山下清海『日本人が知らない戦争の話-アジアが語る戦場の記憶』ちくま新書、2023年7月10日、218頁、880円+税、ISBN978-4-480-07568-0
冒頭著者は、「アジア・太平洋戦争について、日本人として知っておきたい、いや忘れてはいけないことがある。それを一冊の本にまとめることが本書の目的である」と述べている。
つづけて、つぎのように説明している。「アジア・太平洋戦争は、かつて太平洋戦争と呼ばれていた。その呼び方が示唆するように、日本とアメリカとの戦争というイメージが日本では根強く、中国や東南アジアにおける日本軍の侵攻や占領統治についての関心は薄れがちであった。戦争をテーマとする歴史小説、戦争を記憶した本や写真集、軍人の伝記などは多く見られるものの、アメリカ軍との戦争に比べて、戦場となった中国・東南アジア地域で生活していた住民や、軍人ではない日本の民間人などについてはそれほど知られていない。だが、戦争とは単に敵味方が争うものではない。戦闘が繰り広げられるその場所は、多くの住民が暮らしている場だったのだ」。
半世紀近くにわたって中国・東南アジア地域をフィールドワークしながら研究を進めてきた著者にとって、調査地での日本との戦争観が日本のものとはかなり違うというより、日本人は戦場となった地域の人びとにまったく関心がないことに愕然としてきたのだろう。わたし自身、同じ思いで1903-04年に東南アジア各地で博物館や戦争遺跡などを訪ね歩き、『戦争の記憶を歩く』(岩波書店、2007年)を書いた。
そして、いま同じ思いでウクライナ情勢をみていることが、「はじめに」につぎのように書かれていた。「二〇二二年二月二四日、ロシアはウクライナへ軍事侵攻を始めた。このロシアによるウクライナ侵略のニュースに日々接していると、ロシア軍が、アジア・太平洋戦争における日本軍と重なってくる。中国東北部に侵攻して「満洲国」をつくり、東南アジアを占領した日本軍は、ウクライナ侵攻におけるロシア軍の行動と共通するところが多い。ロシア軍の発表は、あたかも大本営発表と同じように聞こえてくる」。
本書の概要は、表紙見返しにつぎのように書かれている。「アジア・太平洋戦争において、後景に退きがちな大陸や東南アジアでの戦闘。激戦や苛酷な統治が繰り広げられたその場所で暮らす人びとは、当時をどう語り継いでいるのか。そもそも私たちは、かつて日本軍がしたことをどれだけ知っているだろうか。シンガポールにおける大検証と粛清、「戦場にかける橋」で出会った元英兵捕虜、バターン死の行進、帰国できなかった中国残留孤児……。長年アジアに残る戦争の記憶に耳を傾けてきた地理学者が、日本人がけっして忘れてはいけないことを明らかにする」。
本書は、はじめに、全5章、各章末のコラム、あとがき、参考文献からなる。「はじめに」で、地域ごとにまとめた各章をつぎのように紹介している。
「「第1章 中国侵攻」では、まず満洲事変、満洲開拓、七三一部隊、満洲映画協会などを取り上げ、ついで盧溝橋事件、南京大虐殺、重慶爆撃、ノモンハン事件から南進論への過程をみていく」。
「「第2章 マレー半島侵攻とシンガポールの陥落」では、一九四一年一二月八日のマレー半島上陸から翌年二月一五日のシンガポール陥落までの約七〇日間の日本軍の行動を、できるだけ現地の視点から追っていく」。
「「第3章 日本占領下のシンガポールとマレー半島」では、日本軍による華人大虐殺、現地の華人に対する強制献金、皇民化政策を取り上げたのち、現地の教科書で日本軍がどのように捉えられているかを考察する」。
「「第4章 東南アジア各地への侵攻」では、インドネシア、タイ、フィリピンなどでの日本軍の行動を、現地の人びと、捕虜などに注目しながら捉える」。
「最終の「第5章 日本の敗戦」では、中国に残された満洲開拓団員などの残留日本人、戦犯となった日本軍兵士、シベリア抑留者、シンガポールでの華人虐殺者の遺骨発見など、戦争は一九四五年八月一五日の「終戦」で終わったわけではないことを改めて確認し、アジアの視点から戦争を捉えなおす意義について考えていく」。
そして、著者は、最終章の第5章を、つぎのパラグラフで締めくくっている。「ある戦争に「終戦」はあっても、同じようなことがまた形を変えて引き起こされる。その意味では戦争が終わることはなく、ずっと続いているように思えてならない。今日の戦争は、過去の戦争とつながる点が多い。過去の戦争が今も繰り返されているのであり、その連鎖を断ち切る努力が求められているのである」。
専門外の人文地理学者が長年のフィールドワーク中の住民との交流のなかで気づいたことをまとめた本書は、日本人が意識していない戦場となった住民の視点で日本との戦争を語っている点でひじょうに貴重である。地域も内容も多岐にわたり、時間的にも半世紀近くに及んでいるため、検証すれば正確でなかったり、説明不足で充分でなかったりする点がでてくるだろう。専門性を活かして研究している者のなかには、1点でも正確でない記述があると許せなく、あたかも全体が信用できないなどと批評する者がいる。だが、その狭い視野で見落としてきたものが、専門外の広い視野のなかで見いだされることもある。本書は、「木」を見るために「森」を見ることの重要性を教えてくれる。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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