垂水千恵『台湾文学というポリフォニー-往還する日台の想像力』岩波書店、2023年3月14日、290頁、3500円+税、ISBN978-4-00-061584-6

 タイトルがいい。主題の「ポリフォニー」からは心地よく響きあっている様子が、副題の「往還」からは双方向の対等性、「想像力」からは前向きな姿勢が感じられる。そこには、日台の基底を流れる不可分な歴史的、文化的な関係があるように思える。

 本書は、序章、全12章、終章などからなる。序章「台湾を「読む」ことの意味」は、いきなり各章の要約からはじまる。本書の全体は、表紙見返しに、つぎのようにまとめられている。「戦前、植民地だった台湾は日本人作家の想像力をどのように刺激したか。また台湾人作家はどのように日本を捉え描いてきたか。日本語プロレタリア作家、楊逵の葛藤から、現代台湾の同志[LGBTQ]文学、あるいは日影丈吉、丸谷才一、中上健次における台湾表象など、植民地時代から現代まで、複雑に反射し合い、絡み合う台湾と日本の関係を、双方の文学を通じて読み解く」。

 序章冒頭で、各章の内容を要約したのは、「一二の異なる側面から台湾人作家および台湾に深い関心を寄せた日本人作家とその作品を論じた」本書で、「明らかにしようとする問題について」要約しつつ提示したかったからである。

 要約した後、つぎのように総括している。「以上、一二の論考から、深く絡み合った双根の樹木同士のような台湾と日本の関係を、文学・映画作品を通して論じるのが本書である。この両者の関係は、互いに反射しあい、無数の像へと増殖している。そしてその想像力は往還しつつ、ポリフォニックに響き合っている。終章で言及したように、二〇二一年に第一六五回芥川賞を李琴峰(一九八九-)が受賞したことや、呉明益(一九七一-)や、本書では論じきれなかったが、甘耀明(一九七二-)といった現代台湾を代表する作家たちが、日本時代の記憶を題材とした力作を発表し続けていることもその一つの表れであろう。本書を通じて、読者諸氏がこの複雑かつ豊饒な声を持つ「台湾文学」を読み、味わってくだされば、これ以上の喜びはない」。

 終章「ポリフォニックに再生する台湾文学」では、とくにまとめや結論めいたものは語られていない。本書の基になった論考でもっとも古いものが2009年に発表されてから、「台湾の情勢も、またそれを見る日本の情勢も大きく変わっているし、台湾文学研究をめぐる状況も大きく動いている」ことから、著者はつぎの3点について「補って、終章に代えたい」という。

 「まず、一点目は日本における新たな世代の日本語作家の登場である」。「もちろん、すでに植民地を持たず、今後も持つはずもない日本から、邱[永漢]や黃[霊芝]のような第一世代のポストコロニアル日本語作家が登場することはないだろう。しかし、第二、第三世代、或いは第四世代のポストコロニアル日本語作家が、歴史記憶を再現し、新たな文学を創造していく可能性は大いにある」。

 「第二点目として指摘したいのは、現代台湾同志文学と李琴峰を中心とする新世代の日本語作家との関係である」。「さまざまな文学、映画の引用から構成されたテクスト」があり、それがさらに「新しいテクストの中で引用され、再生されていく」。

 「第三点目は台湾において日本時代の記憶を核とする、しかし日本時代を知らない世代の台湾人作家たちが台頭している、という事実である」。そして、つぎのことばで終章を閉じている。「台湾人作家によって紬継がれている無数の名もなく消えた「生」の再建作業に、日本人-いや、世界中の読者、作家も参加すべき時なのではないだろうか」。

 台湾では、日本の植民統治時代に建てられた古民家が修復され、おしゃれなレストランなどに再生されている。台北市の中心近くの林森公園は、日本人の共同墓地があったところで、2基の鳥居が建っている。韓国と違い、日本の植民支配は全否定するものではなく、植民遺産を活かす方向で考えている。それが、文学にもあらわれているのだろう。そんな台湾に親しみを感じる日本人がいる。とくに沖縄と台湾は、同じ生活空間をもっていたといってもいいような関係があった。沖縄から台湾に教員が渡り「日本化」に貢献し、八重山の子どもたちは修学旅行で台北を訪れ「都会」を実感した。沖縄から台湾に漁業、台湾から沖縄にパイナップル栽培が伝えられた。ポリフォニックな関係が築かれ、同じ想像力があった。このポリフォニーを大切にしたい。

 最初から気になったのは、「楊逵」をどう読んでいいのかわからなかったことである。どうルビを振るか難しいかもしれないが、門外漢にはありがたい。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。