早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2026年02月

吉田信『オランダ植民地統治と法的住民区分の変遷-国籍法と統治法による植民地住民の包摂と排除』晃洋書房、2025年3月30日、312頁、4800円+税、ISBN978-4-7710-3954-4

 オランダ領東インドで1899年に日本人が「ヨーロッパ人と同等視される者」になったこと、それに附随して台湾人が同地で商業活動を活発化させたこと、また日本人が僻地まで行商することができたことが、本書を読んでわかった。さらに、タイなどで中国人や日本人が欧米諸国の保護下に入ったことも、本書から理解できた。これまで表面的にしか理解していなかったことを思い知らされ、その背後にあるものからオランダ領東インドとはどういう植民地統治体制であったかを考えさせられた。

 本書の目的は、序章「国籍法と統治法による植民地住民の法的地位」の冒頭で、つぎのように説明されている。「本書は、オランダ国籍法およびオランダ領東インド(現在のインドネシア)に施行された統治法における法的住民区分の変遷を対象としている。本国での国籍法制定の背景にはどのような政治状況が存在していたのか。国籍法の制定は植民地住民の法的地位にどのような影響を及ぼしたのか。植民地住民の法的地位は、どのような基準により設けられ、さらに変化していったのか。これらの問いを明らかにすることが本書の目的である」。

 本書は、序章、全7章、終章、あとがきなどからなる。「各章の紹介」は、序章の最後にある。第1章「オランダ国籍法の制定と植民地住民」は、「1850年国籍法の成立過程を検討する。議会での国籍法法案審議を対象に、当時国籍法の立法に携わった者たちにとって「オランダ国民」とは誰を、そして何を意味していたのか、オランダ国家という政治共同体と個人との関係を彼らはどのように理解していたのかを議会資料の検討から明らかにする」。

 第2章「植民地統治と住民の法的区分-統治法109条による「ヨーロッパ人」と「原住民」の創出」は、「オランダ領東インドにおける住民の法的地位を定めた1854年統治法の住民区分を検討する。1854年統治法は東インド植民地統治の根幹をなす法律であり、その109条は東インド住民を「ヨーロッパ人」と「原住民」とに区分していた。統治法それ自体は1854年以前から存在していたものの、1854年の統治法はそれ以前の統治法とは大きくその性格を異にしていた。なにが異なっていたのか。そして、「ヨーロッパ人」と「原住民」という住民区分は、オランダの植民地統治下でどのように定められ、いかなる基準に基づいていたのかを明らかにしていく」。

 第3章「東インド婚姻規定と住民の法的地位の移行」は、「植民地での住民区分を固定化させる役割を担う一方、「ヨーロッパ人」と「原住民」からなる住民区分の境界を揺るがす意義を有した「婚姻」に焦点を当てる。統治法により導入された住民区分は、いくつかの手段により変更可能であり、婚姻はそのなかでも広くみられた行為であった」。

 第4章「「日本人」は「ヨーロッパ人」か-「日本人法」の成立と「文明」をめぐる議論」は、「1899年に制定された「日本人法」を対象としている。「日本人法」制定の背景には明治維新前後から東インドに到来するようになった日本人の存在と幕末にオランダとの間で結ばれた不平等条約の改正があった」。「日本人を「ヨーロッパ人」とみなすための要件とはなんであったのか。日本の「文明化」とは、なにを意味するのか」。さらに「台湾は日本と同じく「文明化」されているのか。日本人同様、台湾人も東インドにおいて「ヨーロッパ人」とみなされるかが問われていく」。

 第5章「「包摂」と「排除」の新たな展開-1892年国籍法と1910年臣民籍法」は、「1892年国籍法改正と1910年臣民籍法の制定過程を扱う。1850年国籍法は市民権を享受する主体として国民を定義し、国籍をその成員資格とした。だが、1850年国籍法制定時に存在していた民法典の国籍規定は改正されず、その後二つの国籍規定が併存する状態が続いていた。そのため1892年国籍法は、国籍規定の併存状態を解消すべく制定されることになる」。

