早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2026年05月

岡本正明・中西嘉宏・大庭三枝編『現代東南アジア政治』(地域研究のファーストステップ)法律文化社、2026年1月20日、229頁、2700円+税、ISBN978-4-589-004448-8

 本書は、「世界各国や地域の政治・社会を基礎から学ぶ入門テキスト」である「地域研究のファーストステップ」の1冊として出版され、「大学で東南アジア政治を初めて学ぶ学部生を対象としている」。

 「はしがき」では、「21世紀の東南アジア政治を学ぶ」の見出しのもと、世界政治、世界経済、日本との関係の概略を説明した後、本書の目的を「皆さんに東南アジアの政治や国際関係を知ってもらうことである」とし、つぎのように説明している。「ダイナミックに変容が始まった21世紀以降に着目し、そのダイナミズムを理解するうえで大事だと思えるテーマを取り上げている。経済成長を続け、若者層が多く、都市化やデジタル化が急速に進んでいて、日本以上にダイナミックに社会が変わる、その面白さを理解してもらいたい」。

 つづけて、具体的な問題を、つぎのように取りあげている。「面白いといっても、よいことばかりではない。国内政治にも国際関係にも課題は多い。民主化は停滞している。経済格差は大きくなり、汚職も蔓延している。軍隊の政治関与が目立ち、内戦が続く国もある。森林破壊、大気汚染などの環境問題も深刻である。国際関係に目を向けると、この地域の国々は必ずしも結束しているわけではなく、地域機構である東南アジア諸国連合(ASEAN、アセアンと読む)の存在意義を疑問視する声もある。成長著しく将来が明るくみえる国々の負の側面にも本書は光を当てよう」。

 本書の特徴は、「21世紀に入ってからのこの地域の政治をイシュー別に取り上げた点で」、つぎのように説明している。「1カ国ずつ取り上げると、それぞれの国の政治的特徴はよく分かるものの、読者が東南アジア政治の全体の特徴を理解するのが難しくなってしまう。東南アジア諸国の国内政治や国際関係を考えたときに共通して重要なテーマを取り上げたほうが学べることが多いと考えたからである。とりわけ、1997年のアジア通貨危機以後の東南アジアは、政治体制は多様でありながらも類似性も多いので、テーマ別に取り上げても例外的な国というのがあまりない。このことは本書を読んでもらうとよく分かる」。

 本書は、はしがき、4部全13章、4コラムなどからなる。第Ⅰ部「歴史」は第1-2章の2章からなり、「21世紀以前の東南アジア政治の概論である」。第1章「東南アジア世界の形成」が「独立までの時代を扱い」、第2章「国民国家の時代」が「独立後から20世紀末までの時代を取り上げる。どちらの章も、第Ⅱ部から第Ⅳ部で扱うテーマを意識して書くことで、21世紀の東南アジア政治をより良く理解できるようにしている」。

 第Ⅱ部「国家」は、第3-6章の4章と1コラムからなり、「東南アジアの政治のうち、国家に関わるテーマを解説している」。第3章「政治体制の変動-民主主義は持続可能か?」は、「東南アジアでみられる政治体制のダイナミズムを分析している」。第4章「経済成長と政治-国が豊かになるための条件は何か?」は「経済成長に果たす国家の役割を論じ」、第5章「汚職・腐敗問題-なぜなくならないのか?」は「蔓延する汚職問題に切り込んでいる」。第6章「政軍関係-文民統制こそが「非常識」?」は、「軍が国防以外に果たす役割を論じている」。

 第Ⅲ部「社会」は第7-10章の4章と1コラムからなり、「社会や生態に関わるテーマを取り上げている」。第7章「ジェンダー-格差をなくす政治は可能か?」は、「ジェンダーをめぐる政治を分析している」。第8章「暴力と平和-民族・宗教紛争はなぜ起きるのか?」は、「未だに続く民族・宗教紛争の背景と分析の視点を示している」。第9章「環境と政治-民主主義は環境を守るのか?」は、「森林破壊などの環境悪化を生み出す政治の特徴と対策を明らかにしている」。第10章「デジタル化-オンライン空間は民主的か?」は、「急速に進むデジタル化と民主化との関係を論じている」。

