神谷丹路『近代日本漁民の朝鮮出漁-朝鮮南部の漁業根拠地 長承浦・羅老島・方魚津を中心に』新幹社、2018年8月10日、353頁、3500円+税、ISBN978-4-88400-128-5

 喫緊の課題を、著者は「序論」の冒頭でつぎのように述べている。「日本海(東海)は、朝鮮半島と日本列島に囲まれた北東アジアの内海であり、海に面する国々の漁業関係者、政府・地方自治体および一般の市民が、国境を越えた協力関係を構築し、平和的に共存し、海とともに生きていく道筋を探らなければならない」。

 本書の目的は、「こうした状況の発端となる十九世紀後葉から朝鮮植民地前期にかけて、日本漁民が盛んに朝鮮沿岸の漁場へ出漁するようになった過程とその展開を、とくに南部の複数の重要な漁業根拠地に着目し、それぞれ日本漁民の出身地と朝鮮での漁業活動とのつながりに重点をおいて明らかにしようとするものである」。

 「日清・日露戦争そして「韓国併合」を経て、西日本の、とりわけ瀬戸内海沿岸の日本漁民は朝鮮半島南部を目指して活発に出漁し、やがて資本を蓄積して多様な展開をみせた。同時期、朝鮮から日本へという逆の動きは皆無であったのに対し、日本漁民のほうだけが積極的に玄界灘を越え、朝鮮沿岸の豊饒な漁場において、日本沿岸では適わないような植民地型漁業を大々的に展開した」。

 本研究では、とくに朝鮮南部のもっとも重要な漁業根拠地であった長承浦・羅老島・方魚津の3ヶ所に着目する。この3ヶ所の分析、考察の方法として、つぎの3つの課題をあげている。「第一の課題は、日本側の動きを国家の動き、資本家の動き、小漁民の動きの三つの角度から分析する。日本国家は、日露戦争前までは対ロシア政策の思惑が強く、戦中戦後は植民統治へ向けて思い切り舵を切る。漁民を束ねる漁業資本家や運搬船を走らせる仲買商人は、富や事業へ貪欲であり、零細な小漁民たちは、貧困や隷属的身分からの解放を夢見て、小舟でぞくぞくと朝鮮へ出漁する。三者はそれぞれに相互作用を及ぼし、三か所の根拠地ごとに出現のしかたには特徴が見られることをあきらかにし、地元朝鮮人とどのような軋轢を生んだかを考察する」。

 「第二の課題は、朝鮮の漁業根拠地と日本漁民を取り結んだのは、どのような魚種や漁法であったか、日本の各地域からの出漁の特徴はいかなるものであったか、朝鮮の根拠地の風土や自然、そこで朝鮮の人々はいかなる暮らし、いかなる漁業を営んでいたのか、そして植民地期には朝鮮漁場においていかなる漁業を展開するにいたるのかなど、漁業そのものに即した分析を行う」。

 「三つめの課題は、それぞれの根拠地において特徴のある役割を果たす日本人の存在を明らかにすることである。いずれも漁業家や鮮魚仲買商などの資本家のグループに属する人々だが、植民地期の朝鮮漁業において資本を大々的に蓄積し、彼らの中から、二十世紀後半の日本漁業界を牽引する者たちが現れることになる。二十世紀前半の日本の朝鮮漁業が、彼らの存在によって後半へと繋げられていくのである。またそうした人々の個人史をたどることは、植民地という時代を個のレベルにおいて捉えることでもあり、植民地漁業を身近に引きつけて考察する上では重要な要素となっている」。

 そして、「序論」(本文左肩では「序章」)「第一節 問題の所在及び本研究の目的と方法」を、つぎのパラグラフで結んでいる。「紛争の海、乱獲の海と呼ばれて久しい日本海(東海)の限りある資源を保全し、持続可能な漁業経営を構築していくために、一刻も早くこうした状況を克服していかなければならない。本研究は、海に面する我々が相互の歴史背景を踏まえた議論を交わし共生共栄をはかるための基礎的研究である」。

