黒田一雄『国際教育協力の系譜-越境する理念・政策・実践』東京大学出版会、2023年3月31日、278頁、4800円+税、ISBN978-4-13-034323-7

 本書が出版されたこと自体、日本における国際教育協力のこれまでの発展とこれからの期待を示している。本書は、シリーズ「日本の開発協力史を問いなおす」全7巻の1冊して出版された。本シリーズは、3つの相対化(長期的な視野による相対化、世界的な視野による相対化、多面的な資料の活用による相対化)を意識しながら、「戦後の日本が行ってきた開発協力の営みを歴史的に振り返ることを目的とする」。

 第4巻である本書では、「独自の発展をとげた日本の人づくり・教育協力の理念と成果の歴史的な検証を通じて、国際教育協力とは何なのか、国際教育協力は何のために行われてきたのか、国際教育協力が追求してきた価値・理念は何なのかを考察する」。

 本書は、序章、2部全6章、終章などからなる。序章「国際教育協力への視座」は、「第1部のまとめ」の冒頭でつぎのようにまとめられている。「本書の分析対象を明確にするため、先行研究を踏まえ、国際教育協力を「国家や組織の何らかの政策目的を資するため、国境を越えて展開される教育分野の国際的取組・共同事業・施策」として定義した。そして、本書における国際教育協力の歴史研究の目的を、歴史学のいくつかの考え方を検討した上で、日本における国際教育協力の歴史的展開を記述することによって、国際教育協力を国際社会・国際関係の中でどのように位置づけることができるかについて考究することとした」。

 第1部「国際社会・国際関係における国際教育協力の理念的展開」は2章からなり、終章冒頭でつぎのようにまとめられている。「国際教育協力とそれを取り巻く教育のグローバルガバナンスの展開・歴史を、平和・開発・人権公正に着目して追うとともに、国際教育協力を読み解くための理論的な視角として、主に開発研究・比較教育学と国際関係研究の諸理論を議論した」。

 第1章「世界の国際教育協力と教育のグローバルガバナンスの歴史的展開」では、「平和、人権・公正、開発という3つの視角に着目しながら、供与側の政策意図・動因・理念とそれに影響を与える教育のグローバルガバナンスの歴史的展開を、戦前・戦間期、第二次世界大戦後から1960年代まで、1970年代と80年代、1990年代と2000年代という4つの時代区分において、概説した」。

 第2章「国際教育協力の理念・政策・実践への理論的視角」では、「第1章で示された歴史的展開を踏まえながら、国際教育協力の供与側の理念・政策・実践が、開発研究・比較教育学・国際関係論における研究蓄積の観点から、どのように説明されうるのかに関する考察を行った。そこで検討・議論された理論や仮説は、近代化論、教育経済学、人的資本論、従属論、相互依存論、地域統合論、ソフトパワー論、国際レジーム論、国際規範論、知識外交論など、多岐にわたった」。

 第2部「日本における国際教育協力の歴史的展開」は4章からなり、「日本の国際教育協力の理念・政策の歴史的展開について、明治後期から第二次世界大戦までの戦前・戦中期を」第3章「国際教育協力前史-明治後期から太平洋戦争まで」で、「戦後から60年代までの黎明期を」第4章「国際教育協力の黎明-戦後期から1960年代まで」で、「70・80年代の急速な発展期を」第5章「国際教育協力の政策的模索-1970年代から1980年代まで」で、「90年代以降の教育のグローバルガバナンス時代を」第6章「教育のグローバルガバナンス形成と日本-1990年代から2000年代まで」で、「というような時代区分で概観」した。

 そして、終章「日本の国際教育協力史の理念的検討-未来に向けて」では、「第1部と第2部を架橋し、世界的なコンテキストにおける日本の国際教育協力の歴史的展開を、平和・開発・人権公正という、3種類の国際社会による意義付け・価値の観点から、横断的に議論」した。「その際、第1部で提示した開発研究や国際関係諸理論の観点もあわせて、日本の国際教育協力の歴史的展開を検討する。その上で、最後に、これまでの議論と分析を総合し、SDGs・教育のグローバルガバナンスがますます進展する21世紀において、日本の国際教育協力が進むべき道を具体的に検討」した。

 先行研究を丁寧におさえ、各章末に年表を付すことによって、事実関係を着実に理解しながら、日本の国際教育協力の歴史をたどっていく本書は、安心して基本を押さえながら読むことができる。

 「国際教育協力」ということばから、聞き心地のよい理念や政策がつぎつぎに出てくるが、著者は序章でつぎのように釘を刺している。「ここに示した国際教育協力の「目的」は、必ずしも達成されるとは限らない。達成どころか、その反対の結果につながることもある。例えば、2001年の米国同時多発テロの実行犯の中に留学経験者が含まれたことは、平和・国際理解のために留学を推進してきた国際教育関係者を大きく動揺させた。対象国の民主化や社会的公正の実現につながると信じて行った政府の初等教育普及への国際協力が、結果的にその国における多数派の既得権の維持や少数派の権利剥奪につながることもありうる。ソフトパワーの拡大を目的に行われた国際教育協力が、相手国の反発を買ってしまうこともある。教育は人間を通じて社会に影響するものであるから、その結果をコントロールすることは難しく、国際教育協力のもつこうした「諸刃の剣」の側面と、国際教育協力の供与側と受入側、教育の提供者と教育を受ける者という非対称性のある関係において、必ず存在する相互作用・ダイナミズムには、その歴史を見るときにも十分に留意する必要がある」。

 また、日本には日本特有の歴史的経緯があることを、第6章でつぎのように紹介している。「日本の戦前・戦中の朝鮮半島・台湾における植民地支配や東南アジア諸国の軍事的占領期に日本の教育制度や日本語教育を強制した歴史に対する反省と、教育に対する援助が政治的・文化的な干渉ととられることへの忌避感があった」。

 聞き心地のよい理念や政策が、どこまで実行され、受け入れ国のためになったかの検証はすでに行われているが、本書によってその歴史的流れとより広い視野のもとで「相対的」に見ることができるようになったことで、本シリーズの目的にも沿ったことになる。

 もうひとつ検証しなければならないのは、日本の国際教育協力が日本の教育のためになったかどうかである。現在の日本の教育は、残念ながら世界のお手本となるようなものではない。数々の問題のなかには、グローバルガバナンス時代の共通のものが含まれている。一方的に「与える」だけでなく、ともに考え、問題を解決していくための「協力」も必要になり、そのためには日本が「協力してもらう」視点が重要になる。「平和・開発・人権公正」だけではない、「共生」「協働」などのアプローチを考えていかなければならないだろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。