「清の海商から在日華僑へ」と第6章「戦後の華僑」からなり、第6章をつぎのパラグラフで結んでいる。「日本に暮らす華僑に眼を向けることは、日中交流の長い歴史にとどまらず、日本列島に日本人以外の人々の歴史があることに目を向けることの重要性に気づかせてくれる。彼らは日本にとどまらず、早くから東南アジアなどの周辺国にも移住し、ヨーロッパの大航海時代以降には、アメリカ大陸やオーストラリアなどにも進出して華人社会を形成した。世界各地の華僑社会と、日本の華僑社会との比較は、世界のなかでの日本の立ち位置を考える上でも重要な手がかりを与えてくれるのである」。

 そして、「あとがき」で、つぎのように本書をまとめてる。「本書は、東アジアの海賊や密貿易・私貿易など反社会勢力の国家間移動や経済活動によって新たにもたらされたモノが日本人の生活を激変させた影響について、日本人の海を越えた交流をも視野に入れて、その歴史を考えた書である。現在の我々の生活を支えるモノの来歴に目を向け、多くのモノが他国、特に弱い立場に置かれた人々の犠牲ともいえる労苦によって生み出されていることを考える契機になれば幸いである」。

 本書は、先行研究にフィールドワークなどで得た現在に生きる歴史を加えて、話を展開している。現在の問題を見据えての歴史で、「はじめに」の最後の「未来と、未来へと続く起点である現在」の意味が、よくわかってくる。本書で全体像をつかんだ後、個別研究をすると、さらに動き動かした人びと、それらの人びとによって動かされたモノ、これらの人びととモノを受けいれた人びとと社会、そしてその後の人びとと社会がみえてくることだろう。個別研究が多数出現することによって、本書を超える「新しい視点から東アジアの歴史を描きなおす」ものが出てくることを期待させる書である。

 「海」が主役の歴史は、現代のグローバル社会に通ずるものがある。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、182頁(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

熊本史雄『外務官僚たちの大東亜共栄圏』新潮選書、2025年5月20日、301頁、1800円+税、ISBN978-4-10-603926-3

 本書は、第20回樫山純三賞、第29回司馬遼太郎賞、第25回大佛次郎論壇賞の受賞作である。帯に、「「無謀な構想」の本丸は軍部でも右翼でもなくエリート官僚だった!」とある。

 「まえがき」は、つぎの文章ではじまる。「本書は、日本が「大東亜共栄圏」という対外膨張策を構想し破滅するまでの過程を、日露戦後の外務官僚たちを主人公に論じるものである」。「これまで「大東亜共栄圏」と言えば、もっぱら軍部の膨張主義や、アジア主義さらには対外硬派のイデオロギーにその淵源を求められてきた。だが、本書では、この無謀な構想が、外務省という官僚組織において外交思想の集大成として準備されたものであったことを示したい。いわば、「大東亜共栄圏」を追求してきた<本丸>が、外務省だったことを明らかにする、という目論見を抱いている」。

 この目論見に、著者が自信をもっていたことは、「あとがき」で、初対面の新潮選書編集長に「本書の構想を意気込んで話」していることからわかる。そして、わずか2頁の「まえがき」の最後で、つぎのように繰り返し強調している。「軍部の膨張主義や、アジア主義さらには対外硬派のイデオロギーとも一線を画した、外務省の理知的なエリート官僚たちが主導した構想こそが「大東亜共栄圏」の<本丸>だったという、新しい歴史像が顕われてくると期待されるのである。要するに、外務省組織内の機関哲学を踏まえながら、権益の拡張・確保・維持をめぐる思想や言説の系譜からその外交思想の本質的な要素を析出すること、これが本書の目的である」。この著者の自信は、博捜した史料に裏づけられたものであることが、本書を丁寧に読んでいけばよくわかる。