 第Ⅳ部「国際関係」は第11-13章の3章と2コラムからなり、「東南アジアを取り巻く国際政治を扱っている」。第11章「ASEAN-地域協力のための制度とは?」では、「この地域で最も重要な地域機構であるASEANの変容を取り上げている」。第12章「東南アジアと日本-両者の関係はどのように変化してきたのか?」では、「21世紀に入ってからの東南アジアと日本の関係の変化の特徴を明らかにしている」。第13章「東南アジア諸国間関係-中小国が国際関係を動かす?」は、「中小国からなる東南アジア域内の国際政治を論じている」。

 そして、つぎのようにまとめている。「日本にとってますます重要になる21世紀東南アジアの政治のダイナミズムを理解するうえで本書が役に立つことを願っているし、本書がこの地域への関心を高め、旅行し、現地の人々と交流する窓口になることを期待している」。

 「はしがき」は4頁である。導入部として簡潔であるが、この導入にたいして、本書を読み終えた後の学生が、なにをどう考えたらいいのかの「おわりに」がない。「はしがき」で「結論」を述べ、各章でそれを確認していくなら、「はしがき」を充実したものにすればいい。だが、本書のように「はしがき」が簡潔だと、読後に確認してもらう「おわりに」を充実する必要がある。極端なことをいえば、「はしがき」と「おわりに」を読んで理解すれば、単位が取れるようにするというのが学生に「親切」というものだ。


大阪府豊中市(千里中央)に転居しました
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/52/0/_contents/-char/ja)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

小関隆・藤原辰史・駒込武・林田敏子・岡田暁生『第二次世界大戦再考』(レクチャー 第二次世界大戦を考える)人文書院、2026年4月20日、146頁、2000円+税、ISBN978-4-409-51124-4

 本書は、京都大学人文科学研究所の共同研究「人物で見る第二次世界大戦」(2022-25年)の成果の一部で、2024年6月に開催された人文研アカデミー連続セミナー「第二次世界大戦再考」(全4回)がもとになっている。

 また、2007-15年に組織された共同研究「第一次世界大戦の総合的研究」の成果を引き継ぐものである。だが、ヨーロッパとアジアでは、2つの世界大戦の意味はずいぶん違う。日本人研究者にとっての第一次世界大戦は、まず世界史のなかで「総合的」に理解する必要があった。それにたいして、「アジア・太平洋戦争」として詳細に検討されてきた第二次世界大戦は、具体的な事例から「再考」する必要があった。

 「「人物で見る」というアプローチをとった」理由について、「「レクチャー 第二次世界大戦を考える」の刊行にあたって」では、つぎのように説明している。「有名か無名かを問わず、特定の個人(諸個人)への着目を通じて、広く流布する第二次世界大戦像に有為な修正を施そうと意図したためである。通説に最も鮮烈な意義を突きつけるのは個々人の固有の経験に他ならず、人物に照準を合わせる手法には、通説が孕む問題性を浮き彫りにし、その一人歩きに歯止めをかけて、第二次大戦についてのわれわれの理解や解釈をより陰影に富んだものとするポテンシャルがある」。

 本書は、序論、全4章、あとがきからなる。各章は、セミナーに登壇した4名の論考からなり、序論で各論考の内容や主要な論点が整理されている。「あとがき」では、「三年にわたる共同研究班の歩みを振り返りつつ、そこで共有された問題意識を確認するとともに、研究班の成果として今後刊行される単著シリーズの趣旨について」述べている。

