阿部和美『混迷するインドネシア・パプア分離独立運動-「平和の地」を求める闘いの行方』明石書店、2022年2月28日、282頁、4500円+税、ISBN978-4-7503-5322-7
国家とはなんなんだろうか。1960年にアフリカ諸国が次々に独立していったときの独立運動と今日の独立運動とは随分違う。世界でもっとも人口の少ない国はバチカンの615人で、 ローマ教皇によって統治されているという特殊性があるが、2番目のニウエは人口1888人、国際機関などの援助に頼る南太平洋の珊瑚礁の立憲君主制の国で、1974年に自治権を獲得して以来、人口は減り続けている状況で、国家を維持する基盤はない。そんな国の住民にとって、国家とはなにを意味するのだろうか。
3-6位にもナウル、ツバル、パラオ、クック諸島と島嶼国が並び、その人口は12000-18000人である。これらの島じまに比べれば、パプア州は人口278万人(2010年)で「大きい」が、多くのエスニック・グループがあり、地理的に分断されて統一したアイデンティティはあまりない。そこに、豊かな資源を狙って、外部からいろいろな人たちが入ってきている。中央集権的な自治が整っていないなかで、どうなっているのか。そんなことを知りたくて、本書を開いてみた。
「パプア紛争の特殊性」を要約すると、つぎのようになるという。「パプアは、歴史的にインドネシアの一部として存在しながら国民統合の問題を抱えているという点で、特殊な地域である。しかも、パプアはインドネシアの大多数の地域と人種的・文化的差異が大きく、パプアの人々の間にも強い結びつきが存在してきたとは言い難い。言語も文化も異なる多様なパプアの人々は、自らのエスニック・グループとその周辺のグループを除いて、相互交流が乏しい環境に置かれてきた。それにもかかわらず、従来パプア紛争について論じられる際、パプアの人々は分離独立を求める「パプア人」として一括りに扱われてきたのである」。
本書の目的は、「分離独立運動の背景と、民主化以降の分離独立運動の実態を明らかにする」ことで、「具体的には、次の2つの問いを明らかにしていく」ことである。「すなわち、(1)パプア分離独立運動はどのような背景の下で生まれたのか、(2)民主化以降に展開したパプア独立分離運動は何を要求し、誰が牽引しているのか、という問いである」。
つづけて、本書の意義は、つぎのように説明されている。「パプア紛争に関する情報は入手が難しく、先行研究も十分ではない。そのため、民主化以降のパプア社会に生じた変化を明らかにし、分離独立運動の実態を明らかにする本研究の成果は、貴重である。インドネシア国内の動向のみならず、海外を拠点とするディアスポラの活動を含めた民主化以降のパプア分離独立運動を対象とする研究は挑戦的な試みであり、日本国内ではほぼ研究蓄積がないため、本書を通して、パプア紛争解決を論じるための新たな視点を提供できるであろう」。
本書は、序章、全6章、終章などからなり、第1章「パプア紛争の起原」と第2章「民主化移行期のパプア」で本書の第一の問い、第3章「パプア人による自治」第4章「パプアの地域開発」第5章「二極化するパプア」第6章「パプア紛争と国際社会」で第二の問いについて、明らかにする。
そして、終章で、まず第一の問いにたいする答えを、つぎのように整理している。「パプア紛争は、パプア人の意思を表明する機会が奪われたインドネシアへの併合の経緯と、パプア人の基本的ニーズが充足されない状況が継続したスハルト政権期の対パプア政策を発端としている。インドネシア政府とパプアの関係に変化が生じようとした民主化移行期に、パプア人アイデンティティが広く共有されて分離独立運動が活性化した。しかし、メガワティ政権がスハルト政権への揺り戻しと見られる強権的な政策を実施した結果、パプア社会を統括するリーダーや組織が不在になり、パプア分離独立運動は分散したのである。民主化移行期の対話の成果である特別自治法を軽視したメガワティ政権は、パプアの人々にインドネシア政府に対する根強い不信感を植え付けた」。
つぎに、第二の問いにたいして、つぎのように整理している。「パプアで発生した一連の暴動は、インドネシアの社会の根底にあるパプア人への差別的な眼差しに対する、パプア人の怒りが爆発した帰結である」。「パプア分離独立運動を解決するためには、第一にパプア人の政府に対する不信感を払拭する必要がある。そのためには、スハルト政権から駐留する国軍の役割を見直し、国軍や警察によるパプア人に対する人権侵害行為を撲滅しなければならない。パプア人の命が、国内移民と同様に尊重されて初めて、パプア人の基本的ニーズを充足する政策、つまりパプア人のコミュニティセキュリティを保障する新たな開発政策や、地方自治体の機能回復のための取り組みを始める土壌ができるのである」。
最後に、つぎのようなパラグラフで、本書を閉じている。「本書では、パプア社会に重点を置いてパプア分離独立運動の考察を進めた。パプアには治安上の理由からアクセスが難しい地域も多く、今後取り組むべき課題は多い。序章でも述べたように、パプア人は一括りの集団として捉えられる傾向が強いため、パプア社会内部の動きについて外部から得られる情報は依然として非常に少ない。しかし、パプア地域の平和を実現するためには、より多くのアクターがパプア社会の実態を適切に理解しなければならない。パプア分離独立運動の研究の発展の重要性を付言して、本書の結びとする」。
パプア州がこのままインドネシア共和国の1州にとどまるにせよ、分離独立するにせよ、一般インドネシア人の理解が必要だ。政府と軍だけでなく、すでに多くのインドネシア人が移住しているし、ビジネスなどでかかわりのある人びとがいる。そういった人びとの理解のうえで、今後を考える必要がある。また、独立するにしても、それですべてが解決するわけではない。ニューギニア島の東半分で1975年に独立したパプアニューギニアで、今月になって暴動が発生し死者が出て非常事態宣言が発令されたと報じられている。どうなるにせよ、人びとの生命の安全が保障され、人権が尊重されることが最低限必要だ。
本書の内容とかかわりないが、物理的に読みにくい本だった。ページをめくるたびに2枚めくったのではないかと気になった。端々に「見てくれ」を考えて、紙を厚くし、行間を空け、長々と付録を載せるなど、「余計」なことをしてくれている。読者が気持ちよく読めるようにしてほしい。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第一期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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