 本書は、序論、全7章、結論、あとがきなどからなる。本書の構成は、まず全体をつぎのように概略した後、各章ごとに「構成と展開を記」している。「まず第一章[近代日本漁民の朝鮮出漁-法的根拠の形成と変遷]で、朝鮮出漁の条約や法律等を考察する。第二章[近代日本漁民の初期朝鮮出漁の展開過程]では一八九〇年代の初期日本漁民の朝鮮出漁漁業について考察する。次いで第三章[慶尚南道巨済島・長承浦「入佐村」の形成<一>(一九〇〇~一九〇八年)-日露覇権争いと日本漁民の朝鮮出漁]以下、植民地初期の重要な漁業根拠地となる三ヵ所を順次検討する。第三章第四章[慶尚南道巨済島・長承浦「入佐村」の形成<二>(一九〇八~一九四五年)サバ漁業の隆盛と日本人植民漁村]では、ロシアの覇権争いの舞台となった巨済島の慶尚南道長承浦の漁業根拠地を考察する。第五章[全羅南道・羅老島の展開<一>(一九〇〇~一九〇八年)-日本人小漁業の展開]第六章[全羅南道・羅老島の展開<二>(一九〇八~一九四五年)-小漁業から資本型経営への展開]では、エビとハモ漁業で開始される全羅南道羅老島の漁業根拠地を考察し、第七章[慶尚南道・方魚津の変遷(一九〇〇~一九四五年)-サワラ漁業からサバ漁業の最大根拠地へ]において、植民地期最大の漁業根拠地となって隆盛する慶尚南道の方魚津を検討する」。

 そして、「結論」では、本書全体を要約した後、つぎのように結んでいる。「以上のように、近代の日本漁民は朝鮮漁場へ盛んに出漁し、朝鮮漁場の水産資源を涸渇するまで獲り尽くすという植民地型の大規模漁業を展開した。そしてそこから得た富と技術の蓄積は、皮肉なことに、戦後の日本の水産業の発展を支えたのである。こうした二十世紀前半、とりわけ植民地前期の漁業状況は、現代の日本海(東海)をめぐる国際的な対立の、実はそもそもの始まりと言える。植民地前期の漁業状況の認識を、日韓が互いに共有することこそ相互理解の始まりであろう。海に囲まれて生きている私たちは、海を越え国境を越えた相互協力によって、限りある資源を守り、海の恵みに感謝し、共生の道筋を見つけていかなければならない。日本海(東海)という内海を共有するものたち[に]とって、それは誇り高き道であるはずである」。

 さらに、「あとがき」で、改めて本書の動機と総括が、つぎのようにまとめられている。「「はじまり」にこだわったのは、現在の日韓漁民のいがみ合いの根っこが、そこに隠されているのではないかという想いがあったからだ。日本人はなにゆえに朝鮮半島で大々的な漁業をできたのか、その実態はどうだったのか」。「初期の代表的な漁業根拠地、長承浦、羅老島、方魚津の三か所は、いずれも鮮魚運搬船の集まる日本人漁業の重要な中心地だった。日本人漁業者が盛んに漁業を行っていた証左である。朝鮮漁民は、細々と経営する者、漁場を失い他地へ出ていく者、日本人に傭われる者、さまざまだった。栄えた漁業根拠地にも、等しく一九四五年八月十五日がやってきた。日本漁業者は、漁具や家財を船に積みこみ、漁船で直接日本へ引き揚げた者が多かった。船に積み込めなかった家屋敷だけは、使用人に譲ったりもした。朝鮮の漁村には、高性能の漁船も最新の漁具も残されることはなく、漁労技術も引き継がれることはなかった。それは、解放後の朝鮮漁業がふたたび後進性の中から立ち上がらなければならなかったことを意味した。植民地期から現在にいたる歴史が、こうして連続する」。

 各章の最後に短い<小括>があり、章ごとに内容が確認できる。同じように短いわずか2ページの「結論」がある。考察・分析した結果、あきらかになったことを、論理的に展開しなければ、「日本が朝鮮を植民地にする前、日本の漁民はどのように朝鮮へ進出していったのか。また、日本国家は日本漁民をどのように優遇していったのか」を語るだけで終わってしまって、「喫緊の課題」への参考にならない。もう一歩踏み込んで、日本漁民の朝鮮出漁が朝鮮に残したもの、日本漁民への優遇が日本漁業に残したものを考察し、具体的に日韓あるいは中国を交えて東アジアの漁業をどうするのか考える必要があろう。


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