川島博之『歴史と人口から読み解く 東南アジア』扶桑社新書、2024年1月1日、303頁、1000円+税、ISBN978-4-594-09584-0

 概説書のまえがきなどを読むと、よく学生や社会人など、そのテーマに関心のある幅広い層の読者を想定している、などと書かれている。学生を対象とした教科書であるといいながら、とてもじゃないが授業では使えないものや、社会人を対象としているといいながら、実社会のことなどなにも考えていないようなものがある。

 本書は、「東南アジアで既にビジネスを行っている、また行いたいと考えている人々の役に立つ」をことを考えて書かれたものである。「東南アジアについて〝日本人として〟知っておきたい知識を書き連ねたもの」で、「本書では〝日本人〟が重要なキーワードになっている。そんなわけで、必ずしも客観的に東南アジアを紹介する本ではない。もちろん、独りよがりになってはいけないから、努めて客観的に書いたつもりだが、それでも研究者が書く東南アジアの本とは少々毛色が異なっている」。そんななかで、著者が重視したのが、本書の半分を占める歴史である。

 著者は「現在ベトナムに住んでいる」。「アジアの農業について研究し」「過去30年間にわたりアジアの農村部を訪ねて歩いてきた。初期は農業と環境の関係を研究していたが、農業や環境問題を考える上で経済が果たす役割が極めて大きいことに気づいたために、後半は農業から見たアジア経済の研究に力点を移した。学問分野で言えば開発経済学になる」。

 そんな著者が、「アジアの農村部を調査していると、都市を見ているだけでは知ることができない、その国の〝地〟とも言える感情に出合うことがある。そんな経験を重ねるにつれて、東南アジアの人々と付き合う際にも、〝あの戦争〟のことを知っておく必要があると考えるようになった」。「東南アジアでは、中国や韓国のように歴史認識が表面に出ることはまずない。ただし、〝地〟の部分では〝あの戦争〟は意外に大きな意味を持っている。インドネシアとタイは比較的親日的だが、シンガポール、フィリピン、ミャンマー、ベトナム、マレーシアの東南アジア5か国との間に歴史認識問題があることは、ほとんど知られていない。日本人が忘れてしまった歴史を東南アジアの人々は、心のどこかに引きずっている。それを無視しては、東南アジアの人々と深い付き合いはできない」。

 「現在、多くの日本人は〝あの戦争〟と東南アジアとの関係について、全くと言ってよいほど知識を持ち合わせていない。それは小学校から大学まで、学校では東南アジアについてほとんど何も教えてくれないからだ」。「一方、私たちがすっかり忘れてしまった〝あの戦争〟を東南アジアの人々は意外によく覚えている。その理由は、自分の住んでいる町や村が戦場になったからだけではない。〝あの戦争〟が東南アジア諸国の独立と深く関わっているためである」。

 本書は、はじめに、全4章、おわりに、などからなる。第1章「日本人が知っておくべき東南アジアの歴史」では、「東南アジアの歴史を概説した。特に〝あの戦争〟と東南アジアの関係については、少々脱線気味になった部分もあるが、若い人にも興味を持ってもらえそうなエピソードを交えて書いてみた」。

 第2章「人口から読み解く東南アジア」では、「多くの図表を用いて東南アジアの人口や経済について概説する。そこでは、よく見かけるビジネスパーソンのための東南アジア入門のように無味乾燥なデータを羅列して説明を加えるだけでなく、現代日本との関連で興味を持ってもらえるように書いたつもりである」。

 第3章「世界が注目する東南アジアの経済発展」では、「東南アジア経済の現状について、特に筆者が専門にしてきた農業との関係から記述した。また、原発や新幹線など日本の産業界が関心を持っているテーマについても触れた」。

 第4章「華僑を知らなければ東南アジアは語れない」では、東南アジアを語る上で外すことができない華僑について、国別にその肝になる部分を書いてみた」。

 「多くの日本人が東南アジアの人々と付き合う上で役立つ知識」は、つぎのように帯の裏に「日本人が知らない東南アジアの歴史と社会!」としてまとめて箇条書きしてある。「実は“中国嫌い”で“アメリカ好き”なベトナム」「北と南に分断された国家ベトナムと朝鮮半島比較」「ミャンマーの歴史とスーチー氏失脚の理由」「日本の同盟国だが敗戦国にならなかったタイの外交」「インドネシアとマレーシアを「解放」した日本」「なぜフィリピンは「隠れ反日国」なのか」「カンボジアの人口ピラミッドがいびつな理由」「少子高齢化が進むタイ・シンガポール」「森林開発と人口増加を阻んだマラリア」「東南アジア経済を牛耳る華僑の歴史」「世界が注目する東南アジアの経済発展」「東南アジアは日本人が最もビジネスしやすい地域」。

 本書を読んでみると、事実誤認や確証のないものが散見されるが、これも「日本人が東南アジアに行ってビジネスを行おうとする場合」と考えると、多々納得するものがある。著者は、「体験を基にして、東南アジアの人々と心の奥底で触れ合うには何が重要か」を書いている。読者対象をビジネスパーソンとするなら、知っておきたい基本的なことが書かれているだけではない。東南アジア各国を「親日国」だと安心して、いまだに政治的経済的に「優位」に立っていると勘違いして圧力をかける日本の政治家や外交官にも、ぜひ読んでもらいたい著者の経験にもとづいたことが書かれている。あら探しをして目くじらを立てるより学べることを探すと、「研究者が書く東南アジアの本」の参考になる点を多々みつけることができる。 


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。