 本書は、まえがき、序章、時系列に全9章、終章、あとがき、4つのコラムなどからなる。序章のタイトル「拡大する権益、継受される思想」からなにが問題だったのかがわかり、終章のタイトル「求められる「慎慮」、問われる「外交感覚」」から本書の結論がうかがえる。キーワードは、「満蒙」「東部内蒙古」「勢力範囲」「新外交」「満蒙供出」「満鉄中心主義」「精神的帝国主義」「東亜の禍根」「連盟脱退の根本義」「興亜」「東亜新秩序」「大東亜」であり、各章のタイトル冒頭にもあらわれてくる。

 第一章「満蒙」概念の誕生-小村寿太郎と日露戦後経営:一八九五-一九一二年
 第二章「満蒙供出」論の提唱-小村欣一の「新外交」呼応論の可能性:一九一七-一九一九年
 第三章「満鉄中心主義」の前景化-大陸国家の「国益」と幣原喜重郎:一九二〇-一九三一年
 第四章「精神的帝国主義」論の提唱-傍流外務官僚たちの「逆襲」と挫折:一九三一-一九三二年
 第五章「東亜」概念の衝撃-アジア・モンロー主義と重光葵:一九三三-一九三五年
 第六章「興亜」概念の受容-日中戦争と外務省:一九三七-一九三八年
 第七章「東亜新秩序」の可能性-有田八郎による地域主義的広域経済圏の模索:一九三八-一九四〇年
 第八章「大東亜共栄圏」構想の実相-松岡洋右の世界秩序構想と南洋開発:一九四〇-一九四二年
 第九章「大東亜共同宣言」の虚実-重光葵の描いた「大東亜」の<かたち>と<なかみ>:一九四三年

 終章の最後から2番目のパラグラフで、著者は「いったい、外交とは何だろうか」と問い、つぎのようにこたえている。「本書で扱ったのは、日露戦後わずか四〇年間の日本外交の軌跡である。だが、たった四〇年間の足跡を検証するだけでも、そこに<国益>とは何か、外交の継続性とは何か、理念と行動の持つ意味、普遍主義(あるいは国際主義)と地域主義(あるいは国家主義)の相克、といったテーマに満ちていることに気づかされる。そしてこれらのいずれもが、今なお現代的外交のテーマであり続けている。現に、ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナの間で引き起こされた戦争において、そうしたテーマが交錯し、ダブル・スタンダードが横行し、混乱が続いている」。

 そして、「あとがき」では、本書で明らかにしたことを、つぎのようにまとめている。「外務官僚たちによって継受された外交思想の対外観・秩序観の内実と、それが図らずも「大東亜共栄圏」にまで繋がっていき日本を戦争に導いたという、近代日本外交に潜む原理と<リアル>である。当時の状況を思えば「大東亜共栄圏」の責をすべて外務省という一組織に負わせるのは酷であるが、他方で、もっぱら対外関係を司る行政機関であるにもかかわらず、これまでその主体性を問う声があまりにも少なかった。「官邸主導の外交」なるものが喧伝される現在こそ、本来「外交のプロ」であるべき外務官僚たちがいかなる思想を継受してきたのか、あらためて問い直していく必要があるだろう」。

 本書の結論部分にあたる「終章」で、気になるつぎのパラグラフが最後から3番目にあった。「また、「慎慮」は、政治家や外交官たち一部のエリートだけが行えば済む話ではない。ことにデモクラシー国家においては、それを国民レベルにまで浸透させることが求められるだろう。つまりは、外交とは「一見道義にかなった行動でも、その政治的結果が考慮されなければ政治的道義は存在しえない」ものであり、常に矛盾を孕まざるをえない分野だという認識を、組織(外務省)レベル、政府レベル、さらには国民レベルで共有し、その克服に挑み続けることが重要なのである。加えて、矛盾の克服のあり方とその検証が不可欠であることを考えれば、研究者やメディアの役割も重要になるだろう」。