 第6章「世紀転換期の東インド華人をめぐる状況」は、「東インドで華人のおかれた状況を概観するとともに、「外来東洋人」という法的地位にともない存在した問題を整理する。ヨーロッパ人と原住民とを媒介する経済活動の主要な担い手であった華人にとって、彼らに課されたさまざまな制約はその経済活動にとって大きな障害をなしていた。植民地政府によって課された制約のうち、居住移転の自由を制約していた「通行許可証居住区制度」および「警察司法官」(略)を中心的にとりあげ、制約のもたらした意味を検討していく」。

 第7章「法的住民区分の改正と挫折」では、「東インドの住民区分の根幹をなした統治法109条に対していかなる改正が試みられていったのかを検討する。「日本人法」成立以降、統治法には数度の改正がおこなわれている。統治法109条の改正過程を検討しながら、宗教や人種による住民区分の基準がどのように変化したのかを整理する」。

 終章「インドネシア国籍法の制定-「原住民」から「インドネシア人」へ」は、「第二次世界大戦後、脱植民地化の過程で開催されたインドネシアとオランダ両政府による植民地住民の国籍確定をめぐる協議を整理する。植民地住民を区分してきたオランダ国籍法、統治法、臣民籍法といった法律が、オランダ領東インドの解体にともないオランダとインドネシア両国国民の国籍確定にどのように関わっていったのか。さらに、両政府による植民地住民の分割の結果として、周辺的な状況に置かれることになった住民集団の法的地位にも触れる」。

 そして、「あとがき」では、それぞれの章の関係を、つぎのようにまとめている。「本書の第1章と第5章はオランダ国籍法、第2章、第4章および第7章が、統治法の住民区分を主な対象としている。第3章は、植民地での婚姻規則(異法婚規則)をめぐる章であり、国籍法上の地位と統治法における住民区分の地位双方に関わる内容を含んでいる。他の章と比べると若干性格を異にしている章であるものの、法的地位の移行の手段としてのみならず、ジェンダーとセクシュアリティ、さらに人種といった論点が東インドでの異なる法的住民集団の間での婚姻をめぐって展開することもあり、独立の章として本書に収めることとした。第6章は、東インドの華人が置かれた状況と法的地位をめぐる経緯をひとつの章として新たにまとめている。東インドの植民地住民の法的地位を検討するうえで、華人の動向は統治法109条にとって重要な意義を有していたことが理由である」。また、「本書では十分に扱えなかったいくつかの重要な論点が残されている」と述べている。

 本書から「帝国主義」の時代が見えてくる。帝国になる国とその支配下に入る国の基準は、「文明」であった。日本は自国を文明化するために欧米化し、中国や朝鮮を「文明化」していないと見下して侵略していった。幕末維新に日本が欧米諸国と結んだ「不平等条約」の改正が、その原動力となった。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/list/-char/ja)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

大野俊『忘れられていた日本人-フィリピン残留二世の終わらぬ戦後』高文研、2025年12月20日、301頁、2400円+税、ISBN978-4-87498-956-2

 本書の概要は、帯につぎのようにまとめられている。「アジア太平洋戦争で家族を引き裂かれた「二つの祖国」を持つ人々。40年にわたる丹念な取材で、戦後「ハポン」(日本人)と呼ばれ敵視されながら生きた残留二世の壮絶な人生を追う。日本国籍回復への闘い、そして日本に定住した子孫たちの現在。戦後80年を経ても続く、戦争の「後遺症」とその責任を問う渾身の記録」。

 著者は、「はじめに」の「フィリピン残留二世の半生と抱えてきた問題」で、さらに詳しく「「フィリピン残留日本人問題」とはいったい何なのか」と問い、「この問題になじみのない読者のために」説明を加えている。

