アンドレア・ヒラタ著、福武慎太郎・久保瑠美子訳『少年は夢を追いかける』上智大学出版、2023年4月10日、219頁、1700円+税、ISBN978-4-324-11267-0
「書きたいことを書くのではなく、インドネシアの教育の正義のために、書かなければならないことを書いています」と、著者のアンドレア・ヒラタは、底本とした2020年版の冒頭の扉で述べている。
著者は、つぎのように紹介されている。「インドネシア・ブリトゥン島の錫(すず)採掘労働者の町で生まれ育つ。国立インドネシア大学経済学部を卒業後、英国シェフィールド・ハラム大学大学院で経済学修士号を取得。その後インドネシアに戻り、電気通信会社テレコムセルに勤務。2005年に『虹の少年たち(Laskar Pelangi)』で小説家としてデビュー。『虹の少年たち』は国内販売部数500万部を超えるベストセラーとなり、海外でも19言語に翻訳されている。著書に本作のほか、『虹の少年たち』完結編である『スズ採掘労働者の娘(Putri Seorang Penanbang Timah)』(邦訳近刊予定)ほか多数」。
この経歴をみると、本書は自伝的作品であることがわかる。
著者の執筆への原動力は、まず文字の読めないスズ採掘労働者の父親が「卒業証書を持たない労働者を会社が昇進させることはありえない」という社長の言明で、昇進されなかったことにある。つぎに、自分自身が奨学金の試験を何度受けても不採用ばかりで、政府系の奨学金試験は「公務員の親族が優遇されているという噂」を耳にし、不公平を感じたからだった。そして、島の先生に教わった「貢献、関心、経済的理由」の三本柱がもう時代遅れだと気づき、「新しい志望理由を作成」して受けた奨学金試験に受かって、ヨーロッパの大学で勉強する機会をつかんだ。本書の主人公も著者も最後は報われるが、著者は「教育の正義」がないために報われない無数の人びとがいることを知っている。
それでも夢を抱きつづけてほしいという思いが、作品中に「夢を追う者の冒険」という見出しのもとに「夢を追う者」の名で、つぎのように記されている。「挑戦という頂きを目ざし、逆境を乗りこえ、危険を受け入れ、知性をもって謎を解き明かそう。さまざまな経験を吸収し、思いがけない結末のある運命の迷路に身を投じるのだ。遠く離れた土地を歩き、異なる文化、異なることば、そして異なるたくさんの人々と出会いたい。世界中を旅して、風と星をよみ、みずからの歩むべき道をみつけよう。草原をこえ、谷をこえ、砂漠を横断しよう。照りつく太陽で焦げつき、風によろめき、冷たくなった指をにぎりしめ寒さに震えてみたい。スリル満点の人生を望む。生きる! ほんものの人生を味わうのだ!」。
わずか乗車時間数分間の電車の中で、新聞小説を読むように少しずつ読んだ。待ちきれず、続きを電車を降りてすぐに読んだときもあった。30年ほど前の数年間、毎年断続的にインドネシアの地方をわたり歩いたときのことを思い出した。学校を訪れ、サインを求める子どもたちに取り囲まれたこともあった。地方の銀行に行っても英語で対応してくれる行員はいなかったが、それからまもなく流暢な英語で対応してくれるようになった。インドネシアでもグローバル化が進み、経済発展の軌道に乗りはじめていた。
だが、その発展に乗れる者と乗れない者がおり、それは別のことばで言えば、教育に恵まれた者とそうでないものの差であることが明らかになった。日本など先進国でも、新自由主義的な風潮のなかで、教育が生み出す格差社会が深刻な問題になっている。本書は、その深刻な、世界共通の問題を、インドネシアを事例に語っている。完結編の邦訳出版が楽しみである。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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