 気になったのは、ここでいう「国民」とはだれのことを言っているのだろうかということである。「大東亜共栄圏」に属することになる国・地域の「在留邦人」社会には、大きな変化があった。それまで現地日本人小学校の運営などで大きな役割を果たしてきた現地社会に根を下ろした定住日本人が排除され、日本に本社のある商社や銀行の支店長が表に出てきた。その結果、開戦後も現地社会を知る定住日本人は通訳などに借り出されるだけで、文化事業などでの活躍の場は限られていた。まさに、政府や組織にとっての「共栄圏」で、人を考えたものではなかったことが「失敗の本質」であったのではないだろうか。帝国日本は、デモクラシー国家ではなかった。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、182頁(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

宮下規久朗『戦争の美術史』岩波新書、2025年11月20日、268+8頁、1360円+税、ISBN978-4-00-432090-6

 「戦争絵画は雄弁だ」。帯にあるこの1語がすべてを語っている。そして、「はじめに」と「おわりに」を読めば、本書の全体像がわかる。もっと簡略に知りたければ、帯の裏や表紙見返しをみればいい。つぎのように、まとめられている。

 「戦争は美術にとって重要な主題である。戦争を描く中で美術の技法は進歩したが、一方、戦争によって美術は歪められてきた。巨大な負の力に対峙した芸術家はその体験をいかに作品に投影したのか。ピカソも藤田嗣治も戦争の悲惨を前に、不滅の作品を残している。戦勝を謳う凱歌から痛切な反戦の叫びまで古今の戦争美術を読む」。

 「はじめに」で、戦争と美術の関係を、つぎのように説明している。「文明を推進した戦争が美術と結びつくのは当然であった。実際、美術と戦争とは大きな関係がある。いずれも太古の社会から存在するが、美術が文化の成果を示す一方、戦争は美術を破壊して文明を停滞させるという真逆の結果をもたらした。美術は平和時にこそ制作されるが、戦争のたびに破壊されながら、戦争によって新たな題材を得て深化する面もあった」。

 本書の目的は、つぎのように記されている。「本書では、戦争に関する美術を、絵画に限らず彫刻や記念碑、写真や映画も含め、それらを総称して「戦争美術」と呼ぶ。そしておおむね時代順に、古今東西の戦争美術を振り返り、美術と戦争との関係について考える。戦争美術がいかに始まり、いかに多様化し、その意味を変えていったのか。一冊を通して西洋と日本の重要な作品、つまり名作を中心に紹介し、それらを読み解いていく。戦争という負の力がいかに美術に投影され、時代を超えて人を感動させる作品を生み出すにいたるかというパラドックスから、戦争が人間に突きつけ、問いかけているものは何か、さらに美術とは何かに迫りたい」。

 著者は、「戦争はいかなる美術制作を促すか。主題や動機によって分類すると、まず戦争を肯定するか否定するかに大別できるが、それだけではない」といい、戦争美術の性格をあらかじめ、つぎの5つに整理している:①記録する、②戦争を記念する、③反戦・平和を訴える、④追悼する、⑤芸術性を追求する。

 そして、「はじめに」を、つぎのパラグラフで結んでいる。「戦争は、文化や文明の敵となる。だがそれが創造行為と結びついたとき、多くの人々の心を動かす。それが芸術の力であり、芸術が社会に求められる所以でもある。また戦争美術は多くの共同体にとって集団的記憶を創り出してきた。時代を追って主な戦争美術作品を見ながら、様々な性格について考えてみよう」。

 本書は、はじめに、ほぼ時系列に全7章、おわりに、あとがき、主要参考文献からなる。ヨーロッパを中心に世界の流れのなかで、第Ⅲ章「日本の戦争美術-中世から日清・日露戦争まで」と第Ⅵ章「「どうかよい絵を描いて下さい」-戦時中の日本」は、日本を扱っている。

 「おわりに-戦争美術とは何か」は、3つの見出しからなり、本書の3つの結論としている。最初の「戦争美術の公共性」は、つぎのようにまとめられている。「戦争美術は公的な性格が強い。国や地域の命運を左右する戦争は本質的に公的であり、個人の存在を大きく超えている。そしてアスマンが説くように、過去は個人の想起や記憶だけで成り立つものではない。どのような記憶を残し、また忘却すべきかは共同体が定めるが、戦争はほとんどの場合、文化的記憶の対象となる。そして戦争美術は集団的記憶を形成していく」。「国家と結びつき、公的な性格が強い戦争美術が、政治的な問題に巻き込まれやすいことは容易に想像できるだろう」。

