小関隆『中立という選択肢-エーモン・デ・ヴァレラとアイルランドの第二次世界大戦』人文書院、2026年3月20日、196頁、2500円+税、ISBN978-4-409-51125-1
「本書は、京都大学人文科学研究所の共同研究班「人物で見る第二次世界大戦」(班長:林田敏子)が立案・刊行するシリーズ「レクチャー 第二次世界大戦を考える」の最初の一冊である。本書を皮切りとして、これから数年にわたり、分量は手頃ながらも、旧来の第二次大戦のイメージに修正を迫るだけのインパクトのある単著を、研究班の班員が次々と送り出すことになっている」。本シリーズは、「かつて全一二冊を刊行したシリーズ「レクチャー 第一次世界大戦を考える」」の続編でもある。
本シリーズが目指したものは、つぎのようにまとめられている。「第二次世界大戦は、参戦国の数においても、その影響を受けた国や地域の広がりにおいても、第一次世界大戦を凌駕する規模をもつ。その政治的・社会的・文化的影響は戦時期にとどまらず、冷戦期、さらには現代まで及んでおり、きわめて多層的かつ長期的な射程を有している。戦争が国家を単位として遂行される以上、その歴史叙述もまたナショナルな枠組みに回収されがちである。しかし、このような大戦の全貌を単一の視点から把握することには、自ずと限界がある。そこで本シリーズではあえて特定の人物に焦点を当て、個々の経験と大文字の「大戦史」との関係性を問うことで、通説的な第二次世界大戦像に再考を促す視座を提示することを目指した」。
その最初の本書では、アイルランド首相のエーモン・デ・ヴァレラに焦点をあて、「中立という選択肢」を俎上に載せた。帯には、「チャーチルを苛立たせたアイルランド首相デ・ヴァレラ」と大書され、「大国の戦争に巻き込まれまいとする小国にとって、中立は実践可能な選択肢なのか? ナチズムとの「聖戦」に背を向けるのは正当なのか? 中立の光と影を描く」とある。大国とは、具体的にはドイツ、イギリス、アメリカなどをさす。
本書は、はじめに、時系列的に全6章、おわりに、あとがきなどからなる。
当時南アイルランドの国号であった「エール政府が公式に中立を宣言したのは一九三九年九月二日、ドイツ軍のポーランド侵攻が開始された翌日である」。「中立の選択を導いた重要な文脈は三つある」。「第一に、国際連盟の権威失墜に伴う集団安全保障という選択肢の無効化である」。そこには、「身勝手な大国が引き起こす戦争に翻弄されることを拒否する「小国の論理」」があった。第二の文脈は、「主権国家のステータスの追求である」。「イギリスの意向にかかわりなく、大戦に参戦するか否かを自ら決定することには、「事実上の共和国」の主権の行使という意味が込められていた。参戦か不参戦かを決定できてこそ主権国家」だった。「第三の文脈は、一九二二~二三年の内戦とその後も根強く残った対立関係である。独立戦争をともに戦った同志が凄惨な抗争を繰り広げた内戦はトラウマ的な経験であり、自由国(エール)は内戦による人的損失と対立のしこりという重い負の遺産に苛まされていた」。
だが、「実際にはエールとイギリスの間には既に多岐にわたる協力関係(あくまでも非公式の)が成立しており、エールの中立は等距離中立からは程遠かった」。この「「友好的中立」のスタンスに、概してイギリス政府は理解を示した。参戦によってエール国民の分断が表面化し、結果的に生じかねない騒乱に対処する必要に迫られる可能性を考えれば、また、そもそも弱体なエール軍には軍事的貢献はほとんど期待できないことを考えれば、エールには中立の形式を保ったまま粛々と「友好的」に便宜を図ってもらう方がありがたい、イギリス政府ではこうした見方が段々と強まっていった。中立放棄を無理強いするよりも中立のエールからできるだけの協力を引き出す方が賢明だ、という判断である」。
第4章「「友好的中立国」の戦争協力」では、「情報共有」「施設・領域の使用」「イギリス軍への入隊」「イギリスでの就労」などの見出しのもとに、具体的に「両国政府の協力」が描かれている。だが、その負債は大きく「南北分割の固定化」が決定的になった。「エールの中立はイギリスへの背信行為に他ならず、そんな愚挙に及んだエールがイギリスと一体の北アイルランドと統一されることなど」ありえなかった。
比較的長い35頁に及ぶ「おわりに」の最後の「4 結語」には、「代案はあったのか?」と「中立国から見た大戦」の2つの見出しがある。前者では、「「もっと積極的な支援」に踏み出さなかったのは、それが国内の分断を招くことを懸念したためだろう。換言すれば、内戦のトラウマはそれほど痛切であって、デ・ヴァレラは徹頭徹尾内向きの姿勢で大戦に対処するのが最善だと判断したのである」と結んでいる。
後者では、つぎのようにまとめている。「道徳的優位を自負する中立国に視点を据えることは大戦像の修正にもつながりうる。たとえば、大戦は今でもしばしば「反ファシズム戦争」として描かれるが、これは多分に後知恵に基づく戦勝国史観である。大戦はファシズムないしナチズムという巨悪に対抗する正義の戦争だったとどんなに喧伝しても、そこに自国の利益の増進という狙いが介在していたことは隠しきれない。連合国も枢軸国もどっちもどっちだったとの言い分には同じえないにしても、大戦が「善」と「悪」の対決だったとは言い切れないことを指摘し、中立の方が道徳的に優越していると主張することには、戦勝国史観を相対化し、戦争よりもマシな選択肢がなぜとれなかったのか、との問いを突きつける力が備わっている。こうした問いは、たとえばチャーチルが味わっていたに違いない達成感、自分は歴史の審判に耐えうる偉大な成果を収めたとの満足感に冷や水をかける。だからこそ、プライドの高いチャーチルはエールに中立にあれほど苛立ちを募らせたのだと思われる」。
つづけて著者は、「エールの中立の是非について、明快な結論は出しがたい」と述べ、「中立のコストのいくつかは、仕方がなかったなどと軽々に片づけてよいものではない。それでもなお、最も重く見られるべきはやはり「中立の決算」の最初に挙げた「戦禍の最小化」だろう」と結論している。そして、つぎの文章で結んでいる。「エールの大戦経験は、決してバラ色だけでは描けないにせよ、安易に捨てるべきではない選択肢=中立の実践可能性を示す歴史的先例として、幾度でも振り返られるに値する」。
「中立は決してバラ色ではないものの、充分に実践可能な手許に置くべき選択肢である」という結論は、「戦禍の最小化」につながるからであるが、実際に戦争がはじまると、この当たり前のことが当たり前に考えられなくなる。敵の「戦禍の最大化」を願うことが、戦勝につながるからである。その意味で、「戦勝国史観」の修正を迫るための「中立」国史観は重要である。また、ヨーロッパの博物館では、すべてをナチズムの責任にし、自国の責任を回避する展示がまま見られる。「戦勝国史観」のナショナル・ヒストリーを超えるためにも、「中立という選択肢」を考える意味は大きい。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/list/-char/ja)
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。