松永勝彦『「海の砂漠化」と森と人間-環境研究者のつぶやき』新日本出版社、2023年4月15日、167頁、1400円+税、ISBN978-4-406-06748-5

 80歳を超えた研究者がつぶやかざるをえない状況が、いまの日本である。「著者が最も言いたかったこと」が「おわりに」で、つぎのように述べられている。「〝人間は食料と水さえあれば、飢えで苦しむことはない。森林、農地、海はそれぞれ別個でなくつながっているから、林業者、農家、漁師が生業を継続できるよう、血税を使うこと〟である」。

 本書を読んで、「森林、農地、海」を一体として扱う省庁を設けて、食糧危機に備えなければならない、と思った。しかし、同時に「無駄な公共事業」で「国民が汗水たらして納めた血税」を有効に使えない政府に頼ることもできないとも思った。

 本書は、「つぶやき」というより「腐った政治屋」「嘘がまかり通る社会」など「愚痴」からはじまり、「技術立国日本の看板も剥がれ」、「円安が進んで」、「地球温暖化は止まりそうにもありません」の後、本題の「今日の沿岸海域は多くの問題を抱えています」と続く。

 「およそ半世紀前の日本海沿岸の岩や岩盤には海藻が繁茂し、魚介類の産卵の場、稚魚の生育の場でした」。「しかしながら、今日、岩や岩盤は石灰藻という一種の海藻に覆われ、白いペンキを塗布したような世界が広がり、それ以外の生き物が全く生存していない不毛の「砂漠化」が進行しています」という状況にある。

 本書は、はじめに、全3章、おわりに、関連参考図書からなる。「はじめに」「おわりに」は「つぶやき」で、本論の3章には「つぶやき」を含め7つのコラムがある。最初の2章で問題点を整理し、第3章で解決を探っていく構成になっている。

 第1章「食料生産の場・沿岸海域はどうなっているか」は、4節、3コラムからなる。節、コラムのタイトルである「飽食に時代は続くのか」「河口海域、海の「砂漠化」」「食料自給率三八パーセントの日本」「干潟」「嘘がまかり通る社会、他人の事は無関心」「今後もダムを建設すべきか」「研究能力の低下」から問題点がわかる。

 第2章「このままでは地球温暖化は止められない」は同じく4節、3コラムからなり、それらのタイトルから問題点を拾うことができる:「二酸化炭素の放出量はどうなっているか」「気候変動」「北極海を貨物船の航路としていいのか」「中国、ロシア、北朝鮮、無駄な二酸化炭素排出を止めよ」「プーチン氏、狂っていないか」「ポイント・オブ・ノー・リターン」「メタンガスの増加」。

 そして、第3章「二酸化炭素を削減する一助として」は4節、1コラムからなり、その結論は植林することである。「1 二酸化炭素の削減に便乗する公共事業」で効率の悪い見せかけの「無駄な公共事業」を批判し、「2 消費電力の削減とエネルギー・食料の地産・地消」で消費を削減する策を提示し、「コラム7 原子力発電は「神の領域」」でその危険性を警告する。

 「3 高校同期の山林王の話と植林のこと」で、つぎのように具体的になにができるかを述べている。「日本人一人が生活のために排出している年間の二酸化炭素量は、約一〇トンである。樹木一本は一トン程度の二酸化炭素を固定するから、一〇〇歳まで生きるとすると、一人一〇〇〇本植林すれば、自分が排出した二酸化炭素は自分で回収したことになる」。「日本海沿岸海域が「砂漠化」した原因は、陸の森林でつくられる腐植土がさまざまな理由で不足するようになったことに起因しているから、私は、二酸化炭素の削減と海の砂漠化を防ぐために、一九九一年に〝どんぐりを植える会〟を立ち上げ、植林を始めた」。「東南アジア(タイやベトナム)や米国での植林を含めると、私は、一〇〇〇本以上植林した。国内で国民一人が一〇〇〇本の植林は困難かもしれないから、他国での植林も考慮する必要があるようだ」。そして、「4 タイでの経験から」で海外での事例を紹介する。

 「おわりに」の「愚痴」のなかで、つぎのような提案をして、本書の結論としている。「地球温暖化については、国民一人ひとりが、平均数十パーセント、利用するエネルギーを減らす(省エネルギー)とともに、再生可能エネルギーの普及を推進し、国民の数十パーセントが植林をすれば、樹木が成長するまでのタイムラグがあるものの、カーボン・ニュートラルが達成できると思われる」。

 聞くに値する「つぶやき」である。こんな「つぶやき」を老研究者が言わなくてもいい日本にしなければいけない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。