 つぎの「戦争美術の画期」では、つぎのような説明から入る。「戦争美術を決定的に変化させたのは第一次世界大戦である。この大戦では、近代的な兵器が人力を圧倒し、互いに顔も見えない塹壕戦が続いた。英雄の活躍は見られず、ドラマも起承転結もない、無機質で非情なその戦争は、歴史画のようには戦争を表現できないことを明らかにした。そしてこれまでにない膨大な数の犠牲者は、戦争を肯定しようとする勢力を吹き飛ばしてしまう。従来のような古典的な美術が時代遅れになり、前述のモダニズムが生まれつつあったのはまさにこの頃である。戦争そのものの変化、そして主題よりも造形性を追求するモダニズムの誕生-この二点から、十九世紀に描かれた歴史画としての戦争画は通用しなくなっていく。実際、戦争による廃墟を「新しい世界」として逆説的に表現したポール・ナッシュ、主人公不在で死体が散乱する戦場を露悪的に描いたオットー・ディックスのような画家のみが、この戦争の真実と自らの美術表現とを結びつけることができたのである」。

 さらに、「広島、長崎の経験を含めて、第二次世界大戦による壮絶な数の死者は、国家を超えた新たな問題を提示した。西側諸国では、膨大な数の戦没者をどのように追悼するかという問題が政治的な課題として持ち上がり、平和運動が盛り上がるなか、共同墓地と隣接する形で追悼慰霊の記念碑が各地に建てられた。とりわけ敗戦国ドイツでは、多くの戦没者慰霊碑は反戦平和を誓願する警告碑でもあった。そして美術史においても、反戦や厭戦を謳うものが多くなった」。「しかし美術が戦争と結びついて大きな表現力を発揮したのは第二次世界大戦までである」。「映像と写真が生む圧倒的な臨場感が戦争のイメージと情報を支配し、絵画や彫刻の出る幕はなくなった」。

 そして、最後の「戦争美術の普遍性」は、つぎのパラグラフで終わっている。「しかし、戦争を表現した美術はどれほど過去のものとなっても、優れた作品は今も大きな力を持っている。《ゲルニカ》のピカソをはじめ、ゴヤもヴェレシチャーギンもディックスも藤田も、人間の愚かさや残虐さを語っている。卓抜な美術表現によって、個別の戦争を通して戦争の本質を表し、さらに、世界のあり方について、また人間の生と死について考えさせる。戦争画は雄弁である。作者の意図はどうであれ、それこそがイデオロギーや言説に還元されず、正邪や倫理に回収されない美術の力といってよい」。

 新書で、これだけの作品を、しかも多くがカラーで観ることができることに感謝したいが、同時に残念に思った読者も多いことだろう。それはだれより著者自身が思っていることで、「あとがき」でつぎのように吐露している。「「戦争の美術全史」を想定し、膨大な図版とともに長大な原稿を書き上げたが、その分量では二冊分にせざるをえず、原稿と図版の半分近くを削除する破目になった。あくまで作品を中心にし、個々の戦争やその背景についての歴史的説明はほとんどカットしたが、重要な作品や私にとって興味深い作品は何とか収録できた。抜けている分野や作品があるとすればこの大幅な削除ゆえであり、ご寛恕いただければ幸いである。また戦争と美術については、美術と政治や倫理という大きな問題の中心にあるため、まだ論じるべきことも多く心残りもある。しかし本書がそれを考える契機や素材のひとつになれば幸甚である」。

 最後に、「何度も話し合い、大幅な削除と修正、カラー図版を重視した煩雑なレイアウトまで」苦労したことが書かれている。わたしが「感謝」したのは、著者だけでなく、先行研究者や研究仲間、出版社の編集者など、裏で支えた人たちが一体となって、本書が刊行されたことがうかがえたからである。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、182頁(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。

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