NHKスペシャル取材班『ビルマ 絶望の戦場』岩波書店、2023年7月28日、287頁、2200円+税、ISBN978-4-00-024552-4
本書を読んで、学んだことがある。戦争体験者がつぎつぎと亡くなり、直接話を聞けなくなっても、場合によっては体験者より実態に迫ることができるインタビュー調査ができることである。体験者本人が、無意識に話したことも、戦場の一断面として、生活のなかで聞きとっていた家族がいた。そんな人びとの協力で、本書は成り立っている。
本書は、2022年8月15日夜10時にNHKスペシャル「ビルマ 絶望の戦場」として放送されたものがもとになっている。その概要は、表紙見返しに、つぎのようにまとめられている。「およそ三万の死者を出したインパール作戦。しかしその後の「撤退戦」で実に一〇万を超える命が奪われたことはあまり知られていない。勝算のない戦いに駆り出される兵士、逃亡する上層部-絶望の戦場の実態を、兵士たちの証言や英軍による将校への尋問調書などから明らかにする。大反響を呼んだNHKスペシャル、待望の書籍化」。
本書は、序章、全8章、終章などからなる。序章「ビルマ戦 知られざる最後の1年」は、つぎのパラグラフで閉じられている。「「「最悪の場合」ではなく「当然の帰結」」「〝肉体的勇気〟とは異なる〝道徳的勇気の欠如〟。戦後八〇年を迎えようとする私たちは、ビルマの最後の一年から何をくみ取るべきなのだろうか。本書は、その「空白」に肉迫しようとした取材班の苦闘の記録でもある」。
その「空白」は、つぎのように説明されていた。「インパール作戦後のビルマでの最後の一年間。戦史研究は当然行われてきたが、放送をはじめとするジャーナリズムの世界では、これまでなぜか「空白」となってきた。それは「インパール作戦」五部作などで無謀な作戦を世に知らしめた戦記作家・高木俊郎氏が後述のように、晩年、「ビルマ最後の一年」の全貌を書くことを望みながら叶わなかったことも、その要因の一つかもしれなかった。高木氏が遺した膨大な取材記録や元兵士の肉声からは、忘れられた戦場の忘れられた声が聞こえてくるようだった」。
この人気戦記作家が、書かなかったことが、幸いしたかもしれない。戦記作家が書いたものは、ノンフィクションではない。記録に基づいたフィクションである。1995年の戦後50年に向けて多くの「戦記もの」が出版され、大手書店の入り口付近の目立つ場所に「戦記もの」コーナーがあり、人気作家は出版社に急かされて裏をとることなく書いて、出版されていった。けっして、学術的に参照できるものではない[早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、179-80頁参照]。戦場を体験した者の手記は古書店で高く売れ、戦記作家が買い漁った。出版されなかったため、取材班は先入観なく取材をおこなうことができただろう。
取材で欠けていたもののひとつに、ミャンマー人研究者の声がある。これは、取材班の責任ではない。取材班も探しただろうが、見つからないからである。ほかの東南アジアの各国・地域でも似たような状況であるが、日本語の文献資料を使い、日本人研究者と日本語で議論できる研究者は皆無に近い。日本占領期を含む近代日本・東南アジア関係史は、まったくといっていいほど発展していない。東南アジアの研究者と同じ資料を使って議論できないので、この国際化のなかで日本人研究者も育っていない。アニメを日本語で読みたい、アイドルと直接交流したいと、日本語を学ぶ東南アジアの若者は数え切れないほどいて日本語検定試験には受験者が殺到するが、大学で学ぶことができる1級を受験する者はほとんどいない。東南アジアでは、日本語は研究用語としての地位を失っている。
「あとがき」は、つぎのパラグラフで終わっている。「太平洋戦争の時代と、現代に連続性はあるのか。そこに発見がある限り、戦争について伝え続けることが私たちに課せられた使命だと改めて感じている」。だが、同じことを、戦場となった東南アジアの人びとが認識しないと、日本人の独りよがりのものに終わってしまう。戦場となった人びととともに考えることが重要である。
本書を通じて感じたことは、現在起こっている戦争とも関連して、戦争中に起こったことをいくら糾弾してもあまり意味がないことだ。戦争犯罪だ、人道上の罪だと言って糾弾しても、戦争当事者の耳には届かない。つまり、問われるべきなのは、戦争をはじめたきっかけはなにで、なぜそれを止めることができなかったのかである。最大の戦争責任は、そこにある。本書のように戦争中に起こったことを伝えることは注目されやすく、もちろん戦争抑止に貢献する。だが、一般の耳目を集めなくても、基本的なことは伝えなくてはならない。そのための研究体制が、日本でも東南アジアでも整っていないことが、今後の製作に影響してくるだろう。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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