 「フィリピンの残留二世は大方が戦前の日本人移民の子供たちである。戦前期のフィリピンでは日本人の他の移住国にはない規模で日本人男性の現地女性との結婚や同棲が起きた。太平洋戦争中にはフィリピンのほぼ全土が日本軍と連合軍(フィリピン人抗日ゲリラを含む)の激戦地となり、実に多くの日本人が亡くなった。厚生労働省の調べでは、この国で日本人は軍人・民間人を合わせて海外で最も多い約五一万八〇〇〇人が犠牲になった」。いっぽう、「フィリピン人の戦争犠牲者の数はフィリピン政府調べで約一一一万人。日本人犠牲者の二倍強の数で、当時のフィリピンの人口の約七%に当たる国民の人命が失われる結果となった」。

 「戦時期に成人になっていた二世の大半は侵攻した日本軍の軍人・軍属として動員され、戦後はこの国では「対日協力者」、「裏切り者」として敵性市民扱いを受けた者が多い。米比軍と戦った残留二世の中には、戦闘終了後に抗日ゲリラの「私刑」で殺害されたり、そうした迫害を逃れて戦後の数年間、ジャングルの奥地や離島で息を潜めるような生活を送った者もいる」。

 「まだ幼くて対日協力をしなかった者も「ハポン」(日本人)と呼ばれて敵視の対象にされた。残留二世たちは戦後、ほぼ一様に、母国を蹂躙した日本軍へのフィリピン大衆の憤りを肩代わりする形で迫害や差別を受け、土地・家屋などの財産を当局などに没収されたうえ、日本人の父親を戦死や日本への強制送還で失ったなかで全般に貧しい生活を強いられた」。

 そんな二世は、「フィリピン人の対日感情が徐々に改善してきた一九七〇年代から八〇年代にかけて」各地で日系人会を組織して、「日本の弁護士らの支援を得て、未払い状態の軍人恩給や遺族年金の請求、戦後、没収された財産への補償、戦後、日本に送還された日本人の父親らの親族捜しなどを日本政府に求める運動を開始」した。「それと当時に、日本における自分の身元(戸籍)探し、父親と一緒に暮らしていた時まではあったはずの日本国籍の確認や回復を求める動きを強めた。二〇〇〇年代になってからは、中国残留日本人が日本国籍回復のために用いた法的手段である「就籍」(日本の家庭裁判所での審理を経て自分の戸籍を作ること)の申立てが相次ぎ、日本国籍「回復」を果たす二世が相次いだ」。

 本書は、はじめに、全4章、あとがきなどからなり、「最新のリサーチも加味し、約四〇年という時間フレームの中で、私[著者]が彼らとかわした対話の記録でもある」。「本書の特徴の一つは、新たな面談調査で得たデータをもとに過去の著作で取り上げさせてもらった残留二世たちの人生第二幕・第三幕を紹介したことです」。「日本の支援団体の粘り強い調査によって最近になってその存在が明らかになってきたパラワン島やカラミアン諸島の二世たち、私の独自調査でわかった「最後の残留日本兵」の子孫、戦後、フィリピンに残留したフィリピン人妻、日本に「引揚げ」をしたフィリピン人妻やその子孫ほか、これまで取り上げてこなかった問題やケースにも光を当てました。また、これまで接点のなかった二世・三世・四世にもフィリピンや日本の各地で面談し、今も抱える課題を含め、現在進行形の家族史を描いたのも目新しい点だとおもいます」。

 外務省の委託調査によると、「フィリピン全国で確認された二世(死亡者を含む)は計三、八一五名で、このうち四三%にあたる一、六四九人はすでに日本国籍を取得している。残りの二、一六六人は日本国籍がなく、フィリピン国籍や無国籍の状態にある。このうち一、七九四人はすでに亡くなっているが、一三四名は生存が確認され、他に二三八名が生死不明という」。生存者134名のうち、日本国籍希望は50名、希望せずは63名、保留は21名である。