 「序論 第二次世界大戦はどんな戦争だったのか?」では、まず「文民の犠牲」をとくに銘記すべきものとして取りあげた後、「第1~4章の内容に即して、第二次世界大戦(以下では大戦と略記)の捉え方をいくつか提示」している。「文民の犠牲」は、つぎのようにまとめている。「文民のうちでも特に集中的に殺されたのが、人種学や優生学といった「理論」「科学」に基づいて、ナチ・ドイツが「最終解決」=「絶滅」されるべき最も「劣等」な集団に特定したユダヤ人である。ジェノサイドの対象となったユダヤ人の犠牲者数は六〇〇万に迫る(ユダヤ人だけでなく、ロマや障碍者、同性愛者も集団的に殺戮された)。原爆投下とホロコーストこそ、大戦を第一次大戦と差異化する特有の「悪」である」。

 第1章「ナチス「飢餓計画」をめぐる人びと」で「とりあげるナチの「飢餓計画」は、ドイツ民族を養うに足る食糧を生産する「生存圏」(「生命空間」)の獲得という戦争目的を達成するために立案され、実行された。「生存圏」となるべき東方の地域(特にウクライナの穀倉地帯)で生産される食糧が充たすのはあくまでもドイツ民族の胃袋だけであって、占領地の「劣等」な住民(と捕虜)が「生存圏」に残留していてはならない。占領地を更地にすることを目指す「飢餓計画」において、殺戮は目的達成のための基本的な行為だった」。

 第2章「台湾人にとっての戦争経験と戦後経験-植民地支配に翻弄された生と死」は、「形式のうえでは一九四五年九月二日の日本の降伏文書調印によって終わった大戦が、実はこれで終結したわけでは必ずしもなかったこと、第一次大戦と同じく、未完の戦争であったことを伝える。日本の敗戦の直後に始まった中国の内戦を思い起こすだけで、この点は了解できるだろう」。「中国の人びとにとって、大戦と国共内戦という「戦後の戦争」は一続きである。そして、中華人民共和国の人民解放軍が台湾の軍事制圧を自重した理由の一つも、朝鮮戦争というまた別の「戦後の戦争」が勃発したことであった」。

 第3章「キッチン戦線-第二次世界大戦期イギリスにおける主婦の戦い」が「クロース・アップするのは、総力戦において「戦争の当事者としての覚悟」を求められた銃後の文民、とりわけ「食糧戦争」の「キッチン戦士」「司令官」たることを期待されたイギリスの主婦である。戦場の兵士だけでなく、市井の文民にも戦勝に向けた貢献が要請される総力戦において、主婦が「戦士」に擬せられたのは驚くに値しない」。「節約を心がけ、食習慣を見直し、無駄のない調理方法を案出し、難しい条件の下でもなるべく良質な料理を提供して、戦争遂行に貢献しようとした主婦の奮戦は、ついつい見落とされがちな、しかし重要な総力戦の一側面である」。

 第4章「リヒャルト・シュトラウスってまだ生きていたの?」の主役は、「言わずと知れた大作曲家、バッハに始まりベートーヴェンを経てワーグナーに至る「偉大なるドイツ音楽」の系譜の継承者と広く認められた人物である。ナチは芸術がもつ訴求力や動員力の政治的な利用価値をよく理解しており、「偉大なるドイツ音楽」を手厚く庇護した」。「総力戦は老人にも貢献を求める。シュトラウスは終戦時には八〇歳を超えているが、彼のような著名人であれば、いかに高齢であっても戦争の役に立つ」。

 そして、序論をつぎのように結んでいる。「これで大戦の性格を論じ尽くしたとはいえないにせよ、いずれも大戦というとりつき難い複合的戦争を理解するうえで有効な捉え方だろう。国連の機能不全をはじめ、ポスト大戦レジームがさまざまなかたちで行き詰まっているかに見える時代に遭遇している私たちにとって、これらの角度から大戦をあらためて再考してみることの意義は小さくない」。

