波多野澄雄『「徴用工」問題とは何か-朝鮮人労務動員の実態と日韓対立』中公新書、2020年12月25日、246頁、820円+税、ISBN978-4-12-102624-8
「帯」裏の本書の要約の前に、「日韓和解の糸口はあるか」とある。多くの日本人が「糸口はない」と諦観しているからだろう。本書を読んでも、その諦観は変わらないだろうが、「糸口」を考えるための準備はできる。従来国内問題と考えられていたものが、国内で完結せず、突然海外から訴えられることもある。国際問題として政府間で解決したと思っていたものが、蒸し返されることもある。予期せぬことが、個人にも降りかかる。個々人がそれにたいする予備知識をもつことが必要になった。日本人にとって、そのひとつが朝鮮人「徴用工」問題である。
要約は、つぎのようにまとめられている。「2018年秋、韓国最高裁は「徴用工」訴訟で韓国人被害者への賠償を日本企業に命じた。日本の最高裁でも、韓国の高裁でも原告敗訴だったが、なぜそれが一転したか-。本書は、日本統治下の朝鮮人労務者の実態から、今なぜ問題が浮上したかまでを描く。この問題は、歴史的事実、総動員体制、戦後処理、植民地主義、歴史認識、国際法理解、司法の性格など多岐にわたる。それらを腑分けして解説、日韓和解の糸口を探る」。
本書は、はじめに、全5章、終章、あとがきなどからなる。『日本の歴史問題-「帝国」の清算から靖国、慰安婦問題まで』(中公新書、2022年)などの著書がある波多野澄雄は、この「韓国にとっては、見過ごせぬ問題」を「できるだけ幅広い観点から考える題材とするため、次のような構成」をとった。
第1章「帝国日本の朝鮮統治」では、「日本の朝鮮統治の変遷と特徴を素描し」、第2章「移住朝鮮人、労務動員の実態」では、「いわゆる「徴用工」問題を発生させた総動員体制下の労務動員の実態について」、第3章「日韓会談と請求権問題-国交正常化までの対立」と第4章「日韓請求権協定への収斂-「一括処理方式」へ」では、「日韓会談(日韓国交正常化交渉)で、この問題がどのように議論されたのかを会談記録に基づいて叙述している。「徴用工」問題の起原でもあるので、やや詳しく議論の経過をたどっている」。
そして、第5章「韓国最高裁判決の立論と歴史認識」では、「大法院判決の「特異性」について日韓会談の議論を踏まえて検証している」。終章「「徴用工」問題の構図-歴史と法理」は、「各章の検討に基づき、あらためて大法院判決の意義、その背景や波紋などを検討する」。
終章最後で、まず問題の基本的前提をつぎのようにまとめている。日韓国交正常化を目指す「日韓会談は、[賠償]請求権の名目はともあれ、統治時代の被害の回復や補償を最大限獲得することをめざす韓国と、法的整合性に固執しながらも、それに応えようとする日本との粘り強い交渉と譲歩的アイデアの結果、「一括処理」の概念を柱とする請求権協定という果実を生んだのである」。「その一方、そもそも請求権協定は、日本統治の清算という難問を「経済協力」をもって「解決されたこと」にして、問題を顕在化させる行動を双方が慎むという「暗黙の合意」によって維持されてきたということができる」。
つづけて、つぎのように結論を述べて、終章を結んでいる。「それを覆して過去を政治紛争化してしまった大法院判決を嘆くより、その背景には、韓国の国際的地位の上昇、国際法における個人の尊重気運、国際的な人権・人道意識の高まり、植民地主義に対する歴史的批判といった、今世紀の新たな潮流が存在することに広く目を向け、対話の糸口を探る必要があろう」。
だが、これで終わらず、著者は「あとがき」で補足説明をしている。まず、日韓の不安定な現状をつぎのように説明している。「日本と韓国の人々の日常的な交流が盛んとなったのは、一九八七年の韓国の民主化以後であるが、いまなお成熟した関係にあるとはいえない。国交正常化時に結ばれたいくつかの協定のほかには、それらを補強するような特別の取り決めはないに等しい。閣僚会議や実務者協議が時折り開かれているが常設化されたものではない。東アジアに広がっているFTA(自由貿易協定)の取り決めも日韓の間では進んでいない」。
「こうした不安定な二国間関係を埋めてきたのがアメリカであった。とりわけ安全保障の面では、二〇一九年のGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の問題で明らかになったように、アメリカを媒介として日米同盟と米韓同盟とは事実上、一つのシステムとして結びつき、日・米・韓の擬似的な「同盟」が形成されているのである。言い方を換えれば、日韓はさまざまな利害を共有し、協力すべき分野が広がっているにもかかわらず、二一世紀の現在でも、アメリカの媒介的な役割に頼っている。そこには、二〇世紀前半の日本の植民地支配という「負の歴史」が、大きな影を落としている」。
その「負の歴史」は、「その制度や実態を含めて国際的な比較が可能であるかもしれないが、日韓の間には国際比較や問題の相対化を許さない「壁」がある」という。「その一つは、本文でも触れたように、日本が重視する歴史の事実関係や法的な正当性よりも、それらの背景にある正義や道義を重んずる韓国の独特の歴史観である」。
「また、大法院判決が頻繁に用いる「不法な植民地支配」という用法は、日本による併合や統治が「違法」であるばかりか、統治政策全体を朝鮮民族に対する「抑圧と搾取の体系」として否定する意味を持っている。したがって、朝鮮人労務者の問題についても、動員枠組みの多様性、労務者の主体的な行動様式、統治政策や社会経済の変化、開発と近代化への日本の貢献といった要素に着目する余地はないように見える」。
そして、「結論」として、つぎのように述べている。「立ち帰るべきは「暗黙の合意」ではなく、一九九八年の日韓共同宣言であろう。過去の清算より「未来志向的な関係」を築くため、次世代の交流や対話に託そうとする共同宣言は、幅広く和解の糸口を示している」。「幸い、本文で紹介したように、大法院判決の「個別意見」や「反対意見」に目を向けるならば、韓国内の歴史認識は、本質論的な「不法な植民地支配」という一色に塗りつぶされているわけではないことがわかる。そこに日韓対話の余地がある」。
そこには政府間の交渉だけでなく、民間人の意思疎通が必要だ。「あとがき」冒頭で「日韓両国間の人の往来は、二〇一八年には一〇〇〇万人に達している」とある。韓国から多くの若い人が日本を訪れていることは幸いである。それに対応する日本人の若者に、ぜひ本書を読んでもらいたい。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月(近刊)。
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21 )
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第一期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
コメント