金成玟(キム・ソンミン)『日韓ポピュラー音楽史-歌謡曲からK-POPの時代まで』慶應義塾大学出版会、2024年1月30日、308頁、2500円+税、ISBN978-4-7664-2935-0

 2023年大晦日のNHK紅白歌合戦に、K-POPグループ6チームが出場した。なかにはメンバー全員が日本人というものもある。歌詞はまったく知らず、わからず、ダンスコンテストをみていたようだとの感想をもった、紅白のオールドファンもいたことだろう。こうなったのも、日本と韓国が「境界を共有しながら互いにポピュラー音楽を形づくってきた隣国同士」であったからである。

 著者は、まず「グローバル市場における日韓の大きな役割と密接な相互関係」を数字で示し、つぎのようなさまざまな問いを投げかけている。「K-POPと日本の音楽市場の密接な関係は、いつどのようにして築かれたのか。J-POPの多様なジャンルは、韓国ではどのように受容・融合されてきたのか。日韓特有のアイドル文化は、どのようにつくられてきたのか。日韓のポピュラー音楽の類似性と差異は、どのように生まれたのか。ポピュラー音楽をめぐる「日韓関係」は、世界の文化秩序のなかでどのように変化してきたのか」。

 「本書の目的は、こうしたグローバルな文脈のなかで浮かびあがる問いの答えを探りながら、これまで断片的に語られてきたポピュラー音楽をめぐる日韓関係を歴史化することである。そのため、一九六五年の日韓国交正常化から今日に至るまでの日韓の音楽市場、メディア、音楽批評、生産・消費主体に関わる資料や文献を渉猟し、一つの「ポピュラー音楽史」として描いていく」。

 本書は、はじめに、3部全9章、おわりに、あとがき、などからなる。各部は3章からなる。「第Ⅰ部「歌謡曲の時代」では、日韓国交正常化がなされた一九六〇年代から日本が世界第二位の音楽大国になった七〇年代を経て、韓国が民主化、自由化、国際化に向かう八〇年代までを扱う」。

 「第Ⅱ部「J-POPの時代」では、日本の音楽市場が「歌謡曲」から「J-POP」を中心としたシステムに転換した一九八〇年代末から、日韓の音楽的差異が顕著になっていった九〇年代を経て、「韓流」ブームとともにK-POPが誕生した二〇〇〇年代前半までを対象とする」。

 「第Ⅲ部「K-POPの時代」では、韓国において「J-POP解禁」がなされた二〇〇〇年代から、日本のK-POPブームがグローバルな文脈で加速した二〇一〇年代を経て、日韓の相互作用・融合がより活発化した二〇二〇年前後までをたどる」。

 本書のキーワードは、「カテゴリー(範疇)」である。3部の流れは、歌謡曲からJ-POP、K-POPへと時系列に変遷したことをあらわしている。著者は、つぎのように説明している。「七〇年に近い歴史を辿るためには、いずれの時代にも適用可能で、全体の歴史的変容を俯瞰できる概念が必要であった。本書で用いられたのは、「カテゴリー」(範疇)という概念である。音楽市場において「カテゴリー」という言葉は、日頃「同じ種類のものの所属する部類・部門」という意味で頻繁に使われる。消費者は、音楽チャートのリストやレコードショップのCD棚にあるカテゴリーを地図にして、自分の好きな音楽を探す。二〇世紀を通して生産された膨大な量の音楽を、カテゴリーなしで把握するのはそもそも不可能である」。「しかし、「カテゴリー」を本書の基本概念とした理由はそれだけではない。この概念の興味深い点は、それが「自己と他者を区別する認識」とともにつねに変化することにある」。

 「本書では、この「認識=カテゴリー」を基本概念とし、一九六五年の国交正常化以降、日韓における相互の「認識=カテゴリー」がどのように変容してきたのかを探ることで、先述した問いに答えを見出していく。「邦楽」と「洋楽」のように、まったく変化が起こらない不動・不変にみえるカテゴリーもじつは流動的であることを、本書は明らかにしていく。そういう意味で、本書はポピュラー音楽が媒介する日韓相互認識の歴史ともいえるであろう」。

 「おわりに」では、まず本書であきらかになったことを、つぎのようにまとめている。「今日のグローバルな音楽市場から見えてくる「日韓」が、数十年にわたるコミュニケーションと物理的移動、音楽をめぐる自己・他者認識の変容(カテゴリー化)、アメリカの音楽と市場に対する欲望の発現、東アジアにおける文化権力の移行、ナショナルとグローバルをめぐる普遍と特殊の衝突などが複雑に絡みあってできた歴史的産物であることを明らかにした」。

 「二〇二三年に入ってからも、グローバルを視野においた「日韓ポピュラー音楽」をめぐる状況の変化はさらに加速している」。だが、「「グローバル化」が、単に海外市場のパイを増やすことではなく、ナショナルとグローバルのあいだの普遍と特殊に対する認識の再構築が求められることである事実」も突きつけられている。「産業・文化としてのJ-POPとK-POPを日韓の特殊な文脈のなかだけで捉えると、グローバルな動向の中核をなしている日韓の相互作用と融合は覆い隠され、そのかわりに排他的なナショナリズムが生産主体と消費主体両方を抑圧することになってしまう。もちろん逆の見方も可能である」。

 このことを意識して、「本書は、「政治と音楽」「歴史と文化(交流)」「社会とエンターテインメント」のような、これまで二項対立的に語られてきた諸空間の関係を通じて、普遍と特殊としての「日韓」の歴史的変遷を探った。これらの関係は、決して互いを巻き込んではいけないものではなく、むしろ国家、資本、生産・消費主体の欲望と交差し合い、せめぎ合いながら「ポピュラー音楽の日韓」を総体的に構築してきた」。

 そして、つぎのパラグラフで「おわりに」を閉じている。「もちろん本書の目的は、「日韓の正しい向きあい方」のような規範的な議論を展開することではない。この「ポピュラー音楽史」から見えてきたのは、ある局面を切り取り、規範的枠組みのなかで捉えることがいかに難しくて、危ういのかということでもある。「はじめに」にも書いたように、だからこそ「これまで断片的に語られてきたポピュラー音楽をめぐる日韓関係を歴史化すること」が必要であった。矛盾と葛藤に満ちている個々の物語を、一つの大きな物語として読み直したとき、それらの矛盾と葛藤よりも大きな欲望と抑圧が浮き彫りになると思ったからである。もし本書が日韓のポピュラー音楽をめぐるこれまでの強固な二項対立的認識に少しでも亀裂を与えられたのであれば、それを可能にしたのは、興味深い類似性と差異を生み出しながらナショナルとグローバルのあいだを行き来した日韓の音楽(家)と、それを愛しつづけた人びとにほかならない」。

 「グローバル市場における日韓の大きな役割と密接な相互関係」は、「はじめに」で数字で示された。本書で扱った問いは、すぐさま数字となって返ってくる。ナショナルとグローバルだけではない。リージョンといった地理的なものもあれば、民族、宗教、言語など集団としてのものもある。数字となってすぐにあらわれてくるだけに、ほかの分野の多様性のなかの統一を考えるためにも役に立つ。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月(近刊)。
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=7&lang=japanese&creator=%E6%97%A9%E7%80%AC+%E6%99%8B%E4%B8%89&page_id=13&block_id=21)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第一期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。