 「あとがき」では、「あえて特定の人物に焦点を当て、個々の経験と大文字の「大戦史」との関係性を問うことで、通説的な第二次世界大戦像に再考を促す視座を提示することを目指」すに至った経緯が語られ、つぎのようにまとめている。「人物研究の核心は、戦時体制というマクロな「構造」と、その只中を生きた個々人の経験とを切り離すのではなく、両者を往還させながら結び直す点にある。どの人物に焦点を当てるのかという選択は、国家の枠組みによって編成されてきた戦争史を相対化し、インターナショナルあるいはトランスナショナルな視座から第二次世界大戦を捉え直す可能性をも開く。個々の戦争経験は、戦後いかに記憶され、語られ、あるいは忘却されてきたのか。死後長い時間を経て再評価される人物がいる一方で、時代の変化とともに忘却されていく人物もいる。こうした人物評価の変遷そのものが、第二次世界大戦の記憶がいかに構築され、また再構築されてきたのかを考えるうえで、重要な手がかりとなる。このような視角に立つとき、加害と被害、戦勝と敗戦、戦時と戦後といった単純な二分法では捉えきれない、より複雑で多層的な戦争のありようが浮かび上がってくるだろう」。

 すでに小関隆『中立という選択肢-エーモン・デ・ヴァレラとアイルランドの第二次世界大戦』(人文書院、2026年)が出版されているが、2010-14年に計12冊を刊行したシリーズ「レクチャー 第一次世界大戦を考える」と踏襲した単著シリーズが刊行されるという。ヨーロッパ中心の第一次世界大戦の世界史とは違い、ヨーロッパ戦線だけでなくアジア太平洋戦線をも視野に入れた世界史を人物を通して、どのように論じるのか楽しみである。その意味で、第2章で台湾を取りあげた意味は大きい。


大阪府豊中市(千里中央)に転居しました
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/52/0/_contents/-char/ja)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

日下渉『フィリピン-強権を求めた「新生」への希望』岩波新書、2026年4月17日、224+11頁、960円+税、ISBN978-4-00-432108-8

 「はじめに」の冒頭に、「フィリピンは、アジアにおける民主主義の先進国だ」とある。だが、一般の日本人は、フィリピンが健全に民主主義を発展させてきた国だとは思っていない。著者、日下渉はつぎのように説明を加えている。「フィリピンでは、全国各地に基盤をもつ二〇〇から三〇〇ほどのエリート家族が、民主主義の制度を利用して私的利益を追求し、不平等を再生産してきた。彼らは、有権者の多くを占める貧困層を利益配分と暴力で支配し、選挙を通じて公職を独占し、国家資源を利用して富と権力を強化してきたのである」。

 そして、「この「エリート民主主義」に対する人々の挑戦は、深刻な不平等によって分断され、民主主義の不安定要因になってきた」と2000年前後以降の歴史的説明をした後、現状をつぎのようにまとめている。「強権的なリーダーを求めた彼らの投票行動は、グローバルな自由民主主義の後退と連動しているかもしれない。比較政治学の知見によれば、先進国では、新自由主義、グローバル化、製造業から情報通信業への転換といった経済変動が、中間層の生活を不安定化した。その結果、彼らが保守的な価値観を強め、権威主義的ポピュリストを支持するようになったという(略)。だがフィリピンでは、新たな経済構造のもと、むしろ経済成長が続き、中間層も徐々に成長するなかで、権威主義的なリーダーが支持され、暴力さえ容認された。ここに、本書が取り組むパズルがある」。

 そのパズルを解くためには、副題にある「新生」を理解しなければならない。著者は、「「新生」の希求とその逆説」の見出しのもと、まずつぎのように問いかけている。「継続的な経済成長のなかで、なぜ多くのフィリピン人が、暴力的なリーダーを支持し、かつての独裁期を美化したのだろうか。豊かさを手にし始めた人々は、なぜリベラルな価値でなく、権威主義的な価値を抱くようになったのだろうか」。つづけて、つぎのように述べている。「本書では、グローバルな新自由主義のもと台頭した「新時代のフィリピン人」の苦しみ、不満、希望に着目する。そして、彼らが、フィリピン「新生」の希望を、対抗エリートによる「変革」の約束に賭けたからだと論じる。対抗エリートとは、暴力、法律の知識、メディアでの知名度などを通じて戦後に台頭し、大地主の伝統的エリートに挑戦してきた勢力である」。