 本書は、「日系人の歴史にフォーカスして調べ」た成果で、過酷な戦後を送り貧困に喘ぐ日系人に、貧困から抜け出す手段のひとつとして日本国籍を取得して日本で働くことができるように手をさしのべた弁護士らの記録でもある。長年にわたる地道な支援にはほんとうに頭を下げるしかない。そして、ともに寄り添ってきて記録をまとめ、本書を出版した著者にも大いに敬意を表したい。

 いっぽうで、フィリピン国籍を希望して日系フィリピン人になった者には、あまり焦点が当てられていない。気になったのは、日本への希望が語られ強調されることで、選択されなかったフィリピンが貶められているように感じることである。思い過ごしだろうか。

 本書は「この問題に関して専門知識を持たない方も手にとって頂きたい一般書」で、著者は「この本の執筆と平行する形で編集作業を進めた『変容する日系人のアイデンティティと市民権-語られてこなかったフィリピン日系三世代のライフヒストリー』(仮題)というタイトルの学術書も二〇二五年度中に京都大学学術出版会から刊行を予定して」いるという。おそらく、そこで学術的に議論されるのだろうが、気になったことを付記しておきたい。

 まず、戦前の日本人移民の父親で、現地の女性と結婚した者は、基本的に現地社会で暮らし、二世も現地社会の一員になることを想定していた。戦前、現地女性と恋愛関係になるだけで「村八分」扱いされ、日本人社会から排除された例がある。フィリピンでも一時滞在の商社や銀行などの駐在員で現地女性と結婚する者はいなかったし、ダバオのマニラ麻会社の太田興業でも古川拓殖でも帰国を前提とした社員にはいなかった。現地女性と結婚したのは、栽培者や労働者であった。カトリック教会で結婚式を挙げ、少数民族のバゴボなどと結婚した者は伝統に則った。妻は日本語を学ぼうとせず、日本人社会に加わろうとしなかった。

 日本人の夫は子どもにたいして、日本人になって欲しいと考える者は日本人小学校に通わせ卒業後は内地に進学させたが、それはわずかだった。日本人社会とかかわりをもって欲しいと考える者は、日本人小学校に通わせた。現地社会中心に生きて欲しいと考える者は、現地の学校に通わせることになった。それでも日本人の夫は日本人であることに固執し、沖縄などでは徴兵回避のために移民した者もいたが、毎年徴集延期願を領事館に提出した。遠隔地であっても、子どもの日本国籍を希望する者は、遅れてもそのときに出生届を提出することができたので、そうしなかった者は子どもたちがフィリピン社会で生きることを想定していたことになる。詳しくは、拙稿「戦前期日比混血者の「国籍」について」(『アジア太平洋研究』49号、2024年10月、1-17頁)を読んでいただきたい。誤解して欲しくないのは、そこでも書いたが、この父親の想定が戦争によって完全に狂ったのだから、国籍を回復することはもちろん、希望者が就籍することも当然といえよう。戦後永らく、日本政府は自ら現地に残ったとして棄民扱いしたが、想定を狂わせた日本の責任を考えなければならない。

 また、日本軍の占領地や沖縄では、将校は愛人を要求し、兵士用の慰安所が設置されたが、不同意性交はいたるところで起きて子どもができた。中絶が許されないカトリック教徒の多いフィリピンでは、そのまま生むことになった。ある将校は開戦後1年間に自分の子が100人できたと豪語したと語り継がれ、これらの子に日本政府から金を取ってきてやると言って「交渉費」を要求する「政治家」がいた。地元での後日談には、際限がない。悪い話ばかりではない。ミンダナオ島南沖のサランガニ諸島では戦闘らしいものはなく、たいへんだったのは谷川に水を汲みに行ったことぐらいで、駐留日本兵との関係もよかったようで、日本兵の隊長の名前を子どもにつけた者もいた。

 日本国籍を希望する者について、考えなければならないのは、国籍を取得するということは、権利と同時に義務や責任が生じることだ。そのひとつとして、国政選挙や地方選挙に参加できるだけのコミュニケーションと知識が必要だ。そして、選ばなかったフィリピンを尊重することである。そうでないと「二つの祖国」の架け橋にはなれない。貧困から脱出したつぎに、社会の一員になることを考えないと、日本社会での生活の向上、社会的上昇は望めないだろう。

