久志本裕子・野中葉編著『東南アジアのイスラームを知るための64章』明石書店、2023年3月15日、387頁、2000円+税、ISBN978-4-7503-5524-5
「東南アジアのイスラームにフォーカスし、その歴史、国家や政治とのかかわり、社会における様々な広がりや人々の日常をトピックごとに紹介する」本書のタイトルが、「東南アジアのイスラームを知る」になったのは、つぎのような本をめざしたからである。「「東南アジアのイスラーム」というタイトルについて、違和感を覚える方がいるかもしれない。もちろん、イスラームはどれほど解釈が多様でも信者にとっては唯一のイスラームであり、東南アジアに「固有のイスラーム」が存在するわけではない。本書は、東南アジアに伝来し、長い年月をかけ定着していったイスラームと、東南アジアの人々や社会のかかわりのありようを示すことを目指している。クルアーンに書かれた神からのメッセージは不変だが、それがいかに東南アジアの地で人々に受容され、理解され、実践されてきたのか、またそれらが今、どのように変化しているのかを明らかにする」。
また、本書が構想された背景には、つぎのようなことがあった。「東南アジアのイスラームを研究対象とする研究者は増えており、多数の優れた成果が出されているものの、多岐にわたるトピックを網羅的に学べる読み物はこれまでになかったからである」。
「本書は全8部、64章と6つのコラムからなる。章ごと、部ごとに読むだけでなく、通して読むことで前述のようなステレオタイプ的見方をずらしていけるように構成されている。Ⅰ部[東南アジア・ムスリム社会の多様性とその歴史]では、あえて国民国家で分けずに歴史の記述をはじめ、植民地化と国民国家の形成という大きな変化の末に現在の東南アジアのイスラームの姿があることが強調されるようにした。Ⅱ部[信仰実践と日常生活]では、「堅苦しい」と捉えられがちな信仰と実践がいかに暮らしと生き方の中に溶け込んでいるのかを描いた。Ⅲ部[各国のイスラームと諸制度]では、国家の枠組みの中のイスラームの位置を論じ、Ⅳ部[イスラームと政治・市民運動]では、その中で起こったイスラームの管理や利用、一部の人々の周縁化などの問題と、それに対する市民の運動に光を当てた。Ⅴ部[イスラーム知識の伝達と教育]では、日々の暮らしから政治的活動まで様々な場面でムスリムが参照するイスラームの知識がどのように伝えられ、多様性が生まれてきたのかを、Ⅵ部[グローバル化の中の東南アジアとイスラーム]では、グローバル化の中での新たなイスラーム理解と実践、他地域との結びつきで、多様性がさらに変化するさまを描いた。Ⅶ部[人物を通じてみる東南アジアのイスラーム]では、各時代に活躍した人物の思想や行動、複数の人物の比較から、各部で描かれた諸側面を相互に結びつけて理解できるようにした。Ⅷ部[東南アジアのムスリムと日本]では、日本と東南アジアを行き来する人々がいかに両者の関係を作ってきたのかを描き、本書を通読した後で、ここまでに示してきた様々な側面を踏まえて今後日本の人々と東南アジアのムスリムたちがどのような関係を築くことができるのかに思いをはせられるように構成した」。
なるほど、これだけ研究者が増え、内容も充実していることに、まず感心した。「一般向けの入門書として、各章とてもわかりやすく、かつ大変に読み応えのある議論が提示されていると自負している」と編著者が書いているのも頷ける。だが、それで満足してはいけないだろう。網羅的にトピックが選ばれ、「通して読むこと」で全体像がわかるようになっているが、断片の寄せ集めであることは否めない。それを補う工夫が必要だっただろう。ひとつは、巻末に文献案内を載せ、概説書から専門書まで紹介することである。もうひとつは、索引を載せることである。たとえば、マレーシアのアンワル首相は、何ヶ所かに出てくるが、索引があれば横断的に読むことができる。
だが、もっと大きく補うためには、概説書を出すことだろう。「はじめに」で多出することばは「多様」「様々」である。そのような状況のなかで、どのように編集するか。『世界各国史 東南アジア史』(山川出版社、1999年)の「Ⅰ大陸部」と「Ⅱ島嶼部」は、まったく異なるスタイルをとっている。「大陸部」は2人の編者を中心に執筆し、それを補うようにそれぞれ専門とする者が加わって1書としている。それにたいし、「島嶼部」は編者を除く4人の執筆者(インドネシアを専門とする者3人、編者を含めフィリピンを専門とする者2人)が、それまで書いたことのない時代、地域に挑戦して、流れのある全体像を描くよう草稿を書き、4人で議論、検討して1書に仕上げた。どちらか、あるいは別のスタイルをとるにせよ、35人におよぶ本書の執筆者の総力をあげれば、いい概説書が書けるような気がする。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第一期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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