 そして、この見出しを、つぎのように結んでいる。「広範な人々が、あえて自らの自由を制限する「規律」(disiplina)を重視し、フィリピンの新生と発展に寄与する「善き市民」としての自覚を深めた。これは望ましいことに思われる。だが、ここに大きなジレンマがあった。新生のためには、内部になる悪しき要素を特定し、克服する必要がある。それが自己の内部で完結すれば、社会的な影響は少ない。しかし、国民国家の新生というプロジェクトは、規律による新生を拒む「悪しき他者」を構築する。そして、この善悪の二項対立は、野心的な政治家にとって、絶好の政治資源になる。彼らは、「悪しき他者」を打破して「善き市民」の利益を実現すると訴えることで、人々の支持を集めて民主的に権力を奪取し、現在と過去の強権、国家暴力さえも正当化できるのだ」。

 本書は、はじめに、全8章、おわりに、あとがきなどからなり、「本書の議論と構成」は、「はじめに」の最後にある。「おわりに」は、つぎのようにまとめられている。「新時代のフィリピン人は、新たなフィリピンを生み出すために権威主義的なリーダーを手段として利用してみたにすぎず、両者の結びつきは本質的ではない。新時代のフィリピン人が抱く希望と苦しみを表現する大衆文化は、新生の新たなヴィジョンを提示している。たとえば、人気P-POPグループSB19は、自らを構成する負の要素を排除せず、抱きかかえたままの新生を構想している」。

 また、「おわりに」の最後の見出し「フィリピンの挑戦から学ぶ」を、つぎのパラグラフで結んでいる。「もとよりフィリピンの可能性は、過去の輝かしい伝統や現在の確たる制度ではなく、多様な勢力が既存の権力関係を批判し、より善き未来を求めて闘争するプロセスの中に宿っている。安心して頼れる国家と公式の秩序が不在であるがゆえに、人々は苦しみながらも自らの力で社会秩序を生み出し、望ましきフィリピンを実現しようと希望を持って不完全な民主主義に参加してきた。たしかに、その情熱が常に望ましい方向に向けられてきたわけではない。だが、社会の諸問題を自らのものとして捉え、試行錯誤しながら、より公正で豊かなフィリピンを築いていこうとする彼らの実践には、市民による自己統治という民主主義の根源的な可能性が宿っている」。

 本書の主題は「フィリピン」であり、著者は地域研究者である。わたしもかつてはフィリピン地域研究者であったが、著者の現在の年齢のころにはやめていた。やめた理由は、できなくなったという消極的なものと、さらなる発展を求めての積極的なものの両方があった。

 できなくなり、「新時代のフィリピン人」がわからなくなったのは、フィリピンでの現地調査を繰り返し、情報を収集する時間的、体力的余裕がなくなったためである。フィリピン関係の書籍、論文を海外、国内で収集するのに疲れた。加えて、フィリピン以外のテーマで論文を書く学生・大学院生の指導のために「勉強」する必要があった。それは、この書評ブログで取りあげた書籍を見れば学生・大学院生のテーマの一端がわかるだろう。だが、それらだけではない。研究者は、自身が本格的に研究をはじめたころの時代を背景に研究を続ける。わたしの場合、1984年に提出した博士論文が基点となる。本書第2章「争われる民主主義」「2 ナショナルな発展の模索」の「マルコスの開発独裁」「ピープル・パワーによる民主化」の時代で、第4章「ドゥテルテ家に見る対抗エリートの台頭」「2 ダバオの社会史」で取りあげられているダバオ市の殺人件数が頂点に達した1985年前後にフィールド調査をおこなった。インタビュー調査では、まず最初に「戦前」のことだと強調した。時事問題を訊くことは命にかかわり、数十メートルおきのチェックポイントを何度も通過しながらの調査だった。その基点の延長線上で、「新時代」のフィリピン人が理解できなくなったのが、フィリピン地域研究をやめた最大の原因だった。同じころ調査をした野村進の『フィリピンと日本人』(ちくま新書、2026年)が1986年の「マルコスの亡命」でおわり、1989年以降が駆け足でわずか1頁で終わっているのがよくわかる。