 いっぽう、日系フィリピン人で「成功した三世は日系人会とはほぼ無縁」というのも気がかりだ。かれらこそ、両国の架け橋になり、グローバル人材として活躍できる存在だ。ディアスポラを象徴するフィリピン人は、世界中どこにでもいる。日系人を通して、世界のどこへでも出ていける。フィリピン人の長所と日本人の長所の両方をもつ人材をいかさない手はない。それが、日本語や日本文化による交流だけではない、現代に通用する両国関係に発展する。

 フィリピン共和国の視点からみると、この問題は日比2国間関係だけで解決するものではない。フィリピン津々浦々には中国系住民がおり、南部にはマレー系住民がいる。フィリピン共和国政府にとっての「外国人問題」、あるいはグローバル化社会の問題として考えることによって、新たな学術的意味もみえてくるだろう。


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早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

柴田善雅『南方共栄圏の財政と金融』ゆまに書房、2025年12月1日、898頁、15000円+税、ISBN978-4-8433-7152-7

 「傍証できない」「確認できない」など「...できない」ということばが、本書では頻出する。それは、本書が資料的に網羅したことをあらわしており、具体的に「あとがき」で資料収集過程が説明されている。また、巻末の「参照文献」に著者の単著・論文が36点あげられていることから、本書が「著者積年にわたる研究の集大成」であることがうかがえる。

 その「あとがき」冒頭で、本書の目的がつぎのように述べられている。「本書は日本敗戦すなわち南方共栄圏消滅80年となる2025年に、アジア太平洋戦争期南方占領地を中心とし、仏領インドシナ・タイも視野に入れた地域の、財政と金融の実態を解明し、その作業結果を出版するものである」。

 そして、その成果を、同じく「あとがき」でつぎのように自負している。「本書の公表により、南方共栄圏の各占領地、仏領インドシナ、タイ、東チモールを含めた財政と金融の実態を、全体を俯瞰しつつ各地域相互に比較したうえで検討することが可能となった。とりわけ乙地域を含めた各地域の通貨発行残高統計を踏まえた財政体制と、南発を含む日系金融機関のみならず、地場系金融機関の存在とその業態まで視野を広げて解明できたため、南方共栄圏内財政金融の全体像に接近できた」。

 因みに本書では、「南方共栄圏」を「歴史的地域概念を現す用語として採用し」、著者は「日本が1941年12月開戦で占領下に置いた地域、すなわち甲地域のみならず、介入を加えた地域、すなわち乙地域も含む」。「本書の行論では、「東南アジア」との地理的概念を使用しない」。

 本書は、序章、全5章、終章などからなる。「本書の概要」は、序章「南方共栄圏の財政・金融研究の課題と方法」の最後の第4節にある。第1章「仏領インドシナ軍事展開に伴う財政金融措置」では、「1941年12月開戦前の仏印への武装進駐に伴う軍事費支出と現金調達体制を検討する」。第2章「南方共栄圏の軍事財政」では、「南方共栄圏各地域における軍政財政を各地域ごとに解明し、臨軍会計の南方関係支出を検討する」。第3章「南方共栄圏金融体制の構築」では、「1943年3月までの軍票発行期における南方共栄圏の金融体制の制度構築とその実態を点検する」。第4章「南方共栄圏金融体制の拡大と解体」では、「南発の発券金融機関化の時期の金融制度を分析する」。第5章「南方共栄圏為替決済体制」では、「南方共栄圏の為替決済制度及び政策を解説し、分析を加えた」。終章「南方共栄圏の財政と金融の解体と結語」では、「各章で展開した論点を再確認したうえで、序章で設定した課題への到達点を確認し、全体を通じた結語を示す」。

