吉田信『オランダ植民地統治と法的住民区分の変遷-国籍法と統治法による植民地住民の包摂と排除』晃洋書房、2025年3月30日、312頁、4800円+税、ISBN978-4-7710-3954-4
オランダ領東インドで1899年に日本人が「ヨーロッパ人と同等視される者」になったこと、それに附随して台湾人が同地で商業活動を活発化させたこと、また日本人が僻地まで行商することができたことが、本書を読んでわかった。さらに、タイなどで中国人や日本人が欧米諸国の保護下に入ったことも、本書から理解できた。これまで表面的にしか理解していなかったことを思い知らされ、その背後にあるものからオランダ領東インドとはどういう植民地統治体制であったかを考えさせられた。
本書の目的は、序章「国籍法と統治法による植民地住民の法的地位」の冒頭で、つぎのように説明されている。「本書は、オランダ国籍法およびオランダ領東インド(現在のインドネシア)に施行された統治法における法的住民区分の変遷を対象としている。本国での国籍法制定の背景にはどのような政治状況が存在していたのか。国籍法の制定は植民地住民の法的地位にどのような影響を及ぼしたのか。植民地住民の法的地位は、どのような基準により設けられ、さらに変化していったのか。これらの問いを明らかにすることが本書の目的である」。
本書は、序章、全7章、終章、あとがきなどからなる。「各章の紹介」は、序章の最後にある。第1章「オランダ国籍法の制定と植民地住民」は、「1850年国籍法の成立過程を検討する。議会での国籍法法案審議を対象に、当時国籍法の立法に携わった者たちにとって「オランダ国民」とは誰を、そして何を意味していたのか、オランダ国家という政治共同体と個人との関係を彼らはどのように理解していたのかを議会資料の検討から明らかにする」。
第2章「植民地統治と住民の法的区分-統治法109条による「ヨーロッパ人」と「原住民」の創出」は、「オランダ領東インドにおける住民の法的地位を定めた1854年統治法の住民区分を検討する。1854年統治法は東インド植民地統治の根幹をなす法律であり、その109条は東インド住民を「ヨーロッパ人」と「原住民」とに区分していた。統治法それ自体は1854年以前から存在していたものの、1854年の統治法はそれ以前の統治法とは大きくその性格を異にしていた。なにが異なっていたのか。そして、「ヨーロッパ人」と「原住民」という住民区分は、オランダの植民地統治下でどのように定められ、いかなる基準に基づいていたのかを明らかにしていく」。
第3章「東インド婚姻規定と住民の法的地位の移行」は、「植民地での住民区分を固定化させる役割を担う一方、「ヨーロッパ人」と「原住民」からなる住民区分の境界を揺るがす意義を有した「婚姻」に焦点を当てる。統治法により導入された住民区分は、いくつかの手段により変更可能であり、婚姻はそのなかでも広くみられた行為であった」。
第4章「「日本人」は「ヨーロッパ人」か-「日本人法」の成立と「文明」をめぐる議論」は、「1899年に制定された「日本人法」を対象としている。「日本人法」制定の背景には明治維新前後から東インドに到来するようになった日本人の存在と幕末にオランダとの間で結ばれた不平等条約の改正があった」。「日本人を「ヨーロッパ人」とみなすための要件とはなんであったのか。日本の「文明化」とは、なにを意味するのか」。さらに「台湾は日本と同じく「文明化」されているのか。日本人同様、台湾人も東インドにおいて「ヨーロッパ人」とみなされるかが問われていく」。
第5章「「包摂」と「排除」の新たな展開-1892年国籍法と1910年臣民籍法」は、「1892年国籍法改正と1910年臣民籍法の制定過程を扱う。1850年国籍法は市民権を享受する主体として国民を定義し、国籍をその成員資格とした。だが、1850年国籍法制定時に存在していた民法典の国籍規定は改正されず、その後二つの国籍規定が併存する状態が続いていた。そのため1892年国籍法は、国籍規定の併存状態を解消すべく制定されることになる」。
第6章「世紀転換期の東インド華人をめぐる状況」は、「東インドで華人のおかれた状況を概観するとともに、「外来東洋人」という法的地位にともない存在した問題を整理する。ヨーロッパ人と原住民とを媒介する経済活動の主要な担い手であった華人にとって、彼らに課されたさまざまな制約はその経済活動にとって大きな障害をなしていた。植民地政府によって課された制約のうち、居住移転の自由を制約していた「通行許可証居住区制度」および「警察司法官」(略)を中心的にとりあげ、制約のもたらした意味を検討していく」。
第7章「法的住民区分の改正と挫折」では、「東インドの住民区分の根幹をなした統治法109条に対していかなる改正が試みられていったのかを検討する。「日本人法」成立以降、統治法には数度の改正がおこなわれている。統治法109条の改正過程を検討しながら、宗教や人種による住民区分の基準がどのように変化したのかを整理する」。
終章「インドネシア国籍法の制定-「原住民」から「インドネシア人」へ」は、「第二次世界大戦後、脱植民地化の過程で開催されたインドネシアとオランダ両政府による植民地住民の国籍確定をめぐる協議を整理する。植民地住民を区分してきたオランダ国籍法、統治法、臣民籍法といった法律が、オランダ領東インドの解体にともないオランダとインドネシア両国国民の国籍確定にどのように関わっていったのか。さらに、両政府による植民地住民の分割の結果として、周辺的な状況に置かれることになった住民集団の法的地位にも触れる」。
そして、「あとがき」では、それぞれの章の関係を、つぎのようにまとめている。「本書の第1章と第5章はオランダ国籍法、第2章、第4章および第7章が、統治法の住民区分を主な対象としている。第3章は、植民地での婚姻規則(異法婚規則)をめぐる章であり、国籍法上の地位と統治法における住民区分の地位双方に関わる内容を含んでいる。他の章と比べると若干性格を異にしている章であるものの、法的地位の移行の手段としてのみならず、ジェンダーとセクシュアリティ、さらに人種といった論点が東インドでの異なる法的住民集団の間での婚姻をめぐって展開することもあり、独立の章として本書に収めることとした。第6章は、東インドの華人が置かれた状況と法的地位をめぐる経緯をひとつの章として新たにまとめている。東インドの植民地住民の法的地位を検討するうえで、華人の動向は統治法109条にとって重要な意義を有していたことが理由である」。また、「本書では十分に扱えなかったいくつかの重要な論点が残されている」と述べている。
本書から「帝国主義」の時代が見えてくる。帝国になる国とその支配下に入る国の基準は、「文明」であった。日本は自国を文明化するために欧米化し、中国や朝鮮を「文明化」していないと見下して侵略していった。幕末維新に日本が欧米諸国と結んだ「不平等条約」の改正が、その原動力となった。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/list/-char/ja)
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。