姫岡とし子『ジェンダー史10講』岩波新書、225+8頁、960円+税、ISBN978-4-00-432009-8

 2023年度版「ジェンダーギャップ・レポート」(世界経済フォーラム(WEF)発表)の男女平等度ランキングで、日本は146か国中125位だった。前年の116位から9つ順位を落とした。いっぽう、分野別では「教育」(99.7%)と「医療へのアクセス」(97.3%)が100%近くで、男女間の平等をほぼ達成している。ただ、前年は100%で1位だった教育は、高等教育(大学・大学院)就学率が加わったために順位を47位に落としている。これまで教育は1位で、日本は男と同様に教育を受けているにもかかわらず、社会で有効に活用できていないと思っていたが、高等教育就学率を加えたことで別に問題があることがわかった。もっとほかにも問題がありそうだ。たとえば、医学部の女性比率は40.2%(2023年度)でも、女性医師は19.7%(2024年)で、年齢とともに低下する。世界的にみても最低レベルだ。医師の資格をもっていても、実際に医療現場で働いている女性の割合は男性より低い。教育を受けても、女性をいかせない日本社会がある。著者の専門がドイツ・ジェンダー史であることから、世界のなかの日本の問題がみえてきそうだ。

 本書の概要は、表紙見返しにつぎのようにまとめられている。「暗黙のうちに男性主体で語られてきた歴史は、女性史研究の長年の歩みと「ジェンダー」概念がもたらした認識転換によって、根本的に見直されている。史学史を振り返りつつ、家族・身体・政治・福祉・労働・戦争・植民地といったフィールドで女性史とジェンダー史が歴史の見方をいかに刷新してきたかを論じる、総合的入門書」。

 歴史研究者にとっては当然であるはずだが、「女性史・ジェンダー史に限らず、歴史研究は全体として社会変化に敏感であり、社会の要請に応える形で、新たな研究テーマを取りあげ、あらたな視角から研究を推進し、方法論を刷新し続けている。女性史・ジェンダー史は、その歴史学全体の動向と連動しながら自らの研究方法を変化させていった」。「本書は、こうした歴史学全体の歩み、史学史を背景にしながら、女性史・ジェンダー史の軌跡とその成果を読者に紹介することを目的にしている」。

 それは、著者が本格的に研究をはじめた1980年代はじめからの自身の研究者としての経歴を踏まえたもので、つぎのように語っている。1980年代はじめは「ちょうど「新しい女性史」の興隆の時期にあたっている。それから四〇年以上たった現在まで、女性史・ジェンダー史は多くの論争を経験し、研究方法も変化を重ねてきた。本書は、同時代人としてそれらの過程を見てきた私が、研究者人生が終盤となった今、自分の体験を重ね合わせながら書いたものである」。

 本書は、「はじめに」と10講からなる。その構成は2部で、「女性史・ジェンダー史の史学史を扱っている」第1-4講と「これまでの女性史・ジェンダー史の成果を個別テーマに則して紹介している」第5-10講からなる。

 第1講「女性史研究の始動-世界と日本」では、「先駆的な女性史研究からはじめて、日本でのアカデミズム女性史研究登場以前の女性史研究とその広がりについて背景となった歴史方法論と絡めて考察した」。第2講「第二波フェミニズムと新しい女性史」では、「第二波フェミニズムの影響ではじまった欧米の「新しい女性史」を取りあげ、その目的、それが切り拓いた地平、その日本での受容について記した」。第3講「ジェンダー史」では、「女性史の歴史学界での孤立を回避するための「ジェンダー史」の導入と、叙述から分析への考察方法の変化、ジェンダー史と構築主義の相互作用および構築主義歴史学における主体の問題について言及した」。「女性史・ジェンダー史が歴史叙述に及ぼした影響の考察を目的とした」第4講「歴史叙述とジェンダー」では、「高等学校歴史教科書と『岩波講座』の世界史・日本史を分析し、歴史の見方の変化が何をもたらすのかについても言及した」。

 第5-10講でも、「史学史を重視し、女性・ジェンダーをめぐって歴史学以外の場で展開された議論や研究動向の変化にも触れながら、女性史・ジェンダー史研究の関心やテーマ、考察視角が時代とともに、どのように変遷してきたのか、理解できるような叙述を試みた」。

 第5講「家族を歴史化する」は、「家族の歴史的変化について、階層や地域による違いを考慮しながら考察した」。第6講「近代社会の編成基盤としてのジェンダー」は、「「自然の性差」論が歴史的に形成され、男性性/女性性の差異が強調されるとともに、それが近代社会の編成基盤となったことを、性別原理にもとづく制度化、ナショナリズムと国民国家形成、軍隊などの例を通じて検討した。比較のために、前近代の例も記している」。第7講「身体」は、「身体把握の歴史性、性と生殖、同性愛について取りあげている」。第8講「福祉」は、「啓蒙期から慈善活動に参加していた女性が、福祉活動を通じて社会参加していく様相や、戦争が女性の福祉活動に及ぼした影響について論じた」。第9講「労働」では、「中世から近代にいたる女性労働とその捉え方の歴史的変化、労働と労働者のジェンダー化について考察した」。第10講「植民地・戦争・レイシズム」は、「異文化間接触の過程での文明/野蛮の差異の強化とこれをめぐる女性の活動、戦争が女性に及ぼした影響、植民地・占領下を含めた戦時性暴力について述べた」。

 残念ながら、各講のまとめはないし、本書全体のまとめもない。この本をもとに受講した学生は、講義ごとのまとめも期末レポートもどう書きはじめていいのか戸惑うだろう。各講ごとに、ところどころにあるようだがはっきりしない「はじめに」と「おわりに」、第10講の後に「あとがき」かなにかほしい。とりあえず、表紙見返しの概要を参考にしてレポートを書いてみるか。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月(近刊)。
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第一期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。