 本書を通読しても、本書の全体像がすぐにわかるわけではない。一覧表はないが、本文中に多数の表があり、その表と付きあわせて本文を理解するには時間がかかる。16頁におよぶ「機関名索引」から地域ごとに理解を深めていくのがいいのではないかと思う。つまり、本書は事典としても使えるということである。本書の「...できない」が、ひとつひとつなくなる新たな研究が出てくることを期待する。

 なお、本書から「経済的支配の実態」が明らかになるが、そのために各金融機関は、どのような情報を欲したのか。それがわかる南方開発金庫が発行した調査資料200点余のうち150点余が編集・復刻されている(早瀬晋三編集・解説『編集復刻版 南方開発金庫調査資料(一九四二~四四年)』全17巻+附巻、龍溪書舎、2015年)。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
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早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

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早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

小野圭司『太平洋戦争と銀行-なぜ日本は「無謀な戦争」ができたのか』講談社現代新書、2025年11月20日、270頁、1050円+税、ISBN978-4-06-541706-5

 副題の「答えの一つは、金融による「国力の水増し」にほかならない」と「まえがき-国力水増しの舞台裏」にある。そして、「あとがき」で、つぎのようにまとめている。「銀行は、ある意味でバランスシートの上に立つ形而上的な存在で、とにかくリスクを嫌う。銀行員にとってリスク回避はまさに金科玉条で、その最たるものが戦争だ」。「銀行制度は「国力の水増し」を可能とし、それによって近代戦争の規模が拡大した。しかしその背後で銀行は、莫大なリスクを抱えていた。それが負け戦であればなおさらである」。「太平洋戦争では、そのリスクはバランスシートの枠を大きく飛び出した。それは長い時間をかけて収束し、やがて清算される。本書は、その放物線を彷彿させる軌跡を描いたものだ」。

 キーワードのひとつは、バランスシートのようだ。学生時代に使っていた1980年代出版の『岩波 経済学小辞典』を引っ張り出してみた。「貸借対照表」の項目は、つぎのように書き出していた。「企業の一時点における資産・負債・資本の在高(ありだか)を一覧表の形で示したものである。これにより企業の財政状態または財産状態が明らかにされる。それは、通常、企業が受け入れた資本を株主からの資本と債権者などからの負債とに分けて貸方(かしかた)に記載し、その資本の運用形態を各種資産として借方(かりかた)に記載して、両者を比較対照させる形式をとるところから、貸借対照表と呼ばれる」。

 つまり、「戦争のからくり」は、「銀行員たちの血と汗と涙の奮闘」の帳尻あわせの結果、「国破れてバランスシート」が残ったということのようだ。この帳尻あわせは、実際に銀行勤務した者にしかわからないだろう。著者は、1988年に住友銀行に入行し、「横浜支店開設九〇周年事業」に携わり、97年から防衛庁防衛研究所に勤めている。

 本書は、まえがき、序章、時系列に全5章、終章、あとがき、などからなる。本書の概要は、「まえがき」の最後で、つぎのようにまとめられている。「本書では戦時銀行体制の中でも少し視点を変えて、「舞台裏」に焦点を当てる」。「この舞台裏は多岐にわたる。地理的な場合もあれば、制度的、さらには業務的な周辺部分もある。具体的には植民地や占領地での銀行業、硬貨の造幣や紙幣の印刷、また現金の確保や輸送、銀行店舗の閉鎖・避難などだ。道草として、戦後の占領軍経費負担にも目を向けてみたい」。「銀行員たちは勝利を信じて軍を支え、敵に追われながら軍の金庫番も務め上げた。そして終戦を迎えると、戦争で途方もなく膨らんだ有形・無形の負債の清算を余儀なくされる。彼らは敗北が明らかになっても、「信用維持」という銀行業に携わる者としての矜持を手放さなかった。さすがのアインチヒも、そこまでは思いもよらなかったであろう」。「あちらこちらに散在する断片的な物語を繋ぎ合わせると、戦時に「国力の水増し」を担った銀行体制の新しい輪廓が浮かび上がる。この姿を辿りながら八〇年前の戦争、そして戦後を振り返ってみることにする」。

