吉岡桂子『鉄道と愛国-中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』岩波書店、2023年7月13日、293頁、2600円+税、ISBN978-4-00-061603-4

 本書の結論は、「おわりに」でつぎのように書かれている。「日本あるいは日本人は自画像を更新する必要があるということだ。日本がアジアで唯一の高速鉄道を造り、走らせることができた国であった時代は、とうの昔に過ぎ去った。中国や韓国もそれぞれのやり方で造り、走らせている」。「日本が教えてあげる」「造ってあげる」という上から目線が抜けきれないでいると、今まさに成長軌道にある国々はどう、感じるだろうか」。「高速鉄道の建設にあたって、インドネシアが中国の協力を選び、日本が猛反発した時、ある現地の政治評論家が言っていた。「国際政治において「むくれる(ngambek)」という用語などない」「感情的態度を見せようとした日本の脅しは笑い草[種]である」。さらに言えば、アジアの国々にとって日本は「老いて硬直した」(略)存在に見え始めている」。

 日本の政治・経済的指導者と、経済成長下の日本を知らない世代は違う感覚をもっている。その世代は、もはや若者とはいえない、リーダーとなるべき世代になっている。かつての自画像を更新できない者は、自分たちが表舞台から退場しなければ日本の未来はないことに気づいていないのだろうか。

 著者の吉岡桂子が、このような結論にいたった本書の概要は、表紙見返しにつぎのように書かれている。「戦後日本の発展の象徴、新幹線。アジア各地で高速鉄道の新設計画が進み、中国が日本の輸出を巡って競い合う現在、新幹線はどこまで日本の期待を背負って走るのか。一九九〇年代から始まった新幹線商戦の舞台裏を取材し、世界最長の路線網を実現した中国の高速鉄道発展の実像に迫る第一部、中国、香港、韓国、東南アジア、インド、ハンガリーなど世界各地をたずね、鉄道を走らせる各国の思惑と、現地に生きる人々の声を伝える第二部を通じて、時代と共に移りゆく日中関係を描き出し、日本の現在地をあぶりだす」。

 副題にある「3万キロ」は、その距離以上の意味あいがあることを、「はじめに」の最後で、つぎのように述べている。「中国や東南アジアにとどまらず、シルクロード沿線のウズベキスタン、サウジアラビアやイスラエルなど中東、ドイツやフランスなど欧州、米国、ロシアと、その距離は三〇年あまりで三万キロを数えた。繰り返し乗った路線も一回分だけ数えているので、実際に乗った距離ははるかに長い」。「鉄道は、そこに暮らす人々とともにある。だからこそ、列車の旅は楽しい。この本を読みながら、三万キロの旅の道連れになってくださると、とてもうれしい」。だが、いっぽうで、本書から「そこに暮らす人々」とは無縁な現実も伝わってくる。

 本書は、概要にあるとおり2部からなり、第一部「海を渡る新幹線」は序、7章、1つのコラム、第二部「大東亜縦貫鉄道から[と]一帯一路」は序、9章、3つのコラムからなる」。それぞれの部は、「はじめに」でつぎのようにまとめられている。

 第一部は、「中国が高速鉄道の建設を計画してから、日欧の技術を吸収して世界最長の路線網を実現し、輸出にも乗り出すようになっていく動きを追う。新幹線を持つ日本は、もう一方の主役として登場する。対象となるのは、鄧小平の指揮のもと改革開放政策に本格的に踏み出した一九九〇年代から、習政権下で膨張主義を隠さなくなった二〇二〇年代までだ。経済を軸とした全球化が、米中対立に変貌していく」。

 第二部は、「中国、香港、台湾、韓国、東南アジア、インド、ハンガリーなど各地を訪ねたルポが中心となる。「一帯一路」の誕生から攻勢、そして中国内外で壁にぶつかる様子を体感した」。

 そして、つづけて著者は、「主語は誰なのか」と問いかけ、つぎのように答えている。「高速に限らず鉄道を新設する計画を持つのは、主に新興・途上国だ。彼らは政治や外交、ビジネスの打算を働かせて、造らせる相手を選んでいる。日本や中国の動きのみに目を奪われがちだが、鉄道を走らせる国の主体性を見逃してはならない。なぜ日本を選んだのか。なぜ中国なのか。なぜ建設は遅れるのか……。その過程を具体的に追いかけると、日本と中国に対する視線のありように気づく。そこから、日本への期待も見えてくる。あわせて、米中対立が激化するなかで、なぜ彼らの多くは片側にはっきりとつかないのか。鉄道以外の行動様式の背景にあるものが見えてくる」。

 そこには、3万キロという距離だけでなく、30余年の著者が見つめてきた中国、アジア、世界がある。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。