鳥井高編著『マレーシアを知るための58章』明石書店、2023年9月20日、376頁、2000円+税、ISBN978-4-7503-5639-6

 「時代は流れてアジア・太平洋戦争前の時期には当時の英領マラヤ(シンガポールを含む)は東南アジアの中でフィリピンに次ぐ日本人の重要な移民先となっている」と、「おわりに」に書かれている。だが、日本とその「重要な移民先」との関係は、本書から伝わってこない。このことに編者は気づいていたのだろう。「おわりに」で、15世紀からの日本との交流を足早にたどっている。

 なぜ、書かれなかったのか。答えは簡単である。書くにふさわしい人がいなかったからである。事典のような網羅的に事項を羅列するものは、バランスをとって全体を理解してもらうことが重要であるが、現実には書ける執筆者にあわせて項目が立ち、字数が決まる。書ける人がいなければその項目はなくなるし、よいものが書ける人がいると字数は増える。マレーシアだけではない。東南アジア各国・地域で、戦前の日本との交流史を書ける者は、もう40年も前から固定している古手以外ではほとんど見あたらない。戦前の日本の文献を読むより、英語を読む方が楽だという者が多くなったこともひとつの要因だろうが、もっとほかにもあるだろう。その原因を考えることが、今後の日本と東南アジアとのことを考えるために重要なことかもしれない。

 本書は、「エリア・スタディーズ」シリーズの第199冊目として出版された。ASEAN加盟10ヶ国のなかで最後である。11ヶ国目になりそうな東ティモールも、すでに出版されている。本書は、「日本社会での認知度や日本経済とのつながりが強くなったマレーシアではあるが、これまでにマレーシアに関する包括的な概説書は1983年と1992年に刊行されて以来、類書の刊行はなかった。こうしたギャップを埋めるべく」企画された。

 「企画・作成にあたって歴史、政治経済、外交、何よりもマレーシアの人々の生活に力点を置くことにし」、「宗教、言語、文学、ファッション、娯楽など幅広いテーマを扱うこととした」。そして、「4つの基本視点を設定した」。「第1がマレーシアが①半島部マレーシアと②ボルネオ島という地理的には東西に広がり、歴史的には別の道を歩んできた2つの世界から構成されているという視点である」。「第2がマレーシアを構成する人々である。この国はマレー人を中心とするブミプトラ、華人、インド人という主要民族から形成された、といってよい。しかし、先住民やポルトガル人の子孫、タイとの国境に住む人々など他にも様々な人々からなるのがマレーシア国民である」。「第3の視点がマレー人を主体とするブミプトラ優遇を基調とする、いわゆるブミプトラ政策という視点である」。「第4の視点が国の規模である。マレーシアが相対的に「小規模な国」であるという点である」。

 本書は、はじめに、5部、全58章、8コラム、おわりに、などからなる。「Ⅰ マレーシアの成り立ち」は、第1-12章、コラム1-2からなる。「第1部では多民族国家であるマレーシアの形成過程をオーソドックスにたどることを目的とした。自然環境に始まり、マレーシアの原型の1つとなるマラッカ王国を起点とし、イギリスの植民地支配から独立まで、そして歴史的な転換点である「5月13日事件」までの流れを扱う」。

 「Ⅱ 人々の生業と生活」は、第13-34章、コラム3-5からなる。「第Ⅱ部では多民族社会で暮らす「人間」に焦点を当て、マレーシアの人々がどのように生活を営んでいるのか、そして日常生活の中でどのように「多民族社会」という要素が反映されているのかを映し出す」。

 「Ⅲ 政治・行政の仕組み」は、第35-42章、コラム6からなる。「Ⅳ 経済の仕組み」は、第43-55章、コラム7-8からなる。「Ⅴ 「小さな国」の周囲との関係」は、第56-58章からなる。「第Ⅲ部は政治、第Ⅳ部は経済の側面である。そして第Ⅴ部がマレーシアを取り巻く外部環境を扱った。ともに「5月13日事件」というマレーシアの大転換以降を主に扱う。簡単に基本枠組みを説明しておこう。「5月13日事件」を収集すべく非常事態宣言を解除したのちに、アブドゥル・ラザク率いる政府は連邦憲法第10条などを改正した。この改正により本来民族間で争点となるはずの4点が国会の場を含む議会制民主主義の枠組みから外された。すなわちマレー人の特別な地位、市民権、国語としてのマレー語、スルタン及び国王の地位と権限に関する規定である。これらは「敏感問題」と総称された。このように、まず議会政治のルール変更を行った。次いで、そのルールの下で政治を展開する主体にも変更を加えた。BN[国民戦線]体制の樹立である。半島部からは主要構成民族を代表する政党、またボルネオ島からは地域代表政党をそれぞれ出し、あたかも与党の構成がマレーシアの社会構造を反映するかのような「擬制」を作り上げた。連邦憲法改正とBN体制に支えられ、マレー人優遇を基調とするNEP[新経済政策]を実施していくことになる」。

 各章は4-7頁からなり、最後に4点程度「参考文献」が掲げられている。だが、巻末に「参考文献・資料」一覧がないため、「おわりに」にある1983年と1992年に刊行された「包括的な概説書」がなになのかわからない。章によって、参考文献がないものがあったり、古いものがあげられたりしている。巻末の一覧によって全体像がわかるので、ぜひ加えてほしかった。索引もあれば、もっと使いやすい。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第一期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。