 序章「風雲高まる」で取りあげられたのは、「(一)植民地では」台湾銀行(台銀)と朝鮮銀行(鮮銀)、「(二)国際金融の舞台でも」では横浜正金銀行(正金銀行)と国際決済銀行(BIS)である。

 「台銀は一八九七年四月に公布された「台湾銀行法」に基づく特殊銀行だ。設立時には資本金の五分の一は政府出資で、株式会社の形態をとっていた。このため特殊銀行の代表者は一般に「総裁」だが、台銀のそれは「頭取」だった」。「台銀は中央銀行として、金本位の台湾銀行券(台銀券)を発行した。同行は商業銀行として一般企業への融資も行い、台湾の主要産業であった製糖と樟脳製造への長期事業資金を提供した」。「そして日華事変・太平洋戦争を迎えた台銀は、戦線の拡大に合わせて中国大陸や東南アジアで店舗網を展開した」。

 朝鮮銀行は、つぎのような経緯をたどった。「日韓併合の前年である一九〇九(明治四二)年一〇月に、日本主導の下で中央銀行となる韓国銀行が設立された。日韓併合(一九一〇年八月)の翌年八月に、朝鮮銀行に改称する」。「台銀と同様、鮮銀も中央銀行であると同時に、商業銀行としても機能していた」。「鮮銀は日本の進出とともに朝鮮半島から満洲へ活動の場を広げ、さらにはシベリア出兵に伴いシベリアや北樺太にも店舗を展開して、そこでも通貨(鮮銀券)を発行した」。

 「正金銀行は一八八〇(明治一三)年二月に開業し、一八八七年七月に「横浜正金銀行条例」の公布で特殊銀行となった」。「正金銀行の設立時資本金の三分の一は政府出資であった」。「正金銀行は欧米の他、中国大陸、朝鮮、台湾、東南アジアなどに支店を拡充し、日本の大陸政策や植民地経済と深く結びついた。そして一九二〇年代には」、「世界三大為替銀行としての地位を確立した」。「また中央銀行である日本銀行は国外に支店を持たないことから、日銀の対外取引は正金銀行を通じて行われた。したがって両者は、国際金融取引では深い関係にあった」。

 国際決済銀行は、「一九三〇年五月にスイスのバーゼルに開設された。第一次大戦後、ドイツの賠償金支払いを円滑に処理することが主な設立目的であり、各国中央銀行の協調を進める常設機関としての性格も持たされていた」。「主要出資国として日本はBISの理事派遣の権利を有していた」。「日本のBIS理事席は第二次大戦中も変わらず維持され、独伊などの同盟国を除く欧米諸国との数少ない接点となった」。

 「無謀な戦争」を支えた銀行は、敗戦とともにその「任務」を終えることはできなかった。第五章「戦争の後始末」として、「回り始めた占領政策」のなかで「接収と業務移管」をおこない、「行員・家族の引き揚げ」を推進しなければならなかった。さらに、終章「諸行無常と万古不易」では、「引き続く「戦後」」としての「在外預金などの支払い」「閉鎖機関の清算」とつづくことになった。満洲中央銀行の清算は1953年、鮮銀は57年、正金銀行は64年に終了した。

 いまオークションを見ると、数百円の手ごろなものから数十万円あるいはそれ以上のレアなものまで、軍票など戦争中に発行された紙幣が並んでいる。本書を読むと、戦争中に無数の貨幣・紙幣が発行されたことがわかる。流通しなかったものもある。その実態をいちばん知っているのは、古銭商かもしれない。本書は、遺品整理などでとんでもないものが出てくるかもしれないと期待を抱かせる1書でもある。

 それにしても「決死の覚悟で駆け巡」り「近代戦争の規模を拡大」させたことの意味と、その結果を、戦後に真剣に考えたバンカーはいなかったのだろうか。淡々と書かれている本書からは、それが見えてこなかった。そのようなバンカーが何人かいて回想録を書いていれば、本書もまた違ったものになっていたかもしれない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

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