杉田弘毅『アメリカの制裁外交』岩波新書、2020年2月20日、236頁、840円+税、ISBN978-4-00-431824-8
アメリカが離脱する前のTPP(環太平洋パートナーシップ)協定のときも同じことを思ったのだが、アメリカの制裁外交もアメリカのフィリピンの植民支配を知っていれば、理解が早い。つまり、アメリカは世界をアメリカの植民地と同等に扱おうとしているのである。
本書の概要は、表紙見返しに、つぎのようにまとめられている。「米外交は経済制裁、特にドル覇権を背景とする金融制裁を抜きには語れない。しかもイランや北朝鮮等の敵対国やテロ集団にとどまらず、根拠法の「国外適用」により第三国の企業や個人も制裁対象になる。なぜ経済制裁は多用されるのか。それは世界に、そして自国に何をもたらすのか。超大国の内実に新しい光を当てる渾身の一冊」。
本書での問いかけ、それにたいする答えは、「はじめに」を拾い読みすればわかる。まず、アメリカの横暴さについて、つぎのように述べている。「国際法の原則は各国の主権の尊重であり、それはある国の領域内で起きた事実はその国が管轄するというものだ。米国が世界の超大国だからと言って、日本や欧州の領域内に干渉するのは法律的に成り立たないはずだ。だが、米国はそんな原則などお構いなしに手を突っ込んでくる。米国の法制度を国外にも適用するという米国の横暴である」。
つぎに、「今の世界は経済制裁を抜きには語れない」といい、「今の米国の経済制裁の中心は、敵対する国や組織を締め上げるために基軸通貨ドルと世界経済の動脈である米国の金融システムをフルに使う金融制裁にある」という。つづけて、つぎのように説明している。「モノの遮断はいくらでも抜け穴を見つけられ効果が薄い。モノはどこででも生産でき、貿易できるからだ。だがドルを使わせない金融制裁は、米国が独占的にドルの使用ににらみを利かせているから、抜け穴封じができる。その分効果が上がる」。
そして、「金融制裁の活用には隠れた理由がある」といい、つぎのように説明している。「世界最強の軍事力を持つ米国といえども戦争に踏み切れないからだ。核兵器に代表されるような兵器の圧倒的な殺傷能力、兵士の死亡や相手国市民の殺傷を望まない国民世論から、本格的な戦争はできない時代だ。だが、対立や紛争は至るところで起きる。戦争ができない時代に、相手を叩いているという感覚を得られることが制裁多用の理由だ。経済制裁が「他の手段による戦争」と呼ばれるゆえんである。その結果が、二一世紀に入ってからのより厳しい金融制裁の「発明」と言ってよい」。
「しかし、制裁とは対象国の政策の変更を目指すために科すのだが、思うような効果を上げているとは言えない」とし、「市民生活レベルでの負の影響も見逃せない」と指摘して、「米国の制裁多用傾向は世界をどこに導くのだろうか」と問いかけている。そして、つぎのように「結論」を述べて、「はじめに」を閉じている。
「米国の制裁に反発する中国、ロシア、イランなどが、ドルを介さない決済システムを構築しようとしている。ドルに代わる通貨としてデジタル通貨にも注目が集まる。まだまだ非ドルの決済システムは少なく、使い勝手が悪いのは確かだ。だが、やがては世界の基軸通貨ドルを揺さぶり、米国の覇権の衰退につながっていくと警告する識者や実務家も増えている」。
米国が基軸通貨ドルを握り金融の力で世界を支配している状況を苦々しく見ていた中国やロシアは、米国の金融制裁依存の状況を、非ドルのシステムを作り上げドルの覇権を揺るがすチャンスと見て、挑んできているように見える」。
「自由と民主主義の理想を掲げる米国が強権的に制裁を発動する事態には、同じ価値観を持つ日本として失望せざるを得ない。しかもその覇権の揺らぎが加速するとなれば、日本にも甚大な影響を与える。異様とも見える制裁を多発する米国の覇権はゆっくりと衰退していく気がしてならない」。
本書は、はじめに、4部全11章、あとがき、からなる。第1部「司直の長い腕」は2章、第2部「アメリカ制裁の最前線」は4章、第3部「制裁の闇」は3章、第4部「金融制裁乱用のトランプ政権」は2章からなり、それぞれの章で具体的に事例をあげて考察されている。
「あとがき」では、アメリカの覇権の揺らぎが最近著しく、「目立つのは軍事力と外交」だと述べ、「今のアメリカにもっとも欠けているものは、国際社会を率いる指導力と責任感であろう」と結論している。そして、つぎのことばを加えている。「今は一時の迷いであって、アメリカは再び、成功を確認し新しい課題に挑戦する国として復活するのか。そんな疑問と期待を持ってこの本を書き終えた」。
たしかにアメリカの覇権の揺らぎは随所にみられ、その指導者にも疑問をもたざるを得ないものがあるが、それを立て直すだけの人材がみあたらない。アメリカと同じ価値観をもち、アメリカを中心とする民主主義的世界を支えてきた日本やヨーロッパの国ぐにも低成長が続き、アメリカを充分に支えるだけの力がなくなってきている。アメリカ1国だけの問題ではない。中国やロシアに、なぜグローバルサウスの国ぐにの支持が集まるのか、いまいちど歴史から問い直す必要がある。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第一期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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