蘭信三など編『シリーズ戦争と社会5 変容する記憶と追悼』岩波書店、2022年4月22日、241頁、3400円+税、ISBN978-4-00-027174-5

 5巻から成る「シリーズ戦争と社会」は、つぎのような問題意識をもって、企画された。「戦後七五年を過ぎてもなお、「記憶の継承」が叫ばれることは多い。体験者への聞き取りは、新聞やテレビでもたびたび行われ、戦時下にも今と変わらぬ「日常」があったのだと驚きをもって語られる。戦争大作映画においても、「現代の若者」が体験者に深く共感するさまが美しく描かれる。だが、軍隊内部や占領地、ひいては社会の隅々に至るまで、それこそ「日常」的に偏在していた暴力の実態とそれを生み出した権力構造、好戦と厭戦の両面を含む人々の意識などについては、十分に議論が尽くされているとは言い難い。「日常」や「継承」への欲望のみが多く語られ、ときにそこに感動が見出される一方で、その背後にあるはずの史的背景や暴力を生み出した組織病理は見過ごされてきた。新型コロナと社会をめぐる議論が深化しない状況を、戦争の暴力を生んだ社会構造を掘り下げてこなかったことの延長上に考えてみることができるのではないか」。

 この問題意識をもって、本シリーズは「戦争と社会の関係性が戦時から戦後、現代に至るまで、どのように変容したのかを、社会学、歴史学、文化人類学、民俗学、思想史研究、文学研究、メディア研究、ジェンダー研究など、多様な観点から読み解き、総合的に捉え返そうとするものである」。

 シリーズ最後の本巻は、つぎのような位置づけになる。「第一巻総説で示された、「暴力を用いた紛争解決の手段」としての戦争理解を議論の出発点に置きたい。近代戦では一般に、軍隊による武力行使は敵軍を照準にすえ、友軍の兵力や自国の国力を極力たもちつつ効率的な破壊がめざされた。しかし、二〇世紀以降の戦争の実態は、そのような計画・計算された範囲にとどまらない暴力の拡散もみた(そこには軍事テクノロジーや総力戦体制の問題も関わるが、そうした戦争と同時進行的に展開された事態をめぐる論点は、第一巻や第三巻に譲ろう)。シリーズの最後となる本巻で問題とするのは、そのように拡散傾向にあった一連の暴力としての戦争そのものと、それに関与した(加担しあるいは巻き込まれた)生者と死者をめぐって、社会と個人がどのような反応を示すのか、さらに、そうした反応はその後の社会にどのような影響をおよぼすのだろうかということである。つまり、戦争によって引き起こされる記憶・記念、追悼・慰霊といった情動をともなう一連の営みの「戦後的」展開と、未来も見すえた現在がこの巻のテーマである」。

 本巻は、総説、3部全9章、4コラムから成る。各部はそれぞれ3章、コラムは各部のおわりにある。総説「戦争を記憶し、戦争死者を追悼する社会とそのゆくえ」では、「戦争(体験)の記憶・記念と、戦争で亡くなった者たちへの追悼・慰霊に分けて基本的な論点を概観」している。

 第Ⅰ部「記憶する人々」では、「戦争の記憶をめぐるさまざまな主体に注目し、その相互関係をみる。記念や追悼はつねに事後的・遡及的に行われるという性格上、対象とする戦時のみならず、その時々の社会状況の影響をこうむる。そうした時間の幅における、人々の関係性に注目し、その変容や展開をとらえる」。

 第一章「シドニー湾特殊潜航艇攻撃をめぐる日豪の記憶とその変遷」が「詳述するのは、真珠湾攻撃と同じく太平洋戦争開戦時の出来事をめぐる、日豪両国の人々による記憶の交換の展開である。そこにはまた別様の地政学的な力学も働いており、真珠湾の事例とも違った関わりも示されている」。第二章「憲兵と暴力-マニラBC級裁判の記録を中心に」においては、「暴力行為が法に則って行われたものであったとしても、受け手としては理不尽な暴力となる」ことを「丹念に整理して示し」ている。第三章「死者と生者を結びつける人々-パプアニューギニアにおける戦地慰霊と旅行業者」では、「旧戦地では慰霊や追悼の営みが観光化への回路を開くこともあり、その際に、遺族や戦友などの当事者ではなく、観光エージェントがその思いを受け継ぐことがある」ことを論じている。コラム①「朝鮮人特攻隊員という問い」では、「朝鮮半島出身の特攻兵が戦後の日韓両国において「時代の犠牲者」として忘却にさらされていく過程」に焦点を当てている。