 積極的な意味では、フィリピンのことがフィリピンだけを研究対象としていてはわからなくなったためである。とくに前近代からフィリピン南部を中心に海域東南アジアという枠組みで研究してきたため、ナショナル・スタディーズでの研究の限界が日増しに高まった。本書で強調して取りあげられている「麻薬」にしろ「汚職」にしろ、キリスト教が浸透したフィリピン社会の独自性はあるものの、海域世界に属するという共通点があり、ほかの東南アジア諸国でも深刻な問題である。1967年にASEAN(東南アジア諸国連合)が成立し、2015年にASEAN共同体にまで発展した近隣諸国との関係抜きにフィリピンのことはわからないように思えてきた。ASEANを通してフィリピンを相対化する必要を感じた。

 副題に「希望」とあるが、「フィリピン人の優しさと逞しさ」「つながりに基づく創造的な狡知でしたたかに乗り越えていく方途」を知らない者に、なかなか伝わらないもどかしさがある。フィリピンになじみのない人びとに、どう伝えるか、フィリピンの現状から「民主主義の先進国」のイメージがないだけに、課題は多々ある。また、著者が「かつて自分の愛したフィリピンが急速に失われている」と感じるようになった現在、「新時代」の先のフィリピン人を本書の延長線上で理解できるのか。社会科学だけではわからない地域の研究者の腕の見せどころである。


大阪府豊中市(千里中央)に転居しました
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/52/0/_contents/-char/ja)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

野村進『フィリピンと日本人』ちくま新書、2026年3月10日、318頁、1050円+税、ISBN978-4-480-007733-2

 本書の概要は、つぎのように表紙見返しにある。「日本とフィリピンの歴史は合わせ鏡のようなところがある。戦国時代に来日したスペイン人宣教師のほとんどはフィリピンから来た。朝鮮出兵後の豊臣秀吉がフィリピンを狙うのではないかとスペインは警戒した。徳川幕府がキリシタン大名・高山右近を国外追放した頃にフィリピンにいた日本人は三千人を超えるという。独立を目指した英雄ホセ・リサールは明治の日本に憧れた。スペイン、米国の植民地として受けた苦難、日本軍政下での惨劇、そして戦後の政治腐敗……。しかしいま、その国力は躍動のさなかにある。とびきり社交的なフィリピン人気質の裏の壮絶な歴史に、私たちは何を学ぶことができるか」。

 フィリピンの歴史から「何を学ぶことができるか」と問われて、答えられる日本人はそれほど多くないだろう。フィリピンから「学ぶことができる」著者を含めたごく限られた「フィリピン通」の悩みは、「プロローグ」にも「あとがき」にもあらわれている。「プロローグ」の最初の見出し「日本人のフィリピン・イメージ」の最後に、「日本・フィリピン関係史は、おおげさではなく、私たちの生き方に再考をうながす力を秘めている」と書き、「あとがき」の最後でこのことばを繰り返して「その力を読者が少しでも実感してくださったなら、まさしく著者冥利に尽きる」と結んでいる。その「力」は一般の日本人にはなかなかわからない。

 その前の「あとがき」の最後のほうで、著者は本書の目的をつぎのように語っている。「フィリピンの人々が、「共感の時代」と呼ばれる現代を、世界の先頭に立って牽引している現実と、そこまでにいたる苦難に満ちた、だが誇るべき歴史の一端を、ぜひ知ってもらいたいと思う」。

