木村幹『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』中公新書、2022年1月25日、256頁、860円+税、ISBN978-4-12-102682-8
「序章」を書いた後、すぐに出版できず、5年後に出版が具体的になったとき、「序章」をすべて書き直したことがある。歴史研究であっても、5年も経てばそのときの社会に問いかけるものは違ってくる。ましてや、時事問題であれば、そのときそのときで変わってくる。本書によって、著者は、そのときどきになにが問題で、なにが問われていたのかを思い起こし、時代というものを感じたのではないだろうか。そうすることで、ひとつの物語ができた、それが本書ではないだろうか。
本書の概要は、表紙見返しに、つぎのようにある。「ここ30年間で韓国は大きく変わった。独裁から民主国家へ、発展途上国から先進国へと。20世紀に日本が「弟」と蔑んだ韓国は過去のものだ。他方、元慰安婦を始め歴史認識問題が顕在化、日韓の対立は熾烈さを増す。21世紀に入り、政治、経済から韓流、嫌韓まで常に意識する存在だ。本書は、1980年代末、途上国だった隣国に関心を抱き、韓国研究の第一人者となった著者が自らの体験から描く、日韓関係の変貌と軋轢の30年史である」。
本書は、時系列に、まえがき、プロローグ、全5章、エピローグ、あとがき、などからなる。「まえがき」で、著者は過去30年間の韓国の変化を、つぎのように語っている。「かつて「発展途上国の先頭走者」に過ぎなかった韓国は、いつしか先進国の一員となった。一九九〇年に六七〇〇ドルだった一人当たりのGDPは、いまや三万三〇〇〇ドルと約五倍になり、物価を勘案したPPPレベルの数値では、すでに一部の統計で日本を追い越している。日本企業の技術と資本に依存した三星(サムスン)や現代(ヒュンダイ)といった韓国企業は、いまでは日本企業を脅かす、いやそれ以上の存在となっている。政治面でも保守派と進歩派が政権交代を繰り返す民主主義が定着し、その国際的評価は日本より高いほどだ。外交でも歴史認識問題や北朝鮮問題で、日本と競い合う存在に成長した」。
そして、「まえがき」をつぎのように締め括っている。「本書では以下、短くて長かったような三〇年間余りの韓国と日韓関係について、私個人の視点から語ってみることとしたい。「ほらまたバブル世代の昔語りが始まった」、若い人はきっとそう思うに違いないし、それはきっとその通りである。でも思う。韓国はこの三〇年間で大きく変貌し、日本との関係も大きく変化した」。「記憶はやがて失われるものであり、だからこそ書き留めておくことにはきっと意味がある。だとすると、個人的な記憶にも何らかの意味があるに違いない。さて、それではその記憶の扉を開けてみることにしよう」。
「エピローグ」のタイトルは「あなたは韓国が好きなんですか」で、著者は最後に「それがわかったら苦労しないんですよ」と答え、つぎのように説明している。「自分が選んでやって来た韓国との「つきあい」について答えを出すのは、結局、自分の人生について答えを出すようなものだ。果たして私は私自身とその人生が好きなのだろうか。たしからしいのは、コロナ禍ですでに韓国を訪れることができなくなって一年半、そろそろソウル市内の定宿がある、鍾路三街のおしゃれとはおよそ言えない行きつけの店で美味しいコプチャン(韓国式のホルモン料理)を食べたくなっていることくらいだ」。
韓国研究と東南アジア研究の大きな違いは、日本語でアカデミックな議論ができるかどうかだ。日本人の韓国研究者は気づいていないだろうが、韓国人が日本語で話すことの意味はかなり大きい。それがひとりやふたりではなく、さらに若い人まで含めて世代の違う人と話すことは、韓国を相対化できる。韓国でも英語の重要性は高いが、日本語の地位もある一定程度保たれている。就職難の韓国や台湾、中国では日本語ができることで就職しようと思っている者がいる。韓国、台湾、香港、中国の朝鮮族などの人びとのなかには、日本語で活路を切り開こうとしている人びとがいる。国際的に英語で議論するだけではない、アジアのことばでアジア人同士が意見を交わすことができるのが日韓関係である。
たしかに韓国の経済力は日本に匹敵するまでになった。だが、大きく違うのは人口である。日本の半分以下の5000万余しかいない。これでは国内市場が安定しない。さらに、出生率が0.7台で、日本の1.2台に比べ、はるかに低い。北朝鮮の問題だけでなく、韓国はかなり不安定要因を含んでいるということができるだろう。それだけ、著者の出番が増える。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
コメント