 第Ⅱ部「記憶の支点-想起をもたらす場所とモノ」では、「記憶と追悼の維持・継承を支える空間と物質文化に注目し、それらがどのように記憶のあり方に影響をおよぼすのかを問う。戦後復興と時間の推移は戦争の痕跡を消し去るかに見えて、その場所や遺物・表象物が記憶を喚起・再活性化し、追体験をうながすこともある」。

 第四章「「原爆の絵」が拓く証言の場」は、「絵が、それを描いた被爆者の体験を伝えるばかりではなく、絵を見る側を作中の負傷者や死者たちと出会わしめ、絵が生み出す証言の場に立ち会わせるという事態である」ことを教えてくれる。第五章「空襲の死者を想起する場所-遺骨・モニュメント・写真」では、「空襲犠牲者の遺骨埋葬地やモニュメントのように、死者と遺族の関係が持続する場所やモノばかりではなく、現代の写真家がかつての仮埋葬地で撮った写真を通じて、従来とは違う形で死者を記憶しようとする営みも生まれている状況である」ことを論じている。第六章「アジア系アメリカと「慰安婦」碑-国境を超える共感と批判」が「主題化しているのは、マルチ・エスニックな想起と忘却のアリーナとなっている(むしろ戦場とも言うべき)さらに複雑化した状況である」。コラム②「花岡町と鉱山と「花岡事件」をめぐる人々」で「紹介しているのは、鉱山のあり方の構造的問題から地元の人が語らない花岡事件の記憶が、「外」から次々とやってくる人々によって再発見されていく様子である」。コラム③「戦後天皇と慰霊-「靖国型追悼路線」からの展開」では、「靖国問題とは異なる方向で展開された戦後的な死者儀礼への天皇の関わりに迫っている」。

 第Ⅲ部「記憶・記念の実践と冷戦後の社会」が「問題にするのは、記憶・記念することや追悼するということは結局どういう営みであるのかということである。過去の出来事としての戦争や死者たちに向きあう行為を、現代社会の同時代的文脈に置き直してみることで何が見えてくるだろうか」。

 第七章「戦争記憶の世代間継承と社会-「選択されたトラウマ」と山西省盂県の記憶」では、「傷ついた自己像の世代間継承によって悲劇的なイメージが共有される事態を概念化したヴァミク・ヴォルカンの「選択されたトラウマ」を参照しながら、中国でのオーラルヒストリー調査によってトラウマ的記憶と社会の関係を論じている」。第八章「「沖縄の精神衛生実態調査」にみる戦争と軍事占領の痕跡」で「問うているのも、沖縄戦後の「トラウマ的記憶」の置かれた社会的文脈である」。第九章「なぜ私たちは黙祷するのか?-近代日本における黙祷儀礼の成立と変容」においては、「イギリスで第一次大戦の戦死者追悼の形式として登場した黙祷は、日本を含めた世界各地に拡散し定着していく過程で、国家的性格や政治的意図を強く帯びた時期もありながら、それを超えて死者に対する哀悼の表現として共有されていった」。コラム④「戦争の記憶を共有すること-記憶表現の現場から」で「紹介しているのは、戦争の記憶をめぐる表現を世に問うことと、それを受けた視聴者側の応答がどのようなその後の展開を生み出しているのかについての実践例である」。

 表紙見返しでは、本巻をつぎのようにまとめている。「敗北に終わった戦争を記憶・記念し、無残な死を遂げた者を追悼する営みは、時の流れにともない困難さを増し、変質を余儀なくされてきた。戦後日本社会の歴史の中で記憶と追悼が変容してゆく過程をたどるとともに、過去の出来事を眼差すそれらの営みが、未来を開く可能性を秘めていることを明らかにする」。

 本巻の3部は、「巻の全体の問いがもつ複雑さに分け入るための三つの窓口と考えるとよいだろう」と「総説」で述べられている。多様なテーマが複雑に絡みあって議論が展開されているからだろう。長年の変容の過程を経た結果ともいえるが、まだまだ議論されていないことがある。たとえば、わたしのこの1年のフィールド調査だけでも、いろいろ考えさせられた。下関には神葬された高杉晋作が吉田松陰と並んで祀られている桜山招魂場がある。松陰のが少し高いだけで同じ大きさの墓標が並んでいる。姫路護国神社すぐ近くの播磨国総鎮寺の片隅には祖霊社があり維新の志士12柱、日清日露戦争の英霊121柱が祀られている。会津若松には西軍と東軍の墓地があり、藩ごとに埋葬されたことから廃藩後はみるものがなく荒れていたという。これら3つの例からも、靖国神社とはなになのかを考えさせられ、日本が近代国家成立時から戦死者と真摯に向きあってこなかったことがわかる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。