 本書は、プロローグ、全5章、エピローグ、あとがき、などからなる。「フィリピン史と日本史とは、切っても切れない関係にある」ことを示しながらフィリピンの歴史を概説し、「エピローグ」で日本人がフィリピンから「何を学ぶことができるか」を例示している。最初の見出し「植民地住民の生き残るすべ」では、つぎのように結んでいる。「「逆手にとる」という言い方がある。フィリピン人が選んだ道は、結局これではないか。受け身をとりつつ、相手から押しつけられたものを変容させ、いつのまにか我がものとしてしまい、日々の生きる糧にしてきたのではなかろうか」。

 つぎの見出し「土着化と変容」では、冒頭「その端的な例が英語である」と述べ、つぎのようにつづけている。「アメリカから徹底的に叩き込まれた英語による教育は、繰り返し述べたように深刻な植民地根性をもたらしたが、その反面で、グローバリゼーションとIT化の時代を迎えると、フィリピンは強制された英語を逆手にとって、将来への活路を見いだした」。

 「赦しの教え」では、「キリスト教社会では許す権利をもつほうが優位に立っている」と引用し、つぎのパラグラフで結んでいる。「いずれにせよ、「絶対に許さない」とか「被害者が納得するまで謝罪を続けよ」とか、もしくは「目には目を、歯には歯を」といった言葉が横行する社会とは、いかに異なる世界にフィリピン人は生きていることか。もしかすると、『聖書』の教えを最も忠実に守ってきた世界最大の集団が、カトリック教徒のフィリピン人ではないか」。許す許さないは、許すほうの側にあり、許されるほうは許す側に委ねるしかない。

 「人間関係の力」では、「フィリピンの自殺率は、世界で最少のランクに属する」ではじまり、その源に「人間関係の力」が存在することを、つぎのように説明している。「頼れる味方が少なからず身のまわりにいる現実に加え、そのような他者に甘えることへの抵抗感がほとんどない。西洋流の自立など、最初から自己に課さず、他人にも求めず、甘え・甘えられる関係を、生まれてから死ぬまで周囲と持ち続ける。精神面で子どものままでいても、また居心地がよければ何歳まで実家にいても許容される。長幼の序が保たれているから、老人は邪険にされず、通常つねに敬われる。大様で厚みと広がりのある人間関係に守られながら、一生を送るのである」。

 最後の見出しの「情の世界に生きるフィリピン人」では、つぎのように冒頭述べている。「強固にして広範な安全網とは裏腹の、家族至上主義や縁故主義をフィリピン人はどう克服しようとしているのか。〝公〟の概念は、いつまで経っても乏しいままなのか。その答えが、以下の三つの事例に潜んでいるかもしれない」。

 この「エピローグ」で取り上げられた事例は、著書の意図とは真逆に捉えられる可能性が、日本人などにはあるかもしれない。前例を重んじる温帯の定着農耕民社会と、流動性があり臨機応変に対応する熱帯の海洋民社会では、ものの考え方の基本が違う。規律を重んじる社会の人びとにとって、状況に応じて言動を変える人びとは、いい加減で信用できない。前者は堅苦しく、後者は気楽にみえる。日本人がフィリピンを理解できないのは、このあたりにあるのかもしれない。フィリピン人の「力」は、日本人にはわからない。グローバル社会は流動性があり、海洋民社会に通ずるものがある。両者の違いを考えるよりは、現代のグローバル化社会を生きるわれわれの知恵を両方から学べばいい。フィリピンから学ぶことは、グローバル化社会を生き抜くすべを学ぶことであることに気づけば、その「力」の意味がわかるはずだ。

 著書は、愛すべき「フィリピン」「フィリピン人」を知っている。だが、それにしてもフィリピンでは簡単に人が死ぬ、殺される。「麻薬戦争」にみられるように、死への尊厳は感じられず軽視されているようにみえ、死者の数が積みあがっていく。本書でも、繰り返し強調されるカトリックの影響は、この事実とどうかかわりあうのか。それがわからなければ、「日本人のフィリピン・イメージ」は変わらないだろうし、著者が期待する「フィリピン人の力」は実感できないだろう。


大阪府豊中市(千里中央)に転居しました
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/52/0/_contents/-char/ja)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

↑このページのトップヘ